第129話:海賊4
念のために舵の本体部分も蹴り壊していると、黒船が走っているであろう方向から結構大きな爆発音が聞こえた。
『舵の破壊に成功したで御座るよ』
そしてツキカゲからのチャットが届いた。やはり《炸裂玉》の音だったか。威力は十分だったようだ。
『お疲れさん。こっちも舵を修復不能になるまでブッ壊したところだ』
『了解、これからそちらの船に向かうで御座る』
『外から見る限りじゃ、帆は結構派手に燃えてる。これなら客船を追いかけるのは無理そうだ』
続けてジョニーからもチャットが来た。とりあえず、足止めは完全に成功ってことでいいんだろう。帆を張り直されたりしたら分からないが、時間は稼げたと見ていい。
『分かった。こっちはぼちぼちと動いとく』
爆発で注意も逸れただろうし、ツキカゲ達がこちらへ来るのも海賊共には見えるだろうから、あちらを警戒するはずだ。今なら不意打ちで何人かは簡単に無力化できるかもしれない。
蔦を回収し、右のガントレットの上に巻き付けていつでも使えるようにして、船尾を慎重に登っていく。今の俺の【壁歩き】だと、垂直に立って歩くのは無理なので、相変わらずのイモリ状態だ。一応レベルが上がるにつれて、重力の負荷は小さくなっているような気もするのだが。
船尾の構造物をよじ登り、こっそりと覗いてみると、ここには海賊の姿は見えない。さっきの爆音で黒船側に固まっているんだろうか。
一気に登り切って手摺りを乗り越え、甲板を一瞥する。右前方を行く黒船の船尾からは黒煙が上がっているのが見えた。思ったとおり、海賊共は右舷側に集中している。今が好機だ。
そのまま床を蹴る。大きく跳躍して、一番近くにいた海賊を斜め後ろから蹴り飛ばした。不意を衝かれた海賊は反応する間もなく、手摺りにぶつかるもそれを乗り越えて海へと落ちていく。近くにいた海賊が気付いて振り向くが、顎に拳を一撃入れてから押し出すように蹴りつけると、そいつも落ちていった。
「さっき海の上を走ってた奴かっ!?」
ここで海賊共が俺の存在に気付いた。手にしている武器は小剣だ。海賊だったらカトラスだろうにと勝手なことを思う。
「てめぇ、異邦人か」
1人の男が声を掛けてきた。禿頭に髭面の大男で、それ以外に目立った特徴はない。
「何で俺達の邪魔をする?」
「今回に関して言えば、襲ってきたのはお前らで、俺達がそれを迎え撃ったってだけだ。まあ、個人的に海賊には思うところがあるがな」
あ、思い出したら腹が立ってきたぞ。禿男が眉をひそめるが、構わず続ける。
「ある日、俺はドラードのとある店にメシを食いに行った」
美味い肉料理を出すという話を聞いたので、それを食いに行ったんだ。
「ところが、だ。俺が店を訪ねると、しばらく休むって看板を店主がドアに打ちつけてるところだった。理由を聞いてみたら、食材が尽きたんだそうだ」
料理に使う香辛料や食材が手に入らず、作ることができないって話だった。その理由が、
「食材を積んだ船が、沈められたせいでな……」
輸入以外に入手できない食材の流通が妨げられたからだった。
「つまり、海賊が悪い! これだけでお前らと敵対する理由になる!」
怒りを込めて断言すると、何故か海賊達は微妙な空気に包まれた。何だその呆れ顔は?
「同じ理由で料理の値段が上がった店もあった! お前達の存在は、害悪そのものだ!」
それに海の治安が荒れると、いずれは漁村にまで被害が出るかもしれない。漁師さん達が安心して仕事ができなくなると、漁獲量が減る。それは魚の値上がりを意味するので由々しき問題だ。あ、当然、海賊行為の直接の被害者達に不幸が降りかかるってのも問題だ、うん。
「そういうわけで、武器を捨てて投降しろ。今なら五体満足を保証してやる」
「威勢がいいな。いくら異邦人だからって、船の上で俺達に勝てるとでも思ってんのか?」
鼻で笑う禿男。他の海賊共も怯んだ様子はなく余裕の表情だ。人数差に加えて船上戦闘の経験差もあるのだから、戦っても負けることはないと思っていても不思議ではない。ただ、問題はそこじゃないのだ。
「そっちこそよく考えろ。帆は焼けたし、舵もさっき俺がブッ壊しておいた。この船もあっちの船もこれ以上は航行不能だ」
つまり、俺達を撃退できたところで、逃げられないのだ。海賊共に動揺が走る。
「こっちは逃げ切った船が海軍への救援要請をするが、お前らに助けが来るのか?」
今の状況を仲間に知らせる手段もないだろうから、ほぼ詰みだ。他の海賊共もいるのは分かっているが、そこまで仲間意識が強いわけでもないだろう。それなのに、
「てめぇらを片付けてから考えるさ。殺っちまえっ!」
禿男の命令で、海賊共が動きだした。投降してくれれば楽だったんだが仕方ない。
俺はそのまま左舷へと向かって手摺りを跳び越えると【壁歩き】で船体に貼り付き、船首の方へと移動する。こうやってあちこちから甲板に上がって奇襲して離脱、といった感じで攻撃を繰り返していれば、ツキカゲ達の接近の援護にもなるだろう。
「船首へ向かってるぞっ!」
頭上からの怒声に顔を上げると、手摺りから海賊が身を乗り出してこちらを見ていた。すかさず蔦を放って絡め取り、思い切り引っ張る。落ちてくる海賊にぶつからないように避けてから蔦に自切を命じると、海賊が掴んでいる箇所より上の部分がみるみるうちに細くなり、やがて千切れた。海に落ちた海賊が何か言っているが、どうせ自力では船には這い上がれないだろうから無視だ。そのまま溺れるまで泳ぎ続けるがいい。
「このままだと同じように覗き込んでくるか? だったら同じように引きずり落とす方針でいいかな」
あちらはろくに飛び道具も持っていなかった。何かを落とすくらいはやるかもしれないが、対処のしようはある。これで何人かを海に叩き込めば、ビビって顔を出すこともなくなるだろう。そうすればこちらとしてもやりやすくなるかもしれない。
釣りをする気分で、生け贄が顔を出すのを待つことにする。しかしその前に、すぐそばの外壁が開いた。そこから出てきたのは、むさい男の顔。
反射的に繰り出した拳が顎にクリーンヒットし、悲鳴すらあげずに海賊が気絶した。
「窓だったのか、ここ」
上からじゃなく、横から俺の位置を探ろうとしたんだろうか。てっきり砲門かと思ってたんだが、よく考えてみればGAOの船には大砲を積んでないんだから、そんなわけがなかったか。いや、バリスタを搭載している可能性もあったわけで。
「内部の様子も分かるか……それともここから内部に潜入して奇襲をかけるか?」
引きずり出せそうなので窓から海賊を海に捨てる。
それにしても、テレマン邸へ乗り込んだ時から気付いてたことだが、人間相手の殺傷行為に対する抵抗がほとんどなくなってきた。昔はPKを仕留めるのにも抵抗があったのに。犯罪者相手だからだろうか? 盗賊や海賊への殺傷行為自体はGAO内の法にも触れないってのも理由なんだろうけど。
窓から船内を覗く。個室のようだが灯りはなく薄暗い。ろくに掃除もしていないのか妙な臭いがするし、目立つ調度品もない。ん? 隅に何か――
それが何かを理解した瞬間、顔を逸らして窓を閉めた。落ち着くために深呼吸を繰り返す。
予想していなかったとは言わない。しかし実際に目の当たりにすると、腹の底から不快感が噴き出してくる。それは即座に怒りへと変換された。
「……下衆共が……」
握り締めた拳から軋む音がする。こんなに怒りを覚えたのはいつ以来だ? これをどこにぶつければいい?
ふと、さっき放り捨てた海賊が視界の端に入る。そしてあっさりと答えが出た。この怒りは、当事者にぶつけてやればいい。簡単なことだった。
予定を変更し、甲板へと登る。当然海賊共は気付いてこちらへと向かって来た。いくらかはツキカゲ達への備えなのか、右舷側に残ったままだ。
「調子に乗――!?」
最初に斬りかかってきた海賊に、怒りにまかせた【強化魔力撃】4倍の拳をぶち込む。それなりの体格だった海賊は魔力爆発と共に吹っ飛んでメインマストに直撃。車に轢かれたカエルのようになって甲板へとずり落ち、生々しい音を立てた。
海賊共が一斉に立ち止まる。さっきまでの威勢が嘘のようだ。仲間の死に様を見て顔色が悪くなっている。
「この中で、下っ端の雑魚じゃない奴はどいつらだ?」
海賊共を一瞥しつつ、低い声を作って問いかけると、海賊共の視線が動いて何人かへと向けられた。いずれもそこらの海賊共と大差ない格好だ。この中の誰かが船長なんだろうが、それらしい特徴はないんだろうか。帽子を被っていたり、コートやマントみたいなのを羽織っていたり、フック状の義手を着けてるとかあれば分かりやすいのに。
「俺だ」
1人が声をあげた。さっきの禿男だ。
「俺がこの船の船長の――」
「ああ、名前なんてどうでもいい」
名乗りを上げようとした船長の言葉を遮り、自分の足元を指して問う。
「この真下にある部屋は、何だ?」
「部屋? 何だ、って……あぁ」
船長は眉をひそめ、言いたいことを察したのか、いやらしく笑った。
「娯楽室だよ。何せ海の上だ。楽しみなんて限られるからな」
そして他の海賊共も下卑た笑みを浮かべた。そうか、あれを娯楽と言うか。虫酸が走る……
「どうだ。あんたもこっちにつかねぇか?」
何とか感情を抑えていると、船長の隣にいた男が、更にふざけたことを言った。
「あんた程の強さを持つなら大歓迎だ」
こいつ、俺を海賊に誘ってるのか? どんな脳をしてやがるんだ。それに船長も止める様子がない。この男、この船でもそれなりの発言力を持つ奴なんだろうか。
「妙な顔するなよ。本気だぜ? 現に、俺達に協力してる異邦人もいるんだ」
……今こいつ、何て言った?
「お前達に手を貸している異邦人がいるのか?」
「ああ。経緯は色々だが、どいつも好待遇だぞ。羨ましいくらいにな」
男が肩をすくめると、周囲の海賊共がドッと笑った。だが、こっちとしては笑いごとじゃない。プレイヤーがNPC犯罪者と結託して、GAO内で犯罪行為に手を染めてるってことなんだから。
「どうだい兄ちゃん。陸で仕事をするよりは楽しいぜ?」
「多少の不便はあるが、お楽しみはあるしな」
「何ならお試しってことで、下のや――!?」
口々に海賊共が言葉を放つ中で、1人が倒れた。俺の腕はそちらへ真っ直ぐ伸びていて、男の額には見覚えのある物が深々と刺さっている。レイアスが打ってくれたダガーだ。投げようと意識した覚えはない。気が付いたら刺さっていた。海賊共も、何が起こったのか分からないのか、呆然と倒れた男を見ている。
「1つだけ、確認しておく。この中に、下の部屋を使ったことがない奴はいるか?」
両手足に【魔力撃】を起動しつつ、尋ねる。返事はなかった。そうだろうな。こいつらクズだ。
「お前ら全員、潰してやる」
「や、殺れっ!」
船長が叫ぶと、それがスイッチになったのか、海賊共が再起動した。でも遅い。その時には俺は一番近くの海賊を間合いに捉えていた。
無造作に振り上げた右足が海賊の股間に突き刺さる。続けて、耳障りな悲鳴を上げて崩れ落ちる海賊を海へと蹴り落とした。まだまだ海賊共の数は多い。今、甲板に転がられると立ち回りの邪魔だ。
船の揺れはあるが、今のところは何とか支障なく動けている。これくらいなら【壁歩き】は使わなくて済みそうだ。
背後から聞こえた足音に振り向けば、別の海賊が小剣を振りかぶっていた。【魔力撃】を込めた右足で甲板を蹴り、一気に加速して懐に入り、背中からぶつかる。同時に、空振りした海賊の右腕を左手で掴み、右拳を肘に叩き込んだ。本来とは逆の方向に曲がった右腕から小剣がこぼれたのを、甲板に落ちる前に回収し、さっきの男と同じ場所へと突き立ててやる。そいつも当然、海へと蹴り落とした。
それとほぼ同じタイミングで、上空から魔力の槍が降ってきて、海賊の1人に直撃した。見上げると滞空して杖を向けているミハエルがいる。
「待たせたな兄弟!」
「遅くなったで御座る!」
そして、右舷の向こうから飛び出す影が2つ。ジョニーとツキカゲだ。ジョニーは水の道を滑走したままで銛を投げつけ、ツキカゲは忍者刀で海賊を背後から斬りつける。いいタイミングだ。
「そこの禿頭の大男と、その隣の男だけは殺すな! それ以外は始末していいが、できればその前に、男に生まれたことを後悔させてやれ!」
また1人、海賊の股間を蹴り潰してやってから、指示を飛ばす。雑魚海賊はともかく、幹部級には情報を洗いざらい吐いてもらわなきゃならん。
「えげつない指示で御座るな! 何があったで御座るか!?」
海賊と刃を交えつつ理由を問うてくるツキカゲに、俺は船内で見たものを伝えてやった。