第128話:海賊3
「ところで、俺が飛び込んで浮上するまでに何かあったのか?」
今更だったがジョニーが聞いてきた。
「フルプレート装備のプレイヤーが着水と同時に沈んだ」
「あちゃあ……『自決』するかね?」
渋い顔をしてジョニーが言った『自決』というのは、いざという時に自らの命を絶ち、死に戻りすることができる『自決システム』のことだ。先の大型アップデートの時に実装されたもので、アイコン等を介さず、意志のみで発動させることができる。どういう場面を想定して実装されたのかは予想がつくが、今回みたいに溺死するまで苦しむような状況では有効なシステムだろう。
ただし、やむを得ない状況での使用を前提としているので、例えばわざと死んでセーブ地点に戻るような使い方をした場合は、普通の死に戻りよりもペナルティが大きくなるようだ。
「多分、するだろうな」
どこに沈んだかも分からない状況では救助以前の問題だ。何より海賊船が迫っているこの状況で人員を割く余裕なんてないし、救助が来ることを信じて死ぬ寸前まで耐えてくれるとも思えない。冷たいが、1人脱落だ。
『動けそうか?』
まだ船に残っているプレイヤー達に呼び掛けるが返事はない。たった今、仲間が沈んでいったのだ。その仲間と同じ魔法を掛けて海上に立つのは怖かろう。失敗したら溺死するしかないのだから、躊躇して当然だった。
『無理なら万が一に備えて船を守っててくれ。行けるのは俺達以外は何人だ?』
『俺は行ける』
『お、俺も行くぞ!』
今回、俺はツキカゲとジョニーでパーティーを組んでおいた。返事があったのは、ソロの魔術師と、船にいるパーティーの魔術師の2人。合計5人か。2隻の海賊船を足止めする戦力としては不安が残るが、無理強いしても仕方ない。
「しかし、急に足元が落ち着いたで御座るな」
海面を見ながらツキカゲが疑問を漏らす。さっきまで波立っていた海面は、俺達の足元だけが見事に凪いでいた。正確には、ジョニーを中心とした半径数メートルの範囲。さっきの水柱といい、恐らくジョニーが何かしているのだと思われる。多分、水精系の精霊魔法だ。
「ジョニー。これ、お前がやってるのか?」
「ああ。俺が先導するから、2人は後に続いてくれ。その方が走りやすいはずだ」
足元を指して問うと、ジョニーが頷いた。揺れる足場で全力疾走は厳しいと思ってたから、ありがたい話だ。
『じゃあ、行くぞ!』
参加者に声を飛ばす。待っていても向こうから来るが、少しでも早く仕掛けた方があちらの足も鈍るだろう。
サーフボードに乗ったジョニーが前に出る。船が通った後のように、ジョニーの後ろは波が小さくなっていた。まるで海の真ん中にできた道のようで、そこを俺とツキカゲが走る。
「しかし、なんとも微妙な光景で御座るなぁ……」
小声で隣を走るツキカゲが漏らした。俺達の前にはジョニーがいて、その背中が見える。もっとも、見えるのは背中だけではないのだが。これが女性なら目の保養になったんだが、野郎の尻じゃあなぁ……
微妙なのはそれだけではない。こいつ、ボードの上で腕を組んで直立したままだったりするのだ。明らかにサーフィンの技量とか関係なしに進んでいる。これも多分、精霊魔法による海流の操作なんだろうけど。
俺達の少し前の空を魔術師2人が行く。どちらも【飛行】の魔術を使っているようで、速度は俺達よりも出ていた。
彼らに任せているのは、敵船の帆を焼くことだ。GAOの船の帆は布製で、火が点けば燃える。帆が焼け落ちれば風を受けることができなくなり、速度も落ちる。【火球】の1発でもぶち込んでやれば盛大に燃えてくれるはずだ。耐火性のある特殊な布もあるらしいが、帆の全てをそれで作っているような船は王国にもないという話だから、何とかなるだろう。燃えないなら燃えないで、穴を空けたり裂いたりしてやればいいわけだし。
速度が落ちたら俺とツキカゲが船の舵を破壊する。ツキカゲの方は、作ったばかりの火薬で試作した《炸裂玉》の使用許可を【伊賀忍軍】から得て、それを使うことになった。どうもよその戦国系ギルドの人員がブルインゼル島に向かっているという情報が入ったらしい。恐らく硫黄目当てであり、それなら火薬完成も時間の問題だということで、ここで一発お披露目を、ということだそうだ。最近、海賊との戦闘関連の動画が公式からアップされているらしく、これもそうなるはずだから、GAOでの火薬開発の一番乗りをアピールしたいんだとか。きっといいデモンストレーションになるだろう。
俺は【強化魔力撃】併用の【斧刃脚】でブッ壊すつもりでいる。木造船の舵だから、これで十分のはずだ。
「それにしても、あちらの船も結構な速度が出ているみたいだな」
向かってくる船は次第に大きくなっていく。大きさが大きさだけに、近付く程に迫力は増すだろう。
「真っ向からぶつかったら、車に轢かれるくらいのダメージは受けそうだな。俺は直接船に取り付かないからいいが、2人は気をつけろよ?」
ジョニーが前を向いたままで言った。一応、彼には両船を攪乱してもらう予定だ。どうやって、と聞いたら、船を跳び越えるとか訳の分からないことを言ったが、まあ何とかするんだろう。
船がかなり近付いて、さてそろそろかと思ったところで、船から何かが発射された。それは空を行く魔術師2人へと向かっているようだった。このタイミングで向こうから発射される物なんて決まってる。
『バリスタが来たぞ!』
そう簡単に狙いが定まるとも思えないが、撃たれないようにするのが一番だ。警告を発すると、ソロ魔術師が高度を上げた。パーティー魔術師は警告の意図が伝わらなかったのか、そのまま進んでいたのだが――
「ちょっと待てっ!?」
次の瞬間、巨大な矢に貫かれ、光の破片と化して散った。思わず叫んでしまったが仕方ないだろうっ!? あれの直撃を受けるとか、何て運の悪さだよっ!
『ひょっとして、俺が2隻とも帆を焼かなきゃいけないのか……?』
ソロ魔術師の声が聞こえた。うん、そうなったよ。
『頼む』
『……善処する』
溜息と疲れた声が返ってきた。
ソロ魔術師は高度を上げながら海賊船へと向かっていく。そして、船のほぼ真上あたりに着いたところで急降下した。まずは黒船の方を狙うことにしたようだ。あっちの方が船足が速くて先行しているからだろう。
バリスタは船に固定されているはずだから、もう脅威じゃない。問題は黒船の連中がどれだけ射撃武器を準備してるかだ。掲示板情報だと、クロスボウをかなり積み込んでいるらしい。海賊がクロスボウって全然イメージに合わない。まあ、海賊じゃないからなんだろうけど。
ソロ魔術師が手にした杖の先端に火球が生じる。それを帆へと放った直後、機動が急に乱れた。慌てるように急上昇していく。やっぱり迎撃が来たか。
『ちっくしょうっ! 何だこいつら!? 本当に海賊なのかっ!?』
苦痛に耐えるように叫ぶソロ魔術師。今のでダメージを受けたようだ。
『違うのか?』
『クロスボウで武装した海賊って時点でおかしいだろっ! しかも全員とかどんだけクロスボウが好きなんだよっ!? 海賊なら手斧でも投げてろってんだっ!』
多分違うと言うわけにもいかないので聞いてみると、そんな言葉が返ってきた。まあ、短銃を向けられないだけマシだと思おう。
ボルトの弾幕に晒され、負傷しながらも、ソロ魔術師はしっかり仕事をしてくれた。黒船の帆に火の手が上がるのが見える。これでひとまず、あちらの船足は落ちるだろう。
『もう1隻の方は、回復を終えたら着手する』
『頼む。帆を焼いたら一休みしてくれていい』
それだけ言って、俺はツキカゲとジョニーへ声を掛ける。
「とりあえず、黒船の方は舵を潰したら放置しとこう。飛び道具が多いみたいだし、集中して攻めた方が良さそうだ」
「で御座るな。仕事を片付けたらそちらへ合流するで御座る」
「それじゃ俺は、ツキカゲが舵に取り付けるように海賊の目を引きつけるとするか。ここから先、フィストの足元は確保できないが大丈夫か?」
「問題ない」
ここまで楽をさせてもらったんだ。後は自力で何とかするさ。
「それじゃ、後でな!」
ジョニーが速度を上げ、黒船へと進路を変更した。その後をツキカゲが続く。
安定していた足元が再び波打ち始めた。走るではなく、飛び跳ねるようにして海賊船へと向かう。うん、問題ありだった。やっぱり難しい。
『よっしゃ行くぜぇっ!』
気合いを入れるようなジョニーの声が聞こえた。そちらを見ると、水中から大蛇が飛び出していて、その上にジョニーがいる。いや、蛇じゃない。あれは水だ。海水が蛇のようにのたうって黒船へと向かっているんだ。そういえば某魔法少女ものアニメに、自分で魔力の道を作ってその上を進むタイプの魔導師がいたっけ。
ジョニーは水の道を滑りながら黒船の注意を引く。水の道は複雑に動き、船の上を跨ぐような軌道も見せていた。当然、黒船の乗員達はソロ魔術師の時のようにクロスボウを射かけているのだが、ジョニーの周囲に水の壁のようなものが浮かび上がっていて、それがボルトを防いでいるようだ。
船を跨ぐということは、ジョニーはいつでも船に乗り込めるわけで。黒船の乗員達の意識はジョニーに集中しているようで、後続のツキカゲは後回しにされているようだ。ツキカゲへの攻撃はほとんど見られない。これなら簡単に舵に取り付けるだろう。
一方、こちらの海賊船だが。俺には気付いてるようで、船縁に品のなさそうな連中が集まっているのが目に留まった。いかにも海賊っぽい風体だ。こっちの船からの攻撃はない。お陰で少しは苦労が減るか。
『降下する』
ソロ魔術師の声が届いた。海賊船の上空から人影が真っ直ぐに降りていくのが見える。数秒後、帆が爆音と共に炎に包まれた。
『何だこの難易度の差は……』
拍子抜けしたようなソロ魔術師の呟き。対空攻撃、全然なかったみたいだな。船縁の海賊達が慌てる様子がよく見える。こっちへの注意も逸れたようだ。
『よくやってくれた! えーっと……今更だが、名前、何だっけ?』
『……そういや自己紹介とかしてなかったな。ミハエルだ』
『フィストだ。ミハエルは様子を見ながら援護を頼む』
『了解した。残っている帆もあるから、海賊共の気を引きつつ、全て潰しておく』
離脱しつつソロ魔術師あらためミハエルがこちらに杖を振るのが見えた。空飛ぶ魔術師なのに名前は戦車兵っぽいんだな、などとくだらないことを考えつつ、間近に迫った海賊船へ注意を向けた。激突されないように進路から少しずれて一旦止まり、船と同じ方向へ移動しながら並行するのを待つ。そして並んだと同時に船体へと飛びつき、【壁歩き】を発動させた。ヤモリのように手足で貼り付きながら船尾へと向かう。海賊達は何やら騒いでいるようだが、この位置は甲板からは死角なので攻撃を受けることもない。苦もなく船の後部に辿り着けた。
舵は木製で、蝶番で支えられている。柱が船内から突き出ていて、舵に繋がっていた。舵ってこんな構造なんだな。あ、そういえば、俺達が乗ってた船は、車のハンドルみたいなのがなくて、中で船員が舵を直接操ってたんだっけ。てことは、だ。
柱が出ている穴からそっと中を覗くと、男が1人。船の操作に関わる部分にいるんだから、間違いなく海賊だろう。舵取り専門だからなのか、武器を持っている様子はない。
「まずはあいつを片付けるか」
意志を《翠精樹の蔦衣》に伝えると、服の下が蠢く感触が伝わってきた。そして1本の蔦が服の下から飛び出し、男の首へと絡みつく。それを確認して俺は蔦を掴んで【壁歩き】を解除し、重力に身を委ねた。
壁に人がぶつかる音がして、落下が途中で止まった。蔦を通じて男がもがくのが伝わってくる。しかし便利なもんだな《翠精樹の蔦衣》は。蔦を手首あたりから伸ばせるように、ガントレットを改良してもいいかもしれない。
やがて男が動かなくなった。【壁歩き】を再度発動させて船体に貼り付き、柱を見る。
「この位置をブッ壊せばいいんだろうな」
そうすれば、舵を操作することはできなくなるはずだ。
「せーのっ!」
左の手足で船体に貼り付きながら、右足に【強化魔力撃】を起動。【斧刃脚】を叩き込む。蹴りの一撃と、続く魔力斬撃が柱を損傷させるが、想像したより破壊の跡が小さい。無理な体勢から放った一撃だからだろうか。
「二撃目っ!」
間髪入れずに次撃を放つと、柱が断ち割れた。これでこの船は、柱を付け替えない限りは進行方向を変えることはできない。もっとも、帆にダメージが入った以上、これ以上進むこともままならないだろうが。
ともあれこれで、第一段階は終了した。後は全ての敵戦力を沈黙させるだけだ。