第127話:海賊2
さて、甲板には俺達と船員さん達、そして同乗していたプレイヤーと住人達がいる。一応、乗客達には不審船が接近している旨は伝達されていて、有志が出てきた形だ。
さて、これからどうするか、なんだが。
「逃げられるだけ逃げて、接舷されたら抗戦する。現状では、これしかない」
船長さんらしき人が、深刻な顔でそう言った。背後から迫っているのは二隻の武装した不審船。こちらは貨客船で荷も満載している。船足は不審船の方が速く、このままだと追いつかれるのは間違いないらしい。GAO内では遠距離通信手段が魔術も含めて確立されていないので、救援を求めることもできない。
航路を巡回している軍船はあるようだが、その姿も今のところ見えないようだ。救援に駆けつけてくれる望みは薄い。
「海賊ではない可能性は、ないので御座るか?」
「ブルインゼル島から出航した船ではなく、他の通常航路を通ってきた船でもないことは確かだ」
ツキカゲの問いに、船長さんは表情を変えないままで答えた。いずれにせよ、敵対することを前提に動いた方がいいんだろう。
「船長。俺は船上での戦いは初めてです。かなり揺れると聞いたんですが?」
戦闘が避けられないなら、その時のことを考えておかなきゃいけない。今でも揺れがあり、歩いているとバランスを崩すこともある状況だ。心構えは作っておきたい。
「ああ。接舷された場合は故意に揺らしてくることもあってな。不慣れな者が海に叩き落とされたり、詠唱を中断させられることも珍しくはない。当然、落ちたらそのまま助からないだろうな」
と、船長さんは船員さん達以外の戦闘員、つまり俺達を一瞥した。
船員さん達も今は武装をしているが、重たい鎧は身に着けておらず、服のままか軟革鎧の人がほとんどだ。プレイヤーや住人の冒険者は金属鎧を着ている者もいて、落ちたら水底行きが確定しているようなものだった。俺も硬革鎧だし、魔鋼の板を仕込んでるから普通の物よりも重たい。まず沈むだろう。いっそ鎧を脱ぐ、というのも手ではある。その分、被弾したら致命傷になりかねないし、救助されなければいずれ沈むわけだが。
船上戦闘の経験が薄いのも問題だ。地上と同じ、というわけにはいかないだろう。
「待ち構えるのは不利、だよな」
「で、御座るなぁ」
今回の事件というか、まあ、ゲーム的にクエストと言ってしまおうか。これのクリア条件は何だろうかと考えれば、いくつか浮かぶ。1つは逃げ切ること。1つは海賊を撃退すること。1つは応援が来るまで持ち堪えること。
最後のは当てがないから外すとして、今の時点で選べるのは逃げるか撃退するかだ。ゲーム視点で言うなら、撃退の方が経験値も稼げるというものだが、ゲーム視点だと不都合が生じるのがGAOだ。ゲームなのに。
「船長。船には詳しくないんですが、あいつらの船は風のみで動いているんですか? それとも、櫂を漕いだり他に何か船を走らせる機能が備わっているんですか?」
「基本的には自然風のみのはずだ。高位の精霊魔法の使い手が乗っていて、都合のいい風を吹かせたり海流を操作したりして船を進めることもあるが、極めて希だな。それ程の使い手なら海軍から好待遇で迎え入れられるだろうから、海賊にいるとは考えにくい」
船長さんの言うとおりなら、船の帆と舵をどうにかできれば、海を漂うだけの状態に持っていけそうだ。でも『海軍』にはそんな術者が乗っている船もあるのか。大丈夫、だよな?
「いけそうで御座るな」
視線を向けてくるツキカゲに、ああと頷く。海賊が出てきたらどう対処するかは、島に行く時に話題にしていた。そのための方法も考えてあった。あとは実行するだけだ。
「船長殿。あれが海賊に間違いないなら、拙者達で足止めをしてくるで御座るよ」
ツキカゲがそう提案すると、船長さんは目を見開いた。
「足止め、などとそう簡単に言われてもな……そもそも距離もあるというのに、どうやって不審船に接近するつもりだ?」
「海上を、走ってで御座るが」
「……こいつは大丈夫か?」
一緒に食事をしていたところを見ていたからか、俺とジョニーを交互に見る船長さん。ツキカゲの説明が大雑把すぎたので、少し詳しく説明しておく。
「水精の力を借りて水の上に立つんですよ。そのまま水上を移動して船に取り付いて、帆と舵を潰します。帆に風を受けてしか進めないなら、それであいつらは身動きが取れなくなる。舵が動かなきゃ進む方向も定まらないでしょう。後は海軍が来るまで待ちです」
接舷されて戦闘になった場合、船にも乗員にも被害が出る可能性がある。プレイヤーが何人死のうが実質の被害はないが、住人はそうはいかない。しかも船内にいるほとんどの住人は非戦闘員だから、人質にとられたりすると厄介だ。
だから、接舷させることなく敵船の足を止めることができれば、その目的は達せられるのだが、欠点がないわけではない。一隻でも逃がしてしまえばこの船が襲われることは避けられず、しかもそうなると多分救援に向かうことができないのが1つ。そして一番簡単な、敵船を沈めるという手段が使えないのが1つだ。【水上歩行】を延々と使うことなんてできないわけだから、救援が来るまでの足場は必須なわけで。当然その間、海賊達の相手もしなくちゃならない。攻撃されない場所で待機すればいいんだろうけど、あちらの手持ちのカードが分からない以上、全滅するまで戦わなきゃいけない可能性も考えられる。
「俺達からの提案は、異邦人の有志で海賊船に攻め込むことだ。それが一番、この船への被害を防げると思う。他に何かいい手があれば言ってくれ」
他のプレイヤー達へ意見を求める。この案は今のところ、プレイヤーが特攻するというだけのものでしかない。
「お前らだけでどうにかなるのか?」
やや不満げな表情で、重装鎧装備のプレイヤーの1人が言った。おかしい。俺はさっき、異邦人の有志で、と言ったはずだが。
「一緒に行ってくれないのか?」
「行けるわけねーだろ!? 海の上を歩くとか正気かよお前っ!?」
何故か怒り出す鎧男。別におかしなことは言ってないだろうに。単に俺達には【水上歩行】しか手段がないだけだ。
「空を飛ぶのはできるから、参加させてもらおう」
ソロらしい魔術師風のプレイヤーが1人、手を挙げた。そうそう、他に手段はあるのだ。GAOの魔術やら魔法やらは、プレイヤーによる創作が可能なんだから、やりようはいくらでもあるはずだ。
魔術師なら空を飛んで、ファイアボールで爆撃とか簡単な作業だろう。多分。きっと。いや、今回は船を燃やされたら困るけど。
さっきの鎧男は、パーティーメンバーらしいプレイヤー達と話し合いを始めている。
「そういうわけなんですが、どうでしょうか?」
「船と乗客を気遣ってくれるのはありがたいのだが、大丈夫なのか? 一度離脱したら、戻ってくるまでにどれだけ掛かるか分からないんだぞ?」
「そこはまあ、気にしないでください。異邦人ですから」
渋い顔をする船長さんに、軽く答えておく。俺達の場合、死んでも最後のログアウト地点に戻るだけだ。もっとも、死ぬ気なんてこれっぽっちもない。異邦人フィストとしてこのゲームを楽しむ限り、死のリスクを背負うことはあっても、死を前提としたプレイはしないと決めている。
「途中で巡回中の海軍に出会ったら、援軍要請をお願いします」
「分かった。すまないが、よろしく頼む」
船長さんが頭を下げてくる。まあ、あれが海賊だったら、の話ではある。現時点ではまだ、あれは不審船だ。リアルに実在した海賊や、創作のテンプレ海賊みたいに、分かりやすく海賊旗でも掲げてくれたら分かりやすいのに。
不審船の姿が、船の後部からも見えるようになってきた。二隻のうちの片方は黒塗りの船で、船足はかなり速いように思える。船の種類とかはよく分からない。帆船に見える、程度の認識しか俺にはできなかった。第一、現実とは違うか。
「海賊で、間違いないで御座ろうな」
マストに登って不審船の様子を見ていたツキカゲが降りてきた。【遠視】のスキルレベルはツキカゲの方が上なので頼んでおいたのだ。
「船員達は見える限りでは全て武装していたで御座る。積んであったバリスタにも人員がついていたで御座る」
大型弩砲ね。火薬はないはずだから、当然大砲なんてないか。
「海面を行くからバリスタは気にしなくていいだろ。牽制で撃ってくるかもしれないが、そうそう当たるものじゃない」
「元々、船同士の戦や城攻め等で使う物で御座るからな」
動き回る人間を狙って撃てる兵器じゃない。食らったらお陀仏だろうが、ビビりすぎることもないだろう。
結局、プレイヤーは全員参加することになった。あとは自己責任だ。
「クイン。もしもの時は、船員さん達と乗客達を頼んだぞ」
船まで到達させる気はないが、絶対なんてない。クインに任せておけばある程度は何とかなるだろう。報酬は鹿1頭で話はついている。
ヤミカゲも幻獣ではあるが、船酔いは相変わらずだし、今の時点では戦闘力も大きさ相応の犬と変わらないという話なので留守番だ。
「じゃ、行くか」
一度プレイヤー達を振り返って、俺は船から飛び降りた。水精に訴えて【水上歩行】を発動させ、海面に着地、じゃない、着水する。
「っ、とぉっ」
着いたと同時にバランスを崩しそうになるのを耐える。【水上歩行】は水の上を歩けるようになるだけで、水の動きを制限するものじゃない。海に立つということは、常に揺れ動く地面に立つようなものだ。
「これは、なかなかっ、厳しいで御座るなぁっ」
同時に飛び降りてきたツキカゲも、波に翻弄されている。こりゃ、移動がかなり難儀だな。歩くよりぴょんぴょん跳んで行った方がいいかもしれない。
そんなことを考えたところで、背後から音が聞こえた。水に何かが落ちる音だ。振り向くが、その痕跡があるだけで、何が落ちたのかは分からない。
同時に、遠ざかっていく船から降りた鎧男が一瞬で沈んでいくのが見えた。鎧男の仲間の、悲鳴にも似た声が波音の中に聞こえる。
「多分、重量オーバーだな」
「で、御座ろうな」
術者の力量によって、限界重量は決まっていたはずだ。鎧男が重すぎたのか、それとも術者のレベルが低かったのか。
『今まで【水上歩行】を使ったことは?』
レイドチャットで確認をとる。まさかぶっつけ本番だったんじゃないだろうな?
『あるよっ! でも仲間に使ったのは初めてだったんだっ!』
明らかに焦っている、精霊魔法使いらしきプレイヤーの声。あー、それは責められないか。実績があると、普通に使えると思っても仕方ない。一応、他者相手にも使える魔法であったわけだし。
これから攻め込むぞ、というところで気を削がれてしまった。残った連中、続いてくれるだろうか。いずれにせよ、やれることをやるしかないわけだが。
そんなことを考えて海賊船へと向き直ると、盛大な音と共に大きな水柱があがった。何だ、まさか海賊戦からの砲撃か!? バリスタで重量物を撃ち出してきた!?
「ひゃっほーっ!」
しかし聞こえたのはジョニーの声だった。見上げるとサーフボードに乗ったまま水柱の上にいる。あ、さっき飛び込んだのってジョニーだったのか。
水柱は不思議なくらい静かに消えた。波立って俺達を揺らしたりもしない。ジョニーが着水した時も同様だ。
「行くか兄弟。海の平穏を乱す奴らは許しちゃおけない」
「ジョニー。お前、その格好は何だ?」
腕を組み、サーフボードの上で直立不動のジョニーに思わず問いかける。今のジョニーは、船の上で着ていた服を脱いでいて、引き締まった褐色の肌を晒している。その中に1点だけ別の色があった。腰に巻かれた赤い帯。すなわち褌。
何やら模様をあしらっているそれは、俺が知ってる越中褌に似ているが、前に垂れてる布地の幅が狭いようにも見える。
「いや、仲良くなった住人にもらってな。それ以来のお気に入りだ」
「まさかのGAO産だとっ?」
GAO内に褌が存在したとは。というか、誰だよこんなのを身に着けてるGAO内の連中って。
色々と問い詰めたい気はしたが、今は海賊の相手が先だ。
さて、行くとするか。