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第126話:海賊1

 

 ツキカゲとセーゴさんに激マズの酔い覚ましポーションをぶち込んだり。腹が減ったとの訴えにメシを作ってやったり。馬鹿話をしたり真面目な話をしたり。クインとヤミカゲがのぼせたり。

 色々と大変だったが、セーゴさんとの遭遇は得るものも多かった。食べ物や飲み物の情報が大半だが、俺にとってはレアアイテムなんかよりも重要なものだ。

 特に、GAOにも米が存在するという情報は衝撃だった。現実の日本の米とは違うとのことだったが、GAO内で米を食うことができるかもしれないのだ。米を使った料理だけじゃなく、酒やみりんだって醸造できるかもしれない。

 ただし、まだプレイヤーの目には触れていないそうなので、探さなくてはならないわけだが。私も食べたいので早く見つけて皆に広めてくれたまえ。社長はそんな他力本願なことを仰った。以前のインタビューで言ったことが正しいなら、ある場所を知っていても自分では解放しないということなのだろう。《翠精樹の蔦衣》のことを考えると、どこにあるのかまでは本当に知らないのかもしれないが。

 米を食いたいのは当然ではあるが、恐らく自生しているものを探すことになるんじゃないかと思う。カミラが米の存在を知らなかったから、その可能性は高いと思うのだ。

 とりあえずこの情報は、ソースは社長ということも含めて【料理研】のモーラにメールで伝えておいた。掲示板に流してもいいとも付け加えて。きっと気合いが入ることだろう。

 結局まる1日、温泉に滞在して浸かったり出たりを繰り返して、セーゴさんとはその日で別れた。これからも良き異邦人であり続けてほしい、最後にそう言っていた。

 次の日からは『動物の庭亭』を拠点として、ブルインゼル島内で狩りと採取をして過ごした。この島で初めて見た獲物や植物もあったし、こっちもいい成果があった。

 

 

 

 ログイン126回目。

 温泉も料理も狩りも採取もしっかり堪能できたので島を出た。

「いや、楽しかったで御座るなぁ」

 小さくなっていくブルインゼル島を見ながら、しみじみとツキカゲが言った。

「メシも美味かったしな。また来たいと思うよ」

「そうで御座るな。ギルドに戻ったら、よい温泉があったと教えてやらねば」

 そういえばツキカゲはあちこちを写真に撮ってたっけ。俺もあの温泉からの景色は何枚か撮ってある。特に日が沈む瞬間が最高だった。湯に浸かって酒を飲みながら、そんな光景を見ることができたのはとても贅沢だったと思う。

「ところでツキカゲは、戻ったらどうするんだ?」

「そうで御座るな。今回仕入れた物を納入して、そこから作業で御座る。他の材料は揃っているようで御座るし」

 これからの予定を聞いてみると、声を潜めてそう答えた。これから【伊賀忍軍】は火薬の本格的な量産か。俺自身が作る機会はないだろうが、できたらいくらか融通してもらいたいな。

「煙玉とか作れたら、売ってもらえないか?」

「今回の件での恩もあるで御座るし、大丈夫で御座るよ。できたら連絡するで御座る。フィスト殿はどうするで御座るか?」

「アインファストへ足を運ぶことになるかな。【料理研】へ行かなきゃならないし、クインの腕輪とかの処理もある」

 ブルインゼル島で仕入れた食材を【料理研】へ納入しなきゃならないのが1つ。かなりの量になったが、【空間収納】があるので問題ない。課金してよかったと心から思えるスキルだ。

 それからクインの首輪と腕輪の銀の部分が変色してしまったのを手入れしてもらうのが1つだ。いや、温泉で銀が変色することに気付けなかったのは失敗だった。

 あと、久々におやっさんのティオクリ鶏食いたい。

「次はツヴァンドへ。あれを加工してもらおうと思ってな」

「あれで御座るか。上手くいけばいいので御座るがな。あれは拙者達にも有用で御座るから、結果が分かったら教えてほしいで御座る」

 ブルインゼル島で入手した素材を『コスプレ屋』に持ち込む予定だ。うまくいけば、これからの狩りにも活用できる。

 それにそろそろ、ラーサーさんの所に行こうと思う。条件を満たせたので、聖属性の【魔力変換】を教えてもらうのだ。ルーク達のダンジョン攻略状況も知りたいし、スウェイン達にテレマンの事件の時の報酬と情報料をまだ渡していないので、ちょうどいい機会と言えた。

 こうして挙げていくと、あれこれと片付けることが多いな。ぼちぼちこなしていくか。

「よう、兄貴」

 背後から声が聞こえた。振り向くと、以前ドラードの港で知り合った漁師プレイヤー、ジョニーがそこにいた。以前は服に革手袋だけの軽装だったが、今日はその手袋すらない。チュニックにズボンと、完全にそこらの住人と変わらない姿だ。

「兄貴はやめろ。お前もブルインゼル島にいたのか?」

「ああ。波と漁と温泉を堪能してきた」

 満足げにジョニーが笑う。ジョニーは現実でサーフィンをやっているそうで、GAOでも同様に楽しんでいると言ってたっけ。ボードは自作したらしい。

「兄貴は温泉か? それ以外には特にめぼしいものがある島じゃないと思うが」

「温泉と食い物だな。海には潜ってないが。あと兄貴はやめろ」

 ポージングしたマッチョダンディなんて脳裏に浮かんではいない。ないったら、ない。

「フィスト殿の親族で御座るか?」

 俺達を見てツキカゲが聞いてくる。そういやツキカゲは初対面だっけ。

「初めましてだ。俺はジョニー。フィストのフレンドで漁師をやってる。リアルで身内ってわけじゃない」

「拙者、【伊賀忍軍】のツキカゲと申す者。フィスト殿のフレンドで御座る。で、どうしてフィスト殿が兄なので御座るか?」

 互いに挨拶をして、ツキカゲが話を元に戻した。

「その場のノリというか、以前のノリを引き継いだというか。まあ、同じ褐色肌の異邦人だし、通じるんじゃないか?」

 なあ兄弟、とジョニーが肩を組んでくる。顔立ちは似てないけどな。

 そんな俺達を真剣な表情で見ていたツキカゲが、ポツリと漏らす。

「実はお二人、そういう趣味の御仁で御座りゅおわぉぉっ!?」

 即座にアイアンクローを繰り出してやった。妄言を吐くその口を呪うがいい!

「俺はノーマルだぞ。フィストは知らんが」

 俺から離れたジョニーが笑いながら言った。俺にだってそっちの趣味はない。

「し、失言で御座ったっ! 許してくだされ! 割れる! 頭が割れるで御座るぅぅっ!?」

 容赦なく締め付けてやるとツキカゲが降参した。尻尾を股に挟んだヤミカゲが、キャンキャン鳴きながらこっちの足にすがりついてくる。いかんな、俺が弱い者いじめをしてるみたいじゃないか。これは制裁なのに。

 少しして手を離すと、ツキカゲがその場に膝を着いた。いや、土下座に近い体勢だ。かなりのダメージになったと見える。

「で、そんな話を持ち出したツキカゲが、実はそっちの趣味とか?」

「ひ、酷い目に、遭ったで、御座る……拙者だって、ノーマルで、御座るよ? 金髪巨乳とか、いいで、御座るな……」

 ジョニーの問いに、言葉を途切れさせながらツキカゲが答える。えー?

「ツキカゲ。お前、御座る口調の忍者でそんな趣味してたら、犬臭いって言われるぞ?」

「い、犬? 確かにヤミカゲがいるので、犬の匂いはするかもしれぬで御座るが」

 いや、分からないならいいんだ、うん。とりあえずニクスはツキカゲに会わせないようにしよう。

 それにしても馬鹿騒ぎをしてしまった。他の客が船の中にいてよかったよ。

 

 

 船旅もちょうど半ばとなったあたりで、腹が減ってきた。何もしていなくても腹は減る。そして、食わなければ飢えて死ぬのがこのゲームだ。

 この船に食堂はない。だから、乗客達は食事を準備して乗船する。今頃、船室でそれらを食べているだろう。当然俺達も持ち込んでいて、甲板の一角で昼食だ。

 クイン達には肉を出してやり、俺達は俺達の食い物を準備する。

「ツキカゲ、おにぎり」

「了解で御座る」

 ツキカゲが【空間収納】から麦おにぎりを取り出した。これが今回の主食だ。

「ジョニーは何を持ってる?」

「作り置きをしていた(うしお)(じる)がある。勿論、熱々だ」

 ジョニーが【空間収納】から取り出したのは湯気を立てている鍋だった。具だくさんの汁物か。これは嬉しい。

「じゃ、おかずを出すか」

「アカエイと……海苔か、それ?」

 俺が【空間収納】から出した物を見て、ジョニーが驚いた。

 以前捕まえたアカエイ、それにロックシェルフクラブから採取した蟹海苔。それを加工した物が目の前にある。

 アカエイは、皮を剥いで内臓と軟骨を抜いた後に、漬け液に漬けて数日干した物。蟹海苔は、ドラードの職人さんに作ってもらった網の入った木枠に敷き詰めて乾燥させた物だ。

「ということで、今日の献立は麦おにぎり蟹海苔付きにアカエイの干物、潮汁だな」

 蟹海苔を適当な大きさにちぎっておにぎりに貼り付ける。その間にジョニーが木の椀に潮汁を注いでくれた。そしてそれぞれが自分の箸を出す。

「「「いただきます」」」

 手を合わせ、日本人にお馴染みの挨拶をして、まずは潮汁の椀を手に取った。白身魚やエビ、貝、根野菜が入った潮汁は、程よい塩味に魚介のダシが利いている。船上は風も強く、少し肌寒く思うこともあるくらいで、熱々の汁が身体を温めてくれる。具も美味い。

「これは美味で御座るなぁ」

「なーに、新鮮な魚介があれば、これくらいの物は誰にでも作れるさ」

 称賛を送るツキカゲに対し、首を横に振るジョニー。謙遜しなくてもいいと思うんだけどな。美味いよこれ。

「それよりも、だ。フィスト。海苔はともかく、アカエイはここからどう食べるんだ?」

「ああ、これはそのままいけるぞ」

 ナイフでアカエイを手頃な大きさに切って、それぞれに渡してやり、見本を見せるように俺はアカエイの干物を口に入れた。噛むごとに干物特有の歯ごたえが小さくなっていき、ほぐれるように口内に広がる。醤油ベースの漬け液の味が薄まるにつれて、白身魚に似たほのかな甘みが浮かび上がってきた。

「ほほう、これはまた。漬け液次第で別の味になりそうで御座るな」

「教えてもらった漬け液は醤油を使わないからそうだろうな。こっちは俺のアレンジだ」

「ほぐして茶漬けに入れてもよさそうで御座るな」

 あ、それいいな。雑炊の仕上げにほぐしたアカエイを散らすとかも。

「こっちのアカエイはこんな味か。リアルだとアカエイは色々と食い方があるから、そっちも試してみたいな」

「刺身とかあるんだっけ?」

「そうだな。あとは煮て良し、焼いて良し、揚げて良しだ。軟骨も食えるし肝もいけるぞ」

 指を立てながらジョニーが教えてくれた。普通の白身魚と同じ料理は全部いけそうだ。軟骨と肝は捨ててしまっていたから、次があればこちらでも同じか試してみよう。

「このアカエイはドラード近くの浜で手に入れた。ロックシェルフクラブの縄張りだから、そっちも狙い目だ」

 俺がアカエイを穫った場所を教えてやると、難しい顔になるジョニー。

「ロックシェルフかー。ロッククラブより凶暴で硬いらしいな。投網も銛も通じなくて、何度か漁師パーティーが全滅してるはずだ」

「そりゃ、甲殻系に刺突武器じゃ相性がな。あの手のは打撃系か魔法で潰すのが常道だ。ちなみにズワイガニみたいな味で美味いぞ、ロックシェルフクラブは」

 頑張って倒して、あの味を楽しんでくれ。

 さて、次はおにぎりだ。麦おにぎり自体は何度か食べたことがあるが、蟹海苔と合わせるのは初めてだ。蟹海苔の味見もまだしていない。さて、どうなるか。

 囓るとパリッと小気味のいい音がした。おにぎり自体は冷めているので、ふやけることもない。そして味だが、

「どうなってるんだこれ? 少しだがカニの風味があるな」

 ジョニーが言うとおり、海苔にはほんのりとカニの風味が付いていた。甲羅で育った海苔だから、そこからカニ成分でも吸い上げてたんだろうか。いや、海苔ってそういう物だっけ? むしろゲーム的な食材と言うべきなんだろうか。

「甲羅から採っただけで、味付け等はしていないので御座ろう?」

「俺は何も手は加えてない。美味けりゃ問題なし」

「この海苔を佃煮にしたら面白い味になりそうで御座るが。いや、カニの風味が飛んでしまいそうで御座るな」

 多分、ツキカゲの言うとおりになるだろう。もうちょっとカニ風味が強ければいいんだろうけど、板海苔にできただけで個人的には満足だ。

 おにぎりを、干物を、潮汁を、腹に収めていく。屋外で食べてるとより美味く感じるのは何故なんだろうか。

「ああ、そうだ。フィスト、あの時はありがとな」

 食事を続けていると、ジョニーが頭を下げてきた。

「何の話だ?」

「スキルのことだよ。お陰で漁師プレイヤー達に【解体】を広めることができた。今は誰が一番の大物を釣り上げるかを競ったりしてるぞ」

 あれから他の漁師プレイヤー達に教授したのか。以前も言っていたが、マグロ1本が切り身1つに激減してしまうドロップの仕様は、漁師プレイヤー達には悪夢でしかないからな。そのうち、マグロの兜焼きとか食えそうだ。今から確保をお願いしてみようか。現実じゃ食ったことないから、GAO内でもいいから、食ってみたい。

「何やら、慌ただしくなったで御座るな」

 ジョニーに依頼をしようとしたところで、ツキカゲが食事の手を止めて言った。

 甲板に視線をやると、確かに慌ただしい。緊張感が漂っているとでも言おうか。ブルインゼル島へ向かった時は、こんな様子にはなっていなかったはずだが。

「何かあったんですか?」

 駆け抜けていこうとする船員さんに呼び掛けると、立ち止まって俺達を見る。

「異邦人のお客さんか。ひょっとしたら、助力を頼むかもしれん」

「助力?」

「不審な船が接近中だ。海賊かもしれねぇ」

 思わず俺達は顔を見合わせた。

 フラグなんて無かった、と行きの時は思ったのに、今かよ……

 

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