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第125話:酒の席

 

 パンツも脱いでマッパになり、掛け湯をしてから温泉に入る。この辺りはまだぬるい感じだが、セーゴさんの方へ近付くにつれて少しずつ温度が上がっていった。

「あ~」

 セーゴさんの傍で腰を落とすと、思わず口から声が漏れる。湯に包まれるのはとても気持ちがいい。本当に風呂って、温泉っていいもんだなぁ。

「いい湯加減だろう?」

「ですね~」

 答えてストレージから自分のゴブレットを出す。さっそくいただくとしよう。

「強い酒だが、大丈夫かね?」

「問題ないです」

 注がれた酒は赤みがかっている。強いとのことなのでゆっくり口に含むと、ウォッカのような刺激が口内に広がった。それでいてほのかな甘みがあり、飲み込むと灼熱が喉を、香気が鼻腔を通り抜けていく。

「っかぁ! こりゃ、きついですね。でも後口はすっきりしてて。どこの酒ですか?」

「ドワーフの酒だよ。取り扱っている店があるかどうかは分からないがね」

 言いつつセーゴさんが手酌する。

「店で買ったんじゃないんですか?」

「知人のドワーフに譲ってもらった物だよ」

 GAOのドワーフは、ファンタジーのお約束どおりに大酒飲みではあるようだけど、強い酒が好きなんだろうか。今度、どこかの酒場で見かけたら、酒を奢りつつ話を聞いてみようか。

 注いだ酒を半分ほど一気に飲んで、満足げに息を吐くセーゴさん。うん、この人もかなりの飲んべえと見た。

「ツキカゲ君もどうだね?」

 酒瓶を掲げて問うセーゴさんに、湯へ入ってきたツキカゲは首を横に振った。

「ドワーフの酒ということは、火が点くくらいに強いので御座ろう? 拙者、酒はあまり強くないので御座る」

「うん、確かに強いし、弱いならやめておいた方がいいね。その分、フィスト君に飲んでもらおう」

 ええ、遠慮なくいただきますとも。

「ところでフィスト君。さっき、装備を外していた時に見えたあの蔦のような物。あれは一体、何だね?」

 好奇の目がこちらへと向けられる。《翠精樹の蔦衣》のことだろうか。ん? ちょっと待て。

「知らないんですか?」

「うん、初めて知った」

 疑問を口にすると、社長は頷いた。知らない? GAOの開発責任者でもあるセーゴさんが?

「開発者だからって、全てを把握しているわけじゃないさ。GAOは広い。私が知らないことなんて、いくらでもあるとも」

 すごく意外な言葉だった。《翠精樹の蔦衣》は、GAO内だと結構なレアアイテムだと思う。その存在すら知らなかっただなんて。まあ、ワールドシミュレーターって言われるGAOだ。世界のあらゆる情報を個人が把握してる方がおかしいのかもしれない。

「それから、君達がどうやって幻獣達と縁を持ったのかも、差し支えなければ聞かせてもらいたいね」

「GM権限で、ログを見ることはできないんですか?」

「ログに関しては取り扱いが厳重でね。社長だからって制限なしに閲覧できるようにはなっていないんだよ。運営側がログを閲覧できるのは、基本的にプレイヤー間のトラブルの事実確認と検証、それにフラグが立った時とかだけなんだ。つまり業務外使用は厳禁」

 ああ、確か規約にも、プレイヤーのGAO内での行動は全て記録されるとなっていたし、その取り扱いに関しても書かれてたっけ。

 それにしても『フラグ』か。プレイヤーが特定の事柄に触れた場合、それが運営側に分かるようになっているってことだろう。なら、幻獣との接触もその1つか。でなきゃ、わざわざ該当プレイヤー数を把握してたりはしないだろうし。

「しかし、運営がそれを言っても、何とでもできそうなもので御座るが?」

「そう思われるのも仕方ないけど、その辺は厳格なAIが管理してるからね。いくらあのカタブツに頼み込んだところで、開示はしてくれないよ。フラグに関しても、立った事実だけ分かればいいから、その詳細を確認することは稀だし、できれば当事者の口から聞きたいじゃないか」

 もっともなツキカゲの問いにそこまで言って、セーゴさんが俺を見る。

「君が先日、某種族を知るに至った件については、詳細を確認してみたかったんだけどね」

 ぶほっ!?

「がっ! にゃにを……っ!? げほっ!」

 のっ、喉がっ! 鼻腔がっ! 焼けるっ! なんてことを言うんだこの社長っ!?

「目がっ! 目がーっ!?」

 そして俺が噴いた酒をまともに浴びたセーゴさんは、目を押さえて悶えていた。変なことを言った(ばち)が当たったんだっ!

「……フィスト殿、また何かやらかしたで御座るか?」

「なっ、何でもない! 何もないっ! 第一、またって何だっ!?」

「いや、エルフ族と接触していたことや、ドラードの領主と付き合いがあったりと、結構な頻度で他のプレイヤーにない経験をしているようで御座るし」

 ツキカゲにそう言われてしまうと、思い当たることが多い。秘匿情報も含めて、結構そういうのには縁がある。

 しかし、彼女の正体についてもフラグ扱いか。これ、やっぱりしばらくは公開しない方がいいんだろうな。ソースを求められた時に説明できないし。

「やれやれ、酷い目に遭った……」

「変なことを言うからです」

 復活したセーゴさんを睨み付けてやると、いやいやと首を振った。

「別に変なことではないだろう? フィスト君がさっきのような反応をしてしまった理由は、まあ『分かってしまった』けれども、私が聞きたかったのはそっちじゃないよ」

 ……ああ、フラグに関わることなのに「確認できなかった」部分があるって時点で、何があったかの想像がついてしまうわけだ。そして、知りたかったのは「どうして彼女の正体を知ることができたのか」の方か。いや、こっちも話すには難易度高いぞ。夜の部分を端折って話したとしても、またツキカゲにもげろって言われそうだ。

「まあ、その件はもう忘れよう。それより幻獣との出会いの方が興味があるんだ」

 仕切り直しのつもりか、目の前にある何かを横によける動作をして、セーゴさんが俺とツキカゲを見る。それ自体はまあ、隠すようなことでもないし。同じ幻獣仲間のミシェイル達には既に話してるし。

 ツキカゲと顔を見合わせ頷き、俺達は相棒との出会いを話すことにした。ついでに《翠精樹の蔦衣》のことも教えてしまおう。

 

 

「なるほどね」

 都度の質問を受けつつ、相棒との出会いから普段のGAOでのプレイスタイルまでも話し終えると、満足げに何度もセーゴさんが頷いた。

「うん、君達が、GAOの中で生きている異邦人で嬉しいよ」

 インタビューの時にも思ったが、どうもこの人の中では、プレイヤーと異邦人に明確な線引きがあるようだ。単にゲームと割り切ってプレイしているプレイヤーと、良くも悪くもGAO内のものに感情移入してしまっている異邦人。GAOはワールドシミュレーターだと言っていたから、より馴染んでいるプレイヤーに好感が持てるということなんだろうか。それで贔屓があるわけではないけど。

「さて、楽しい話を聞かせてもらった。聞いてばかりというのもあれだからね。君達の方で聞きたいことがあれば、答えられる範囲で答えるよ」

 上機嫌でゴブレットを空け、そんなことを言うセーゴさん。

「いや、でも。さっき、今は社長じゃない、って言いませんでしたっけ?」

「ん? ああ、今は君達と同じ異邦人だよ、って意味であって、GAOに関する質問を一切受け付けない、って意味じゃないよ」

 笑いながら、セーゴさんはストレージから別の酒とゴブレットを取り出した。

「ツキカゲ君だけ何もなし、というのは心苦しいのでね。こっちは弱い酒だから、ちびちび飲めば大丈夫だと思うよ」

「やや、これはかたじけない」

 ゴブレットを受け取ったツキカゲに、酒を注ぐセーゴさん。

「さあ、聞きたいことはないかな?」

 隣のツキカゲは、何かないか考えているようだ。だったら、俺から先に質問させてもらおう。

「シルバーボアのロース肉って、そんなに美味いんですか?」

「最初の質問がそれで御座るかっ!?」

「他に何を聞けと?」

 何故かツキカゲがツッコミを入れてくる。お前、俺のプレイスタイルは知ってるだろうに。

 呆れるツキカゲとは対照的に、セーゴさんは笑いをこらえていた。

「確かにインタビューの時、その話はしたけれど。まさか、それを聞かれるとは思わなかったよ。うん、美味いよ。フィスト君のプレイスタイルなら、いつか出会えるだろうから、その時は堪能するといい。毛皮もいい値段がつくはずだ」

「アップデート前に狩れていれば、そうなんでしょうけどね」

 酒を一口してから、含みを込めて言ってやる。

「やっぱり、気付いたかね?」

「そりゃもう。頭おかしいですよ」

 以前、ニクス達に説明したことがある、動物にノミとかが実装されたという話。実はあの後にもっと酷いものがあった。今まで健康体ばかりだった獲物に、質の悪いものが混じり始めたのだ。例えば皮膚病を持つイノシシとか。当然、そんな獲物の毛皮は価値が落ちる。

 ちなみにオートドロップの方は、そんな個体を倒しても粗悪品がドロップするようになったという話はない。ずるい。

「ノミを見つけた時も運営狂ってるって思いましたけど、アップデート後に初めてそれを狩った時は、あらためて運営狂ってるって思いました」

「はっはっは。褒めてくれてありがとう」

 いや、褒めてませんから。

 そりゃ、全ての動物が病気も傷の一つもない健康体だなんてことは実際にはないんだろうけど、よくもそこまで再現するなぁ、と思う。

 アップデートのたびにリアル要素が追加されて、今度は季節まで実装される。ただのゲームとして楽しむには、そろそろ厳しくなっていないだろうか。

 脱落者は出てくるだろう。特にGAOSが発表されたことで、それが加速することは十分に考えられる。それでも運営の方針は変わらない気がする。ついてこれる奴だけついてこい! 的な。いや、俺はついて行くけども。つくづくGAOに染められたなと思う。

「で、どうだね? 実際、今までGAOで過ごしてきて。もし、アミティリシアが存在し、そこに今すぐ行けるとしたら、行きたいと思うかい?」

「それは、今のように、自由に行き来できるという前提で御座るか?」

「いや、片道切符で」

「思いません」

「で御座る」

 おかしな質問をしてきた社長に、即答する俺とツキカゲ。そういえばインタビューの時も、アミティリシアが実在するとか何とか寝言を言ってたっけ。きっと疲れてるんだな。あるいは酒が回りすぎたか。

「それは、なぜだい?」

「現実があるからですよ」

 家族や友人達との繋がり。勤めている会社での役割。現実で楽しみにしているあれこれ。それを即座に切り捨て、あるいは無責任に放棄することなんてできるわけがない。

「何もかも捨てて異世界へ。あっさり割り切れるほど、今に絶望してないので」

「それに、身一つでGAOそっくりの世界に行けたとして、生きていけるとは思えぬで御座るし。現実の拙者は、ただの一般人で御座るから。チャージラビットにも負ける自信があるで御座るよ」

 ツキカゲの言うとおりだな。ただのサラリーマンが異世界に行ったところで、どう生きていけと。安全な街に篭もってただ生きていくなら、行く意味もない。内政チートできるほどの知識もないし。

「うんうん、それが正常な反応だろうね」

 その回答に、セーゴさんは満足したようだ。

「まあ、生きていくという点では、今のスキルやステータスを持って行けるなら、可能でしょうけどね。ほら、ゲーム世界に自キャラで転生とか、そういうの」

「転生だったら、行く行かないの選択の余地はなさそうで御座るしなぁ……はっ!? まさかセーゴ殿、現実の拙者らを亡き者にして、異世界に転生させる気で御座るかっ!?」

「となると、トラックと神様の衣装を用意しないといけないねぇ」

 笑いながらそんなことを言いつつ、ツキカゲのゴブレットに酒を注ぐセーゴさん。

「GAOの場合、普通にログインしてるだけで異世界転移してるようなものじゃないですかね」

 ゲーム要素はあるにせよ、そう錯覚してしまえるほどのリアリティがあるゲームだ。GAOの設定的にも任意の異世界転移をしてるようなものだし。

「フィストどにょ、実はログインしてりゅと見せかけて、本当に異世界転移をしているのきゃもしれにゅで御座りゅ」

 おい、呂律が回ってないぞツキカゲ。弱い酒だって言ってたはずだけど。いや、だからこそペースを間違えたか?

「いやいや、それはないよ」

「ちょ、セーゴさん! それ、強い方ですよ!」

 セーゴさんが差し出した酒瓶はドワーフ酒だった。注がれたツキカゲは、気にした様子もなくそれを口にする。おいおい大丈夫かっ!?

「ほんとーでごじゃるきゃー?」

 だめだ、ておくれだった。

「本当だともツキカゲ君。GAOは間違いなく、ゲームだから」

 あははーと笑ってこちらにも瓶を差し出すセーゴさん。最初にツキカゲに注いだ弱い酒の方――って酒精の匂いがきつい!?

「セーゴさん、これ、強い酒じゃないですか!」

「おや? しまったな。まあ、フィスト君なら大丈夫だろう」

 いや、そりゃ大丈夫ですけどね?

「ちょ!? ツキカゲ! 沈むな!」

 身体を後ろに倒して沈んでいこうとするツキカゲの手を掴む。親指を立ててるとかこいつ結構余裕あるなっ!? どこのサイボーグだっ!?

「学んでもいない言語が理解でき、SPという訳の分からないポイントを消費すれば、ど素人に基本的な技量が生えてくる。傷ついても血が流れず、傷つけても血が流れず、死んでも生き返る。肥えず、痩せず、排泄もなく、貞操は確実に守られる。倒した物がアイテムに変わり、死体は残らない。どう考えてもゲームだろう?」

「ちょっと社長! そんなことよりツキカゲを!」

 ツキカゲを引き上げる俺をそっちのけで、誰もいない岩壁に向かって話を続けているセーゴさん。

 どうしてこうなった!?

 

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