表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/227

第122話:ブルインゼル島

 ログイン120回目。

 ドラードの港で俺はツキカゲが来るのを待っていた。

 火薬の方は製造に成功したそうだ。他の戦国系ギルドや忍系ギルドから一歩先んじた事になる。いつまでも秘密にはしておけないだろうけど。

 ともかく今度は量産ってことで、材料集めに奔走する事になるようだ。硫黄についてはツキカゲに任されたらしく、ようやくお互いの都合がついたので、かねてからの予定を消化することにした。

 行き先はブルインゼル島。温泉行楽地としてGAO住人の間では有名な島だ。

 ドラードの沖には見える範囲にもそこそこ島があるが、ブルインゼル島周辺は大小様々な島があり、その景観も見事だとか。温泉に入りながらそんな景色を楽しむのだという。

 硫黄については島の産業だそうで、島民以外の採取は許可制になっているが、普通に島で購入できる。

 ということを、事前にエド様から教えてもらったので、ざっとツキカゲにもメールで説明してある。

「フィスト殿、来たで御座るよ」

 ツキカゲがやって来た。ヤミカゲも一緒で、こちらはクインに挨拶をしている。ヤミカゲ、少しだけ大きくなったか?

「お、装備変えたのか、ツキカゲ」

 以前会った時とツキカゲの装いが変わっていた。右腰に革製ポーチ。着けていた手甲と脚絆が、鎧武者の篭手と脛当になっている。それから左腰に忍刀が差してある。

「より和風色が濃くなったな。そのうち、忍甲冑まで装備する事になるのか?」

「既にいくつか完成してるで御座るよ。ただ、戦イベントでも起きない限りは、着用する機会はないで御座ろうな」

 さすが伊賀忍者のロールプレイのためのギルド。そういう小道具にもこだわるとは。

「基本的には軽装で隠密性重視だもんな。普段から着用する物じゃないか」

「まあ、年輩のメンバーやリアルでも伊賀忍者にゆかりがある者達は正統派の装束を好むで御座るな。無縁な新規メンバーは、そのあたりのこだわりはないようで、色々とアレンジを加えているで御座るよ」

「そのあたり、ツキカゲはどうなんだ?」

「本来は正統派で御座るが、今の拙者は忍べない忍で御座るから……諦めてるで御座る」

 はぁ、と溜息をつくツキカゲ。忍者そのもののアピールをするため、【伊賀忍軍】の生きた広報看板として堂々と表を歩いてるから仕方ないんだろうけど。

「フィスト殿は装備の新調は考えておらぬで御座るか?」

「今のところはこれでいい。新しい素材もないしな」

 俺の装備はエルフ村防衛後に改良修理してから変化はない。今の装備で不満もないから、何か新しい素材が入手できた時に考えればいいことだ。

「で、硫黄の件で御座るが。金さえあれば購入に問題はない、ということでいいので御座ろうか?」

「そうだな。どれだけの量を必要とするのかは分からんが」

 硫黄だけ大量に抱えても、それに釣り合うだけの他の材料が揃わなければ意味がない。しばらくは試行錯誤も続くだろうから、纏まった量は必要なんだろうけど。

 俺自身は、皮膚用薬の材料くらいでしか硫黄の使い道はない。しかも自分が使う機会はあまりないだろうから、少量を入手できれば問題ない。必要なら島で買えなくても調薬ギルドで買ってもいいし。

 俺がブルインゼル島に行きたいのは、メシと温泉のためだし。

「さて、そろそろ行こうか」

 乗船待ちをしていた客達が動き始める。乗り遅れないように、早めの行動を心掛けよう。

「ところでフィスト殿。海賊の噂は聞いているで御座るか?」

 ツキカゲの問いに、足を止めるところだった。いかんいかん、平常心平常心。

「ああ。活発に動いてるみたいだな」

「GAO内時間で先週も被害が出たそうで御座るよ。どうも、単艦の仕業ではないようなので御座る」

「海賊が徒党を組んでるって珍しい気がするよな」

 海賊ものの映画や、漫画等の海賊ってのは、単独行動で商船等を襲うイメージがある。だが、最近ドラードへの航路を荒らしている連中は、必ずしもそうではないらしい。複数の船に追われた例もあるそうだ。

 ドラード海軍も、ファルーラ王国直轄の海軍と連携して警戒はしているようだが、潰しても潰しても湧いてくるのが現状だ。少しは動きが鈍るかと思ったんだが、甘かったか。

「襲われる可能性もあるで御座るな。駅馬車を襲う盗賊の例もあるわけで御座るし」

 海賊と一戦交えたプレイヤーの話はある。正確には、海賊の襲撃を受けて死に戻ったパーティーの話だ。船上での戦闘は波で揺れて足場が悪く、ろくに戦えなかったらしい。魔術師も、揺れで呪文詠唱が中断されて役立たずに終わったと聞く。

 ちなみに、襲われた船自体は、船員達が海賊を撃退して無事だったそうだ。

「その時は、叩き潰すだけだ。船上での戦いの経験が積めると思えばいい」

 揺れる足場は不利な条件ではあるが、何とかする方法はある。【壁歩き】だ。あれを使えば、多少揺れても踏ん張れると思う。足首に変な力が掛かるかもしれないが。

「まあ、相手の船をどうにかするだけなら、色々とやりようはあるで御座るしなぁ」

「目的が違うからな」

 海賊は金目の物が目当てなわけだから、こちらの船を沈めるわけにはいかない。一方、こちらは危機を排除するのが目的なわけだから、何の遠慮も要らないのだ。個人的には、全員生け捕りにしたい事情もある。他の乗客達に被害が出ない事が前提だが、出てきてくれた方がいい。

「あー、海賊怖い。出て来なけりゃいいなぁ」

「饅頭怖い、で御座るな」

 フラグを立てつつ、船へと向かう。

 

 

 

 フラグなんて無かった。

 船は何のトラブルもなくブルインゼル港に着いてしまった。いや、しまったなんて言っちゃ駄目か。何事もなく無事に着いたのならそれが一番なのだから……って、何か既視感が。以前も同じ事を思った気がする。

 それはともかく。

「ヤミカゲ、大丈夫か?」

「陸に着いたので、次第に良くなるかと」

 俺の問いに、ツキカゲが視線を落とす。そこにはいつもの元気がすっかり失せたヤミカゲがいた。どうも船酔いを起こしてしまったらしい。真っ直ぐ歩けずフラフラしている。

 一方、クインの方にはその様子はなく、いつもと変わらなかった。普段からアクロバティックな動きをしたりするから、船の揺れ程度でどうにかなったりはしないのだろう。

 さて、島と同じ名を冠するこの港だが、ドラードの港とは少し雰囲気が違う。ドラードは漁港と交易港が一緒になっていたが、ここに停泊している船は商船ばかりだ。大きな荷物の積み卸しをしている様子はない。交易の中継地点的な位置付けなんだろうか。

 港そのものは賑わっている。船員らしき人達もそうだが、温泉目当ての観光客だろう住人達が多い。屋台で土産物を買っている姿も見える。俺達が乗っていた船から降りた乗客達も、これから宿に向かったりするんだろう。

「拙者は予定どおり、硫黄の買い付けに行くで御座るが、フィスト殿はどうするで御座るか?」

「まずは屋台巡りだな。あと、食材の購入」

 何せ、美味そうな匂いが既に漂っているのだ。それを無視して進むなんてとんでもない。

「ぶれないで御座るなぁ」

「ま、自由行動でいいだろ。待ち合わせは、さっき教えた宿で。先に着いた方がチェックイン」

「承知。では後ほど」

 頷き、ツキカゲはヤミカゲを抱え上げ、歩いて行く。

「じゃ、俺達も行くか」

 クインに言って、早速近くの屋台へと足を運んだ。

「おう、いらっしゃい!」

 筋骨隆々の禿頭のおっさんが、威勢のいい声で出迎えてくれる。

 炭火で焼かれているのは魚だ。【魚介知識】によるとダガーフィッシュとある。平たく細長い魚で、秋刀魚に似ていた。それから、少し小振りなリーフシェルの貝柱の串焼き。

「ダガーフィッシュと串焼きを2つずつで」

「あいよっ!」

 さっと取り上げたそれらを、紙袋に見える木の皮でできた袋に入れて渡してくれた。値段表どおりの金額を出しておっさんに渡す。

「ダガーフィッシュは骨まで食えるが、頭だけは固くて食えねぇから残せよ。その名のとおり、投げたら刺さるくらいだ」

「物騒な魚ですねぇ」

 1尾をクインにやり、自分の分にかぶりつく。おお、味は秋刀魚だな。脂が乗ってて実に美味。大根と醤油、そしてビールが欲しくなる。骨もイワシ並に柔らかくて簡単に噛める。あっという間に食べ終えてしまった。クインの方は固いと言われていた頭すら噛み砕いて食べてしまっている。さすが狼。

 そしてもう1つの方。リーフシェルの貝柱の串焼き。クインに食べさせてやりながら、自分も食べる。お?

「旨味と歯ごたえが、知ってる物と違う」

 以前、焼いて食べた時の物よりも旨味がある。それに、汁気が少なくて歯ごたえが増しているようだ。

「おう、それは貝柱を干してあるんだ」

「へぇ。酒のつまみに良さそうです」

「だろ? ところで、干し貝柱なんて物も取り扱ってるんだが、1袋どうだ?」

 ニヤリと笑っておっちゃんが木皮袋をちらつかせた。炙ってつまみにするも良し、料理でダシを取るのにも良さそうだ。うぬぬ、商売上手め。

「1袋ください。それからダガーフィッシュは売ってもらえますか?」

「ありがとよっ! ダガーフィッシュは市場で買うといい。漁港はもうちょい先にある。ドラードでは売ってない魚もあったりするから、色々と見て回るといいぞ」

「ありがとうございます」

 礼を言って干し貝柱を買い、屋台を離れる。さて、次は何を食おうか。

 

 

 

 屋台を巡り、市場で色々と買い込んで、宿の前でツキカゲと合流した。

「待たせたか?」

「いや、拙者もつい今、到着したばかりで御座るよ。チェックインは済ませたで御座る。連れが来たら食事にするとも伝達済で御座るよ」

 元気になったヤミカゲを構いながら、そう返事をするツキカゲ。

「じゃ、メシにするか」

 買い食いとメシは別腹だ。屋台巡りもいいが、やはり本格的な食事は食わなくてはならない。

 そのまま宿である『動物の庭亭』へと入る。クインとヤミカゲも一緒に。

「いらっしゃい! ああ、お連れさんも来たんだね」

 恰幅のいい、いかにも肝っ玉母さんって感じの女性が、ツキカゲと俺を見て言った。

「おや、そちらのお連れさんの相棒も幻獣かい? 幻獣連れのお客さんが2人もだなんて、珍しいこともあるもんだねぇ」

 そして、クインの正体を見抜いた。いや、クインはともかく、ヤミカゲが幻獣である事も見抜いたのか。さすがは、と言うべきだろうか。

「さあさあ、席に着いておくれよ。相棒達の食事もちゃんと用意するからね」

 嬉しそうに笑いながら、おかみさんが奥の席を指した。

 この宿は、建物内への動物の立ち入りが許されている。ペットを飼っている旅行客や、使役獣を連れた冒険者には重宝される宿なのだ。俺にはクインが、ツキカゲにはヤミカゲがいるので、この宿の事を聞いて選んだ。宿泊客用の獣舎を準備している宿はともかく、建物内に立ち入り可の宿泊施設や飲食店は、GAOでも一般的ではないのだ。

 そして、それを理解しているからなのか、クインは俺が店でメシを食う時には、狩りに出掛ける事が多い。有り難くもあり、寂しくもあるので、こういう機会は逃さないようにしたい。

「それでは女将殿、料理をお願いするで御座る。この島の特産を使った料理を所望するで御座るよ」

「あいよ、任せときなっ!」

 とりあえずはお任せということで席に着き、料理を待つ間に話を進めることにする。

「で、首尾はどうだった?」

「上々で御座った。当面は不自由せぬだけの量を確保できたで御座るよ。それから、同じように異邦人が大量に買い付けに来たかどうかも聞いてみたで御座るが、今のところ、拙者達が1番のようで御座るな」

 確か硝石も、別ルートで入手できそうだって話だし、どうやら黒色火薬開発競争は【伊賀忍軍】がこのまま独走しそうだ。

「他の連中はどこまで進んでるのか、分かってるのか?」

「【第六天魔軍】と【鬼島津】に関しては、硝石の製造を試すようで御座るが……【甲賀忍軍】の方はどうで御座ろうなぁ。迂闊に近寄れぬ故、情報が少ないので御座るよ」

 ツキカゲが溜息を漏らした。【甲賀忍軍】も忍系ギルドだから、機密の保持は徹底してるんだろう。

「ん?」

 何気なく宿の外を見ると、思いがけない人物が見えた。一瞬で通り過ぎて行ったが、見間違えるはずがない。

「何かあったで御座るか?」

「いや、今、外に社長がいた」

「社長? どこの社長で御座る?」

「【カウヴァン】の社長の光信氏だよ」

 あれは間違いなく、この間の生放送で見た光信氏のアバターだった。

「いちプレイヤーとしてログインしていると生放送でも言っていたで御座るな。しかし、どうしてこの島に?」

「この島にある物って言ったら……温泉か?」

「しかし、【カウヴァン】の社長で御座るよ? その気になれば現実の温泉にも行けるで御座ろう?」

「リアルでは忙しいから、気分だけでもとGAOの温泉に来たとか」

 それにこっちだったら無料だし。リアリティにこだわったGAOなら、温泉も現実と変わらないだろう。だからこそ俺もこの島に来たわけだが。

「まあ、俺達には関係ないか」

 色々と話をしてみたいとは思うが、追いかける気はない。それより今はメシなのだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ