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第120話:報酬受領

 主犯であるテレマンの逮捕で幕を下ろした今回の事件は、神視点新聞によってドラードの住人達に知られることとなった。最近になってドラードでの影響力が増していた商人が、禁制品の密輸入や人身売買という、明らかな犯罪に手を染めていたのだから、住人の怒りも大きかったようで、あちこちで話題になっていた。

 表向きの発表でこれなのだから、裏の事情まで公表していたらどうなっていたことやら。

 ちなみに裏の事情というのは、テレマンがこんなことをしでかした理由についてなんだが、何故かエド様は俺にも教えてくれた。ただ、それについては口外しないようにと釘を刺されたが。国絡みの話だから、俺が今後それに関わる可能性はまずないだろうけど。

 テレマン邸への強襲に参加した報酬は俺達全員に支払われ、参加前に契約していたとおり、倒した私兵達の所持品もいただけた。私兵の武具や小銭はともかく、あの暗殺者が所持していた仕込み武器と毒が無事に入手できたので満足だ。ただ、あの毛色が違う私兵達の所持品だけは、後日の引き渡しとなるそうだが。

 で、俺から協力依頼をしたスウェイン達への報酬については2人分を現金で預かっている。スウェインとウェナの分だ。

 人数が合わないのは、ラスプッチン達紳士3人への報酬が、金ではなく【宝石の花】への入店権に変わったためだ。あいつら、何とかならないかとバラバラにメールしてきたんだよな。

 俺の一存で決めていいことではないので、カミラに伺いを立てたところ、料金は自腹という条件で許可が下りたから、そっちになったんだ。その後、彼らは必死で金策していた。あの熱意は真似できない……いや、対象が食い物だったら俺もああなるかも。

 そうそう、テレマンはきっちりぶん殴っておいた。アーツの類は使わず、ガントレットも外した上での一撃で。ダイジョーブ、シンデハイナイヨ?

 

 

 

 ログイン115回目。

 【宝石の花】の娼婦達が完治し、営業再開の目処が立ったところで、俺達は店に招待された。

 そして今、俺はカミラの私室にいる。約束どおり、彼女の料理を振る舞ってもらうためだ。ラスプッチン達は今頃、選んだ嬢の部屋だろう。緊張でガチガチに固まってたが、上手くやれるんだろうかね? その辺は嬢達がフォローするんだろうけども。

 以前入った時と違い、テーブルにはクロスが敷かれていて、ナイフやフォーク等が並べられている。カミラ側にもあるから、一緒に食事をすることになるのか。

 それから部屋の匂いが変わっていた。以前は薬草のそれだったが、今はほのかに甘い感じがする。花を飾っているわけじゃないから、香でも焚いたんだろう。

「今日はよく来てくれたな」

 テーブルの向こうで女主人が微笑む。今日のカミラは髪を結い、紅のドレスで着飾っている。出迎えてくれた時の、着飾ったエルカ達もラスプッチン達が見惚れて動けなくなるほど綺麗だったが、カミラが一番目を引いた。今まで地味な恰好しか見ていなかったからだろうか。

「楽しみにしてたんだ。来ないわけがない」

 この店で出す料理は全て、交替制でエルカ達が作っているという。舌が肥えた者が多いだろう客層を満足させる物を作れているわけだ。それを仕込んだのがカミラなわけで、彼女が作る料理がどれ程の物になるかと思うと楽しみで仕方がない。

「その期待には十分応えられると自負しているよ。では始めようか」

 言ってカミラが【空間収納】から瓶を取り出した。ラベルはないが、赤い液体に満たされている。この様子だと、料理は全部収納済みのようだ。

「フィストは、強い酒は問題なかったな?」

「ああ、大丈夫だ」

 念押しをするってことは、度数が強いのか。ゴブレットに注がれたそれはワインに似ているが。

「これは私が作った酒でな。鋸歯亀を漬け込んだ蒸留酒に、数種類の薬草を漬け込んだ鋸歯亀の生き血を加えた物だ」

「鋸歯亀って、動物すら襲うって言う亀だったな」

 川に棲んでいる30センチくらいの、甲羅が柔らかい亀で、噛み付かれたら肉を食い千切られるくらいに獰猛らしい。ところで亀の方は美味いんだろうか。

「滋養強壮の効果があってな。後でそいつを使った料理も出すが、まずは飲んでみるといい」

 ゴブレットを手に取るカミラ。俺も自分の物を手に取り、持ち上げた。

「では、フィストの今回とこれからの活躍に」

「【宝石の花】の再開と益々の発展に」

 ゴブレットを掲げ、軽く合わせる。キンと澄んだ音が響いた。

 まずは匂いを嗅いでみる。うん、生臭さはないな。香りは強いがアルコールのそれがメインじゃない。鋸歯亀のせいなのか、それとも他の薬草のせいなのか。

 初めての酒なので、ゆっくりと口に含む。舌を打つ刺激は強い酒のそれだ。だがそれ以外に、苦みとも甘みとも取れる味があった。それを口の中で転がし、飲み込むと、

「うお」

 思わず声を上げてしまった。熱が喉を通り過ぎ、身体中に広がっていく感覚がある。寝起きで飲んだら一発で意識がはっきりしそうだ。

「気付け薬か、って感じだな。これ、本当に酒か?」

「薬だと言っても通じそうではあるが、私は酒として作ったつもりだ。どうだ?」

「うーん……美味い、んだろうな」

 それは間違いない。これより美味い酒は今までにも飲んだことがあるから、特にというわけじゃないが。

「これから出る料理への期待感が高まると言うか。胃袋が、早く食い物を寄越せって騒ぎ始めた」

 食前酒ってそういう物じゃあるんだろうけど、効き過ぎだろう。

「食欲増進の効果もあるからな。そう感じるのは間違っていない」

 笑いながらカミラが料理を取り出す。皿に載っているのは牡蠣と、もう1つは揚げ物か?

「牡蠣のオイル煮と、ヤム芋の揚げ物だ」

「量に差があるのはどうしてだ?」

 俺とカミラの前にそれぞれの皿が置かれているが、俺の方が多いのだ。倍近い差がある。

「主賓の方が多く、というのもあるが、よく食べるそうではないか。遠慮することはないぞ?」

「間違っちゃいないが、俺が大食いだって誰に聞いた?」

「お前の相棒に、だ。聞き方次第でおおよそは分かるからな」

 まさかのクインだった。どのくらい食べるのかは答えられなくても、量の基準を設けて聞けば、それに首を振ることで答えることはできるからな。

 ちなみにクインは館の外にいる。今頃、積み上げられた肉を頬張っているだろう。調理した物も含めてカミラが用意してくれていた。

「冷めない内に食べてくれ」

「ああ、いただこう」

 まずは牡蠣からにするか。結構大ぶりの牡蠣だがフォークを刺して一口にすると、予想と外れた歯ごたえと共に牡蠣の濃厚な味が広がった。それだけじゃなく、ニンニクと香草の風味も合わさる。酒のつまみにピッタリの味だ。いや、酒がなくても食が進むぞこれ。

「こりゃ美味いな」

「ドラード沖で採れる牡蠣だ。それを一度燻製にした物を、ニンニクと香草を加えたオイルで煮た。お前なら、潜るのも苦にならんだろう」

 カミラはナイフとフォークを使って牡蠣を食べる。所作が様になっているというか、実は貴族だと言われても信じてしまいそうだ。

「釣りはそれなりに堪能したから、近い内に潜りたいとは思っているんだけどな」

 貝や海老等を狙ってみたいとは思っている。そうそう、GAOの牡蠣って、波打ち際の岩場の物より、海底の岩場にいる物の方が大きくて美味いんだそうだ。

 それはともかく、次はヤム芋の揚げ物にいこうか。切った物をそのまま揚げたんじゃなく、見た目はハッシュドポテトだ。

「おぉ……」

 サクッとした外側の食感と、中のトロッとした食感が面白い。味付けは塩だけというか、塩だけで十分だ。芋のほのかな甘みもいい。揚げたてだから余計に美味い。

「刻んだ物と摺り下ろした物を混ぜて油で揚げた」

「こんな食べ方があったんだな」

「お前はどんな食べ方をするんだ?」

「短冊状に切ったのに、果肉のソースを掛けただけの物とか。あとはやっぱり、摺り下ろした芋にダシ汁を混ぜた物を米に掛けてかき込むとか」

「前者はともかく、米とは何だ?」

 カミラが首を傾げる。ああ、米を知らないか。ということは、GAOには米がないんだろうかね。いや、カミラが知らないだけということもありうる。

「俺達の故郷にある穀物でな。大麦に似ていて、俺達はそれを炊いた物を主食にしているんだ。こっちでなら、大麦で代用できると思う」

 とろろ掛けご飯なら、むしろ麦飯の方がいいかもしれん。いかん、食いたくなってきた。

 

 

 その後に出たのは薬草と香草のサラダ。ドレッシングにまで薬草と香草が使われていて、サラダじゃなくて薬の山にしか見えなかった。それでも美味いと思えるのが不思議だった。ドレッシングは気に入ったんだがレシピは教えてもらえず。お前も調薬師なら自分で作れと言われてしまった。いや、ドレッシングはポーションじゃないだろ。

「では、次はこれだな」

 出されたのはスープ皿。その中には澄んだスープが入っている。いくつか浮いているのは肉団子だろうか。

「さっきの鋸歯亀でダシを取ったスープだ。入っているのはファルーラバイソンの肝臓を使った肉団子だな」

「鋸歯亀ってそのまま食うんじゃなくてダシなのか」

「身の方も普通に食えるが、今回はダシを取るためだけに使った」

 贅沢な使い方、ってことだろうか。ともあれ、飲んでみるか。

 一口すると、旨味が一気に広がった。何だこれ、すごいコクだ! 鋸歯亀だけでこんな味になるのか!?

「……これ、亀以外のダシは?」

「鋸歯亀だけだ。その他は調味料すら入れていない」

 以前グンヒルトが作ってくれたコンソメスープとは、また違った味わいだ。それを単一食材だけで出したっていうのがすごいな。

 肉団子も食べてみる。混ぜてあるのは刻んだタマネギか。スープを吸った肉団子はこれまたいい味を出している。レバーの臭みは全くない。

「鍋にするのもいいかもな」

「そういう料理もあるぞ。その場合は一部の内臓を除いて全て食べることができる」

 まるでスッポンみたいな亀だな。いや、案外、同じような存在なのかもしれない。今度、川で探してみよう。試してみたくなった。

「それにしても……」

 スープを飲み干した後で、今までに出た料理を思い返してみる。

「時間が掛かるものはともかく、手順が複雑な料理はないんだな」

 手間は掛かっても、特殊な技法が必要なものはない気がする。その気になれば俺でも作れそうだ。

「気付いたか」

 俺の言葉をカミラの笑みが肯定した。

「今回出している料理は、そしてこれから出す料理も、調理が単純な物ばかりだ。言い方を変えれば、お前が外で作りやすい物でもある」

 狩りをした物を俺が自分で料理して食っていることは、カミラとの雑談で話していた。わざわざそういう料理を選択してくれたのか。

「見た目重視の洒落た物を少量出すより、今回のような方がいいだろうと思ってな」

「量って意味じゃ、そうだな。美味い物をいっぱい食えるのは幸せだ」

 システム的に満腹感が起きないから、無限に食えるもんな、俺。

「見た目重視の方も興味はあるが」

「そちらは客として来てくれれば、振る舞うこともできるだろう」

 言いつつ、カミラが次の料理を出した。長皿に載っているのは、細長い白身だった。ウナギの白焼きに見えるが、ウナギよりかなり太いな。

「川ウツボを焼いた物だ。香草のソースを付けて食べてくれ」

 ウツボ。見た目がごっついアレか。GAOじゃ、川にも棲んでるんだな。

 ナイフとフォークで手頃な大きさに切り、言われたとおりに別皿の香草ソースを付けて食べる。口の中で白身が溶けた。これ、味はウナギだ。昔、食べたことがあるウナギの白焼きを思い出した。脂が適度に乗っていて実に美味い。小骨もなくて食べやすいし、香草ソースのアクセントもいいな。

「米があれば乗せて食うんだがなぁ」

 これは是非、蒲焼きにして食いたい。もっと言えば鰻丼。ああ、でもタレがないか。【料理研】に頼んでみるのも手だろうか。

「これも米とやらと合わせるのか?」

「味付けは、これとは違って濃厚な感じになるんだけどな」

「ふむ……フィストの言う料理、一度は食してみたいものだな」

「色々と足りない物があるから、簡単にはいかないが、それらしい物なら何とかなるかもな」

 ウナギ、じゃない、川ウツボを食べながら、合間に酒を挟みながら、料理の話題に花が咲く。

 

 

 

「いや、堪能した」

 腹をさすりながら、息を漏らす。

 結局、何品を食べたんだろうか。10品以上はあったと思う。結構な種類と量をカミラは用意してくれていた。最後にはフルーツケーキまで出てきたのには驚いた。カミラ、何でも料理できるんだな。

「満足してもらえたなら、腕を振るった甲斐があったというものだ」

「しかし、薬草や香草を使った料理が多かったな?」

「美味いだけの料理では芸がないと思ってな。そこらでは口にできない物を出させてもらった」

 満足げな笑みを浮かべてワインを口にするカミラ。まあ、薬草を絡めた料理なんて調薬師でもあるカミラにしか手が出せない領域だろう。わざわざ料理に使おうと思う奴もいないだろうし。

「ああ、以前は特に言及がなかったが、薬草料理については興味があるか?」

 そんなことをカミラが聞いてくる。

「ないわけじゃないんだが、即効性のある物じゃないんだろ? 即効性のある方は問題があるからやめとけって言ったのはカミラだし」

「別に毎日それを食べなければならんわけではないぞ? 異邦人と言えど、身体が第一だろう。普段からその身を気遣うことは悪いことではないと思うが?」

 ふむ……実際、そういうのがステータス的にどういう影響を及ぼすのかは未知数だが。現実の過去でも香辛料が薬として使われていたことがあったことを考えると、その逆に薬を香辛料代わりにしてもいいか。

「手頃なレシピがあるか?」

「あるとも。見せられる物を今、持ってこよう」

 問うと、カミラが席を立つ。おや?

「調薬室じゃないのか?」

 カミラの足は、調薬室ではないもう1つのドアへと向かっていた。

「薬物の調合法とは別にしてある。料理の製法記録はこちらの部屋だ。薬草料理以外の物もあるが、興味があるか?」

「勿論。それも見せてくれるのか?」

「構わんぞ。数が多いが……まあ、そこで待っていろ。今のお前じゃ歩くのも覚束ないだろう」

「ん? 別にそんなことはないぞ?」

「強い酒をかなり飲んでいるのだ。無理をしなくてもいい」

 ああ、酔いが回ってると思って気遣ってくれたのか。でも実際のところ、そんな感じは一切ない。頭にうっすら霞が掛かったような感じはあるが、これはそれなりに飲んだらいつものことだし。第一、料理のお陰なのか、今から狩りに行けるであろうくらい身体の方は調子がいい。

「無理なんてことはないぞ」

 席を立ち、カミラの方へと歩く。うん、足取りも素面の時と変わらない。

「な?」

「まったく……」

 呆れたように口元を緩め、しかしそれ以上は何も言わず、カミラは部屋のドアを開けた。

 

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[気になる点] 養命酒に牡蠣、山芋、スッポン・・・どう見てもアッチが目的な料理群ですねぇw
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