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第119話:捕り物2

お待たせしました。

 

 さて、叩き潰すのは確定として、どうするか。

 屋敷の廊下だ。大立ち回りができる程の広さはない。相手が一斉に向かってこられない状況であるのは有り難いが。

「ラスプッチン、半分任せていいか?」

「フィスト殿、断っておくが、俺は魔術師だからな? 相手に近接された時の防衛用で【手技】を使えるようにはしたが、本来は遠距離専門だ。今回は狭い屋内だから物理を多用しているだけで」

 言ってラスプッチンが溜息ひとつ。駄目か。いい線いってると思うんだが。

「だが、先制の広範囲魔術は撃てるだろう。前に出て牽制を頼む。あの見るからに暗殺者風のはフィスト殿向けだろうしな」

 ラスプッチンが詠唱を始めた。向こうもそれに気付いて速度を上げる。ラスプッチンの邪魔をされないように俺も前に飛び出した。

「食らえっ!」

 右手から【魔力制御】で魔力を解放。それを前方に撒き散らすように腕を振ると同時に【魔力変換:火】を発動させた。魔力の光が炎へと変わり、廊下を覆う。目の前に炎の壁ができたら当然怯む。私兵達も例外ではなかった。

 とは言え、単に魔力が炎になっただけだ。熱はあるが、それだけで相手にダメージを与えられるものではない。しかも魔力の放出を止めれば当然炎も消える。相手の足を止めたのはわずかな時間だけだった。

 しかしその時間で、ラスプッチンの詠唱が完成した。

「フィスト殿、退け! ライトニングを撃つ!」

 後ろからの声を聞いて、背筋を冷たいものが駆け抜けた。魔術の名で頭に浮かんだのは、一直線に敵へと突き進む雷撃だ。こんな狭い場所でぶっ放したら、俺まで巻き込まれる!

「ま、待ておいっ!?」

 制止の声を掛けつつも、床を蹴って後方へ跳ぶ。そんな俺の横を、ラスプッチンの魔術が通過していった。ただそれは、俺が想像していたものではなかったが。

 真っ直ぐ飛んでいったのは雷撃の帯ではなく雷球で、それは私兵の1人にぶつかり、派手な音を立てて光と共に弾けた。それに巻き込まれた私兵達が次々と膝を着いていく。

「援護する」

「お、おう」

 再びラスプッチンが詠唱を始めたので、言いたいことはあったが再度前に出た。麻痺の効果も出たのか、動きが鈍っている私兵達に容赦なく拳足を叩き込んでいく。完全に無力化できているかは怪しく、自害の可能性は残ったままだが、今はテレマンの確保が最優先だ。あいつを逃がしちゃ意味がない。討ち漏らしはラスプッチンに任せよう。

 薄暗い廊下が不意に明るくなった。ラスプッチンが照明の魔術を使ってくれたようだ。【暗視】のスキルは持ってるが、これならMP消費が抑えられるので有り難い。

「侵入者の迎撃は、あんたへの依頼に含まれてるのか?」

 目の前に立ち塞がる黒装束に、そう問いかける。普通に考えれば、暗殺者への依頼なんて長期のものではなく、誰かを殺したら終わり、そういうものだろう。今回の件で言うなら、【宝石の花】の娼婦達に【淫奔の代償】を盛った時点で終了のはずだ。依頼主の警護まで含まれるだろうか?

「俺の仕事はそこの豚をぶん殴ることだ。お前をぶん殴ることは含まれていない。用がないならとっとと失せろ」

 事実、今回の依頼は禁制品を取り扱うテレマン一味の逮捕なわけで、ドラード側としてはこの暗殺者を重要目標とは定めていない。ただ、俺としてはこんな奴を野放しにしておきたくはない。少しでも油断してくれればいい、そういう意図で放った勧告だったが、

「依頼は完遂せねばならん。私の毒が通用しなかった、などと評判が広まると都合が悪い」

 暗殺者の男に退くつもりはなさそうだった。それに今の言い方だと、まだ【宝石の花】にちょっかいを出す気か?

「そうか……だったら、今日限りで廃業してもらおうか!」

 右足に【強化魔力撃】を展開して床を蹴る。一気に加速して間合いを詰め、【魔力撃】を込めた右拳を放った。それを暗殺者は横に跳んで回避する。

 急制動を掛けて振り向くと、暗殺者が迫っていた。手にした小剣はゆるく湾曲した片刃の物で、奇妙な光沢がある。恐らく毒が塗ってあるんだろう。それらが左右から突き込まれてくる。

 両の拳でそれを受ける。刃とガントレットがぶつかって甲高い音を立てた。

 そして音が連続する。次々と繰り出される刃をガントレットで弾く音だ。毒使いの暗殺者だから、近接戦の技量自体はそれ程でもないだろうと思ってたが、とんでもない。油断していたら一瞬で首を掻き切られそうだ。

「服の下に、何か仕込んでいるな?」

 攻撃の手を緩めることなく、暗殺者が問うてきた。そのとおりで、服の下には【翠精樹の蔦衣】を着込んである。刃が何度か腕を掠めているのだが、そのお陰でダメージを受けずに済んでいた。

 だがそれは、こちらの迎撃をかいくぐって、防具のない箇所を的確に狙っているということでもある。今は斬撃だからまだいいが、これが刺突に変わると厄介だ。【翠精樹の蔦衣】は、蔦が身体を覆っているに過ぎない。蔦と蔦の間に刃が通れば、そのまま傷付くことになる。

「ラスプッチン! エネルギーボルトを!」

 1対1などと言っていられる状況でもない。ここは俺がこいつを足止めして、ラスプッチンに必中魔術で遠距離から削り倒してもらおう。そう思ったのだが、

「階下から敵が来た!」

 背後から緊張を帯びた声が返ってきた。呪文の詠唱は聞こえてこない。間に合わないと見て近接戦闘に移行したようだ。

「厳しい……なっ!」

 しばらく攻撃を凌いだ後で、【強化魔力撃】を起動し、暗殺者の刃に叩きつけた。魔力爆発がその手から小剣を奪い取ることに成功する。これで相手の手数が減る、と思った瞬間、暗殺者の篭手から刃が飛び出してきた。両刃の直剣で剣身は先の小剣より短いが、当然毒は塗ってあるだろう。傷付けられるとまずいのは変わらない。それにしても仕込み刃とか、ロマン溢れる装備を使いやがって。こいつをぶちのめしたら戦利品として回収して、コスプレ屋に持ち込んでやる。

 それはともかくテレマンが動こうとしないのは何故だ? 普通ならとっとと逃げると思うんだが。それともこの先には下に降りるルートがないんだろうか。こちらとしては助かるけど、いつまでもじっとしている保証はない。暗殺者相手に時間を掛けるわけにもいかないな。

 武器の長さが変わったせいか、暗殺者の連続攻撃が微妙にずれてきている。反撃するなら今が好機か。

 一瞬できた隙に合わせて、一度後方へと大きく跳ぶ。そして真正面から暗殺者に向かって駆けた。間合いに入る直前で、壁に向かって跳ぶ。その壁に足を着き、膝を曲げ、思い切り蹴って暗殺者を強襲――するように見せかけた。飛び込んでくるタイミングでカウンターを入れようとしたんだろう。小剣がこちらへ突き出されるのが見えたが、その刃の先に俺はいない。【壁歩き】を発動させた俺は壁に張りついた状態で、暗殺者の右腕は突きを放ったまま、俺の目の前で止まっている。それが引かれる前に壁を蹴り、暗殺者の右手首を掴んだ。当然暗殺者はもう一方の仕込み刃を繰り出してくるが、そちらもガントレットで受け流すと同時に手首を掴む。

「これでも食らえっ!」

 暗殺者の手首を掴んだまま魔力を解放し、同時に【魔力変換】を発動させた。

「コレダーっ!」

「あぎゃああばばっ!?」

 今度は火ではなく、雷属性。俺の魔力が雷撃へと変わった。愉快な悲鳴を上げて暗殺者がもがくが、雷撃を継続したまま振り回し、床へと叩きつける。持ち上げて再度叩きつけ、また持ち上げたところで雷撃を解除し、【魔力撃】の拳を鳩尾へと打ち込んだ。身体がくの字に曲がり、白目を剥いた暗殺者が床へと落ちる。

 しかし仕留めたはいいが、この使い方はMP消費がでかい。それに雷撃自体の攻撃力はそれ程でもないみたいだし。レベルが上がれば威力も上がる、そうなればいいんだが。

 後ろを振り向くと、ラスプッチンが私兵との戦いを続けていた。巨大な【魔力撃】チョップを巧みに使い、ひーひー言いながらも複数の私兵を相手にしている。なんだ、やっぱり何とかなってるじゃないか。援護は不要みたいだな。下から戦闘の音も近付いてるし、もうじきこっちの援軍も上がってくるだろう。となると。

「さて、覚悟はいいか?」

「ひいっ!」

 今回の黒幕、テレマンに拳を叩き込むお時間だ。拳を鳴らしながら俺はテレマンに近付いていく。テレマンは腰が抜けたのか、その場にへたり込んだままだ。

「た、頼む……助けてくれ……」

「何を勝手なことを言ってやがる。犯した罪はしっかりと償ってもらうし、お前をぶん殴るのは決定事項だ」

 今まで散々悪事を働いてきたんだ。助けてくれだなんて虫が良すぎるだろう。

「ちっ、違う、そうじゃない! しっ、死にたくないっ!」

「何を勘違いしてるんだ? 俺達はお前を捕らえに――」

「くっ、来るなあぁっ!」

 何なんだテレマンの奴。この状況で錯乱でもしたか? 顔は真っ青だし、ってこいつ俺を見てないな。一体何を――

「なっ!?」

 テレマンの視線を追うと、そこには1人の私兵が立っていた。ラスプッチンの雷撃と俺の蹴りで沈めた奴だ。仕留め切れてなかったか。

 私兵は剣を手にこちらへ駆けてきた。その動きに鈍さはない。ポーションでも使ったのか、ダメージはないように見える。

 私兵が剣を振り上げる。その剣を捌くべく俺は拳を構えたが、剣は向かってこなかった。私兵は俺に攻撃すると見せかけて、横を抜けたのだ。その先にはテレマンがいる。こいつまさかっ!?

「このっ!」

 【強化魔力撃】を発動させ、床を蹴って加速。そのまま背後から体当たりをぶちかます。車に轢かれた実験人形のように私兵が吹っ飛んだ。

「ぎゃあっ!?」

 しかしそれでも剣を振るったんだろう。テレマンが悲鳴を上げて左腕を押さえた。こいつ、やっぱりテレマンを殺そうとしやがった。

「こいつを殺らせるわけにはいかないな」

 テレマンを庇うように前に出て、無駄だと思いつつ、問う。

「お前らどこの組織だ? 雇い主を殺そうだなんて異常だろ」

 私兵は無言。その目は俺ではなく、背後のテレマンに向けられている。俺をどうこうするより、テレマンを殺す方が優先順位が高いのか。だが、こうなった以上はそれも無理だ。

「フィスト!」

 背後からジョンの声が聞こえた。どうやら下も片付いたみたいだな。これでこっちの優位は揺るがない。

 私兵もそれを悟ったんだろう。手にした剣を下ろした。そして腰に提げてあった短剣を抜き、それを躊躇なく自身の喉に突き込んで倒れた。

「こんな簡単に自害するとか……どんな教育されてきたんだこいつら……」

 何もかもが分からない。本当に、何者なんだこいつらは?

「無事か?」

「俺達は、な。主犯のテレマンは無事確保したが、お揃い装備の私兵共はご覧のとおりだ」

 自害したばかりの私兵を見ながら、やって来たジョンの問いに答える。

「こっちもか。下の方も同じだ。半ゴロツキみたいなのは投降したが、こいつらと同じ恰好の連中で生きてるのは2人だけで、後は全員自殺したり互いに殺し合ったりしてた」

「ちらっと聞いたが、港の方も、同じ連中がいたそうだ。何なんだろうな、こいつらの温度差は……」

 ジョンとリチャードが気味悪げに私兵達の死体を見る。自害するだけじゃなくて、味方を殺す奴もいたのか。さっきの私兵と同じと言えば同じだが……いや、テレマンは死ぬのを嫌がっていた。その点だけ見ても、この私兵達とは違う。単なる雇用者と被雇用者の関係ではなさそうだ。生き残りの私兵から情報を引き出せればいいが、即座に舌を噛み切ってしまいそうだ。

「おい、テレマン。こいつら何者だ?」

 この中で唯一、こいつらの素性を知っているだろうテレマンに尋ねるが、

「血が! 血がっ! 死んでしまう! 誰か医者をおぉっ!」

 左腕を押さえてパニックを起こし、話にならない。しかもやかましい。仕方ないので顎に一撃入れて黙らせた。あ、これは宣言していたぶん殴るとは別カウントだ。目を覚ましたら、あらためてぶん殴ってやる。

「まあ、ややこしいことは分からないが、娼婦達の誘拐事件はこれで片付いただろうし、それだけでもよしとするか」

 と、ラスプッチンが肩をすくめる。

 確かに、誘拐にも絡んでいたテレマンを捕らえることができた以上、これ以降、連続誘拐事件は起きないだろう。他の関係者からも話を聞いてからでないと断言はできないだろうけど、それは俺達の仕事じゃない。

「とりあえず、他に私兵共が隠れてないかチェックしていくぞ」

 まだ確認が済んでいない部屋もある。だったら、まだ仕事は続いている。今考えても分からないことに思考を割くのは無駄だ。捜索を続行するとしよう。

「行くぞ、お前ら」

「もう一頑張りといきますか」

「あと少し、あと少しで仕事も終わる!」

「とっとと片付けて、報酬をもらおうぜ!」

 ラスプッチン達が気合いを入れ直しているのを見ながら、俺も報酬へと思いを馳せる。

 美味いメシまで、あと少しの辛抱だ。

 

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