第118話:捕り物1
草木も眠る丑三つ時、とは言うものの、今現在この辺りでは、起きている者の方が多いだろう。いわゆる高級住宅街。金持ちの屋敷が建ち並ぶこの区画の入口に、多くの衛兵さん達が集まっていた。
目的はテレマンの屋敷だ。そこに通じる全ての道路は既に衛兵さん達によって封鎖されている。
食堂に来た衛兵さんが告げたのは、エド様からの伝言で、力を借りたいとのことだった。
館の方へ足を運んで事情を聞いたところ、テレマンの犯罪への関与が浮かんできたらしい。拷問祭りからこちら、あちらはあちらで更に捜査を進めていたようだ。
ただそれは、娼婦達の誘拐とは別の犯罪だった。それでも攻める材料が多い方がいいだろうということで、俺達が掴んだ情報についても提供してあげた。
結果、騎士団によるテレマン逮捕が計画され、俺達はそれに協力することになった。そう、俺達だ。ラスプッチン達も一緒だったりする。クインは念のため【宝石の花】に残っている。
手順としては、テレマン所有の倉庫や船等を一斉捜索し、目当ての物が見つかった連絡が来たら本邸に突入、という流れだ。
「お前ら、本当にいいのか?」
もう一度、ラスプッチン達に念を押す。今回の件、既に調査云々は関係ない。ドラードから報酬が出るとは言え、荒事に首を突っ込む必要はないだろうに。
「ああ。娼婦達の敵は俺達の敵だからな」
真面目な顔でラスプッチンが言った。それについては限りなく疑わしいだけで、まだ確定じゃないんだけどな。
「それはいいが、相手は人間になるぞ?」
今回、エド様に無理を言って、突入の際には俺が一番前に出られるようにしてもらった。本当なら騎士団が前に出るのが筋だが、例の錬金毒使いの所在が分かっていなかったからだ。もしもそいつがテレマンに雇われているのだとしたら、今回の突入で敵に回る可能性がある。もしも致死性の毒か何かを使われたら、騎士達に多くの被害が出るだろう。
その点、俺は生命力もかなり高いから、毒への抵抗も期待できる。万が一が起きても、やり直しができるプレイヤーでもある。ここで初死亡なんてする気はないが。
「森で獣に襲われる方が怖い。なに、足手纏いにはならんよ。これでも揚げ代のために狩りは頻繁に行っているからな」
意外なことにラスプッチン達は自信がありそうだった。ちなみにラスプッチンはローブ姿の魔術師、リチャードとジョンは革鎧を着た軽戦士だ。全員、今は武器を持っていない。始まったらストレージから出すんだろう。
「フィスト殿、港から伝令が来た。禁制品及び身元不明の女性達を発見、とのことだ。こちらはすぐにでも動ける」
この場の指揮官である騎士さんがそう教えてくれた。さすがにエド様やアル様がここまで出張ってくることはない。もっとも、2人とも館の方で指揮を執ってるんだろうけど。
誘拐の方も黒だった、か。
「お願いします」
頷くと、騎士さんが手を振る。控えていた衛兵さん達が一斉に動き始めた。
そして今。俺達は、門の陰で身動きが取れずにいた。
屋敷を包囲し、門の前で隊長さんが呼びかけた途端に、二階の窓から太矢が飛んできたのだ。どうやってかは分からないが、港等が騎士団に押さえられたのが伝わっているらしい。
この辺りの屋敷は、壁は石造りで門扉は金属の格子であることが多い。テレマン邸もそれは変わらないので、壁に隠れていれば攻撃は受けないし、門扉そのものも破壊は難しくない。
手鏡を壁から少し出し、屋敷の様子を窺う。門から屋敷までの庭には人影はない。それを確認したところで手鏡に衝撃が走り、砕けた。太矢によって射貫かれたようだ。おいおい、あの距離から命中させるのか?
「隊長さん。商人の屋敷ってここまで警備が厳重なんですか?」
勝手なイメージだが、屋敷の警備って侵入者の警戒だろう。敷地内や屋敷内を巡回したり、金庫の前で警戒したり。
だがこれはそんなレベルを超えている。窓には板状の物が張られていて、わずかに射撃用らしい穴が空いていた。まるで日本の城壁にある狭間だ。しかもそこから手鏡を狙撃してくる技量まである。
「少なくとも、屋内警備がクロスボウを常備している商人を私は知らぬ。それだけ、やましいことがあるということなのだろうが」
太矢を受けた腕の手当てを受けながら、隊長さんが苦々しい声で言った。隊長さんの装備はプレートメイルだが、太矢はそれを貫いていた。かなり強いクロスボウのようだ。盾装備の兵を前面に出すのも厳しいか?
「フィスト殿、とりあえず、二階の窓の傍にいる連中は全て敵、ということでいいか?」
「非戦闘員が窓からこっちを覗いてる、ってことはないはずだ」
ラスプッチンの問いに、そう答える。正確なところは分からないが、二階の窓は全て板で塞がれている。その向こうには全て、射手がいると考えた方がいいだろう。
「では、まずは射撃を黙らせよう。数が減れば突入も容易くなるだろう」
「ここから魔術で射手を狙えるか? あるいは炸裂系の範囲魔術で」
「それはジョンとリチャードに任せよう。門扉を破壊した後で、窓を2つ粉砕するので、フィスト殿はその隙に壁を駆け上がってそこから内部に突入し、攪乱してもらえると助かる」
ラスプッチンの言葉に頷いてジョンが取り出したのは呪符だった。ジョンの奴、呪符魔術師だったのか。
「其は矢避けの符。理に従い、飛来する凶器から身を護れ」
ジョンが俺の革鎧に呪符を貼り付けた。詠唱内容から、それが対飛び道具の符であると分かる。
「威力次第だが、2~3発なら耐えられると思う。なるべく食らわない方向で」
「了解した」
続けてジョンはストレージから奇妙な物を取り出した。丸い革製の袋、いや、ボールだろうか。大きさはサッカーボール程だ。
「ジョン、これに頼む」
リチャードがジョンに、これまた丸い物を差し出す。こちらも革製のボール。ただ、こちらは野球の硬式球くらいの大きさだ。
「其は爆裂の符。理に従い、2度の衝撃を受けた後に爆ぜよ」
ジョンが2枚の符を準備し、それぞれを大小のボールに貼り付けた。今度の符は爆発系だ。でも、2度の衝撃の後ってどういうことだ?
「では、行くぞ」
ラスプッチンの手に魔力の光が灯る。しかし詠唱が聞こえない。単に【魔力制御】で魔力を運用してるだけか?
魔力の光が一気に広がり、ラスプッチンの右手が1メートル程に肥大化した。いや、正確には魔力が巨大な手の形になった。何かこういう格ゲーキャラをどっかで見たことがある気がする。
「そいやぁっ!」
そしてそれを水平に構え、気合いの声と共に横振りする。魔力の手によるチョップが門扉を叩くと、魔力爆発が起きて門扉が吹っ飛んだ。これ、【強化魔力撃】じゃないか!? お前、魔術師だろうに!
「はっはっは!」
笑いながらラスプッチンが門の内側に踏み込んだ。当然、二階から太矢が飛んでくる。しかしラスプッチンは、今度は両方に魔力の手を作りあげ、それを盾にするようにして自身を守った。
「シュートぉっ!」
「かっとーばせーっ!」
続いてジョンとリチャードが飛び出した。ジョンは呪符を貼ったボールを軽く放り投げ、【魔力撃】を込めて蹴り上げる。リチャードの手にはいつの間にやら金属製のクラブが握られていて、同じく呪符付きのボールを【魔力撃】で打ち上げた。
それぞれのボールは真っ直ぐに別々の窓に激突し、派手な音を立てて爆発した。ああ、2度目の衝撃ってそういう……これなら呪符魔術の射程以上の遠距離攻撃ができるな。
「ゴーーーールっ!」
「葬らんっ!」
ジョンとリチャードの声で我に返った。いかん、呆けてる場合じゃない。
「援護頼む!」
それだけ言って、両足に【魔力撃】を込めて突っ込む。【気配察知】で窓が吹っ飛んだ部屋の辺りを探ると、何人かいるのが確認できた。今ので無力化してるかは分からないが、抵抗するなら叩き潰すだけだ。
一気に建物に近付いて、【壁歩き】で壁を駆け登り、破られた窓から内部に突入する。さっきの呪符の爆発で吹き飛ばされたのか、3人が倒れていた。全員が革鎧を身につけ、腰には剣を提げている。意識は失っておらず、俺に気付いて目を見開いている。
悠長に待ってやることもないので、近くにいた男の顎を蹴り飛ばし、続けて身を起こしかけた男2人も容赦なく蹴りつけた。それから全員の手と足首を踏み潰して戦闘力と逃走手段を奪う。
「さて、射手を全部潰していくか」
二階の射撃が止まれば、騎士団も安全に突入できる。邪魔者を排除していこう。
あー、でも。ジョンとリチャードの攻撃で片付くかもな。
2度目の爆音を聞きながら、そんなことを考えた。
あれからラスプッチンが飛行魔術で二階に上がってきたので、一緒に行動することにした。基本的には俺が【気配察知】で部屋の中を確認し、突入して2人で無力化だ。魔術師であるはずのラスプッチンが【魔力撃】チョップで相手を沈めていくのが納得いかないが。魔術使えよ魔術師。
「しかし、解せんな」
二階の射手を一通り鎮圧し、三階へと進む途中で、疑問が口から零れ出た。
「何でこいつら、ここまで必死なんだ?」
敵の抵抗が予想以上に激しい。金で雇われてる私兵にしては頑張りすぎだ。犯罪の片棒を担いだことで自棄になっているのかと思ったが、そうじゃない。
「ただの犯罪者ではないのかもしれない。フィスト殿、こいつらが使っていた装備、気付いたか?」
ラスプッチンの問いに、頷くことで答える。
今まで何人もの私兵と戦ってきたが、その中に、同じ鎧、同じ剣を装備している連中がいた。それはクロスボウで狙撃してきた連中で、動きが明らかに違った。その上、中途半端に無力化したら自害しやがった。俺が最初に無力化した奴らも、気がついたら舌を噛んでいた。装備がバラバラのいかにもな私兵は、降伏勧告をしたら武器を捨てて投降してきたから、余計に異常さが際立って見える。
「何らかの目的を持った一団であることは間違いなさそうだが――」
階段を登り切った所で足を止める。廊下の奥にある部屋から人が出てきた。
1人は40代半ばに見える小太りの男。もう1人は黒装束に双剣を持った、多分男。
それからお揃い装備の連中が、ざっと5~6人だろうか。
「あの小太りがアマンド・テレマンだ」
ラスプッチンが小声で教えてくれた。へぇ、あれが、か。こう言っちゃ何だが、悪人面だな。分かりやすくていいけど。
「な、何者だっ!? ドラードの狗かっ!?」
テレマンが狼狽えつつ叫ぶ。悪人面の上に小者っぽいな。
「まあ、今はドラードの騎士団に雇われた身だが。それとは別件があってな」
「別件、だと?」
意外そうにテレマンが眉をひそめる。俺にとっては別件と言いつつ、本題だけどな。
「【宝石の花】にちょっかい出しやがった件について、ぶん殴らせてもらおうと思ってな。随分とえげつない真似をしてくれたじゃないか。回復させるのに随分と骨を折ったぞ」
「お、お前が解毒したのかっ!? 余計なことをっ!」
テレマンが怒りを露わにした……今の、自白ってことでいいかね? ついでだ、この調子で他のことも喋ってもらおうか。
「娼婦達の誘拐までやってたみたいだが、何で【宝石の花】だけ、あんな回りくどいことをした? あそこの娼婦達なら攫えば結構な値が付くだろう?」
「あの店には潰れてもらわねばならなかったのだ。一時的に娼婦達が減ったところで、時間を掛ければカミラがまた育て上げる。買収を持ち掛けたこともあったが、あの女は首を縦に振らなかった」
ん? テレマンの方からカミラに接触したことがあったのか? カミラ、心当たりがないって言ってたはずだが、これって十分な心当たりじゃないだろうか?
「こちらの店で客を奪えればよかったが、あの店は今も変わらずドラードで最上位の位置を保ったままだ。このままではいつまで経っても目的は達成できん。そこで今回の件だ。カミラを外で始末できていればそれでもよかったが、役立たず共が失敗しおって」
ああ、カミラを狙ったのだけはテレマンの指示だったか。
「娼婦達は性病で全滅し、女主人はそれを苦に失踪した。そういう筋書きにするつもりだったのだが、お前のせいで台無しだ! おまけに商売まで潰してくれおって! もうこの国にはいられなくなってしまった!」
そりゃ悪事に手を染めたお前の自業自得だ、アホめ。
「で、【宝石の花】に毒を盛ったのは、そっちの黒いのか?」
テレマンの横に無言で控えている男に視線を移す。鼻から下を布で覆っているが、その目は俺への敵意を隠していない。仕事を台無しにしたのは俺だから恨みの1つもあるだろう。正確には俺とカミラだけど。
「あと、そこの私兵共は何者だ? 随分と風変わりな連中のようだが?」
「……どうせ死ぬお前達に話したところで無意味だ」
ん? 調子に乗って正体を喋ってもらえるかと思ったんだが、何故か口が重いな。それに、あまりいい感情を持っていないようでもある。お前が雇ってる私兵だろうに。
「屋敷は完全に包囲されてる。下の階では既に騎士団が突入しているし、異邦人も何人か混じってる。屋敷から逃げることができたとしても、ドラードから出ることはできんぞ? 素直にお縄につけ」
多分、無駄だろうと思いつつも、一応勧告する。
「まだ終わってはおらぬわ! お前達! その男共を殺せ!」
そして、予想どおりの言葉が返ってきた。
私兵達が前に出て来る。黒装束はまだ動く様子はないな。
ともかくテレマンをぶん殴れば今回の件は片付くんだ。気になる点は色々あるが、それは全部終わってからだ。
報酬の美味いメシのために、お前ら全員叩きのめす!