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第117話:情報収集2

2015/12/22 脱字訂正

 

「フィストか。久しぶりだな」

 【宝石の花】に行くと、顔を合わせるなりカミラがそんなことを言った。昨日会ったばかりだろうと思ったが、それは現実時間の話だ、と気付く。GAO内では数日が過ぎているのだ。

「皆の容態はどうだ?」

「会話なら問題ない程度には回復している」

「そうか、それは何よりだ。で、何か変わったことはあったか?」

 留守の間に問題がなかったか尋ねてみる。

「荒事は今のところ起きていない。不法に侵入してくる輩もなしだ。ただ、面白い来訪者がいたぞ」

 面白いと言う割に、表情は正反対なものをカミラは見せた。

「薬の行商人だったのだがな。性病用のポーションを売り込みに来た」

「それ自体は別におかしくは……」

 いや、おかしいか。そもそも、性病用ポーションは普通の調薬店での取り扱いがない。少なくともアインファストからドラードまでの調薬ギルド加盟店では、俺が卸したコーネルさんの所以外にはなかった。

 だとすると、単独運営の調薬店で仕入れているってことになるが、この界隈に性病用ポーションを売る行商人がいるなら、噂すらないってことはないはずだ。

「今までに、そういう行商が来たことってあるのか?」

「今回が初めてだ。何とも都合のいい時機に来たものだな」

「それって本当にポーションだったのか? ポーションを装った毒物だったとか」

「どうだかな。ここには私がいる。不要だから実物を見てすらいない。間に合っている、と答えたら意外そうではあったが」

 そりゃそうか。まさか娼館の主が凄腕の調薬師だなんて誰も思わないだろう。

「それにな。そいつはまっすぐにこの館に来て、そのまま近所には立ち寄らずに去って行ったよ。この館の近所には、何件もの娼館が建っているというのにな」

「最初からここ目当てだった、ってことか……となると、様子見だった可能性があるな」

 もしここでカミラがポーションを求めれば、毒が効いていることが確認できる。それにポーションを買ったという事実があれば、【宝石の花】に関する『噂』を補強できるし。買ってなくても、薬売りが娼館に出入りしていたのを見た、なんて使い方もできるか。

「で、そいつの行方は?」

「普通に下町の安宿に入った。風貌はこんな感じだ」

 カミラが呪文を唱えると、中空に男の姿が投影された。30歳くらいの、目立つ特徴がない男だ。木製の箱を背負っている。薬入れだろうな。

「よく追えたな。それ以前に、そいつがここへ直接来たとか、どうやって確認したんだ?」

「使い魔の目を介した」

「使い魔……ああ、視覚の共有化ができるのか」

 魔術師が使い魔を持ち、感覚を共有できるというのはファンタジーではよくある設定だ。館の外を監視してたんだろう。

「ただ、その男が来た時、お前の相棒は反応しなかった」

 ということは、ここに侵入した奴とは別人か。様子見のためだけに雇われた奴か?

「とりあえず、こいつを当たってみるか。こいつ、まだその宿に逗留してるのか?」

「いるはずだ。あれから宿を出た様子はない」

「宿自体から出てないのか?」

 宿に泊まっている以上、この街の住人じゃないんだろう。わざわざドラードに来たであろうそいつが、宿から一歩も出ていない? 不自然、だよな?

「少なくとも表の出入口からは出ていないのは間違いない」

 気になる点はあるが、会ってみないと始まらないか。何も知らずに雇われただけなら無駄足になるが、関係者ならゲロってもらおう。ただ、もうスウェインはいないから、嘘を見抜けるかどうかは分からないのが不安要素ではある。

「ところで、お前の方はどうだった?」

「ああ、ぼちぼちと情報は入ったが、エルカを襲った連中はここの件と直接の関係はなかった」

「そうか。手掛かりが途切れてしまったな」

 カミラが表情を曇らせる。こちらから打って出る情報がない以上、仕方ないことだった。

 

 

 

 訪ねた宿で男を呼び出してもらったら、少女の悲鳴が聞こえた。

 この店は宿屋と酒場を兼ねたよくある形式の建物で、宿は2階からだ。階段を駆け上がって悲鳴の主を捜すと、ある部屋のドアの前で尻餅をついている店員の少女がいた。近付き、開けっ放しになったドアから中を見ると男が倒れている。カミラの幻影魔術で見せてもらった男と同一人物だ。

 部屋に入って男を観察する。見る限り、男に外傷はない。床に血が零れていることもない。僅かに異臭がするし、肌が変色しているから時間も経っているようだ。そういや、この男がいつ【宝石の花】を訪ねてきたのか聞いてなかったな。

 部屋の中は荒らされた様子もない。男の荷物らしい革製のリュックが残っている。が、【宝石の花】へ来た時に持っていた背負い箱がなかった。

 死因が分からないとどうしようもないが、物盗りの仕業ってことはないだろう。リュックが残ってるのは不自然だし、背負い箱だけがないのもおかしい。いや、この男が宿に入った時に、背負い箱がどうなっていたのかを確認してみるのが先か。

「お嬢ちゃん、この男がこの宿に来た時、背負い箱を持ってなかったか?」

「あ、えと……はい、背負っていました」

「誰かが、それを受け取りに来たりは?」

「わたしが下にいる時は、降りてこなかったので……いない時のことまでは……」

「ありがとう。衛兵さんを呼んでもらえるか?」

 お願いすると、少女は逃げるように階下へと走って行った。

「始末と同時に回収した、のか?」

 部屋のドアは鍵が掛かってたんだろうか? 通りに面した窓の方は、開きっぱなしだな。ここから侵入してきた可能性もあるか。

 縁を手で撫でてみると、ざらっとした感触が僅かに伝わる。砂と小石の粒、だな。誰かが土足を乗せないとこうはならないはずだ。それが侵入者のものだと断定することはできないけども。

「クインを連れてくればよかったか」

 彼女なら匂いで判別もできるだろうし。【宝石の花】に侵入した奴の匂いが残っている可能性もある。連れ歩くと、俺が何か嗅ぎ回ってるっていうのがバレるか? いや、今更か。毒が効いてないらしいってのは恐らく『敵』に伝わってるんだから。後で連れてこよう。昼間なら大丈夫だろ。

「フィストさん」

 不意に、背後から男の声が聞こえた。振り向くと、折り畳んだ紙を持った手だけが部屋の入口の低い所から覗いていた。こいつ、いつの間にここまで近付いた……?

「誰だ?」

「銀の剣の一振りから、と言えばお分かりで?」

 そう言い、床に紙を置いて手が引っ込んだ。銀の剣の一振り……ああ、つまりウェナが接触してくれていた情報屋か。

 床の紙を拾い上げると同時に廊下を見ると、男の姿はどこにもない。足音の1つも聞こえなかったし、普通に歩いてれば廊下の角に消えるまではまだ余裕があるはずなんだが。

「まあ、それはいいか」

 紙を開いて内容を確認する。追加で頼んでおいた情報がそこには記されていた。ただ、謎の調薬師の所在はまだのようだった。

「でも、この情報、どうするかな」

 手配してもらったものではあるが、結局こちらも俺が欲しかった情報ではなく、誘拐事件の手掛かりだ。

「後で官憲に提出するか。そろそろ待ち合わせの時間だし」

 これから会合がある。ここで俺にできることもないし、立ち去ってもいいだろう。死体の第一発見者は宿の少女だし。

 念のために、宿にはこれから出掛ける先を伝えてから、そちらへと向かうことにした。

 

 

 

 場所は変わって狩猟ギルド直営食堂。同じテーブルにはラスプッチン達3人が座っている。

「じゃ、始めるか」

 今回は、前回からそれぞれが得た情報の共有のための会合だ。メールでのやり取りでもいいのかもしれないが、直接会って話をする方が詳細の確認もできるので集まってもらった。

「まず、【宝石の花】の娼婦を攫おうとしたゴロツキ共の件だが、そちらは娼婦達の誘拐には関わっていたものの、【宝石の花】そのものを狙っていたわけじゃなかった。それから、俺がログアウトしている間に、【宝石の花】に性病用ポーションを売り込みに来た行商がいたそうだ。その行商については、ここに来る前に死んでいるのを確認した。病気か他殺かについては不明。こちらはこのくらいだな」

 俺の得ている情報を放出し、視線を巡らせてラスプッチン達に促す。

「じゃあ、ジョンが得たあの情報からでどうだ」

 ラスプッチンがそう言うと、ジョンが頷いた。どうもあちらはあちらである程度の情報を共有しているようだ。

「まず、俺は街娼の方を当たったんだが。実はGAO内の昨日、港に女の死体が揚がってな。それが、行方不明になっていた街娼の1人だった」

「どうしてその女が行方不明の街娼だと?」

「遺体の損傷は激しかったが、刺青の部分が残っててな。その特徴を持つ街娼や娼婦を知らないか回ってみたら、該当があった。首実検を頼んだらビンゴだった、ってわけだ。行方不明になる直前よりかなり痩せてたみたいでな。消えてからこちら、ろくな状況じゃなかったんだろう。一応スクショは撮ってあるから、確認したいなら後で見せる。結構グロいぞ」

「アインファスト防衛戦の時には【解体】を持ってたから、多分大丈夫だ」

 動物の内臓も、人の死体も、たくさん見てきた。何とかなるだろう。

「で、この情報については俺もリチャードも先に聞いててな。そこで疑問が湧いたんだ。いなくなった街娼達が、今、どこにいるのか。結構な数がいなくなってるし、それならそいつらを隠しておく場所が必要になる。じゃあそこはどこなのか。ひょっとしたら、どこかの島なんじゃないか、と」

 つまり、ラスプッチンの予想では、誘拐犯は海の上ってことか? そういや海賊が出るって話はあったな。でも、海岸沿いの村を襲うならともかく、防壁もある街に入って女を攫うようなことをするだろうか? 俺が捕らえたゴロツキ共もそっち系には見えなかったし。

「死ぬか殺されるかして海に捨てられた。あるいは逃げ出してそのまま溺れ死んだ。状況的にはそんな感じじゃないかと。スクショを見たら分かるが、鮫か何かに囓られたように見える傷があったんだ」

 なるほど、それなりに沖の方を漂っていた可能性が高いってことか。ただ、ロックシェルフクラブみたいなのが棲んでいる海だ。沿岸側にも鮫に似た生物がいないとも限らない。

「で、見つかった街娼は、行方不明が始まった頃の奴っぽいな。その後、身元不明の女の死体が最近になって見つかってないか聞き込みをしてみたが、そっちは該当なしだ。とりあえず、俺の方は以上だ。次はリチャードでいいんじゃないか?」

 ジョンに頷き、今度はリチャードが話し始める。

「俺はちょっと近場の村に足を伸ばしてみた。同じように行方不明になった女性がいないかどうかの確認だ。少なくとも海沿いの漁村では似たような事件は起きてなかった」

 てことは、やっぱりドラードの中だけで起きてるのか? 旅人が行方不明になるって話は聞かないし。いやでも、カミラが襲われた件があったな。発覚してないだけ、ってこともあり得るか。

「で、俺も街娼にいくらか当たってみたんだが、行方不明になった1人について、興味深い話が出てな。近々、店に入るって言ってたそうだ」

「街娼の勧誘、ってことか? そんなことがあるのか?」

 街娼って、店に所属できない、したくない連中ってイメージがあるんだが。よほど条件が良かったんだろうか。

「そういう例も、ないわけじゃないらしいが。ただ、実際にそういう話があって、街娼仲間に別れも言うことなく突然消えた。そのことを教えてくれた街娼達とは仲も良かったらしくて、何も言わずに消える奴じゃない、って言っててな」

「消える直前にその街娼を見たって奴はいないのか?」

「最後にそいつを買ったっていう馴染みの客は見つけた。その後で雇い主に会うって言ってたらしい。どこの店かは、まだはっきりしないって言ってたそうだ」

「何だそりゃ? 声が掛かってるのに、どこの店で働くかは未定ってことか?」

「どの街に行くことになるか、まだ決まっていないってことらしい。要するに、新規開店に当たっての人員募集ってことなんだろう」

 ふむ。消えた理由が、誘拐に巻き込まれたってことなら、今までの街娼達と変わらない。ただ、勧誘によって行方不明になったのなら話は変わってくる。

 でもこれ、完全に娼婦連続行方不明事件の捜査になってしまっている。今更抜けられないのは分かってるが、もっと、こう……俺が本腰を入れたいのは【宝石の花】関連なんだが。

「で、その事で、3人で店を回ってきた」

 そこでラスプッチンがテーブルに紙を置く。店の名前と、その横に数字が……何だこれ?

「必要経費」

「ほう……」

 経費は認めたし請求しろとは言った。言ったが、何だこの金額? 揚げ代か? 全部、高級娼館クラスだなっ!?

「ま、待て落ち着け! ちゃんと理由は話すから【魔力撃】を消してくれっ!」

 無意識に【魔力撃】を起動していた。ラスプッチン達が蒼い顔で身を引く。周囲の客達の視線が集まったように感じたが、そっちは無視だ。

「納得のいく説明じゃなかったら、焼きアイアンクローの刑な」

「や、焼き……? わ、分かった、話すよ……さっきの続きだが、まずは娼館のスカウトが、実在するのかの確認だ。よその街に新しい店を開くだけの資本がありそうな娼館となると、並の店じゃないだろう?」

 既に娼館を経営している連中がその規模を拡大する、というのは分かる。全く別の分野の経営者が1から娼館経営を始めるというよりはあり得そうだ。他の街からの参入って可能性もあるだろうけど。

「あとは、他の高級娼館が【宝石の花】をどう思ってるかを知りたかったんだ。一般レベルの店が高級娼館と張り合ったり営業妨害したりってのはまずないだろうからな。同業者がちょっかいをかけるとすれば、同レベルの店だろ?」

 それもまあ、分かる。カミラも、他の高級店が自分の店をどう思っているかまでは分からないと言ってたし。

「で、成果は?」

 目を細めて、先を促す。問題はそこだ。

「勧誘の事実はどこの店にもなし。ただ【宝石の花】について聞いた時、【黒薔薇の楽園】って店のオーナーが、いつまで咲き誇っていられるか、みたいなことを言ってな。どういう意味だって聞いたら、こちらも店をより良くしていっているからいつか追い抜いてみせる、って答えたんだ。で、その時にこうも言った。最近、【宝石の花】がおかしいんだ、ってな」

「おかしいって、何が?」

「本当なら休業期間は過ぎてるのに店が再開されていない。しかもその途中で薬屋が出入りしていたようだ、だとさ」

 そう言って、ラスプッチンが肩をすくめる。

「薬屋についての噂は、今日になって酒場で聞いたぞ」

「俺も。【宝石の花】に薬売りが出入りしてるようだ、って」

 ジョンとリチャードも頷いた。それ、もう確定でいいんじゃないか?

 色々と言いたいことはあるけども、結果的に情報が入ったのならいいか。カミラが納得してくれるかどうかは知らんが。

「で、その【黒薔薇の楽園】の経営者って誰だ?」

 【魔力撃】を解除して、問う。

「名前は……アマンド・テレマンだったかな」

「テレマン?」

 ラスプッチンの告げた名前には聞き覚えがあった。ストレージに入れておいた紙を取り出す。ウェナ経由で収集した追加情報が記された物だ。

「誘拐事件と前後して羽振りが良くなった、娼館の経営も手掛けている商人がいてな。そいつの名前がテレマンだな」

 ここで繋がるのか。完全に別口だと思ってたのに。

 しかし疑問も残る。娼婦の誘拐がテレマンの仕業だとして、何で【宝石の花】の娼婦を狙って攫おうとしないんだ? 女達を売り払おうって言うなら、器量のいい女ほど高く売れるだろうに。それとも別の思惑でもあったんだろうか。

 ともかく情報は得た。ただ、ここから先、どうするか。問答無用で押し入ってテレマンを叩き潰す、なんてわけにはいかない。そもそもそんな権限は俺にはない。GAO内ではただの異邦人でしかないんだから。

「情報だけ提供して、衛兵さん達に任せるしかないか」

 証拠固めも必要だろうし、逮捕するなら人手も要る。テレマンが真犯人なら一発ぶん殴ってやりたいところだが……逮捕時に参加させてもらうことってできるんだろうか。

「こちらにフィスト殿がおられると聞いたが!」

 その時、店の入口から俺を呼ぶ声が聞こえた。そこにいたのはドラードの衛兵さんだ。宿屋の件だろうか。

 手を挙げて所在をアピールすると、衛兵さんはこちらへ駆けてきて姿勢を正して一礼し、耳元で用件を囁いた。

 

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