第116話:情報収集1
「スウェイン、どんな感じだ?」
「素人だから確かなことは言えないが」
今、俺達は、衛兵さん達から書類を見せてもらっている。聴き取り記録と呼ばれる物で、衛兵さん達が犯罪者から聞き出した事を記録した書類だ。どんな質問に対してどんな回答をしたか、その時の様子はどうだったか等が書かれているわけだが。
「フィストが聞いていたとおり、依頼を受けてエルカ嬢を攫おうとしたと全員が供述しているな。依頼を受けたその時の状況も聴き取りをしているが、食い違う供述はない」
あのゴロツキ共、エルカ自身が襲われることを望んで依頼を出したなんてほざいてたが、供述でもその姿勢を崩していない。だったらあそこで俺に武器を向ける理由がないだろうに。大体、酒場で酒を飲んでいた時に知らない男が声を掛けてきたなんて言ってるが、普通ならホイホイ受けたりしない。それがもし嘘だったら、犯罪者一直線なんだぞ。
「酒場の店主が、ゴロツキ共とその依頼人らしき人物が会っていたのを見ているようだ。フード付きマントで顔は見ていないようだが」
エルカ自演説は俺の中ではあり得ない。故に、ゴロツキ共の供述は全て嘘だと思っている。となると、酒場の店主の証言が気になるところだが。
そもそも、酒を飲んでいる時の話だって言うのに、ゴロツキ共の供述に曖昧な部分が1つもない。全員が全員、その時の状況をはっきりと覚えているのは不自然じゃないだろうか。まるで最初から口裏を合わせているようだ。最初から疑ってるせいでそう思うのかもしれないけど。
「いずれにせよ、聞き足りない部分はある。一度聞いたことも、聞き直さねばならないが……フィスト」
既にされている質問を書き写した紙に、相談しながら決めた新たな質問を追加しながら、
「本当に、君がやる気か?」
この後のことをスウェインが聞いてきた。
「嘘が確認できたら、とりあえず衛兵さん達に任せる。それでゲロしないようなら……その時は仕方ない」
次の手を打たれる前に相手の正体を突き止め、片付けてしまいたい。ログアウトしている間に事態が悪化していた、なんてことだけは避けたいのだ。そのためにできることは、やらないといけない。それが気分の悪いことでも、だ。
準備を終えて、詰め所の地下へ移動する。壁も床も石造りで、ひんやりとした空気が漂っていた。魔術の照明が申し訳程度に灯っているが、長居したい場所じゃない。
案内をしてくれていた衛兵さんが、木製のドアの前で止まった。見張りなのか、2人の衛兵さんがドアを挟んで立っている。
「準備はできています」
「ありがとうございました」
お礼を言ってドアを開け、中に入る。スウェインと衛兵さん1人も一緒だ。ちなみにスウェインには、衛兵さんの服を着てもらっている。
部屋の中も石造りだった。中央に木製の机と椅子があり、その向こうに男が1人座っている。先日、エルカを襲ったゴロツキの1人だ。男の首と両手首にはベルトが巻かれていて、そこから鎖が伸びて壁に繋がっている。
部屋の中は廊下よりも寒い。事前に氷が詰まった樽を部屋の隅に配置しておいたからだ。長居をしたくない環境になっている。
「てめぇは……」
俺の顔を覚えていたのか、俺を見た男の顔が憎々しげに歪んだ。
「これからお前に質問をする。今までに聞いたことの再確認と、それ以外の質問だ。全て答えたら、お前はこの部屋から出られる」
「どういうことだよ……?」
「そのままだ。ここから出たけりゃ、とっとと答えろ、ってことだ」
質問リストを見ながら、問いを投げる。
「まず最初に。お前らが攫おうとした女がどこの誰か知ってるか?」
それだけ言って、待つ。少しして、男が答えた。
「知らねぇよ」
「次。お前らに依頼をした奴はどんな奴だった?」
「顔は分からねぇ。フードの付いたマントを着た男だった」
コツ、と途中で床を靴で叩く音がした。
「そいつはお前の知ってる男か?」
「初めて会った奴だ」
コツ。
「そいつは、お前らが酒場で酒を飲んでる時に、声を掛けてきたんだな?」
「ああ」
「あの時、女性を路地裏へ突き飛ばしたのは、その依頼をしてきた男か?」
「どうだかな」
「いくらの報酬を提示された?」
「1人、5千ペディアだ」
コツ。
「その男の話が嘘だとは思わなかったのか?」
「酒も入ってたしな。そんな話もあるんだろう、で深く考えなかった」
コツ。
「まさかとは思うが、同じように女を攫ったことが他にもあるんじゃないだろうな?」
「ねぇよ」
コツ。
「最近、夜華通りで娼婦達が行方不明になってるみたいだが、知ってるか?」
「……」
「娼婦が行方不明になってるって事件を知ってるか?」
「ああ」
「行方不明になった娼婦を知ってるか?」
「知らねぇよ」
コツ。
「行方不明になった娼婦達を攫ったのはお前か?」
「違う」
コツ。
「ところで【宝石の花】って娼館を知ってるか?」
「ああ」
「最近、あそこの悪い噂を聞いたことがあるか?」
「ねぇな」
「あそこの悪評を振りまいたことがあるか?」
「ねぇよ」
俺は振り返り、衛兵さんに質問のリストを渡した。靴音がした質問にはチェックを入れてある。
衛兵さんが頷いたので目配せすると、スウェインが男に近付き、詠唱を始めた。
「何をする気だっ!?」
狼狽える男を無視してスウェインは詠唱を続け、それが終わると男に触れた。魔力の光が弾け、文字のような物が男に染み込み、消えていく。
「さて。もう一度質問をさせてもらおう。依頼とやらを持ってきた男が誰なのかを、お前は知ってるな?」
「知らねぇ、って言ったろうぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
言葉が途中で絶叫に変わった。テーブルに突っ伏してもがき苦しむ男。かなりきつそうだな。
「なっ……何を、しやが……っ、た……?」
「何をしたらそうなったのか、それを考えれば答えは分かるだろう?」
そう言ってやると、男の顔が青ざめた。気付いたか。
種を明かせばスウェインが使った魔術のせいだ。【禁止命令】という、術者が定めた行為を対象に禁止する呪いの一種。それを破れば耐えがたい苦痛に見舞われることになる。
今回、スウェインに禁じさせたのは『嘘をつくこと』だ。つまり、先の質問に対し、男は嘘をついたからこうなった。
ちなみに、質問を始める前にスウェインはもう1つ別の魔術を使っている。【嘘感知】という、聞いた言葉が嘘であるかどうかを判別する魔術だ。男が質問に答えた時にしていた靴音は、スウェインが嘘だと看破した答えを俺に知らせるためのものだった。
犯罪者からの聴き取りに使うには色々と決まりもある魔術なんだが、今回はその条件もクリアしているから問題なし。スウェインがこの魔術を使えて助かった。
【嘘感知】に関しては、テーブルトーカーとしては色々と思うところがある呪文だ。推理系のシナリオでプレイヤーがこれを乱発すると、シナリオが崩壊しかねないのでGM泣かせだし、プレイヤーとしてもそれだけで謎解きを解決されると萎えるし。
だが今回はTRPGのセッションじゃない。嘘をついているのが確かな犯罪者を相手に、何の遠慮がいるものか。俺は名探偵や名刑事じゃないのだ。だからこれでいい。効率最優先だ。
「じゃあ、質問に戻ろうか。依頼とやらを持ってきた男を、お前は知っているな?」
同じ質問をするが返事はなかった。知らないと言えば、また苦痛に襲われるからだ。要は嘘をつかなければいいわけだから、質問に答えなければ、苦痛は起こらない。
が、そうなったらそうなったで次の手順だ。海外ドラマなんかでは、お前には黙秘権が云々なんて警察が言うシーンがあるが、GAO内じゃ、なにそれ美味しいの? だ。
「後はお願いします」
「分かりました」
外から衛兵さん達が呼ばれ、男を拘束して連れ出していく。行き先は、犯罪者を痛めつけるための部屋。つまり拷問部屋だ。ここは現実ではなく、GAO内だ。犯罪者に対する拷問は法で認められている。勿論、様々な条件や制約はあるのだが。
「さて、それじゃあ次の奴に行こうか」
残ったゴロツキ達が、別の部屋で待っている。黙秘なんてせずに全部ゲロってくれればいいんだが。
とりあえずゴロツキ共は全員嘘が発覚した。そこで素直に全て白状してくれればよかったのだが、【禁止命令】を一度使うと、それ以上は黙ってしまう。そうなると拷問部屋へと送り込まれるわけだが。
「なかなかしぶとく、口を割りません……」
申し訳なさそうに衛兵さんが頭を下げた。いや、犯罪捜査に首を突っ込んでるのはこっちですから。むしろこっちが邪魔になってないかと気をつけないといけない立場だ。
「でも、何でこうも頑ななんだろうな? どっちにしろエルカの誘拐未遂は確定だってのに」
ただ、そっちはただの連続誘拐事件に巻き込まれただけって感じだ。【宝石の花】についての供述は誰からも嘘が出なかったし、それに関する新しい供述も現時点では出てこない。こうなると俺的にはこの捜査に関わる理由がなくなってるわけだが、エド様に話を通した以上は、ここで協力を止めるわけにもいかない。
「酒場の店主も沈黙を続けているな」
証言の裏付けのために、ゴロツキ共が飲んでいたという酒場の店主にも聴き取りをしに行ったんだが、そちらにも嘘が認められたため、ゴロツキ共と同様の措置を施した。こちらもその後は黙ったままで、痛めつけても白状しない。
「やっぱり、棒打ちや鞭打ちじゃ生温いのかね」
衛兵さん達も、特に拷問に慣れているわけじゃないようで、ひたすら痛めつけることには抵抗があるようなのだ。そもそも、死なせてしまってはいけないわけだから、派手にやれないという事情もある。王都には専門の拷問吏がいるらしいんだけども。
「鞭打ちは生温い痛みではないはずなのだがね。白状したくないと言うより、白状したことが発覚することを恐れているようでもあるな」
スウェインが嘆息して言った。でもそうなると、組織的な繋がりがあるってことになるんだよな。厄介な。
打撃系の効果が薄いっていうなら、別の手段を試すしかないか。耐えられる拷問じゃ意味がない。
「駿河問いでも試してみるか」
「駿河問い、というのは?」
「手足を後ろで縛られたまま吊り下げられるやつ。ああ、でも縛り方って決まってるんだろうか……じゃあ石抱き――は、ギザギザ板がないな。木馬もないし、それなら塩責め、は塩が勿体ないか」
「どうして、そうもポンポンと拷問名が出てくるのだ?」
「時代劇って偉大だよな」
呆れるスウェインから目を逸らしつつ、どうしたものかと考える。どうせなら一発で片付けたい。受ける奴は勿論、見てる方もそれをされたくないと思うようなやつを……そうだ、あれを試してみるか。幸いポーションはしっかり持っている。それに【魔力変換】も修得したから、そっちでもいけるし。
「あ、すみません。壊れても構わないグラスをたくさん用意してもらえますか? それから、拷問室に炉はありますかね?」
「炉はあります。しかしグラスは一体何に?」
「拷問に使います」
不思議そうにしながらも、衛兵さんは準備に動いてくれた。
あっさりゲロった。さすが交渉人式拷問術、こうかはばつぐんだ。いや、正式にはそんな拷問術はないし、あの作品じゃ交渉人の方が拷問を受ける側だし、しかも彼は屈することはなかったけどさ。あのゴロツキ共にはそこまでの根性はなかったらしい。何度もやらずに済んだから、俺の精神耐久値的にも助かったけども。
しかし反省点はある。ゴロツキ共はともかく、衛兵さん達の目に畏怖の色が見えたことだ。違うんです、俺はああいうことを喜々としてやる人間じゃないですよ?
でも、すっかり当てが外れてしまった。肝心の、【宝石の花】への関与は認められなかったからだ。振り出しに戻ってしまった。
「ただいまー」
後を衛兵さん達に任せてスウェインと待機していると、ウェナが詰め所にやって来た。
「あれ、フィスト、疲れてる?」
「ちょっと、な。で、そっちはどうだった?」
こっちを見て首を傾げるウェナに曖昧に答えて、本題を促す。
「【宝石の花】への怨恨の線は出なかったよ。で、錬金毒についてはよく分からないけど、特殊な毒を使うらしい調薬師がドラードに来てるみたい」
「それが、錬金毒の使い手ってことか?」
「その可能性が高い、ってだけだね。錬金毒については、昔、そういう毒を使う暗殺者がドラード領内で孤児院をやってたって話だけど、孤児を暗殺者に養成してることが発覚して領軍に討伐されちゃってるって」
暗殺者、ね。でも今回、死者は出てない。毒繋がりってだけで、無関係なんだろうか。
「で、そいつの所在は?」
「現在不明。判明したらフィストに連絡してもらえるようにお願いしといた。それから娼婦の失踪の件だけど、ドラードの街を正規に出て行った線はなさそうだね」
「ああ、そっちは実行犯らしいのが割れた。今、衛兵さん達が色々と聞き出してる」
「そうなんだ。今のところ死体が出たって話もないから、生きていると思いたいけど」
「仮に殺されていたとして、死体の処理くらいできるだろうしな」
生きているとしても、何のために攫ってるのか、だ。可能性としては人身売買だと思うけど、ファルーラ王国に奴隷制はないし、人身売買は当然違法で重罪だ。金にはなるのかもしれないが、リスクが大きすぎる気がする。
「とりあえずはそんなところかな」
「分かった。悪いけどウェナ、もう一度行ってきてくれるか?」
今聞いた話や、ゴロツキ共の自供なんかを合わせて、いくつか確認したいことがある。そっち関係の情報も確認してもらおう。