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第112話:錬金毒

 

「フィスト、病気が何か、分かったの?」

「そのことだが、症状が増えた。アンジェラの顔に、痛みを伴う白い発疹が出始めてる。服の下は分からんが、あちこち痛いそうだ」

 直接答えずにそう言うと、エルカが目を見開いた。ああ、その症状には心当たりがあるんだな。

「う、そ……嘘よ! いくら何でもあり得ないわ!」

「だろうな。複数人が一斉にソムジェスを発症するなんておかしい」

 ソムジェスというのは、GAO内にある性病の1つだ。症状は、既に問診で確認できている発熱や頭痛等だが、一番の特徴は、さっき新たに確認できた、痛みを伴う白い発疹だ。これができて膿が出るようになると、病気が治っても痘痕が残る。外見が商売道具でもある娼婦にとっては最悪の病気だ。

 ただ、この病気は潜伏期間が長い。姐さんとやらがチェックしている以上、罹っていたらまず発見されているだろうし、性病という性質上、同時発症は不自然だ。エルカが否定したのもそのためだろう。

 ただ、俺はこれと同じ症状を出す毒についての情報をどこかで見た。ああ、そうだ、思い出した。アインファスト大書庫の蔵書だ。性病に見せかける毒だなんて無駄な物をとその時は笑ったんだが、こうなるなら『病症辞典』みたいに写本を作っておくんだった。さすがに毒の詳細まで覚えてない。手を出す気もなかったしな。

 とりあえず、手掛かりになりそうなのはこれだけだ。ここで一仕事が終わったら確認に行ってみるとして。

「エルカ。この館、出入りする外部の人間は客だけか?」

「お客様以外には商人が出入りしているわね」

「食料は? 最後に購入しに行ったのはいつだ?」

「食料も定期的に納品してもらっているわ。最後は休みに入る前。ロビーまで持ち込んでもらって、そこから先はこちらで食料庫へ運ぶの」

「その時に持ち込まれた食料は、エルカも口を付けたのか?」

「ええ、納品があった日の晩と、出発する日の朝はここで食べたから」

 エルカが発症してない以上、食い物からの線は薄いんだろうか。いや、たまたま毒入りじゃない物を口にしたのかもしれないか。それから、普通の来訪者が動き回る範囲は限定されるようだな。

 ここでクインに視線を戻して頼む。

「クイン、ちょっとこの館にいる女性達の匂いを覚えてくれ。で、それ以外の匂いが敷地内、特に外に残ってるかどうか確認してくれないか。報酬は鹿2頭で」

 他の可能性もないわけじゃないが、とりあえず毒を盛られたと仮定して動いてみよう。

 

 

 犬系の嗅覚が過去の匂いをどこまで追えるのかは分からなかったが、クインは見事にそれを探し当ててくれた。屋敷の内側、食料庫に立ち入った匂いはなし。食料に毒が混入されているかどうかは分からなかった。外回りを確認すると、裏手の塀を乗り越えて敷地内に侵入した何者かがいたようだ。塀の高さは3メートル近いし、よじ登った形跡もない。となると、跳び越えたんだろうな。嫌な予感しかしない。

 で、侵入者の行き先は、敷地内にある貯水槽と井戸だった。実はドラードというか、ファルーラ王国はちゃんと水道があったりする。村単位になると分からないが、アインファストからこちら、大都市には必ずあった。

 一般家庭は水道じゃなく井戸の場合もあると聞くが、この館に関しては水道と井戸の両方がある。井戸からも貯水槽に配管が繋がっていて、水を引き入れることができるようになっているようだ。

 ここの井戸は小屋の中にあり、入口は施錠されてたが、エルカに頼んで開けてもらい、クインに確認してもらったところ、侵入者の匂いが中にも残っていた。井戸の中は覗いてみたが、どうなってるのか分からない。見る限りでは異物は認められなかったが、無色無臭の毒だったなら見たところで分かるはずもない。

 貯水槽の方も同様だったが、鍵には匂いが残されてたので、やっぱり開けられて何か入れられたと見ていいだろうな。塀を越えて侵入してくるような奴が、水源に近付いて鍵を開け、何もしてないわけがない。

 一応、呪いの線も考えてはいたが、この状況だとやっぱり毒だろう。

「エルカ、水道と井戸の水は使うな」

 館の入口に戻りながら、現時点では毒の可能性が高いことを告げる。

「使うな、と言われても、水は必要よ?」

「分かってる。俺が常備してる樽入りの水があるからそれを出す」

 俺が常に持っている水樽は4つだ。とりあえずは何とかなるだろう。こんな形で役に立つとは思わなかったが。

「じゃあ俺はちょっと出掛けてくるから後を頼む」

「出掛けてくる、って……何をするのよ? その前に、戻ってくるつもりなの?」

 ん? どうしてそんな意外そうな顔をするんだ?

「当たり前だ。まだ何も終わっちゃいないんだ。このままにしておけるわけがない。1つ手掛かりの当てがあるから行ってみる。彼女らの看病は任せた。それから念のためだが、今ある食料も手を着けるな。腹が減ってるなら俺が持ってる食料を出しておく」

 不意にエルカが立ち止まった。どうしたのかとこちらも足を止めて振り返ってみると、

「どうした?」

「どうして、そこまでしてくれるのよ?」

 困惑した表情を浮かべて、言った。

「もしみんなが本当に毒を盛られたのなら、ここが誰かに狙われているってことになるわ。どう考えても厄介事にしかならない。それなのにどうしてなの? 本来、フィストには何の関係もないことなのに……関わったら、フィストの身に何が起きるか分からないのよ?」

 どうして、と問われれば、今の俺にできることがあるからだ、というのが答えだ。現代社会に生きる狩野拳児だとお手上げの事態だが、今の俺はフィストで、役に立つスキルや知識、物資を持っている。助けになることができるわけだ。

 既に関わってしまっているというのもあるし、困っている人の力になりたい、というのも嘘じゃないが、何よりGAO内での人助けは、気持ちと損得勘定だけの問題だからな。ここなら荒事に巻き込まれても、怪我をしたり死んでしまったりするのはアバターだ。死ぬことを前提にしたプレイをする気はないが、現実と違ってやりたいことを優先できる。これが現実なら命も身体も1つきりだから、迂闊に厄介事には首を突っ込めないが。

 まあ、そのままを言うわけにもいかないので、こう言っておく。

「お茶」

「え?」

「さっき助けたお礼だよ。まさか、毒入りの水で淹れるわけにもいかないだろ? しかもそっちの身内がこんな状態じゃお預けだ」

「そっ、それはそうだけど……そうじゃなくて――」

「だから。とっとと片付けて、お茶を御馳走してもらう。それでいいだろ?」

 目を瞬かせるエルカを遮って、話を終わらせる。できる限り関わる、そう決めたんだ。できることが何もなくなったのでなければ、あるいはエルカが絶対の意志をもって拒絶しないのであれば、俺は動く。

「……馬鹿ね、それは、私個人を助けてもらったお礼よ。今回の件には釣り合わないわ」

 泣きそうになっていた顔を無理矢理笑みに変えて、エルカが言った。娼館全体の話になってきてるのは確かだが、一応、今回の件はエルカを助けた事の延長だ。店として云々は姐さんとやらが戻ってからどう判断するかの話だし。

「お茶じゃ釣り合わないって言うなら、料理でも振る舞ってくれればそれでいい。何か食わせてくれ。あ、料理ができるなら、の話な。無理ならどこかいい店を案内してくれればいいけど」

「……この館に、料理ができない人はいないわよ。いいわ、この件が片付いたら、お店としてのお礼とは別に、私が個人的に御馳走するわ」

「ん。楽しみにしてる」

 笑顔が戻ったエルカから、クインに視線を移す。

「クイン、俺が戻ってくるまで、彼女達の護衛を頼む。追加で鹿1頭だ。荒事になっても相手を殺すなよ。色々と聞きたいことがあるからな」

 相棒は尻尾を振りつつ頷いてくれた。よし、これで心配はなくなった。それじゃ、アインファストへ向かうとするか。

 

 

 

 転移門でアインファストに跳び、そこからショートカットを駆使してアインファスト大書庫へと向かった。

 目当ての本は大書庫の奥、専門書がある区画で見つけることができた。

 毒の名は【淫奔の代償】。ソムジェスと同じ症状を引き起こす毒だ。皮肉な名前だよなこれ。使われたのは多分この毒だと思う。

 念のために毒と解毒剤の記述とレシピをスクショで写して、すぐに馴染みの『コアントロー薬剤店』に向かった。解毒剤の取り扱いがあれば、それが一番早いのだ。

「こんにちは、コーネルさん、ローラさん!」

 店に飛び込んだことに驚いていた2人には悪いが、時間がないので用件を告げる。

「毒薬の解毒剤を探しています! 【淫奔の代償】と呼ばれる錬金毒のものなんですが、この店には置いてますか!?」

 錬金毒、というのは【淫奔の代償】の説明文にあった単語だ。どういう物なのかはよく分からない。名称からして【錬金術】スキルが関係してる気もするが、【調薬】スキルで毒の鑑定ができなかったのはそのせいじゃないかと思っている。

「あの、フィストさん。錬金毒というのは何ですか?」

 申し訳なさそうにコーネルさんが問い返してくる。まさか錬金毒って知名度が低いのか!?

「知りませんか?」

「ええ、初めて聞きます。錬金術の名は聞いたこともありますが……そちら方面の特殊な毒なのですか?」

 今のコーネルさんの言い方だと、【錬金術】も修得していないのか? 生産系スキルのレベルが30になったら解禁されるスキルだって話だから、コーネルさん程の調薬師なら修得していると思ったのに。

「アインファストの調薬師で、知ってそうな人はいるでしょうか?」

「どうでしょうか。錬金術師がアインファストにいる、と聞いたことはありませんし」

 ようやく毒を特定できたと思ったら、その解決法がないのか……いや、レシピはあるんだ。解毒剤がないなら作るしかない。

「でしたら、素材の方はどうでしょうか?」

 レシピを確認しながら、足りない素材を挙げていく。

「ふむ……うちの店に置いていない物もありますが、恐らくギルドに問い合わせれば揃うと思います」

「そうですか。できる限り急いで、それらを揃えてもらいたいんです。できるだけ多く」

 それから、手持ちにある物も合わせて注文しておく。調薬に失敗する可能性もあるんだ。予備は多い方がいい。幸いなことに金はある。

「分かりました、すぐに手配しましょう」

 コーネルさんがローラさんを見る。何も言わずに頷いて、ローラさんは店を出て行った。調薬ギルドへ問い合わせに行ってくれたんだろう。

「しかし、何があったのですか? 毒とは穏やかではありませんが」

 店にある物を準備してくれながらコーネルさんが聞いてくる。

「ドラードでちょっと厄介事に巻き込まれまして。さっき言った毒らしい物を盛られた人達がいるんです」

「そんなことが……しかしフィストさん、素材があったとして、解毒剤を作ることはできるのですか?」

 コーネルさんの問いに言葉が詰まる。コーネルさんが聞いた事もない毒の解毒剤だ。俺の技量でどうにかなるんだろうか?

「コーネルさん、このレシピ、分かりますか?」

 レシピ画像を開いてコーネルさんへ見せる。コーネルさんはそれに目を通していく。

「……やはり、よく分からない手順がありますね……私では手が出せません」

 そして、残念そうに答えた。俺より【調薬】のレベルが高いだろうコーネルさんでも駄目か。魔力浸透とか特定成分抽出とか、他にも色々、何をどうすりゃいいのか分からない手順がある。少なくとも【調薬】のアーツにそれらはない。俺がどうこうするのも無理っぽい。

「ツヴァンドやドラードだと、分かる調薬師がいるでしょうか?」

「どうでしょうね……他の街の調薬師達がどんな薬を扱っているかまではさすがに……街のギルドに問い合わせた方が確実ではないかと」

 そりゃそうか。となると、今の俺は素材が揃うのを待つことしかできないな。一応、ドラードに戻る前にツヴァンドの調薬ギルドにも寄って確認はするつもりだが……そういや、スレの方は何か情報が入っただろうか? ドラードを出る前に、夜華通りの娼館で病気持ちが大量に出たって噂が流れていないかと質問を投げておいたのだ。あんな効果の毒を使ったってことは、その状況を利用する意図があるってことだ。だったら絶対、悪意を込めた噂を流すはずだからな。

 夜華通り情報スレを開くが、期待していた情報はない。それどころか荒らし扱いを受けていた。言葉が足りなかったか? もう一度、レスをつけておくか。

 それから、錬金毒についても検索してみよう。薬師プレイヤーにも質問してみるかな。

 

 

 

 掲示板ではめぼしい情報は得られなかった。秘匿されていない限りは、プレイヤーで錬金毒について知ってる奴はいないことになる。知ってる奴がいれば調薬の依頼もできたんだが。

 夜華通り情報スレの方は火に油を注いだだけだった。あいつら、俺を荒らしと断じてこっちの言うことを信じようとしない。詳細な事情を載せなかったのが裏目に出たか。今から追記しても多分逆効果だろう。名乗っておけば……いや、それを信じてくれるかどうかも怪しいな。仕方がないのでコーネルさんに1つお願い事をしておいた。いいやり方だとは思わないが仕方ない。

 ツヴァンドの調薬ギルドに寄って問い合わせもしてみたが、錬金毒の情報も解毒剤もなし。レシピを理解できる調薬師もいなかった。ドラードの方は、かつてそんな毒を使った暗殺者がいたらしい、という情報だけ聞けた。ひょっとして錬金毒って『裏』のブツなんだろうか。

 結局手に入ったのは、素材と自分では使えないレシピのみ、という散々な結果だ。現時点では他に心当たりもないので、仕方なく【宝石の花】に戻った。

 館に入るとロビーにクインが座っていた。

「お疲れさん、クイン。何もなかったか?」

 問うと頷いた。まあ、今の時点で強攻策に出る可能性は低かったけどな。

 そのまま俺はアンジェラの部屋に向かう。一番症状が酷かったから、エルカがいるとしたらそこだろう。

 が、その前に、手に桶を持ったエルカが部屋から出てきた。

「フィスト!? どうだった!?」

 俺を見て、桶を放り投げて駆け寄ってくる。

「毒の特定は多分できた。ただ、解毒剤は調薬ギルドの管轄内では取り扱いがなかった。解毒剤のレシピは入手できたが、作れる奴が見つからない。当てがあるなんて言っておきながらこのざまだ。すまない」

「……そう……」

 エルカの落胆は大きかった。が、すぐに表情を改める。

「でも、原因を特定してくれただけでもありがたいわ。何も分からないままじゃ、先に進むことすらできないんだもの」

 前向きだな。逆にこっちが元気をもらった気がするよ。

「一応、他の調薬師や医者も当たってみるつもりではいる。姐さんとやらが戻ってくるのは明日だろ? それまでに病状が悪化する可能性もあるし、できることはやっておこう」

 その姐さんが錬金毒の取り扱いもできるかどうかは分からないしな。まだ、やれることは尽きていないんだ。

 その時、ロビーの方からクインの吠え声が届いた。誰か来たか? それとも侵入者?

「ここで待ってろ。様子を見てくる」

 エルカをその場に残してロビーへ出ると、そこには1人の旅姿をした女がいた。

 年齢は20代後半からもう少し上、だろうか。ウェーブが掛かった真紅の長髪。美人ではあるが、凛々しさというか、迂闊に手を出したら痛い目に遭いそうな雰囲気があった。背は高めで、前で合わせたマントが胸の辺りで内側から大きく持ち上げられている。

 クインはさっきまで座っていた場所から離れ、女から距離を取って身構えていた。あのクインが警戒している? 特に強そうには見えないが、クインはあの女から何かを感じ取ってるんだろうか?

 女の視線がクインからこちらへと向いた。品定めでもするように俺を見ている。

「侵入者、というわけではないようだな」

 やや低めの声が紡がれる。やや高圧的な声色だ。勝手なイメージだが、女軍人とか女騎士とかの装いが似合いそうだな。薙ぎ払え、とか言わせてみたい。

「そんな言い方をするってことは、あなたはここの関係者か?」

 正面から堂々と入ってきたみたいだから、そうなんだろう。いや、多分だが、この女は――

「関係者というか、経営者だな。ここは私の物だ」

 予想どおりの言葉が返ってきた。ああ、やっぱりか。

「姐さんっ!?」

 さっきの声が届いたんだろう。エルカの声が聞こえると同時に、奥からパタパタと足音が近付いてくる。

「カミラという。お目に掛かれて光栄だ、フィスト殿」

 カミラと名乗った女はそう言って、笑みを深くした。

 

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