第110話:宝石の花
その1
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1d6×3 → 3-4-1
……ダイス神、ちょっと難易度高すぎませんかねぇ……!?
その2
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ですが、都合により感想返信を無期限で停止することになりました。再開については都合次第となります。
当然、今後の感想の全てに目を通すことは変わりません。今まで感想をくださった読者の皆様には大変申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
速度が落ちるのは仕方ないとして、エルカの足は歩くのに問題はなさそうだ。松葉杖でもあれば万全だったんだろうが、当然そんな物は準備していない。それでも歩くのがつらい、という感じではない。さっきエルカが言ったとおり、貼り薬が効いてるんだろう。あと、しっかり固定できてるのも大きいか。
「それにしても、あなたがあのフィストだったなんてね」
周囲を気にしつつ、特に路地付近でのおかしな動きを警戒しながら歩いていると、隣のエルカが好奇心を宿した目を向けてきた。
衛兵さん達との話の時は、さすがに失礼なので普段から被っているマントのフードを外したのだ。結果、顔バレしていたのか驚かれることになった。そしてそのままエルカにも名を知られた。基本的に俺は『ストームウルフを連れた褐色肌の異邦人』って認識されてるから、今日みたいにクインがいないと、誰にも目を付けられることはないと思ってたんだけどな。褐色肌のアバターを持つプレイヤー自体は少なくない。ジョニーだってそうだし。
ただ、単独行動しててもさっきのように素顔を知られてる場合もあるので、普段はフードを被っている。顔を完全に隠せればいいんだが、まさか仮面を着けるわけにもいかない。仮面にフード付きマントなんて怪しさ大爆発だ。
プレイヤーならスクショや動画で俺の顔を知ることもできるが、住人の場合は直接会うか絵姿でしか知ることはできないはずだ。ただ、絵姿については出回ってる可能性がある。以前、俺を襲撃してきたゴロツキがそれを持っていたことがあったのだ。あれってどうやって描かれたものなんだろうか。
ともかく、その筋の連中が俺の顔を知ってる可能性が高いので、今は抑止力的な意味でフードは外してある。夜華通りでプレイヤーの目には触れたくないんだが、エルカの安全が第一だ。
「どこにでもいる普通の異邦人だ。珍しいものじゃないだろ」
「分かってて言ってるんでしょうけど、あなたみたいな人がゴロゴロしてたら大変よ。でも、そんな顔をしてたのね」
面白そうに俺の顔を見るエルカ。アバターの顔は並よりマシ程度の造形にしてあるから、人の目を引く要素はないと思うんだがな。
「どんな人なのかっていうのは話題になっていたのよ」
どんな、とは聞き返さないでおいた。だというのに、
「我が身を顧みずにアルフォンス様達の命を救った異邦人。幻獣との絆を持っている。それだけならいい人で終わるんだけど、素手で大きな魔族を、それも一撃で倒すなんて聞いていたから、どんな怪物なんだろう、って」
からかうようにエルカが言葉を続けた。あー、それだけ聞いたらそんな感想にもなるか。プレイヤーはともかく、GAO内じゃ素手使いはほとんどいないみたいだしな。
「あ、そこを曲がって」
エルカの指示に従い、進路を変える。
夜華通りは、通りと名が付いてはいるが、1本の通りだけではなく、娼館街一帯を指す名だ。だからさっきまで歩いていた通りも、今歩いている通りも同じ夜華通りとなる。
が、雰囲気が変わった。雑多な人混みが消えた。街娼の1人すらいない。さっきの通りよりも立派な建物が両脇に並んでいる。しかもこちらは壁に囲まれた屋敷風の建物ばかりだ。夜華通りにこんな場所があったのか。やっぱりエルカっていいとこの出なのか? でも娼館街にそんな屋敷を建てるかね?
「あそこよ」
エルカが指し示すのは一番奥の正面。二階建ての、この辺りでは一番大きな屋敷だ。それでいて落ち着きもあるな。他の屋敷が華美なだけにそれが際立っているように見える。
「あれがエルカの家か」
「うふふ、家と言えば家ね。家であり、仕事場でもあるわ」
「仕事場?」
あれ、何か嫌な予感がしてきたぞ……?
「そう、仕事場。夜華通りがどういう場所なのかは理解しているでしょう?」
てことは、つまり……
「資格ある紳士のみが入ることを許される、一時の夢を売る館。【宝石の花】と言えば、ドラードで一番の高級娼館よ」
「じゃあ、そういうことで」
事実を耳にした瞬間に回れ右。その場を離れるべく前へと進む。
「ちょっ、ちょっと待って痛っ!」
しかしエルカに捕まってしまった。思ったより勢いがついていたらしい。俺はエルカを引っ張る形になっていて、怪我をした彼女はそれに抗うこともできず、体勢を崩す。声を聞いて足を止め、振り向いた時には、彼女は倒れる寸前だった。
咄嗟に腕を伸ばし、エルカの肩を掴んで支える。何やってるんだ俺は。
「すまん、大丈夫か?」
「……どうして逃げるのよ?」
「どうして、って……」
怒るというよりは困惑した顔でエルカが聞いてくる。それに俺は答えようとして――はて、どうして逃げようとしたんだ?
「何でだろうな?」
「私に聞かれても困るわよ」
逆に聞き返すと呆れられた。うん、すまない。
「でも、そうね……こういう商売をしている女を心のどこかで軽蔑してるのかもしれないわね」
自身の身体を抱くようにして、陰りのある表情と声でそんなことをエルカが言った。
人類史上最古の職業だなんて言われることもあるわけで。そりゃ、時代やら何やらでそれに対する見方や態度は変わるものだけど、ただでさえGAOはファンタジー世界なわけで、現代日本じゃない。娼婦という事実だけで偏見を持つ気はない。
「いや、それはないけども」
「そう、だったら問題ないわよね?」
コロッと態度を変えてエルカが笑った。変わり身早っ! はめられたっ!?
「今ので少し、足に負担が掛かってしまったわね。申し訳ないけど、肩を貸してくださる?」
笑みをたたえたままでお願いしてくるエルカ。はい、断る権利なんてありません。この場合、本当にさっきので痛みが増したかどうかは問題ではないのだ。
「……はい」
諦めて答えると同時、エルカがこちらの肩に手を置いた。否、肩を掴んだ。
「それじゃ、行きましょ」
歩みを再開するが、エルカの速度が落ちた様子はない。肩に体重が掛かってるわけでもない。肩を貸してるんじゃなく、逃げられないように捕まってるだけだなこりゃ。
「そうそう、さっきのあなたの疑問なんだけど」
「え? ああ、どうして逃げようとしたか、ってことか?」
「ええ。ひょっとして、経験ないの?」
「あるよ」
リアルでは、の話だ。フィストとしては、まだだけど。
「本当に? 見栄を張らなくていいのよ」
「そうする理由がないな。そこまで疑うなら、試してみるか?」
「魅力的なお誘いではあるけど、とっても高いわよ? あなたなら入店の許可は問題ないと思うけれど、まずは入店料2時間5万ペディアから。そこから先は、お客様の目的次第ね」
入店の許可、ってことは、店に入るだけでも資格がいるのか。入店料ってことは、それ以外は別料金ってことか? しかも目的次第ってどういうことだ。
「一応、娼館なんだよな?」
「あなたが想像する娼館とは少し違うと思うわ。そういう相手をするだけの店ではないの。社交場としての面もあるわ」
娼館よりは会員制の高級クラブの方がイメージに合うんだろうか。そんな所には行ったことないけど。
「俺には難易度が高すぎる店だな。金はあるけど身の丈に合った生活が一番だ」
「あら残念。でも、堅実なのはいいことよ。それに今のあなたなら、女の方から寄ってくるんじゃないの?」
「下心が見え見えの連中だけな。相手にしたら何があるか分からん」
ああいうのを食い散らかす度胸は俺にはない。女性の相手って意味なら、クインと狩りをしたりグンヒルトと料理を作ったりローゼとPvPしたりニクスの面倒を見たりする方が何倍も有意義だ。
「身持ちが堅いのは結構だけれど、人気者は大変ね」
「本気で大変だと思ってないだろう」
目を細めて睨んでやるが、エルカは含み笑いを止めようとはしなかった。
そんなことを話しながら歩いていると、店の前に着いた。正確には門の前だが。
「ん?」
門の内側、その両脇に立っている物があった。2体の全身鎧だ。剣を提げ、槍と盾を持っている。ただ、ヘルムの奥にはあるべきものがない。
「人間じゃないのか?」
「ええ。姐さん――この館の主が使役している門番よ」
リビングメイルか。GAOにはこんな物もあるんだな。プレイヤーが使役してるって話は聞かないが、使えるようになるんだろうか。
エルカが何やら呟くと、鎧が動いて門を内側から開けてくれた。
肩から手を離してエルカが進む。彼女が一緒にいるからか、リビングメイルは俺に敵対する様子はない。そういうのもちゃんと識別できるんだな。使えるなら欲しいかも。
近くで見ると、やはり立派な屋敷だ。領主の館周辺にあった貴族の屋敷と比べても遜色がない。
屋敷のドアが開かれる。館の外が割と落ち着いた造りだったのに対し、中は装飾等が増えている。それでも華美すぎるとは感じないバランスだ。この手の屋敷の内部を俺はアル様の所しか知らないけど。いや、領主館もそんな派手な感じはなかったか。
「ただいまー。今、帰ったわよー」
エルカが声をあげる。待つことしばし。返事はない。
「みんなー! 帰ったわよー!」
更に大きな声で呼びかける。返事はない。
「……仕事中、じゃないのか?」
「そんなはずはないわ。姐さんが外に出てるから、今は休業中だもの」
「だったら、のんびりしてるとか?」
「それでも来訪者に備えて1人はそこに控えているはずなのよ」
エルカの視線の先にはカウンターが1つ。受付用だろうか。
「まったく……休みだからって気を抜きすぎよ。ごめんなさい、ちょっと待ってもらえるかしら」
頷くと、エルカは屋敷の奥へと入っていく。
いつから休みだったのか知らないが、長い休みだとだれることもあるだろう。
そう思っていたところで、
「リディ! しっかりしてっ!」
悲鳴にも似たエルカの声が奥から響いた。
迷ったのは一瞬で、俺はその場を離れて声が聞こえた方へと向かう。開きっぱなしのドアがあったのでそこへ行くと、エルカが女性を抱きかかえて呼びかけているところだった。
部屋は厨房らしく、かまどや調理器具等が並んでいる。倒れていたのは銀髪ショートカットの女性。リディと呼ばれたのはこの人だろう。顔は赤く、汗を浮かべ、苦しんでいる様子だ。
料理中だったんだろうか。床には野菜がいくつか転がっていた。それ以外に不審な物はなさそうだ。
「エ……ルカ……?」
リディの目がうっすらと開き、エルカを見る。
「そうよ! 何があったの!?」
「み、みん……なが……病気に……」
「みんな、って……全員!? どういうことっ!?」
「エルカ、先にその子をベッドに運んだ方がいい」
事情を把握したいのは俺も同じだが、このままにしておくのは駄目だ。
「そ、そうね……フィスト、面倒を掛けるけど、リディを運んでもらっていいかしら? 部屋はこっちよ」
「分かった」
リディを抱き上げ、エルカに続く。
何だか、妙な事になってきたな……