第108話:火薬への道
ログイン109回目。
「フィスト殿、お待たせしたで御座る」
人混みの中からツキカゲが姿を見せた。相変わらずの忍装束姿で、忍者なのに全く忍んでいないな。
足元にはヤミカゲも一緒だ。以前はなかったが、首に黒い布を巻いている。ヤミカゲはクインを見ると、あんと鳴いて頭を下げた。クインはそれに鷹揚に頷く。ストームウルフのクインとケルベロスのヤミカゲ。犬系幻獣同士、気が合うのだろうか。見る限りはクインの方が上位というか上に見られているっぽいが。
「生放送、見ていたで御座るよ。運営側に知られているとはなかなかで御座るな」
「それはお前らもだろ」
「いやいや、拙者らはギルド単位。フィスト殿は個人でその名を知らしめているで御座ろう? そこは大きな差だと思うで御座るよ」
先日の生放送を話題にしながらその場を移動する。
「まあ、それはいいさ。生放送関連で一番気になるのは、他の幻獣達だ」
社長の発言によると、俺とその知り合い以外にも、幻獣を連れているプレイヤーが8人いるという。今、どこで何をしてるんだろうか。
「どんなプレイヤーがどんな幻獣を連れているので御座ろうな?」
「【幻獣知識】のスキルなんて持ってる奴、そうそういないだろうからな。自分の連れているのが普通の動物と違う、ってのが分からないとどうしようもない」
ツキカゲだって、俺が【幻獣知識】でヤミカゲの正体を見破らなかったら、ずっと犬だと思ってただろうしな。
「何をもって普通ではないと判断するか、で御座るな。ヤミカゲも、見た目は普通の犬で御座るし」
「クインは派手な色をしてるが、それだってGAOで普通なのかどうなのかは分からんかったしな」
それぞれの相棒を見る。クインはすまし顔を返し、ヤミカゲは小首を傾げた。
「GAOSの方はどうで御座る?」
「今のところは興味なし、だ。自由度が下がるなんて、デメリットしかない。テストプレイをする気にすらならない」
一応、GAOSの公式HPもできている。現時点で分かってるのは、人間以外の種族も選択できることと、アカウント取得に面倒な書類審査がないことだ。アバターも複数作成可能だとか。
それからGAOとは設定そのものにも違いがあるとのこと。つまり安易にGAOの情報を鵜呑みにして動くと痛い目に遭うかもしれないということだ。
まあ、興味を持った他のプレイヤーが試すことだろう。そして掲示板あたりで情報公開するに違いない。
ドラードの調薬ギルド。そこの調薬室を借りて今日は久々の調薬作業だ。
「フィスト殿、ちと尋ねるので御座るが」
傷癒草を磨り潰していると、ツキカゲが問いを投げてきた。
「どこかで硫黄を入手したことは御座らんか?」
硫黄。黄色っぽくて独特の臭いがあるってイメージがあるあれだろうか。
「皮膚病の薬の素材に使うって話は聞いたことがあるな。調薬ギルドでもいくらか取り扱いがあったと思うぞ。何かに必要なのか?」
「これから作る物に必要な材料で御座る」
「材料、か。何か効果の高い薬品でも?」
「実はブラックパウダーの製作に着手しているので御座るよ」
ブラックパウダー……黒い粉、って……
「黒色火薬だと!?」
思わず耳を疑った。黒色火薬の材料なんて、ネットで調べればすぐに出てくる。異世界転生ものや異世界転移ものでも主人公無双のネタとしては定番だ。確かに硫黄は火薬の材料だが、それをGAO内で作ろうというのか。
「いかにも。我ら忍、やはり火薬は必要であろうということになりましてな。ならば作ってみようかと、そういうことになったので御座るよ」
「いや、作るって言っても……材料、全部揃うのか?」
木炭はともかくとして、火薬が作れるだけの硫黄と硝石はどうするんだ?
「硝石は作ってみることになったで御座る」
「は……?」
硝石を入手する方法はいくつかある。1つは、どこかにあるかもしれない硝石の産出地を探すこと。あるいは作るというか抽出することだ。
「作るって、どの方法だよ?」
硝石の抽出方法もいくつかあるが、現状ですぐに試せるのは古土法だろうか。他のはかなり時間が必要となるし。その古土法にしても、便所や土間の土が必要だったと思う。GAOでそんな物を調達できるんだろうか? 一応この世界、トイレはあるけどな。住人が使うためのものが。幸いにしてプレイヤーのステータスに便意なんてない。もしもあったら、ただでさえ正気が疑われる運営に対して間違いなく狂人認定するところだ。今でも大概だけど。
「古土法で御座るな。他の方法も試すべきか画策中で御座る」
「リアルじゃ確かにそれで作れるんだろうが、こっちのシステムに実装されてるかは別だぞ?」
いくらリアリティに拘るGAOだからとて、システムに実装されていないものはどうしようもないんだから。硝石丘なんて作っても、効果がなかったら後始末が大変だぞ。
「試してみぬことには始まらぬ故。硝石そのものが存在せぬ可能性は十分にあるで御座るが」
しかしツキカゲは、というか【伊賀忍軍】としては、最初から諦める気はないらしい。まったく、チャレンジ精神旺盛というか。それにしても火薬の材料か。
「一応、入手できる心当たりはあるけどな。というか、硝石は持ってる」
そう言うと、ツキカゲが目を見開いた。
「なんと!? どっ、どこで入手したで御座るか!?」
「いや、硝石って、ハムやソーセージ作る時の素材の1つだし」
確か、殺菌作用というか、ボツリヌス菌対策で昔から使ってんだっけ。で、GAOのハムやソーセージでも、使ってたりする。だから入手自体は難しくない。俺はドラードの狩猟ギルドで買った。調薬ギルドでも買えるはずだ。ただ、火薬を作る程の纏まった量を確保しようとなると、どうなんだろうな。
その辺を説明してやると、ツキカゲが唸った。
「まさか、そんな身近な所にあろうとは……」
店で売ってるってのがそんなに意外だったか? いや、作り方を知ってるからこそ、そっちに意識が向いてしまっていたのかもしれないな。
「どういう経路で入手してるかは聞いてないが、多分、どこかに産出地があるんじゃないか?」
ただ、ファルーラ王国内にあるかどうかは分からないけどな。あれって乾燥地帯じゃないと産出しないらしいし。今のところ、ファルーラ王国内にそのような場所は確認されていないし。
ただ、探すにしたって硝石の鑑定ができる奴がどれだけいるかな。GAOでは、それが何であるのかをデータ的に知るためには該当する知識系スキルが必要になる。現在のところ、【鉱物知識】というスキルは存在しない。【鍛冶】か【採掘】のスキルで識別可能だった気がする。それらスキルを持っているプレイヤーが、わざわざ硝石探索に付き合ってくれるか、という話だ。
ちなみに俺が硝石をデータとして認識できたのは、多分【調薬】スキルのお陰だ。ただ【調薬】の所有者もそう多くないはずだ。
理由は、調合の面倒さにある。例えばHP回復のポーションを作るとする。それに傷癒草が必要だとしよう。そのために傷癒草を加工するわけだが、材料の確保から始まって、作業自体は単純でも時間は掛かる。そして、できあがったポーションの効果は市販のポーションと大差なく、ほんのちょっとマシ、程度。つまり店で買う方が手間がないのだ。
規定レベルを超えると調合比率をより細かく設定することがスキルのサポートで可能になる。そうすると難易度が高い物や、同じ薬でもより効果の高い物が作れるようにはなる。しかしそのためには試行錯誤が必要だ。当然それには労力も経費も掛かる。料理であれば、リアルのレシピを活用すれば完成形が容易に見えてくるが、ポーションは現実には存在しないので参考にできるものがないのだ。え、コンビニで売ってた? いや、アレはジュースだから。
かつて起きたポーション不足事件のお陰で、と言っていいかは分からないが、【調薬】を持つプレイヤーは間違いなくあの頃よりは増えた。でも【調薬】を持ってるプレイヤーの活動する場所って、当然薬草類が生えている森とかだったりするわけで、硝石があるであろう場所とは無縁なんだ。狩り場と重なってれば話は変わってくるけども。
「まあ、プレイヤーに協力を要請して、それらしい場所を探索してもらうってのも手だけどさ」
鍋に磨り潰した傷癒草を入れながら、ツキカゲに言う。
「火薬を作るってこと自体を大々的には広めたくないだろ?」
「そうで御座るな。拙者もフィスト殿だからこそ相談したわけで御座るし」
料理や文化ならともかく、火薬は武力になるからな。それはプレイヤー達だけの問題でもなく、俺達の影響を受けて成長するGAOの住人達の問題でもある。俺個人としては、火薬に関してはプレイヤー限定の技術にしておいた方がいいって考えだ。更に言えばプレイヤー達の間でも、それが作れるということを広めない方がいいと思ってるが、忍者系ギルド以外に、火薬に執着しそうなギルドがある。
「ただ、【第六天魔軍】や【鬼島津】あたりは開発してるかもだが」
戦国系のロールプレイギルド。織田家や島津家が火薬を、そしてそれを利用する武器である鉄砲、火縄銃を作ろうとしないわけがない。
「今のところ、生産に入ったという話は聞かぬで御座るが、材料の探索や生産の試みはしているようで御座るな」
いずれにせよ、完成してしまったらプレイヤーには広まるだろう。だが、その前に吹聴する必要はないということだ。
「ところで、ツキカゲ達は火薬を作れたらそこからどうするつもりだ? 思いつく限りなら、爆薬、煙玉ってところか」
忍者と火薬は切り離せない関係だが、何に使うのかは興味がある。鍋をかき混ぜながら聞いてみる。
「フィスト殿が言ったとおり、爆薬と煙玉、それから信号弾なども作ってみようかと」
「前者はともかく、信号弾って必要か? チャットがあるだろうに」
「強いて言えばトラップ用で御座るな。それに、チャットが使えない住人達と連携して行動する際には、誰にでも識別できる合図手段は重要かと」
なるほど、そりゃそうだ。プレイヤー視点でしか考えてなかったが、作った物をプレイヤーだけが使うんじゃないなら確かに有用だ。
「いずれにせよ、火薬がないと始まらんのだな」
「火薬の代用品が見つかればいいので御座るがな。フィスト殿はそういった物に心当たりが御座らんか?」
「うーん……今のところ、そういう物の話は聞かないな。燃える鉱石や爆発する鉱石なんて出てきてたら鍛冶師プレイヤーが大騒ぎしてるだろうし」
水と反応して発熱・爆発する魔力結晶とか、よその作品にはあったりするんだけどな。
「植物については促燃草があるけど、火薬の代用には向かないな」
促燃草は長くジワジワ燃える特性があって火種に利用される植物ではあるが、爆発するような物騒なものじゃない。
「大書庫とかの植物図鑑なんかは?」
「一応チェックはしたで御座るが、めぼしい物はなかったで御座るな」
そうなると、図鑑に載ってない物を探して試すしかない。でもそれって、新種の植物を探すのと同じくらい難易度が高いよな。
「まあ、今のところは、現実と同じ素材がGAO内にあることは分かったんだ。それを調達してみればいいんじゃないのか?」
「それはそうで御座るが……今の話だと、火薬として纏まった量を確保するのが困難で御座るよ?」
まぁ、な。混合比にもよるだろうけど、一番量が必要なのは硝石だったはずだし。
「とりあえず作れるかどうかの確認だけなら量は不要だろ。硝石は狩猟ギルドで売ってもらえるし、硫黄も調薬ギルドで買える。ただそれで火薬が完成したとして、その後はな。硝石は探したり作ったりするより買う方が早いとは思うけど、その利用法を知られるとやばいからな。肉の加工用って言っても限度があるだろうし、不自然に需要が増えると足がつくかもしれんし。非常にデリケートな問題になる可能性がある」
剣と魔法のファンタジー風異世界に、近代兵器はなるべく欲しくない。異世界転移してしまったとかならなりふり構っていられないかもだが、これはゲームだ。
よし、そろそろいいかな。空の瓶に漏斗を差し込み、柄杓で掬ったポーションを瓶に移してやる。ヒーリングポーションの完成、と。
「その点、硫黄は楽でいい。多分いくらでも入手できる」
「心当たりがあるで御座るか?」
「ドラードの沖合に温泉が湧く島があるんだよ。活動中の火山がある島なんだが、温泉観光地としても知られてる」
「ということは、硫黄取り放題で御座るかっ!?」
「勝手に採取しても大丈夫なら、だけどな。そのへんは行ってみないと分からんだろ」
もし硫黄が島の領主の管理下だというなら、そこに話を通さなくちゃならなくなるだろう。採取は無理でも購入はできると思うが。
「そうだな、何なら一緒に行ってみるか?」
瓶にコルクで栓をしながら聞いてみる。温泉もそうだが、魚なんかも美味いって聞くしな。いつか行こうと思ってたからいい機会だ。
「拙者は単独行動故、連れができるのはありがたいで御座るが。フィスト殿の都合はいいので御座るか?」
「ソロだからな。特に予定もないし、問題はないぞ」
それに、GAOでの船旅ってまだしたことないからな。それも楽しみだ。
硫黄にも火薬にも興味ないが、美味い食べ物があればいいな。