第103話:バトルコック
2015/8/2 誤字訂正
ログイン101回目。
海に面したドラードではあるが、近くには深い森もある。俺が釣りをしてる時に、クインはこっちで好きに狩りをしていたりするのだが、今日は久々に一緒の狩りだ。狩猟ギルドでもらった情報では、浅い部分で出る獲物は他の地域と大差がない。深部に入れば変わった動物や魔獣もいるようだが、そっちはまたの機会だ。
のんびりと森に向かう。天気もいいし、絶好の狩り日和だ。GAO内は天気も変わるから、雨が降ると気分が沈むんだよな。もし四季が実装されたら、梅雨とかもできるんだろうし。そっちの方が自然に思えるけど、できれば天気がいいままの方がいいと思うのは勝手だろうか。
そんなことを考えながら森に近付いた時だった。クインが立ち止まる。俺も同時に足を止めていた。理由は森の方から聞こえてきた地響きだ。何だこりゃ? 重量級の足音だな。それでいて速い。地響きは次第に近付いてきて、
「な、んだ、あれ?」
森からその姿を現した。
それはでかい鳥だった。ぱっと見にはダチョウに思えたが、首は太いし頭も大きい。嘴も猛禽類のそれだ。体色はキジのメスに近く、脚の爪もなかなか鋭い。【動物知識】で確認すると、フォレストランナーという大型の鳥類のようだ。
で、その鳥が人間を引きずっていた。正確にはロープのような物がフォレストランナーの片足に絡まっていて、それを人間が把持したままのようだ。生け捕りにしようとして失敗したんだろうか。そういやこんなシーン、西部劇で見たことあるな。馬に繋がれて引きずり回されるアレ。
そしてもう1羽が森から飛び出してきた。それは引きずられている人間を追いかけているようだ。時折、その鋭い嘴でついばもうとするのを、人間の方が必死で回避している。
「見捨てるのは駄目だよなぁ」
隣のクインを見ると、仕方ないですねとばかりに頷く。とりあえず現状確認をするか。仕掛けるかどうかはそれからだ。
俺は【ダッシュ】でそれを追う。フォレストランナーはなかなかの速度だが、俺の方が速い!
【魔力撃】も併用して一気に駆け、フォレストランナーに併走しながら人間に声を掛ける。
「無事か?」
「なっ、何だお前は!」
人間は男で、言葉は日本語だった。プレイヤーか。併走できてる俺に驚いてるようだがそれは置いておくとして。
「通りすがりのプレイヤーだ。助けが要るか?」
時折バウンドして苦痛にうめく男に意思を確認する。先頭のフォレストランナーは俺に気付いているようだが、こっちには手を出す様子はない。後続の個体も俺には仕掛けてこない。クインが追尾してることには……気付いてなさそうだな。
「だ、だったら……っ! 1羽だけ仕留めてくれ! もう1羽は俺が仕留める!」
「仕留める、って……その状態だときついだろ。俺が両方仕留めてもいいぞ」
「駄目だっ! 我が儘だと承知しているが、それだと苦労が水の泡だ!」
はて、意味が分からない。誰が仕留めても一緒だと思うんだが。
「それに、俺の狩りを直接見ない方がいい!」
と忠告めいたことを言う男。
「何でだ?」
「俺は【解体】持ちなんだ! 俺が獲物を傷つけると、血が噴き出たり内臓が露わになったりする! そういうのは見たくないだろう!?」
グロ展開になるから、ってことか。自身でとどめを刺すってのも、普通の奴が倒したらドロップ品しか入手できないからだろう。何だ、俺と同じじゃないか。でもまあ、本人の意向を尊重しよう。
「前の奴を仕留める。後ろのは任せるぞ。それから」
俺は開いていた指を揃え、男に言った。
「俺も【解体】持ちだ」
同時に地を蹴って跳躍し、フォレストランナーの首に【手刀】を叩き込む。確かな手応えと共に首の半ばまでを断ち斬った。血が噴き出し、その体躯が前のめりになる。それでもしばらく走っていたが、やがて力を失って倒れた。
速度が落ちたところで男が手にした物を離し、転がりながら無理矢理立ち上がる。その時には両手に武器を持っていた。小剣サイズだが見た目は包丁だ。
突き出される嘴をかいくぐるようにして近付き、男が包丁を振るう。銀閃が鳥の脚を斬り裂いた。体勢を崩したフォレストランナーが倒れると、男はその背に跳び乗り包丁を首に突き立てる。一度大きく痙攣し、巨鳥は沈黙した。
「大丈夫か?」
鳥から降りた途端にその場に座り込んだ男に声を掛ける。引きずられたせいで革鎧は傷だらけで土まみれだな。
「あ、ああ……まずは礼を言わせてくれ」
「その前に傷を癒せ。礼はそれからでいい。痛々しくて見てられん」
「そ、そうか。すまない」
男は包丁を鞘に片付け、ポーションを取り出して飲み干した。1本では足りなかったのか、続けてもう1本。結構なダメージが蓄積されていたようだ。やがて落ち着いたのか、身体に付着した土を払い、男が頭を下げた。
「俺はセザールという。助けてくれてありがとう」
その名には聞き覚えがあった。
「ひょっとして【バトルコック】の?」
βの頃から美食を追求していたというプレイヤー。一度会ってみたいと思っていたプレイヤーだ。
「フィスト、だったか。お前に名を知られているとは光栄だな」
で、あちらも俺を知っていた。それ自体はもう慣れたけど、
「何でも、俺と同じプレイスタイルだとか。一度会ってみたかった」
続く言葉に驚かされた。それはつまり、イベントによる知名度に関係なく、って意味だからだ。
「どこでそれを?」
「【料理研】だよ。新たな協力者を獲得できた、とな」
「そういうことか。その言い方だとセザールもそうなのか?」
「ああ。【料理研】は作って広めるのが主な活動だからな。俺はあくまで、自分が食うのが目的だ」
「そっか。俺もお前さんとは会ってみたかったんだ。この道の先輩にな。でも、その前に」
俺は視線をフォレストランナーへと移した。ああ、とセザールも頷いてそちらを見る。
「語る前に、食う。その方が俺達らしい」
狩ったばかりの獲物がいるのだ。やることなんて、決まってる。
どちらも首を斬ったので、血抜きはそれで十分そうだった。
「さて、とりあえずは肉の味を確かめてみるか。どこからやる?」
解体用の刃物を準備しながらセザールが聞いてくる。
「鳥だからな。やっぱり、その逞しいレッグから、じゃないか?」
1本だけで何人前もありそうな腿だ。焼いたらさぞ美味いだろうなと思う。
「そうだな。まずは毛をむしるか。」
身体はでかいので、味見用に脚だけ羽をむしる。む、結構手応えがあるな。2人で黙々と羽根を抜いていく。この羽根、何かに使えるだろうか? 羽毛布団には向かないだろうけど。
「よし、あと少し剥けばいけそうだ。フィスト、火の準備を頼んでいいか?」
「任せろ」
肉はセザールに任せ、火の準備をする。味見用と言っても、そのまま続けて食べることになるだろうから大きめにしとくか。
かまどを組み立て、ストレージから薪を取り出して火を点ける。この作業もかなり慣れたな。
鉄板ではなく金網を乗せて準備完了だ。ほぼ同時にセザールが肉を切ってやって来た。
「調理キットじゃなくてかまどか。やる気十分だな」
「味見だけでは終わらない、そう思えたからな」
「確かに。美味ければたらふく食う。それが幸せだ」
セザールが頷き、肉を見せてくれた。薄桃色のもも肉は今までに食べた鳥類のそれと大差ないように見える。皮も同じだ。
「さて、それじゃあ焼いてみるか」
「あ、セザール。悪いけど3人分で頼む。俺の相棒の分も」
そう言うと、セザールはクインを見た。
「あの狼か。焼いた肉も食うのか?」
「ああ。普段は生肉を食ってるけど、俺が調理した物も食うんだ」
「なるほど。味が分かる狼なのだな」
とセザールは納得し、クインの分も焼いてくれた。
網の上で脂が美味そうな音を立てる。毛をむしる作業は遠くから眺めていたクインも、こちらへとやって来て焼ける肉に視線を注ぐ。
「そろそろいいだろう」
程よく焼けた肉を取り上げて皿に載せ、こちらに渡してくるセザール。肉は2つ。俺とクインの分だ。自分のを手で摘まみ、皿の方をクインの前に置いてやる。
「それじゃ」
「いただきます」
同時にそれを口に入れる2人と1頭。
ウボァー
…………はっ!? な、何だ今のはっ!? 俺、何をしてた!? い、いや、現実から目を逸らしちゃ駄目だ。あ、ありのままに、今起こったことを受け入れなければ!
「不味い……」
端的に、しかしそれで全てを伝えられる言葉を紡ぐ。それは俺だけではなく、セザールからも同時に吐き出された。
「か、噛み切れん程固いぞ……」
それでも口をもぐもぐ動かしながらセザールが言う。そう、固いのだ。まるで硬質ゴムにでもなったかのように。
「それに味が最悪だ……さっきまでの香ばしくも脂の甘みが乗った匂いがどこにもない……何だこのえぐみ……」
噛み切れはしなかったが肉汁は出た。が、その味は酷いものだ。美味い物を求めてプレイを始めたGAOで、様々な物を食ってきた。美味い物も微妙な料理もあったが、初めて『不味い』と断言できる物を食った。何せ、肉が主食のクインが吐き出す程だ。生肉もいける狼すら食わないってどんだけだよ。
食材に申し訳ないがこれは食えない。精霊魔法で穴を掘り、そこへ吐き出して埋める。
「もしかしたら、焼いたのが駄目なのかもしれない……別の調理法を試してみるか」
生肉をスライスし、水を張った鍋を金網に置くセザール。
「そういう肉があったのか?」
「肉ではないが山菜でな。火を通したらえぐみが増した物はあった」
なるほど、比較的安全な物ばかり食べていた俺とは違い、セザールは結構なチャレンジャーなようだ。見習わないとな。
やがて湯が沸騰したので肉を入れる。茹でることしばし。普通に肉の色が変わったところで取り上げた。
肉の載った皿を受け取る。クインに目をやると、顔を背けられた。そうか、嫌か……
手に取り、セザールと頷き合ってそれを口に入れた。
うわらばっ
「これも駄目かよ……」
結果は変わらなかった。焼いた時よりは柔らかかったしえぐみも減っていたが、やっぱり食えたもんじゃない。湯に溶けたのか、僅かにあったはずの肉の味すらしない。肉を捨てて埋める。
「な、ならば蒸しだ!」
とストレージから木製の器具をセザールが取り出した。その形状と言葉から察するに蒸籠だろうか。
も、もうっ、駄目だぁっ!
二度あることは三度あった……俺は肉をペッと吐き出して埋めた。
「そういや……セザール、お前、狩猟ギルドで買い取り価格のチェックってしてるか?」
渋い顔をしているセザールに聞いてみる。狩猟ギルドの事務所には個別買い取りの情報がある。例えばイノシシのロースがいくら等の、動物とその部位の価格だ。通常プレイヤーはほとんど知らない。何故なら狙って入手できる物ではないからだ。通常ドロップではほとんど出ないし。
「ああ、目を通しているが」
「あの中にさ、フォレストランナーってなかった気がするんだが、つまりはそういうことなんだろうか?」
「……つまり、不味くて食えないから、買い取り価格が設定されていない、と?」
「……多分」
食えない物、使えない物は取り扱わないのが狩猟ギルドだ。食えても色々と問題がある物も取り扱わない。フォレストランナーは食えない物ではない。ただ不味いだけで。だから扱っていないんだろう。
「これだけの大物だから、色々と食えるんじゃないかと期待したのだが……」
焼く、煮る、蒸すと試してアウトだと、どうしようもない。諦めるしかないんだろう。
そう思って俺が目を逸らした先に、信じられない光景があった。さっき試していた肉はセザールが狩ったフォレストランナーだ。俺が狩った奴は手つかずのまま。で、俺の獲物をクインが食っていた。いや、文字どおり、そのままガツガツと。待て、お前、さっき焼いた肉を吐き出しただろ。何故それを食っている。しかも普通に。
だがその光景を前に、閃くものがあった。だがしかし。大丈夫か? これはGAOだぞ? いやいや、だからこそ試してみるべきか。さっきセザールも言ったじゃないか。『火を通したら』不味くなった物がある、って。
「セザール、すまないが肉をもらうぞ」
返事を待たずに残った生肉を手に取る。うーむ、やはり勇気が要るな……
「フィスト、お前……いや、待て、それは――!」
セザールの制止の声が聞こえたが、ひと思いに俺は生肉にかぶりついた。一口分を噛みちぎり、咀嚼する。一度、二度、三度……恐れていたえぐみは来なかった。それどころかほのかな甘みすらある。食感は生肉だからか刺身のそれだ。少し粘りがあるのが差だろうか。噛めば噛む程、肉の甘みが増していく。さっきの焼き肉とは比べものにならない。これははっきりと言える。
「美味い……」
「まったく無茶をする奴だな、お前は……」
呆れた視線をセザールが向けてきた。
「いくらゲーム内だからって、生肉を食うか普通? ここの運営のことだから、何が仕込まれていてもおかしくないんだぞ?」
「反省はしている。後悔はしていない」
正直なところを述べて肉をセザールに渡す。毒味が済んだからというわけではないだろうが、セザールも躊躇せずに肉にかぶりついた。
「ふむ……なるほど。熱を加えるのが駄目な食材なのかもしれんな。だったら生食しかないわけだが……笹身の刺身というのもあるわけだし、これはこれでアリか」
言いつつセザールが色々と取り出し始めた。あれは醤油か。それから生姜、ニンニク、山葵……なるほど、読めた。
「セザール、こいつの笹身、どれが合うだろうな?」
「それをこれから確かめる。ここまでやったなら徹底的にやろう。しかし、今後は生食も試食の選択肢に入れないとな」
フォレストランナーの味見は終わらない。
フォレストランナーを一通り食べ尽くした後は、今までの体験を話しつつ、手持ちの食材で軽い酒宴を開いた。遠目にこっちを見て怪訝な顔を見せるプレイヤー達がいたが気にしない。とっておきの食材を食わせてもらったり食わせてやったりと楽しい一時だった。
セザールとはフレンド登録をして、今後も情報交換をすることにした。負けないように色々と食べ歩かないとな。
フォレストランナーは【料理研】に送ることになった。火を使えない食材を、モーラ達がどう料理するか楽しみだ。生食でいけたことは教えない。自分達で辿り着いてくれるといいな。それまでは悲鳴を上げるんだろうけど。