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第102話:新人5

2015/07/26 一部修正

 

 森の中を行く。まずは獲物を探すところからだ。

「ゲームだからか偶然の遭遇っていうのは結構ありますが、確実に獲物を探したいなら【気配察知】のスキルを修得しておくのが一番いいです。こちらから獲物に近付けるので」

 ライガさん達に合わせてしまう関係で口調が丁寧になってしまう。プレゼンやってる気分になってきたな。

「このスキルの欠点は、発動している限りMPを消費することです。ですから、ソナーみたいに一瞬だけ発動させて大まかな位置を探り、そちらへ向かいつつ位置確認を繰り返すという方法をとるプレイヤーが一般的です。ただこのスキル、序盤だと対象が獲物なのかプレイヤーなのか住人なのかの区別がつきません。一応、レベルが上がれば識別も可能になってきますが」

「スキル以外の方法で追跡するのは無理なのですか? 足跡の追跡などは」

「可能と言えば可能です。ただ、追ってる獲物がその時点で存命しているかは不明なので」

 ライガさんの問いに答えながら【気配察知】を使っていく。今のところ、獲物の影はないな。

「ニクス。リアリティに拘ったGAOだと、今ライガさんが言ったような方法もある。俺の場合はクインが協力してくれることもあるな。彼女の嗅覚は頼りになるから」

 俺の先を行くクインがチラとこちらを見て、また前を向く。

「風向き次第では、俺のスキルより先に獲物を見つけることもある。で、問題だ。他に、どんな方法を思いつく?」

「獲物を見つける方法、ですよね。確か【遠視】というスキルがあったはずです。あれで遠くを確認できるなら、こちらが先に発見し、行動することが可能だと思います」

 少し考えてからニクスが答えた。うん、それも1つの手段だな。

「それ以外だと【聴覚強化】で周囲の音を探るのも有効だな。足音や茂みを掻き分ける音、鳴き声なんかで存在を知ることができる。慣れない内は余計な音も拾うけど、スキルに頼らなくても目は見えるし耳は聞こえる」

 現実と同じで、アプローチの方法は色々とあるのがGAOだ。ライガさん達なら現実での経験等も含めて上手くやるだろう。そんな気がする。

「で、どうだ?」

 一方、そんな経験はないだろうニクスはどうだろうかと聞いてみる。

「【気配察知】は持っていますけど、頻繁に使うとMPが尽きますし、使わないと何も分からないですね……そのあたりの加減がまだ掴めません。通常の視力や聴力では今のところ何も分かりませんし」

 残念そうに答えるが、それが普通だ。俺だって試行錯誤して今の状態に落ち着いたわけだし。

「【気配察知】の場合は効果範囲を把握するのが第一だ。そうすれば自分の移動速度なんかを勘定に入れて、どのくらいの頻度で使っていけばいいのか分かってくる。ゆっくりと覚えていけばいい」

「はい」

 素直に返事をするニクス。何でもいきなりできるようになるわけじゃないんだし。GAOを始めたばかりなんだから、焦る必要はない。

「ところで」

 周囲に注意を向けながら、ウルムさんが軽く言った。

「フィストさんとニクスさんはどういったご関係? 恋人?」

「「違います」」

 俺とニクスの即答が重なった。

「知り合ったのは昨日です。どれだけ手が早いんですか、俺」

「あら、そうなの? ごめんなさいね。何だか、随分と親身に見えたので」

 コロコロと笑うウルムさん。いや、別にニクスだけ特別扱いしてるわけじゃないんですが。いや、放っておけないという意味ではそうなのか。ニクス個人への特別な感情があるって意味ではないけど。

「まったくお前は……フィストさん、ニクスさん、家内が申し訳ない」

 溜息をつきつつウルムさんをたしなめ、こちらに謝ってくる。いや、気にしてないからいいんですけどね。ニクスも気にした様子はないし。

「現実ではどんな人なのか分からないんです。俺だってこんな姿ですが、実際は60を超えた老人かもしれないし、ニクスも本当は中学生かもしれないんですから」

 あまりしつこく突っついてはこないだろうけど、念を押しておく。

 アバターからリアル年齢を推察するなんて不可能だ。ましてや現実でどんな背格好をしてるのかなんて会わないと分からない。性格だって本来のものと違うかもしれないんだから。

 一方、それを承知の上で疑似恋愛を楽しむプレイヤーもいるそうな。現実にパートナーがいたとしても、仮想現実でのことだから浮気や不倫じゃない、という理屈らしい。それはどうなんだ?

 そういや住人に入れあげてるプレイヤーもいるって話だな。恋愛じゃないが娼館に入り浸ってるプレイヤーもいたりするし。性行為が可能なGAOだからこその流れだろうけど。ある意味、駄目人間プレイだな。

 先頭のクインが立ち止まった。【気配察知】を発動させると、こちらに向かってくる反応が4つある。この辺で群れて、しかもプレイヤーに向かってくるのはウルフだけだ。

「正面、反応4つ。恐らく対象はウルフ。戦闘準備を。クインは下がれ」

 緊張が走る。ニクス達が各々の武器の準備を始めた。

「まずは皆さんだけで対処してください。致命的な場面にならない限りは手を出しません。今できることを見せてください」

「では、私が前に出ます。敵を引きつけますからライガさんは横手から攻撃を。ウルムさんは後方で弓をお願いします」

 剣を抜き、盾を構え、ニクスが前に出た。全頭を自分で引き受けるつもりだろうか。

「フィストさん、相手は真っ直ぐこちらに向かってきてます?」

 弓に弦を張りながらウルムさんが聞いてくる。俺が頷くと、準備が終わったウルムさんの右手が途中から消えた。【空間収納】だな。

「2人とも私の正面を空けておいてくださいね」

 何を出すのかと思いつつ見ていたら、彼女はクロスボウを取り出した。既に太矢(ボルト)は装填済だ。そっちも使うのか。

「姿が見えたところでこれを撃ってみるわ。余裕があれば続けて弓を」

「分かった。射撃の邪魔にならないようにしておく。ニクスさん、状況を見て前に出てください。包囲されることのないよう援護します」

「はい」

 ん、今のところは順調だな。特に指摘する部分もない。

 やがて、木々の間にウルフの姿を確認できた。まずはお手並み拝見といこう。

 

 

 戦闘は思ったよりも簡単に終わった。

 ウルムさんが先制で放ったクロスボウの一撃が、まずは一頭を光の破片へと変えた。一撃の威力は申し分ないなクロスボウ。

 それに一瞬怯んだ隙に、ウルムさんは武器をロングボウへと持ち替え、矢を射た。これは仕留めるには至らなかったが、それでも行動を阻害することには成功した。

 そこからようやく残った二頭が突進してきたが、ニクスが前に出て迎え撃つ。剣の柄で盾の表を叩いたのは注意を引きつけるためだろうか。

 一頭の攻撃を盾で受け止め、もう一頭へは剣先を向けて牽制するニクス。その間にライガさんがいい位置をとって槍を繰り出した。切っ先が深々とウルフの首に突き刺さり、一刺しで仕留める。

 身を屈めてニクスが水平に剣を振るってウルフの前脚を1本斬り落とし、のたうつウルフに剣を突き出し、とどめを刺す。

 残ったウルフはウルムさんの二射目で仕留められていた。

「お疲れ様でした」

 【気配察知】で周囲の安全を確認してから、俺は皆に声を掛けた。

「今は四頭しかいなかったけど、後続がいる場合もあるので、その場の敵を全滅させたからと気を緩めないように」

 襲いかかってくる動物ってのは結構怖いものだ。竦んで動けなくなったりすることだってある。そういったものから来る緊張が戦闘終了と同時に緩むのは仕方ないけど、油断してると喉笛を食い千切られることもあるのがGAOだ。

「ニクス、大丈夫か?」

「は、はい……」

 全然大丈夫そうじゃない顔でニクスが答えた。ライガさんの方はニクスよりかなりマシだが表情が固いな。

「いや、かなりの迫力でした……昔、山で野犬に襲われた時のことを思い出してしまいましたよ」

 深く息を吐いてライガさんが言った。あぁ、あれって怖いですよね。今だとGAOで慣れたから平気だろうけども。いや、現実ではこっちみたいに戦えない以上、やっぱり怖いかもしれない。

「それに何と言いますか……手応えが生々しいですね」

 槍の穂先を見ながら言うライガさん。その言い方は、現実でも経験有りか。お父さんが狩りをやる人らしいから、とどめを刺したことがあるのかもしれない。俺はそっちの経験はないんだよな。子供の頃だったからか、爺さんもさせてくれなかったし。

「ウルムさんは大丈夫でした?」

「ええ、問題ないです。生きているものを射ることには少し抵抗がありましたけど、それだけですね」

 ウルムさんは平然としてるな。やっぱり飛び道具だから、忌避感が薄まるのかもしれない。

「今の感じで戦い方は問題ないです。数がいる場合は一斉に襲われないような位置取りを心掛けてください。絶対的な防御でもない限り、囲まれたらまずアウトです。一休みしたら次を探しますから、今の内に落ち着いてくださいね」

 ウルフくらいなら十分に対処できるようだ。草食動物系を相手にする場合は別の注意が必要になるが、その都度教えていくとしよう。

 

 

 

「はい、それでは獲物の解体を始めようと思います。現実だと猟師さんによって色々と手順が違いますが、ここでは俺のやり方で。覚えた後で色々と試行錯誤するといいでしょう」

 あれから何度か獲物を狩らせたところで、今日のメインイベントを始めることにする。教材はさっき俺が生け捕って気絶させたイノシシだ。それ程大きな個体ではなかったので、木に吊してある。それをライガさんとウルムさんは興味深げに、ニクスは緊張した様子で見ている。

「まず血抜きをします」

 首にナイフを突き入れると赤い液体が溢れ出た。ほう、とライガさんとウルムさんが感心し、ニクスの顔が強ばる。皆には虹色の血液が見えてるんだろうな。

「心臓が動いてる方が速く抜ける気がしますね。心臓がポンプになって血を押し出してくれてるんだと勝手に思ってます。ただ、いきなり目を覚まして暴れられると危険なので、やる時は速やかに。安全策を採るなら、とどめを刺した後に吊して抜くといいんじゃないかと思います。腕力の都合でそれが無理な場合でも、精霊魔法を使ったりして身体を斜めに持ち上げたりすると十分ですかね。あと、時間を短縮するために精霊魔法で無理矢理血を押し流すこともあります」

「それは血を魔法で操って獲物の身体から排出するのかしら?」

「いえ、水を操って獲物の身体に注入します。血そのものを精霊魔法で操ることはできないので」

 ウルムさんの質問に答え、自分の【空間収納】から水の入った樽を取り出して作業の準備をしておく。

 ん、そろそろ血抜きも終了かな。

「それでは次に内臓を抜きます。これは腹を裂くんですが、内臓を傷つけないように注意です。理由はさっき、ライガさんが言ったとおりですね。特に膀胱とか腸をやってしまうと悲惨です。その後の作業のやる気を一気に削がれますので気をつけましょう」

 その前に、精霊魔法で樽の水を操ってイノシシの身体を包み、激しく動かす。気分は洗濯機だ。

「身体を洗います。汚れとか蟲を取り払うイメージですね。今までも気分的なもので実施してたんですが……アップデート後に事情が変わったようで」

「と言いますと?」

「ノミとか、そういうのが追加実装されたようなんですよね」

 うわぁ、と皆が眉根を寄せた。

 これはこの間、ジョニーのための解体実演の時に気付いた。チャージラビットの毛から飛び出した小さな蟲。恐らく解体をするプレイヤーにしか問題にならないだろう。普通は倒したらドロップ品以外は全部消えるわけだし。それに今のところ、ノミやダニの被害を受けた通常プレイヤーの話は聞かない。

 あとはモフモフが好きなプレイヤーには関係あるかも。連中ならそっち対策のケアは普段からしてるだろうけど。

「GAOの運営は鬼畜ですから、こういった部分から病気等のバッドステータスが出ないとも限らないので、念を入れておきましょう。幸い、風呂も実装されているので、狩りの後は入浴した方がいいでしょうね」

 内臓を出す時にどこをどう切ればいいか等を説明しながら、作業を続ける。

 

 

 一通り作業を終えた後は、せっかくなので実食だ。少し開けた場所で火をおこし、焼き肉を実施する。とりあえず味付けは塩胡椒で。あとバルミア果汁。肉だけでは何なので野菜も準備した。テーブルも出して気分はバーベキューだ。

「あら、美味しい。久しぶりの味ね」

「現実のイノシシと同じ味……よくぞここまで作り込みを」

 イノシシ肉を食べてウルムさんとライガさんが感心している。2人は現実でも食べたことあるんだな。そういや俺も現実では久しく食べてない。今度の狩猟期が来たら爺さんに送ってもらおう。

「こんな味なんですね、イノシシって。臭みがあるとか美味しくないとか聞いていたんですけど、これは美味しいです」

 確かめるようにイノシシ肉を食べるニクス。こちらはイノシシ肉初体験のようだ。普通に生活してたら食べる機会なんてないもんな。不味いイノシシ肉ってのは色々説があるんだが、いい肉は美味いぞ。

「さて、焼き肉ときたら、これが必要でしょう」

 【空間収納】から酒樽を出し、木製ジョッキにエールを注いでテーブルに置く。拒否する者はいない。ちなみに昨日の夕食時にもニクスは普通にエールを飲んでいた。注文の時も特に忌避しなかったし。GAOじゃ未成年者の飲酒自体は禁止されていないが、高校生を装うなら初めて飲む時くらいはそれらしく振る舞った方がいいと思う。特に指摘はしなかったけど。

「でも、イノシシがこれだけ美味しいと、他の動物も現実と同じか食べてみたくなるわね、あなた」

「そうだな。ウサギや鹿もいるようだし、狩ってみるのもいいだろう」

 2人はそんなことを言いながらイノシシ肉を食べている。それらも現実と変わらない味だから期待していいですよ。

「そうだ。さっきの実演でスキルを修得できるようになっていると思いますが、念を押しておくことがあるんです」

 食事中の皆の視線が集まる。

「アイテムドロップがなくなることは以前も言いましたが、倫理コード解除についての注意点です。【解体】スキルを修得すると、今度は皆さんがスキルの伝道師になります。つまり皆さんが獲物を傷つけた時、周囲のプレイヤーにもそれが見えるようになるんです。周囲に他のプレイヤーがいる時は注意した方がいいでしょう」

 見たくないものを見せられるのだ。トラブルの元になることはあり得る。だから俺は狩りの時、周囲に他のプレイヤーがいるかどうかは結構気を遣ってる。

「それから。【解体】は人間に対しても有効です。人間を傷つけた時、逆に人間が傷ついた時も、見えるものは修得前と変わります。特にライガさんとウルムさんは、血液の色や内臓の描写もリアルになりますから」

 アップデート後も、18歳以上が【解体】を修得した場合は倫理コードは最終段階まで解除される。相手が人間だと感じ方も変わるだろう。

 皆のプレイスタイルでは人と積極的に戦うことはないだろうけど、盗賊や強盗を働くNPCは存在するし、PKなんてのもいる。そういったのと戦わなくてはならない時、出血させずに相手を倒すというのは皆の武器では難しい。それに自分や仲間が傷ついた時に受ける印象も変わるだろうから、スキルを修得するのなら覚悟しておかないといけない。

「修得はいつでもできますが、一度修得してしまうと取り消しはできません。ですから、よく考えてから決めてください」

「分かりました。ご丁寧にありがとうございます」

 ライガさんとウルムさんが頭を下げた。遅れてニクスも動く。彼女の場合、色々と考えてるみたいだが、急がず納得がいく結論を出してくれればいいな。

 

 

 

 その後、焼き肉を堪能してお開きとなった。

 ライガさんとウルムさんは【解体】修得を決めた。ニクスはまだ迷ってるようだ。

 お互いフレンド登録をして解散する。ニクスも躊躇いがちに俺に申請してきた。どうも有名人プレイヤーという認識ができてしまって抵抗があったらしい。同じプレイヤーなんだからその辺は特に気にすることないと思うんだけどな。

 それじゃ俺達はドラードに戻るか。次はどんな獲物を狙おうかな。

  

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