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第101話:新人4

2015/7/20 誤字訂正

 

 ログイン100回目。

 アインファストに降り立ち、今日はどうするかを考える。ここでの用件はもう終わってるから長居する理由もない。このままドラードへ戻るか。

 クインと一緒に転移門へと向かう。アインファストの活気はプレイヤーが増えたことで増している。でもしばらくしたら、またツヴァンドへ、ドラードへ、その先へと移動していくんだろう。

 そんなことを考えながら街と人を見て歩いていると、着信音が聞こえた。メールだ。

 ルーク達がダンジョン(推定)に着いたかな、などと思いつつメールを開くと、知らないプレイヤーからだった。タイトルは『解体スキルの修得に関する助力依頼について』だ。グンヒルトに続いて2件目だな。しかしこのメール本文、随分と固い。ビジネス文書じゃないんだからもっと軽めでいいのに。

 とりあえず返信しようかと、通りの脇に移動したところで、

「あ、フィストさん」

 と声が聞こえた。駆け寄ってくるのはニクスだ。昨日と違ってフード付きマントを纏っている。白地で縁に深緑のアクセントが入った、全身を隠せるタイプ。汚れが付くと目立ちそうだな。

「無事に買い物できたみたいだな」

「はい、アオリーンさんに教えてもらったお店で、全部揃えることができました」

 昨晩、夕食の後はそのままお開きになって別れたので、その後どうしたのかは少しだけ気になってたんだが、順調なようで何よりだ。ちなみにフレンド登録はしていない。いや、自称女子高生だし、こちらから持ち掛けるのは抵抗があるんだよな。ナンパ系と勘違いされることはないだろうけど何というか。まぁ、登録してなくてもメールはやり取りできるし、何かあったら連絡してくるだろ、多分。

「で、今はその帰りか?」

「いえ、つい先程まで訓練所にいたんです。紹介していただいたパーキンスさんにお会いできたので、訓練をつけていただきました」

 ああ、もう行ったのか。で、それを終えて動いてるってことは、外に出る目処がついたってことなんだろうな。

「今日はこれから外で実戦です。ちょっと怖いですし緊張していますが、教えてもらったことを活かして頑張ります。フィストさんは、これからどちらに?」

「ん、ドラードに戻ろうかと思ったんだが、ちょっとスキルの指導に、な」

「もしかして【解体】スキルのことですか?」

 問いに答えると、即、次の問いがきた。あれ? 俺、【解体】のことは何も説明してないんだけどな。

「知ってたのか?」

「あの後、掲示板でフィストさんのことを検索したら、その関係のスレッドが」

 と、ニクスが答える。あぁ、俺の名前で検索したのか。

 GAO公式掲示板でエゴサーチすると、俺の名前はそこそこ引っ掛かる。【解体】スキルの公表時は自分で名前を出したし、防衛戦動画やら、馬鹿共とのトラブルやら、他にも色々な部分で名前が挙がったことがあるからだ。

 ちなみに蜂蜜街スレ等の性関係のスレでは俺の名は引っ掛からない。ちゃんと約束は守られているようだ。その代わり【救性主】が定着してるが、二つ名にもなってるから仕方ない。あと、二つ名にはなっていないが【名前を言ってはいけない薬売り】とか【(富山の)薬売り】なんてのもあったりする。

 それは置いとくとして。そっか、ニクスは俺のことを知ったか。昨日の決闘未遂の件だけ見ても、周囲のプレイヤー達が俺のことを知ってるって分かったろうし、気になるのも不思議じゃないか。知られて困るようなやましいことは何もないからいいけど。

「フィストさん、GAOでは有名人だったんですね」

「んー。まぁ、そういうことになってる。だからって偉かったり何でもできたりするわけじゃないけどな」

 厄介事を避けられることもあれば、逆に引き寄せることもある。有名だからって単純に喜べるわけじゃない。

「まぁ、そんなわけで俺はこれからそのプレイヤー達に会いに行く。そのまま狩りに出て、解体の実演って流れに――」

 そこまで言って、ニクスに聞いてみた。

「なぁ、ニクス。お前さ、【解体】スキル欲しいか?」

 掲示板を見たのなら、【解体】の仕様も理解しているだろう。その上での問いだ。今回の依頼の件、【解体】の修得もそうだが、もう1つ別の用件も含まれている。

「スキルのこと以外にも、フィールドでの狩りのアドバイスも頼まれてるから、よかったら一緒にどうだ?」

「仕様は見ましたけど、現時点では決心がつくスキルではありません」

 予想していた答えが返ってくる。デメリットがでかいからなぁ。高校生には厳しいか。

「ただ、実入りという点ではかなりのメリットがあるように思えます。レクチャーも、スキルリストに表示されるようになるところまでですよね?」

「あぁ。そこから先は本人の自由だ」

「狩りのアドバイスが実践でいただけるなら、ありがたい話ですが……」

 と、そこで言葉を切った。何やら迷いというか遠慮が見て取れる。

「既に依頼者がいるのに、そこへ私が飛び入りしてもいいのでしょうか?」

「だからスキルが欲しいか聞いたんだよ。何回も分けてやるのは余計な手間だろ? まとめてやれば一度で済む。お前がスキルを欲しくなった時、俺が近くにいるかは分からないんだし」

 さすがにそのためだけにアインファストへ戻ってくるのは勘弁だ。それ自体は可能だが、余計な出費を気にしないわけじゃないからな。

「それでは、お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」

 更に少し迷い、ニクスが頭を下げた。ん、これで生徒は3人、と。

「それからフィストさん。あの、先程から気になっていたのですが……」

 頭を上げたニクスの視線が、俺の横に注がれる。そこにはさっきからずっとクインがいる。

「そちらの狼が、フィストさんの相棒だという幻獣、ストームウルフですか?」

「クインだ。人の言葉は話せないが、こっちの言葉を理解はしてるから、簡単な意思疎通はできるぞ。俺がテイムしてるわけじゃなく、こいつはこいつの判断で俺と一緒に行動してる」

 クインはじっとニクスを見ている。ニクスはそんなクインにお辞儀をした。

「初めまして、クインさん。私はニクスといいます。今日はよろしくお願いします」

 と律儀に挨拶するニクス。いや、そこまで畏まる必要はないんだが。言葉が通じるって言ったから、ひょっとして他の住人と同列みたいに考えてるんだろうか?

 クインはそんなニクスの態度にきょとんとしていたが、軽く頷いた。

 

 

 

 返信したところ、すぐに動けるということだったので依頼者達と待ち合わせをすることに。場所は西門の外だ。森に行くつもりでいる。ウサギ等を狙うなら南の草原でいいが、あっちだと視線を遮るものがほとんどないのでスプラッタテロになりかねない。以前グンヒルトに教えた時に使った北の山の方でもよかったけど、あっちより森の方が「襲ってくる動物」が多いのだ。

「フィストさん、お待たせしました」

 こちらへと2人のプレイヤーがやって来た。

 1人は碧眼の優しげな顔をした男性。髪は金で長く、首の後ろで束ねている。武器は槍、サイドアームに小剣。防具は革鎧。

 もう1人は同じく碧眼の柔和な女性。髪は金のショートボブ。武器は弓、サイドアームに小剣。防具は革鎧。

 男性の方がライガ、女性の方がウルムという名前だと聞いている。

「この度は私達の依頼を受けていただき、ありがとうございます」

 折り目正しいお辞儀をするライガとウルム。うーむ、メールだけじゃなく口調も固い。

「フィストです。そう畏まらなくてもいいですよ。ゲーム内だと年齢と外見が同じとは限らないわけですし」

 って、こっちも口調が引きずられた。何だろう、ゲームしてるのに仕事してるような錯覚が……

「いえ、仮に我々の方が実際には年上だったとしても、教えを請う立場ですので」

 ライガさんは揺るがなかった。ごめんなさいね、とウルムさんが笑う。

「この人、そういう部分は譲らないんです。堅苦しいかもしれませんが、ご容赦ください」

「いや、まあ、それでいいならいいんですが」

 ぬう。何かやりにくいけど、これが素だって言うなら仕方ないか。口調を強要するわけにもいかんし。アバターも声も若いけど、中の人は俺より年上なんじゃなかろうか。1世代くらい。そんな気がする。

「ま、とにかく行きましょうか」

 時間は有限だ。

 

 

 

 互いに自己紹介をして森へと向かう。道中で話を聞いてみると、ライガさんとウルムさんは夫婦なんだそうだ。シザー&スティッチは特殊だから別として、年輩の夫婦でGAOをやるってのは珍しいんじゃなかろうか。夫婦仲がいいのは結構なことだけど。

 で、何で2人がGAOを始めたのかというと、

「ニュースか何かで取り上げられていたのを偶然見たんですけど、とてもリアリティがあって。海外旅行をするような気分で楽しんでみようか、と。それに、旅行ソフトも同じVRギアで使えるそうで、そっちも合わせて楽しめるかと思って」

 ということらしい。

 ウルムさんが言う旅行ソフトというのは、仮想現実で再現された現実に存在する場所を旅行するというソフトだ。元々は、病気等で外を出歩けない人のために作られたもので、国内外の有名な観光地がリリースされ続けている。開発・販売はGAOと同じで『カウヴァン』という会社。ちなみにこの名前、GAOにおける創造神の名前と同じだったりする。

「それにしても、このゲームはたいしたものです。謳い文句のとおり、五感がある。しかもNPCの反応が実に自然で。さすがはソキウスの系列といったところです」

 周囲の景色を楽しみながらライガさんが言う。

 『ソキウス』はアメリカに本社がある複合企業だ。コンピュータ、医療、エネルギー関係等を手掛けていて、『カウヴァン』は実はその系列だったりする。VRやAIの技術はそっちから流用されている。されている、との噂だ。その割に、GAOのサービスは現時点では日本限定ってのが解せないけど。

「しかし、開始と同時に【解体】を修得したい、なんて言うプレイヤーがいるとは思いませんでしたよ」

 何せ、【解体】を修得して情報公開してからかなり経つのに、俺が今までスキル教授をしたのって、まだ2人だけなのだ。だから新人が最初からそれを求めるなんて思ってもいなかった。

「実入りを考えると、その方が明らかに効率がよさそうなので。先立つものが必要なのは現実でもゲームでも変わりませんから。幸い、耐性もありますし」

 とライガさんが答える。合わせて頷くウルムさん。耐性がある、って、そういう仕事でもしてるのか?

「耐性というのは、スキル的な意味ではなく、現実でということですか?」

 と尋ねたのはニクスだった。ええ、と首肯するライガさん。

「私の父が猟をやるのです。それで子供の頃は解体を手伝わされたりしたので見慣れているのですよ」

「私もこの人と一緒になってからそれを見ているので。最初は驚きましたけど、今は平気なんです」

 夫婦揃って抵抗がないのか。レアものだな。あーでも、田舎の方だったらそういう人いるよな。俺の爺さんだって狩りするし。

「あの、思ったのですけど。獲物の解体って、必ずしないといけないんですか?」

 躊躇いがちにニクスが口を開いた。

「狩った獲物を、そのまま狩猟ギルドに持ち込むのでは、いけないのでしょうか?」

「それでも問題ないぞ。ただ、捌いてない分、買い取り価格は落ちる。ストレージがないと持ち運びが困難だし、処理せずに放置すると質も落ちるな」

「質の低下まで再現されているのですか? とんでもない拘りですね」

 と、驚くライガさん。うん、GAOの運営は狂ってるから。

「まぁ手間を掛けた分、買い取り額は上がる。だから俺は基本的に解体してる。獲物が多くて面倒な時はそのまま買い取ってもらってるけど」

 特にウルフ系は群れで来ることが多い。一度の戦闘で何頭も確保できるが、全部を一通り解体するとなるとかなりの手間だからな。

「だからニクスがスキルを有効化するかどうかは分からんが、解体するのに抵抗があるなら、そのまま持ち込めばいい。それでも収入はかなり違うからな」

 ひと狩りでブロック肉または小さな毛皮1枚に対して、ほぼ丸ごとだからな。部位による値段差もあるし。

「そうですね。残酷描写さえ気にしなければ、本当にメリットは大きいです」

「そこが一番のネックだな。それに、どこをどう攻撃してもいいってわけにはいかなくなるのも大きいか」

「どういうことでしょう?」

「攻撃できる部位が限定される、ということでは?」

 ニクスの疑問に答えたのはライガさんだった。

「【解体】スキルを修得することで、現実の狩猟と同じようになるのであれば、例えば腹部へ攻撃を仕掛けた場合、惨事が引き起こされる可能性もあるのでは? 内臓から汚物が漏れ出す、など」

「正解ですよ、ライガさん」

 スキルがないプレイヤーが攻撃して獲物を仕留めた場合、肉や毛皮に損傷は一切ない。それでも綺麗に倒した方が質のいい物がドロップするというのは既にプレイヤー達に知れ渡っている事実だ。

 しかし【解体】の場合、獲物へのダメージはそのまま質へと直結する。汚物にまみれた肉なんて買い取ってはもらえないし、売る方としても持ち込みたくない。本当にGAO運営は狂ってる。

「そういうわけで、急所狙いというのも重要になってくるわけですが。そのあたりは実演しながら確認していきましょう」

 そろそろ森に着く。実演開始だ。

 

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