第99話:新人2
とりあえず、ニクスが俺とローゼの間にあったことをどれくらい正確に把握してるのかを聞いてみた。案の定、誤解を招くような言い方してやがった。だからその誤解を解くべく、1つ1つ説明をしていった。ニクスも初心者だから【呪符魔術】の特性とかまでは把握してなかったようで、曲解されて伝わっていたエロ行為にも理由があったのだと言っておく。ついでに、初手がローゼの股間蹴りだったことや、組み合いの時に股間を握り潰されそうになった事もチクってやった。信じてくれるかどうかは別にして。こんなことならPvPを動画に撮っとくんだったな。
最後に、俺が彼女とフレンド登録してることもフレンドリストを見せて証明しておく。
「俺から言いたいことはこれで全部だ。まぁ、赤の他人でしかない俺の説明と、親しい友人の説明と、どっちを信じるかはニクス次第だけど。で、これからどうする?」
説明を終えて、改めて問う。
「どうする、とは?」
「今のニクスの認識だと、俺って性犯罪者だろ?」
ナンパにも結構な嫌悪感を示していたニクスにしてみれば、性犯罪者なんてそれ以上の嫌悪の対象だろう。そんな奴の案内に乗るのか、ってことだ。
「その辺は、ログアウトした後で問い質してみようと思います。聞いていた内容が内容だったので思わず身構えてしまいましたが、実のところ、彼女自身がそれ程嫌な顔をしていなかったのが気になっていましたから。戦ったことに関しては、むしろ楽しそうに話していたので。それに、言葉どおりに酷い事をされたのなら、フレンド登録なんてしているわけがありませんし」
と、ニクスは一応の理解を示してくれた。
「それから、失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
そして、謝罪と共に頭を下げる。
「いや、分かってもらえてホッとした」
まぁあれだ。この顔の娘に嫌われるのはダメージがでかいからな。
「じゃ、案内は継続ということで。あ、そうそう」
頭を上げたニクスに、1つ指示を出し、実行させておこう。
「おやっさん、久しぶり」
「おお、フィストじゃねーか! 久しぶりだな!」
まず最初に来たのは、ティオクリ鶏の屋台だ。せっかく味覚も感じられるゲームなんだ。まずはそこから始めなきゃな。いや、俺が食いたかったからじゃないですよ?
「ん、そっちの嬢ちゃんは? コレか?」
ニクスを見て小指を立てて笑うおやっさん。こっちでも同じ意味なんだなと感心しつつ、
「残念ながら、今日が初対面です。同郷の後輩ってところかな。新しい客になるかもよ? てことで、ティオクリ鶏、今焼いてるの全部ください」
予定どおりに買い占めることにする。おうよ、と威勢良く答えて、動き出すおやっさん。
やがて、7本のティオクリ鶏が完成した。5本をストレージに放り込み、1本をニクスに渡す。
「俺のおごり。まずは食べてみな」
「いえ、自分の分は出します」
「いいからいいから。そのかわり、気に入ったらまたこの店で買ってやってくれ」
戸惑うニクスにティオクリ鶏を押しつける。困ったようにニクスはおやっさんを見るが、
「嬢ちゃん、こういう時は素直に受け取ってやりな」
おやっさんはそう言って笑う。とっとと食え、目がそう語っていた。
申し訳なさそうにニクスがティオクリ鶏を口に運び、
「……美味しい」
その顔が驚きに染まった。同時におやっさんの笑みが深くなる。
「で、最近景気はどうです?」
ティオクリ鶏を食いつつ、おやっさんに聞いてみる。
「アインファストも一気に人が増えたからな。それだけ客も増えるさ。お陰でしっかり稼がせてもらってるぜ」
プレイヤーが倍になったからなぁ。第一陣は大半が先に進んだが、第二陣は当分ここを拠点にするだろうし。
「景気がいいのは結構なことですね」
「まったくだ。また1人、新規の客ができたようだしな」
おやっさんの視線の先には、ティオクリ鶏を食べ終えて満足げにしているニクスが。こちらが見ていることに気付いて恥ずかしそうにしていたが、
「はい、また寄らせてもらいます」
と笑みを浮かべた。
「驚きました。味覚がある、とは聞いていましたが、ここまではっきりとしているなんて」
屋台を辞去し、次の目的地へ向かう途中で、ニクスが言った。うん、そうだろうそうだろう。
「GAO内でも現実と同じ感覚で飲食はした方がいい。街の外に出る時は、弁当というか非常食としていくらか食料を持ってた方がいいぞ。水は革製の水筒というか水袋があるから、それを買っておくといい」
ステータス異常で空腹や喉の渇きがあるからな。スタミナ回復の一助にもなるし。飲食は重要だ。
「課金すれば【空間収納】のスキルが入手できるし、食料の保存もできる。物理的な容量以上に収納できるバッグなんかもGAO内で売ってるから、考えとくといいぞ」
「そうですね。持ち歩く荷物が増えると動きにくくなりそうですし、【空間収納】は後で購入しようと思います」
あっさりとニクスはスキル購入を決めたようだ。1万円って高校生には大金だと思うんだがな。やっぱり、高校生ってのは自衛のための設定なんだろうか。
「よぉ、兄ちゃん。いい女連れてるじゃねぇかよぉ」
歩いていると不意に声を掛けられた。そちらを見ると、見知ったモヒカンがいる。それだけじゃなく、その相棒である眼帯と火傷顔もだ。
いかにもガラの悪そうな男達が近付いてきたので、ニクスが身構える。まぁ、当然の反応だよな。
「よ、久しぶり」
が、俺は気にせず片手を挙げて挨拶した。おう、とあちらも応える。
「お前、こっちに戻ってたのかよ。早く顔出せよな」
と言ったのはリーダー格の眼帯男、パーチだった。
「今日、戻って来たんだよ。その前はお前らが留守だったし」
その当時、彼らの常宿である『難攻不落の廃墟亭』にも足は運んだんだが、仕事で留守だったからな。彼らが傭兵である以上、仕方ないんだが。
「フィスト、お前から譲ってもらった毛皮、やっぱり最高だったぜぇ。アレでマントを作ったらすぐに売れてよぉ。ありがとなぁ」
と礼を言ってきたのはモヒカン頭のクラウンだ。ファルーラバイソンの毛皮を1頭分売ってやったことがあったが、マントにしたんだな。
「そうか、それは何よりだ。そういやクラウン、お前、細工物やるってことは、装飾品なんかもいけるのか?」
「あぁ、大丈夫だぜぇ。そっちの姉ちゃんに貢ぐのかぁ?」
クラウンの目が鋭くなる。ますますニクスは身構えるが、クラウンの視線に好色なものは含まれていない。ありゃレイアスやシザー達が仕事に臨む時に見せる職人の目だ。多分、ニクスに似合いそうな装飾品のシミュレートでも始めたんだろう。
「というか、そっちの女は?」
火傷顔のバーンが興味深げにニクスを見ている。視線は顔より下に注がれていたが。
「新人だよ。色々と教えてる最中だ」
「へぇ……余計な事まで教え込むんじゃねぇのか? 手取り足取り腰取り、ってな」
ニヤニヤ笑いながらバーンが腰を前後に一往復させた。いやぁ、運営に通報されたくないし。何よりシステム的に不可能だし。あとそれ、普通にセクハラだからな。
「俺は紳士だから、やましいことはしないぞ」
ローゼとの件? ノーカンだ、ノーカン。ニクスの方は見ない。見ないったら見ない。
「で、お前らこれから仕事か?」
3人揃って、しかも旅装備。また護衛か何かを引き受けたんだろうと予想しつつ問うと、
「ああ。できれば一杯やりたかったんだが」
首肯し、残念そうにパーチが頭を掻く。俺としても予定がなければ、飲みながらもっと話をしたかったんだけどな。今回は仕方ない。
「次の機会に、今回の分も盛り上がればいいさ。お前らなら滅多なことはないだろうけど、油断はするなよ」
「分かってるさ。じゃあまたな」
パーチ達は仕事へ向かう。俺達も次の目的地へ向かった。
「コーネルさん、こんにちは」
コアントロー薬剤店に入ると、カウンターに店主が座っていたので挨拶する。俺に気付いたコーネルさんは勢いよく立ち上がって頭を下げた。
「フィストさん! お久しぶりです! こちらに戻っていたんですね」
「野暮用がありまして。こちら、俺の後輩のニクスです。ニクス、こちら、俺がお世話になった調薬師のコーネルさん」
ニクスを紹介しておく。回復手段の準備は必須だし、それならこの店がいいだろう。実際、どこの店でも大差ないけど、行きつけの店を作るのは悪くない。
「初めまして、ニクスさん。コーネルと申します。フィストさんには以前、とてもお世話になりまして。薬のことで何かありましたら、できる限り力になりますので」
「ニクスです。よろしくお願いします」
「で、コーネルさん。あの薬、どんな感じです?」
互いに挨拶を終えたところで近況を聞いてみる。
「いい売れ行きですよ。噂が流れたのか、他のお店からの問い合わせもありましたし、別の街からもお客さんが来ました」
性病用ポーション、結構売れてるようだな。プレイヤーだけでなく、住人にも需要があるようだ。
「ニクス、ポーションは買っておけよ。とりあえずはヒーリングポーションだけで大丈夫だ」
店内を物珍しそうに見ているニクスに言っておく。
「どれくらい買っておけばいいでしょうか?」
「ひとまずは5本もあれば十分だろ。最初は無理せず、全部なくなる前に街に戻るくらいの慎重さでな」
実戦経験を積むなら近場でいいし、それなら毒を受けることはまずないだろうからな。それに荷物の容量や所持金の問題もあるし、大量に買い込む必要はない。まだ装備も揃えてないんだし。
結局ニクスは俺が言ったとおり、5本のヒーリングポーションを購入した。
「さて、と。ニクス、ここで1つ問題だ」
コーネルさんの店を出て、歩きながら問う。
「屋台のおやっさん、ガラの悪い3人組、薬屋。この中で、誰がプレイヤーだったか分かるか?」
え、とニクスは目を瞬かせた。
「マーカー無しで接してみて、どう思った? 率直に感じたままを答えてくれ」
屋台に行く前、俺はニクスにマーカー機能を切るように指示しておいたのだ。
「あ、あの、全員プレイヤーじゃないんですか?」
「どうしてそう思った?」
「受け答えがとても自然でしたし、定型的な会話ではなかったように思えます。AIだというNPCの反応とはとても……」
「なるほどな。でも実は、さっきのは全員GAOの住人、つまりNPCだ」
ニクスの目が見開かれる。うん、驚くよな。区別がつかなかったろ?
「で、だ。GAOの住人のAI性能についてはこれで理解できたと思う。その上で言っておくと、住人にはプレイヤーに対する好感度が存在する。NPCだモブキャラだという態度で見下してたら、当然、心証は悪くなる。事実、それらの単語は差別用語的な意味で住人に伝わってきてるらしい」
これは先日、掲示板を巡回してて目にした。それだけ態度の悪いプレイヤーがいたってことでもあるんだろう。住人を持ち上げろなんて言う気は毛頭ないが、どれだけ態度が悪いんだって話だ。
「住人相手の態度には気をつけた方がいい。リアルでもゲームでも、コミュニケーションは大事、ただそれだけだ。難しいことじゃないだろ?」
「だから、マーカーを切らせたんですか? プレイヤーもNPC――住人も、GAO内では差はない。NPCとして色眼鏡で見ることにいいことなんてない、と」
「どれだけ高性能なAI使ってるんだかな。でもまあ、そういう風に考えるより、アミティリシアっていう外国というか異世界に冒険に来て、住人達と交流してるんだって感覚でいる方が楽しいんだよ、俺は。染まってきたとも言えるけどな」
グラフィックとかAIの反応とか五感の再現等で、ゲームの中って感じがほとんどしない、ってのもあるけどな。自分の場合はそれに加えてゲーム的な設定をオフにしてるせいもあるけど。いや、ゲーム的な部分が便利だってのは分かるんだけどさ。
ゲーム慣れしてないようだからそのままでも問題は起こさなかっただろうけど、住人については早めに説明しておきたかった。口で説明するより体感した方がよく分かっただろうし。後は彼女がどう受け止めて行動するか、だ。
「ま、あれこれ言ったけど、重要なのは態度に気をつけろって一点だけだ。マーカー設定、もう戻していいぞ」
「いえ、このままにしておきます。いずれ使えなくなる機能ですし、今から慣れておくに越したことはないでしょう?」
思い切りがいいことで。本人がそう決めたなら、俺が口を挟むことじゃないか。
さて、次は、と。