第98話:新人1
ログイン99回目。
「それじゃ、またよろしく頼むよフィスト」
「ああ、こっちこそありがとう」
モーラと握手を交わし、俺は【料理研】を出た。
【料理研】から試作品のポン酢が完成したと聞き、迷わず転移門を使ってアインファストへ跳んだ。転移料? 金はこんな時のためにあるのだ!
ポン酢は間違いなくポン酢だった。試作品と言っても使うのには全く問題ないレベルだ。先日ジョニーに作ってもらった海鮮鍋も美味かったが、これで水炊きなんかもできるな。鍋に限らず、肉料理にも使えるし、楽しみが増えて大変結構だ。当然完成品も予約しておいた。あ、予約と言えばジョニーの奴、さっそく醤油と味噌を予約してたようだ。
味噌と醤油の生産は順調らしい。アーツを使って少しは時間短縮をしているようだが、とりあえずは普及させるのを目的にしたんだとか。住人の料理人からも問い合わせが入っているそうだ。美味い物が広まるのはいいことだな。
後はジャイアントワスプの蛹を提供したり、今までに得た食材情報等を交換したりと有意義な訪問となった。
さて、久々のアインファストだが。特に目的はない。というか、片付いた。ポン酢のためだけに来たようなものだしな。このままドラードに戻ってもいいが、何か勿体ない気もする。定番のティオクリ鶏を買ったら街をブラブラしてみるか。クインは森へ出掛けてるしな。
道を行く人は確実に増えている。第二陣プレイヤーが一気にログインしてるんだから当然だ。初心者用の武器に申し訳程度の防具を装備したプレイヤーらしき人が多く目に付くな。さすがに全くの初期装備のプレイヤーはもういないか。俺みたいにリアルの事情がない限りは、大抵サービス開始と同時、そうでなくても数日以内にログインしてるだろうし。
まぁ、そんなことよりティオクリ鶏だ。久々のティオクリ鶏なのだ。あるだけ買い込もう。
そんな欲まみれの決意をして屋台へ向かっている時だった。その、初期装備初心者が視界に入ったのは。
向かう先、こちらへと歩いてくる1人の女性プレイヤー。腰まで届くブロンド。翠の瞳。誰もが認めるであろう美貌を持ったアバターだった。身長も高めだが、何より目を引くのはその胸部だ。愛宕梨でも詰めてるんだろうか。そういや女性プレイヤーの初心者の服って初めて見た気がする。下はスカートなんだが、結構短めだな。腰には初期装備の剣が提げてある。
で、そんな彼女に付きまといながら声を掛けている男性プレイヤーらしいのが何人かいた。女性は相手にせずに歩いている。何やら言われても断っているようなのだが、男達は諦める様子はない。初心者な彼女を気遣ってるならともかく、どう贔屓目に見ても男達に下心があるのは明らかだ。美人でナイスバディで初心者装備という、カモにしてくださいと言わんばかりの容姿なのが災いしたな。
お、女性が立ち止まった。GMコールでもするかなと思いつつ【聴覚強化】で聞き耳を立ててみる。彼女はこう言った。
「私、こう見えて中身は高校生ですから、いくら付きまとったところで、あなた方のゲスな欲望を満たすことはシステム的に不可能ですよ? GMコールされる前に諦めてください」
いや、嘘だろ。さすがにその容姿で高校生はないわ。いや、アバターだからその辺は関係ないのか。ただ、こういう状況で毅然とした態度で毒を吐けるのも高校生らしくはない気がするけども。
面白いのは男共の方で、鵜呑みにしたのかGMコールを恐れたのか舌打ちして去って行った。そして更に面白いのが、介入しようと窺っていた他の男共も興味をなくしたように散っていったことだ。いや、いくらGAOがヤれる仕様だからって、欲望に素直すぎるだろお前ら。
とりあえずの状況を脱した女性――言葉どおりなら中身は少女か――は、重い溜息をついた。そして進路を変え、近くのベンチに腰掛け、再度溜息をつく。今のだけじゃないっぽいな。どんだけ声を掛けられたらそこまでうんざりした顔になるんだか。何かかわいそうになってきたな。あの容姿だから余計に。
で、一難去って何とやら。さっきの男共の同類が、彼女のような物件を見つけてスルーするわけがない。さっきのやり取りを知らないんだから、当然声を掛けようとするよな。既に何人かの男性プレイヤーらしいのが立ち止まり、値踏みするような視線を彼女に向けていた。
ただのナンパなら放置でいい。俺には関係ないし、彼女なら自分で対処するだろう。仮に男の方が強硬手段に訴えたとしても、リアルと違ってGAOではシステムが彼女を守る。何ら危険はない。
が、放置するのも気が差すんだよなぁ。まぁいいか。GAO内のトラブルなら、何とでもなるだろうし。
俺は真っ直ぐにそちらへと向かった。周囲の男共にまだ動きはない。そのまま彼女の隣に座り、被っていたフードを取って自分の顔を晒した。
「よっ、お待たせ」
彼女に声を掛けながら、視線は動かさずに【気配察知】で周囲を窺う。目論見どおり、彼女に声を掛けようとしていた男達は、俺を見て動きを止め、その場を離れていった。
とりあえずの目的は達成することができた。ただ、当然これで終わるわけではない。
「……何のつもりですか?」
冷たい声と視線が俺に向けられる。そりゃ見知らぬ男が馴れ馴れしく声を掛けてくればそうなるだろう。当然の反応だ。
「カカシだと思ってくれ」
眉をひそめる女性に構わず、続ける。
「お前さんが1人なのか、それとも知り合いを待っているのかは知らないが、もし人待ちをしてるなら、そいつが来るまでカカシ代わりになれる。そうでなくても、落ち着くまでの時間くらいは稼いでやれる。もちろん、そちらがよければ、だが」
本当の関係がどうであれ、男が一緒にいる女をナンパするような奴はまずいない。だからカカシだ。
「あなたにその効果があるとでも?」
「第2陣相手じゃなければ、そこそこの効果があると自負してる。現に、お前さんに近付こうとしていた男共が数人、俺がここに座ったら立ち去ったぞ」
疑わしげな問いに、信じてもらえるかどうかは分からないが実績を交えて答える。女性は少し考える様子を見せ、
「もし不要だと言ったら?」
と、再度問いを投げてきた。慎重だな。いいことだけど。
「予定どおり、自分のやりたいことをしに行くさ。この後、お前さんがどこで何をしようが、俺が口を挟むことじゃないしな。あぁ、トラブルに巻き込まれてたのを見かけた場合、あるいは犯罪行為に手を染めてる場合はその限りじゃないけども」
彼女が拒否するならこれ以上関わるつもりはない。そうしようと思った理由はちゃんとあるが、それは俺の都合であり、しつこく付きまとったらさっきのナンパ男共と同類だしな。
「それでは少しだけ、お願いできますか?」
数秒後、彼女はそう言った。頷くことで答え、俺はウィンドウを開いてストレージのチェックをすることにする。色々と放り込んだままだから、この機会に少し整理の目処を付けておこう。
ただ、彼女だけで方針が決まるとは思えないんだよな。
もし連れがいるなら待ち合わせをしているだろうし、そちらへ助けを求めることもできたはずだ。連絡がついているならここに留まる理由もない。相手がまだログインしてないんだとしても、待ち合わせ場所に移動すればいいわけだし。その途中だったなら、俺の提案に乗った時点でそこまで一緒に行ってやるだけでいいしな。多分この女性、単独でログインしてる。
「待ち合わせとかしてるなら、そこまでエスコートするが?」
在庫チェックを続けながらそう言うと、女性は首を横に振った。
「いえ、そういうのはありません。私だけです」
困ったような顔で、躊躇いがちにポツポツと話し始める。
「元々、GAOを勧めてくれたのは友人なんです。その子もこの手のゲームは初めてだったそうなんですけど、気に入ったらしくて、一緒に遊ぼうって誘ってくれました。最初は興味なかったんです。ゲーム自体、やったことがなかったので。でも楽しそうにGAOのことを話す友人を見てるうちに、自分もやってみたくなって。本当は、今日、友人と一緒に遊ぶはずだったんですけど」
そこまで言って、表情が悲しげに曇った。
「先日、交通事故に遭って、しばらくログインできなくなって……」
あー、そういう事情か。ネット環境の整った病院は普通にあるけど、VRMMOをやるんだったら条件が厳しいかな。
「お見舞いに行った時に言われたんです。自分が戻ってくるまでプレイしてれば、合流した時にスムーズに動けるだろうって」
言いたいことは分かる。レベル差が縮まっていれば、それだけ有利になるわけだし、気を遣ったりする必要もなくなるしな。
「でも私、色々と予習はしてみたんですが、できる事が多すぎて、何から始めていいのかよく分からなくて。とりあえずログインしてみたものの、次から次へと……」
ナンパに見舞われた、と。ご愁傷様だな本当に。その容貌じゃ仕方ないけど。
「じゃあ、基本はその友人とプレイするのが前提ってことだよな。それ以外の人と一緒にプレイするとか、その辺の話は済んでるのか?」
「いえ、その子は基本的にソロ、というので動いてたそうなので。フレンドはいるけれど、そちらは基本引き籠もりばかりだから、と」
友人のフレンドは引き籠もりばかり、か。生産職とかってことだろうか。
うーむ。俺で力になれることってあるんだろうか。今までの話だと、プレイスタイルとかも特に決めてる感じじゃないし。これが昨日の話なら、まだルーク達が初心者講習やってたんだがな。
「ゲーム開始前にその友人からGAO内の詳細な説明なんかは?」
「その子のプレイ内容を聞いたくらいで。詳しいことはプレイしてからのお楽しみだ、と」
これが普通にゲームとかをやったことのある奴なら放置でも何とかなるんだろうけど、RPGそのものの初心者を単独で好きにすればいいと突き放すのも酷な気がする。その友人、ゲーム初心者をいきなりVRMMOに単独で放り込むとか、ちょっと無茶だろう。
俺にできることといったら、彼女の鍛える方向性にアドバイスするくらいか。後はGAOでの過ごし方というか注意事項を教える程度だな。友人も事故で入院と言っても話をすることはできるようだから、その都度相談できるだろう。
これも縁か。後輩を導くのも先輩プレイヤーの務めだ。今まで俺だって、βテスター達にはお世話になってきてるんだ。順番が回ってきた、ってことだ。
それに本人の言を信じるなら高校生だ。システム的に『間違い』は起こりえない。結構しっかりしてるし、向こうが『勘違い』をすることもないだろう。
いずれにせよ、支援は彼女が望むならという前提があっての話だけどな。
「あの……」
とりあえず意思確認をしてみるかと思ったところで、声を掛けられた。
「いきなりこんなことを言うのは厚かましいと承知していますが、GAOのこと、もっと教えていただけないでしょうか?」
む、まさか彼女の方から要請されるとは思わなかったな。
「俺でいいのか? 優しいフリして近付いて、お前さんを陥れようとしてるのかもよ?」
「万が一の時は、それ相応の措置を取らせていただきます。一応言っておきますと、私、まだ高校生ですので――」
「ゲスな欲望を満たすことは不可能、だったよな?」
意地悪く笑って言ってやる。聞かれていたとは思ってもいなかったんだろう。恥ずかしそうに彼女は頬をわずかに染めた。口は開かず、こちらをじっと見て、俺の返事を待っている。
「分かった。たいしたことは教えられないかもしれないが、引き受けよう」
「ありがとうございます。あ、私、ニクスといいます。よろしくお願いします」
ニクスと名乗った女性はこちらへ頭を下げた。そういや、まだ名乗ってなかったな。
「俺はフィストだ。よろしく」
「フィストさん……?」
ニクスが首を傾げる。ん、何だ?
「いえ、どこかで聞いた名前だと思いまして」
自分で言うのも何だが、そこそこ名は知られてるからな。下調べをしたって言ってたし、その時にでも見たんだろう。
「まぁいい。時間は有限だし、そろそろ行くか。話は街を案内しながらでもできるしな」
立ち上がり、頭の中でルートを組み立てる。よし、あそことあそこ、それからあそこへ案内するか。
「ところで友人と一緒にプレイすることが前提だって言ってたが、ニクスはどういうスキル構成なんだ? 個人情報扱いされることもあるから詳細まで言わなくていいけど、戦闘はどういうスタイル?」
「剣と盾、精霊魔法を修得しています」
剣と盾か。友人は基本ソロだって言ってたな。だったら2人とも前衛、ってことになるのか。
「それは友人のスキルとの兼ね合いも考えて?」
「私はそのつもりで考えました。防御担当、とまではいかなくても、いざという時にそう動けるように。でも友人は呪符魔術を使うのですが、格闘もこなせますから……いえ、格闘の方がメイン、でしょうか」
ちょっと待て。格闘使いの呪符魔術師、だと?
「なぁ、ニクス。ひょっとして、なんだが。お前の友人、GAOでの名前って、ローゼか?」
「え? ど、どうして知って――」
俺の問いにニクスは驚き、何かに気付いたような顔になり、その色を朱に変え、何故か胸元とスカートを押さえて立ち止まった。
あれあれ? 何ですかその反応? いや、理由には思い当たるんだけどさ。
とりあえずあれだ。よく話し合おう。話せば分かる。分かってくれる、よな? だと、いいなぁ。
あとローゼ。次会った時は絶対に泣かす。