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第97話:漁師

2015/6/21 一部修正

 

 ドラード襲撃イベントも全て片付いた。

 今回は応援要請が出されてはいなかったが、防衛戦に参加したプレイヤーには報奨金が出ている。つまりツヴァンドの時と同じだ。まぁ、あの時の俺はエルフ村の救援にしか関わってないから、ツヴァンドからは何ももらえてないけど。

 で、今回特に働きが認められたプレイヤーには追加で褒美が出た。俺、グンヒルト、カーラ、ミシェイル、ゴードン。それからあと5人、知らないプレイヤーがいた。ミシェイルとゴードンに関しては相棒の戦果も加算されたようだ。ということは俺もだな。巣穴掃討の報酬は別に出ている。

 

 防衛戦は例のごとく動画で公開され、俺の出番もあった。防衛戦関連で動画に取り上げられたのは3度目だ。これで俺の知名度は更に上がったんだろうな。

 防衛戦及び巣穴掃討については神視点新聞の記事にもされた。そのせいか、ギルドからの勧誘が来たり、PvPの申し込みが来たり。【斧刃脚】が公開されたせいでアーツに関する問い合わせが来たり、会ったこともないプレイヤーからフレンド申請が来たりと随分騒がしくなった。

 そうそう、プレイヤーとしてではなく、異邦人フィストとしての知名度は、ドラードではかなりのものになっているようだ。理由は、アインファスト防衛戦で俺やウェナ達がアル様達を救出したのが発端だ。その事実自体は、以前はドラードの騎士や兵士達の一部くらいにしか知られてなかったようで、今回の件で何故かそれについても神視点新聞で言及され、ドラード住民に広まったみたいだ。

 それで住人達の態度が良くなるってことは、アル様達を救った事実が住人達に好意的に見られているってことで、アル様達が住人達に良く思われているってことでもある。エド様もアル様も住人達の間では結構な人気者のようだ。

 住人達からは声を掛けられることが多くなった。買い物したらおまけしてくれたり、酒場で飲んでたら一杯奢ってくれたりと、不安になるくらいの厚遇っぷりだ。

 その一方で、変なのも引き寄せている。ただのゴロツキだったり、森絹狙いの強盗だったり、言い寄ってくるけばい女だったり。有名になるのもいいことばかりじゃないってことだな。マントのフードで顔を隠してても、クインが一緒だと意味がないんだよな。仕方ないけど。

 

 魔族についての情報は、あの時のメンバーには了承を得て、巣穴の動画を添付して魔族総合スレに投下しておいた。その結果、某所でミシェイルが愉快なことになったのは俺のせいじゃない。動画には、治療後のシーンは含まれてなかったんだから。俺は悪くねぇ。

 今回の防衛戦で初めて確認された情報もあったので、スレは考察で盛り上がっていたようだ。

 

 

 

 ログイン96回目。

 直前で何故か延期された大規模アップデートが今日実施された。アインファストは第二陣の参加で人が溢れてることだろう。

 ギルド関係はアインファストに集結して、新規メンバーの獲得に力を入れているようだ。【伊賀忍軍】と【自由戦士団】は今頃頑張って声掛けをしてるだろうか。

 そういえばルーク達も、アンデッドダンジョン(仮)の確認前に、他のギルドに誘われて初心者相手の説明会をするってことでアインファストに行っている。GAO世界内における常識とか、気をつけることとかを教えてやるんだそうだ。初心者のサポートだな。

 

 で、俺は何をしてるかというと、そんな世の中の流れなんて関係ないとばかりにドラードで釣りをしていたりする。

 釣り道具はドラードで一式揃えた。意外なことにリールもあったりする。現実で言うスピニングリールというやつだ。結構高かったが、便利なので使っている。

 釣り場はドラードの港。小型の船というかボートを係留する所で、こんな場所でも結構釣れるのだ。桟橋に椅子を出して腰掛けて、釣り糸を垂らしている。釣り糸はイモムシから取り出した糸腺から作った物だ。要するに昔ながらのテグスだな。

「お、来た」

 手応えを感じ、合わせると、竿がグンと曲がった。こりゃ結構な大物だ。引きが強い。

 立ち上がってリールを巻く。海面を見ていると、わずかに魚影が見えた。うむ、やっぱりでかいな。

「よ、っとぉ!」

 海中から姿を見せたのは銀色の魚だ。体長は80センチくらいだろうか。【魚介知識】ではボラと出た。うむ、確かに俺の知ってるボラとよく似ている。目が左右2つずつあることを除けば、だが。

 現実だと、岸に近い所や河口で群れを成しているのをよく見かけた。時期や場所にもよるけど、実は刺身にして食うと美味い。夏場のボラや、汚い海だと臭みがあったりするんだ。ドラードの港は水も綺麗だから多分大丈夫だろう。季節はよく分からない。というか、今のところGAO内は四季がある感じではないんだよな。作物の季節感もないし、そこはゲームだからだろうか。実装されたらそれはそれで掲示板が燃え上がりそうだが。

 針を外し、剣鉈で首を落として海に捨てる。身体はナイフで腹を裂いて内臓を捨て……あ、さっきのひょっとして卵だったか? しまった、からすみに加工できたかもしれないのに。仕方ない、次は確認を忘れないようにしよう。

 海水を入れた木桶に突っ込んでしばらく放置する。10分も入れておけば血抜きができる。ボラの刺身か、久しぶりだな。食うのが楽しみだ。

 さて、次の魚を釣るとするか。

「ちょっと待ったあぁぁぁっ!」

 と、声を上げてこちらへと駆けてくる男がいた。くすんだ金というか茶っぽい短髪で、肌は俺と同じ褐色だな。手には槍を持っている。いや、返しがあるから銛だろうか。防具は革手袋だけっぽい。

 のんびり昼寝していたクインが、うるさそうに顔を上げた。とりあえず手を出すなよ?

 その男は直近まで来て止まった。息を切らせながら、そいつの視線は桶に注がれている。

「い、今、何をどうやったんだ?」

「何をどう、とは?」

「そのボラだよ! ど、どうしてその姿を保ってるんだよ!?」

 随分と興奮しているが、何が言いたいのかよく分からん。

「そりゃあ、釣った魚が残るのは当然だろう」

 と答えることしかできなかった。しかし男は首を横に振る。

「そうじゃない! っと、いきなり押しかけて質問ってのも礼を欠いてるな。すまない」

 言って金髪男は頭を下げた。よく分からんが、彼にとっては何かしら見過ごせないことなんだろう。いきなりだから戸惑いはしたが、ちゃんと断りを入れた以上は話を聞いてみよう。

「あんたはフィスト、だよな? 俺はジョニー。まずはこれを見てくれ」

 ジョニーと名乗った男が【空間収納】から取り出した物を俺に見せた。木皿に載った赤身の魚。【魚介知識】によるとマグロと出た。ほう、マグロの切り身か。

「これはな、俺が釣ったマグロだ。2メートルを超えてた」

 続けて、別の木皿を取り出す。乗っていたのは鰹の切り身だ。

「これも俺が釣った鰹だ。1メートルの大物だった」

 更にカニの鋏が出てくる。鋏だけで1メートルあるな。

「ロッククラブっていうカニの鋏だ。体長は3メートルくらいだったな」

 ふむ、どれも美味そうだ。で、これの何が問題なんだ?

「これら全ては……ドロップ品そのまんまだ」

 気落ちした声でジョニーは言った。ん、ドロップ品? しかもそのまま、ってことは……

「これだけしかドロップしなかった、って事か?」

 問うと、ジョニーは頷いた。うん、言いたいことが分かってきた。

 どれだけ大物を釣り上げても、これだけの結果しか残らなかったということだ。2メートルのマグロを釣った結果が50センチくらいの切り身だけ、というのは残念極まりない。本来ならもっと実入りがいいはずなのに。

「俺はこっちの住人の船に乗せてもらって漁に出てたんだが、どうも一定以上の大きさの魚はドロップ品になってしまうみたいでな……マグロにとどめを刺した直後の皆の憐れみの視線ときたら……ふふふ……」

 膝を着いて項垂れるジョニー。そりゃあ、さぞショックだったろうな。俺だって、この間倒した大物の一つ目熊がドロップ品程度の実入りに変わってしまったらショックどころじゃないだろう。

「だから! あんたが釣ったボラが、そのまま残ってるのが理解できないんだ! 何をどうやったんだ!? 頼む! 教えてくれ!」

 勢いよく土下座するジョニー。いや、そこまでせんでも教えるって。

「いいから頭を上げろ。でないと教えてやらん」

「わ、分かった……」

 とりあえず土下座されたままだと気分的に嫌なので、頭を上げさせる。正座したままではあるが、まぁいいか。

「多分だが、俺が修得しているスキルである【解体】のせいだ。このスキルは、倒した獲物のドロップがゼロになるのと引き替えに、獲物がそのまま残るようになるからな。俺が釣った魚が大きさに関係なくそのまま残るのは、そのせいだろう。他に思い当たる原因はない」

「つまり、そのスキルを修得すれば、釣った魚はそのまま手に入る、と?」

「恐らく。ただし、今後、どんな獲物を倒してもドロップはしなくなる。それに傷つければ血が飛び散るし、死体がそのまま残ることになるな。血抜きやモツの処理なんかも必要になるだろう」

 【解体】を修得することによるデメリットをちゃんと説明してやる。それさえ覚悟すればとても有用なスキルなんだけどな。修得してるプレイヤーは少ないのが現状だ。

「一応、スキル修得ができる状態までは手を貸してやれる。実際に修得するかどうかはお前次第だが、どうする?」

「ぜひ、頼む! どうせ俺は海でしか活動する気はない! 漁一筋でいくつもりだからな!」

 ジョニーは即答した。なるほど、漁師プレイか。見た目はサーファーっぽいのにな。さて、それじゃどうするか。今、ストレージに獲物は入ってないしな。

「クイン、ひとっ走り行って、獲物を狩ってきてくれないか? できればウサギとかの小型がいい。報酬は鹿だ」

 お使いを頼むと、クインが立ち上がって駆けていった。ウサギ1匹のために鹿を放出するのは勿体ない気もするが、溜め込んでても仕方ないしな。

「とりあえず準備するから、その間は釣り糸でも垂れてよう」

「あ、あぁ」

 そう言ってやると、戸惑いつつジョニーも自分のストレージから釣り竿を取り出した。

 

 

 

 そう時間を掛けずに、クインがチャージラビットを狩って戻って来た。小型の獲物を頼んだのは、ここで解体するためだ。あまりでかいと人目にも付くしな。

 ざっと解体してやると、修得条件を満たせたようで、ジョニーはその場で【解体】を修得した。内臓とか大丈夫かと聞いてみたら、手間はともかく、中身は魚と一緒だと答えた。うん、魚でも内臓はあるしな。

「ありがとうフィスト。これで二度と悲しい思いをしなくて済むよ。今はそれ程詳しくはないが、今後海のことで何かあったら言ってくれ。力になる」

「ああ、俺もしばらくはドラードで狩りやら釣りやらするつもりだからな。その時は頼りにしてるよ」

 差し出された手を握り返す。力強い握手だな。まぁ、この程度の事でここまで喜んでくれるなら、教えた甲斐もあったというものだ。

「で、今回の礼なんだが、持ち合わせは少なくてな。俺の手持ちの魚介を振る舞うってことで勘弁してもらえないか?」

「それは嬉しいな。美味い物を食いたくてGAOをやってる俺にしてみたら、金をもらうよりよっぽどいい」

「そうか、それじゃあ準備するとしよう。海鮮鍋なんだがいいか? 後は刺身と、手製の干物くらいだが」

「十分だ。あ、ついでにさっき釣ったボラを刺身にしてくれるか?」

 血抜きをしたままのボラが入った桶を引き寄せる。もう十分だろう。

「ボラか。どれ……うん、臭みもないし、いい刺身になりそうだ。これで醤油があればいいんだけどな。魚醤と塩しかないが、どっちにする?」

 ボラの状態を確認してジョニーが聞いてくる。ふふふ、それもよさそうだが、

「醤油ならあるぞ」

 ストレージから醤油を取り出す。ついでにバルミア果汁もだ。

「な、なん……だと……?」

 ジョニーの目が点になっている。まぁ、料理人プレイヤー以外にはあまり情報が広まってないんだろうな。

「醤油があるってことは、ひょっとして、味噌もあるのか?」

「あるぞ。エルフ産とプレイヤー産の2種類。分けてはやれないが、味噌も醤油も【料理研】で生産に入ってる。予約が殺到して時間は掛かるみたいだが、頼めば買えると思うぞ。今使うなら提供するが」

「兄貴と呼ばせてくれっ!」

 がっし、と俺の手を掴むジョニー。いや、大袈裟だろうに。というか兄貴って……あれ、今、頭に穴が空いたハゲのマッチョが2人脳裏に……防衛戦の疲れがまだ残ってるんだろうか。

「兄貴はともかくとして、料理は楽しみにしてるぞ」

「任せてくれ! きっと満足させてみせるぜ! できるまで釣りでもしててくれ!」

 気合い十分なジョニーがストレージから大鍋を取り出す。うむ、楽しみですな。

 

 

 

 海の幸をたっぷり詰め込んだ味噌仕立ての海鮮鍋はメチャクチャ美味かった。刺身も新鮮で美味かったし、ジョニーの作ったという干物も、炙って醤油を垂らすと絶品だった。クインも鍋と干物を問題なく食っていたな。

 そのうち、近くの漁師達が加わって結構な規模になり、酒も入って騒いだ結果、衛兵さんに叱られたのはご愛敬だろう。

 ジョニーとは互いにフレンド登録をして、干物も分けてもらえたので、代わりにバルミアの果汁を提供してやった。

 うむ、今日もいい日だった。明日も美味い物に巡り逢えますように。

 

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