7話
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(そんな事を考えていた時期が私にもありました)
「これどこに捨てたらいい?」
「あぁ、ええと、そこに置いといて」
もくもくとゴミを拾いながら、質問をしてくるガネ君にだるそうに指示を出し、中腰でひたすら仕事をこなす隆。
もっと和気藹々と、女子とふざけあいながら、週間少年マガジンにのっているようなラブコメまじりの学生イベントを繰り広げるはず、と妄想していた。
朝、各クラスそれぞれ掃除の担当地区、学校郊外の地区を発表され、割り当てられた地区にてボランティアにいそしむ。そして隆のクラスの地区は、学校から一番近い、先生の視線がもっとも集まりやすい地区、いわば超アリーナ席だった。当然監視の厳しさもアリーナ級である。
(こんな席、ファンクラブに入っていないとチケット取れねぇぞ)
そして近いので、ちょっとふざけるとすぐに、先生という名の現場監督が飛んでくる。
蟹工船エリアと、隆は人知れず命名した。
ちらりとまわりを見渡すと、始まってまだ二時間とちょっとしかたっていないのに、明らかにみんなのテンションが下がっているのがわかる。
だるそうに渡されたトングをカチカチさせている。
なかでも学食を餌にフィッシュしたヤンチャなお二人は、かなりのダルそうにしている。先生にも何度も注意されていた。
もうラブコメどころではない。空気としては取り返しがつかない。最悪だった。
しかし隆は希望は捨てていなかった。実はもうすぐ起死回生のチャンスがくる。
それは昼休み。これにかなり隆は期待している。
この昼休憩を使って、わいわいとみんなでご飯を、いわば同じ釜のメシを食う。そうして連帯感を高め、みなさんのテンションを上げてもらえば、この後の仕事もやりやすくなる。
「隆ィ、もう疲れた」
声をかけてきた相手は真面目にお仕事に取り組んでいただいた、隆の仲の良い友人。
「あとちょっとで昼休憩だ!」
明るい笑顔でサムズアップ。ちょっとでもテンションを上げて場の雰囲気を良くしようという気持ち。君に届け!
うんざりした顔を見せる友達。
その反応に、無理やりいい雰囲気にしようとしている自分が、道化に思える。
「なんだよ! ハイタッチしようぜ! へーィ!」
「うわぁ、ウザイ!」
それでもめげない隆。だが、その光景を弁当の袋を持ちながら、ロックオンする体育教師が静かに忍び寄ってきていた……!
軽く怒られた後、弁当をみんなに配った。あわよくば柏木グループと一緒に昼飯を……! と思っていたが、弁当を受け取るとソッコーでみんなは散らばり、声をかける暇がなかった。
それに弁当を渡されると同時に、担任から、弁当を配り終わったら新たな指示があるから、スグニセンセイノトコロニキタマエ! とライト博士みたいに言われてしまった。
(せっかく仕事をする雰囲気をよくできると思ったのに……。アイテム二号もくんないし!)
でも少しホッとしている。
自分自身で決心して、仕事をやりやすくする為とはいえ、女の子を食事に誘うのはやはり緊張する。それに誘っても、うまく喋れなくてつまんなそうにされたらとか、嫌な想像ばかり浮かんでくる。
みんなは弁当を配った後、先生からの午後の指示を受けているうちに、それぞれ思い思いの場所で食事を楽しんでいるようだ。
(ガネ君くらい待ってくれてると思ったんだがな……)
というよりも、隆は自分以外にガネ君に他に弁当を一緒に食う友達が思い浮かばない。だからガネ君は、捨てられたチワワのように、どうする!? と、隆を待っていると高を括っていたが、既に誰かにアイフルされたようだ。
どこかに混ぜてもらおうかなぁと、ウロウロしているとよくわからない光景に出くわした。
昼休みなのに、ガネ君が黙々と作業を続けている。
(あいつ、昼休みなのに何しているんだろう?)
よくわからない理由(ガネ君にはわかる法則)があるに違わないと、ガネ君の近くに寄っていく。
(なんだろう? 今日の占いのラッキーポイントは黙々と周りが迷惑するくらいに仕事をしろっていう、指摘だったのかな?)
「相変わらずの奇行ですか? ガネさん?」
半笑いでからかいながら、ガネ君に話しかける隆。
腰をかがめながら、ゴミをを拾っているガネ君が隆の方を見た。
眉は下がり、口はへの字にまがりっていた。
「ど、どうした?」
チワワのように潤んだ目、くうーんという声、どうする!?
(いや、別に死ねばいいんじゃねぇの?)
それはともかく、ガネ君の泣きそうな表情は、からかい半分で声をかけた隆に思わぬ不意打ちであった。からかっていたのを忘れて、思わず普通の反応をしてしまう隆。
「うん……」
「どうしたよ。言えよう」
隆としては、からかうつもりが、ババを引いてしまった事に気が付いた。
「……いやぁさ、あの不良二人組みがさ……。さっき先生に怒られてたんだよ。お前ら二人は全然仕事してないなって」
「……うん。そうだね」
落ち込んでいるのは声のトーンで分かる。
「それで先生が、二人に、ここ掃除し終わるまでメシを食うなって言ったんだよ」
「……」
「それでさ、二人がさ、俺にここの仕事を……」
「……わかった」
そう言って、隆もかがんでゴミ拾いを手伝い始めた。
「……隆、いいよ。もう終わるからさ」
「うっせ」
ガネ君の言葉を一蹴し、周りを見ると、あらかたのゴミは片付けられていたが、まだ小さいゴミが散らばっている。これを終わらすには一人だと時間がかかるはずだ。
二人黙々とゴミを拾い始める。
隆は思う。カッコいいヤツ、例えば甲田。あいつだったら、不良二人に注意して、ガネ君にわびさせるんだろう。けれども勇気がない。自分の身を守りたい。自分の保身ばかり考えてしまう。
(かっこ悪いよなぁ)
思うだけで何もしないが。
二人でやったおかげか、すぐに掃除は終わった。ただでさえ削られている時間がさらに削られた。昼休みもこの弁当を食べ終わったら終わりだろう。隆はちょうど腰掛けられるブロック塀を見つけて、ガネ君と弁当を食べる。
「これ、購買で売ってる300円弁当じゃねぇかよ……」
「ほんとだー」
包装を開けると、見慣れた色合い。隆も何度か食べたことがある。
何の不満もなく、モリモリとから揚げを頬張るガネ君。
確かにうまいが、ただ働きさせるんだから、せめて弁当はいいものをと、期待していた隆はガッカリとした気分を味わっていた。
それでも腹が減っていれば食べなれたものでも美味いことには変わりなく、隆もガネ君のようにもりもりと頬張る。
「たかしー、から揚げと空豆トレードしようよ」
「お前それ、オニスズメとフリーザーをトレードしようって、言ってるようなもんだからな?」
欲望のままに食らうガネ君の弁当には、メインディッシュといわれるものは既になく、ご飯と二線級のおかずがかなり残っていた。
対して、おいしい物を最後に取っておく食べ方の、隆はメインディッシュがかなり残っている。
「から揚げがオニスズメ?」
「逆だ! 逆!」
そう言って、隆はオニスズメ(から揚げ)とご飯を掻きこんだ。あげてもいいかな? という気になる前に食べてしまおう。そう考えて口の中に入れた。ハムスターのように、両頬に詰め込んで食う。
残念そうな顔のガネ君(どうする!?)を一切無視しながら、弁当をかきこんでいると、
「まだ食べてんの?」
聞き覚えのある声で、食べたものがのどに詰まったように、隆の体が固った。
「あ、柏木さんー」
ガネ君が明るい声で返す。
隆がぎこちなく声の方を見ると、柏木とミカとトモ、それとマッシュが、通りすがった所といった体でそこにいた。
「食べるの遅いねー」
笑顔を浮かべながら、柏木がこちらを見ている。女が苦手な隆はそれだけで、頭の回転がかなり鈍る。
「しょ、しょうがないだろ……」
ツッコミ力のかけらもない返しに、緊張度合いがわかる。
「そりャそうだ。じゃあねー」
笑って、その場を離れていく柏木グループ。本当の事は格好悪くて、とても言えない。
しばらく後姿を見送ってから、ガネ君がぼそりと呟いた。
「柏木さん、かわいいよね」
「……そうだな」
隆も同意をする。
「え?」
驚いたように、ガネ君がこちらを見てきた。
「なんだよ」
「だって隆、こういう話をすると、いつも恥ずかしがって、そうかぁとか、斜に構えんじゃん」
「……うっせ」
もともと休憩時間半分近く掃除に時間を取られたので、メシを食べたら休む暇なく、午後のボランティア開始。
隆はまた、もくもくと作業していた。他の男達も同じである。
だが午前とは違った点もあった。午後になってから、まるでエロサイトを覗くと出てくる、いくらスクロールしてもついてくる宣伝ウインドウみたいなマンマークをしていた体育教師が、他の地区へとシフトを変えた。
なんでも最初から監視の目が及ばないような地区を割り当てられたクラスで、生徒同士の喧嘩があったらしい。そこで生徒達にウザがれるのをモノともしない体育教師が、その地区へと、異動をしたとの事。
とはいっても、相変わらずの監視の目はあるが、さっきみたいに常時監視されているわけではない。
そうなると異性との会話に飢えている思春期。お互い絡まないわけがない。
「いゃだー!」
「そんな上品ぶるなよ。かわいいシモネタじゃんかぁ」
「何、言ってるのよー」
柏木グループとDQN二人がキャイキャイとはしゃぎ始めていくようになった。
(マジメにやれっツーの!)
隆のイライラは、戦後初めてのストップ高を記録していた。
しかも男で遊んでいるのは、六人のうちDQN二人だけ。他の男共のストレスもストップ高!
もくもくと仕事をするという抗議活動にまるで気づかない盛り上がりよう。
周りからは、お前、ボランティア委員なんだから、あれをなんとかしろよという空気がバンバンと攻めてくる。その攻め方、海南戦での湘北の、牧に対する攻めにも匹敵するレベルである。
(外はフリーだぞ……)
でも隆、華麗に無視。
(もう後半日我慢すれば、この仕事も終わる。もうそれでいいや……)
みんなに無用の負担を強いている事に隆は罪悪感を持っていた。だからみんなが望むなら注意をしようかと一瞬だけ思ったが、隆としても面倒くさい事はしたくない。怠け心が勤勉さに勝った。それにちょっと我慢すればこの場自体、もう終わる。
隆としてはそんな風に時間を消化したかったのだが、そうは問屋がおろさなかった。
始めのうちはDQNと柏木グループは楽しそうに話したり、じゃれあったりしていたのだが、だんだんとDQN達のスキンシップはエスカレート。肩を抱こうとしたり、やたら触れ合おうとしてきた。
そんな事をされて、柏木グループもだんだんと機嫌が悪くなり、距離を置こうとしていたが、それを知ってか知らずか、DQN達はお構いなしに柏木達に絡んでいった。
(DQNだからといって、別に場数を踏んでいて、女の子の扱いが慣れているわけではないんだなぁ)
隆もその風景を見て、のん気にそんな事を考えているだけだったが、特にそれがトラブルにも発展していないので放っておいた。そんなこんなで夕方へと差し掛かり、終了時間まで残り一時間の事だった。
「いい加減にしろよ!」
突如、女の子特有の、かなきり声での怒鳴り声が響き渡った。
なにがあったのかと、興味本位で声の方へと向かうと、DQNグループと柏木グループが対峙をしている。
まるで二グループの間に『VS』と表示されているようだった。
(ブーン、ジャパーーン)
隆の頭の中で、ストリートファイターの世界地図が写った画面が現れ、飛行機が日本へ降り立ち、声BGMがかかる。
目の前には、DQN二人は並んで立ち、柏木グループは柏木が先頭に立ち、少し後ろにマッシュ、ミカとトモはさらに少し後ろに立っていた。
「なんだよ。んな怒んなよ」
「ちょっとしたスキンシップだろ?」
DQN二人は半笑いでなだめにかかっているが、
「うっさい! もうあたし達に喋りかけんな! 」
柏木グループはもう寄るな触るな喋りかけるなと拒絶し、表情も嫌悪感たっぷりで、交渉の余地がまったくなさそうであった。
それでもまったくDQNはわかってないようで。
「ゴメンって、ほら、俺のも触っていいからさ」
そう言って、上体をそらし、股間を若干前に突き出す仕草をするDQNの片割れ。
「ははッ。お前それ、俺らが得してね?」
マジウケルとばかりに、手を叩いて笑うDQNのもう一人。
(あ、ヤバイな。これ)
双方の温度差が酷すぎる。DQNは柏木グループが相当怒っていることに気がついてすらいない。
後ろにいるミカとトモは、この雰囲気に、最早怯えすら感じている様子だった。
「ということで、俺のを触ってオアイコとする?」
能天気にのたまう、まったく分かっていないDQN2人に、ついに柏木の堪忍袋の緒が切れたようだった。
「ホンッッッット、ウザイ! 」
苛立ちと比例するような声量。あ、これがヒステリーってやつか……と、隆が思うくらいの声量だった。
「最初から思ってたけど、あんたらなんて、眼中にねぇーんだよ! ダサいし、話はつまんねーし、あと髪型! それなんなの? どこで切ってんの? 千円のとこ? それともおかあさん?」
それから柏木は、勘違いして近づいてきたDQNに対する勘違いぶりをバッサバッサと切って捨て始めた。
「馴れ馴れしいんだよ。察しろよ。ちょっと笑って話しただけで、俺に気があるんじゃないかと思ってンでじゃないの? マジ童貞臭いわね」
「あとさりげないアピール狙ってんだろうけど、露骨に仕事を手伝ってくれようとしなくていいわよ。荷物を持とうか? なんてちょっと決め顔で言ったのが、ムカついたわ。分かりやすすぎて、マジチェリー!」
「意識してんのばれてんのよ! さりげなくこっちチラ見してんじゃないわよ! 生理的嫌悪すら感じるわ! ホント、将来の魔法使い候補は、キモい!」
柏木の言葉、特にチェリー、童貞、魔法使い候補は、DQNだけではなく、思春期時の周りの男共にも深く傷をつけていった。
その攻撃方法は例えるならMAP兵器であり、身に覚えがある思い出がある人を対象に、周辺地域一帯に、絨毯爆撃を繰り広げるようだった。
(もうやめて! 男達のライフはゼロよ!)
しばらく罵詈雑言の嵐が続き、隆達の心が、サイヤ人だったらここで回復すれば著しく戦闘力が上がるぐらいボロボロにされて、ようやく柏木の攻撃がフィニッシュへと至る。
「勘違いしてんじゃねーよ! キモい! 死ね! ボーイズビーでも読んで寝ろ! 」
最後に彼女が出せるであろう、最高のかなきり声と共に、DQNを切り捨て、罵声が終わった。
……。
柏木の口が止まると、誰も何も言わなかった。
(再起不能だな)
『国に帰るんだな。ボーイズビーが待っているのだろう?』
隆にはボコボコに顔を晴れ上がらせたDQN2人が柏木にそう言われている画面しか、もう連想できない。
コンテニュー? 9、8,7……。
「……あ?」
黙って聞いているだけだったが、DQNの一人、二人のうち喋る方が、明らかに雰囲気が変わった。
やれやれ、もうこれで目の前でラブコメを見せつけられずにすむな。それにしてDQN、ぷぷー、ふられてやんの。早く国に帰るんだな! としか、思っていなかった隆の顔がその抑揚のない声を聞いて、強張る。
「てめえら、なにちょーし乗ってんだよ」
「……な、なにがよ」
さっきまでの勢いがなくなり、柏木の声に怯えが入るのがわかった。
「テメェラみたいなブス。だれが本気で口説くかよ。遊びに決まってんだろ? 何、マジになっちゃってんの? 調子にのってんのはお前らなんじゃねぇか? あぁ?」
「ふ、ふざけん…」
「あぁ!」
柏木が反論しようとする瞬間に、DQNが怒鳴りつけると同時に、近くにあった枯れ枝を蹴飛ばす。
それは勢いよく飛ばされ、柏木グループの一番後ろに立っている二人の近くに、飛んで跳ねた。
「ひっ……」
ミカとトモが短い悲鳴を漏らす。
「……」
「……」
それをきっかけに誰も喋らなくなる。ちらりと周りを見ると、隆のクラスのヤツらは柏木とDQNの間に巻き込まれないようにしたいのか、対峙しているのをちらりとも見ない。黙々と仕事に集中するフリをしている。ただ意識だけはしているようなのは分かる。しかし、誰も仲介に入るそぶりは見せない。
こんな時に限って、率先して間に入るべき先生は誰一人おらず、大人の介入は期待できない。
「……謝れよ」
「何をよ」
DQNの問いかけに、澱みなく、冷静さを取り戻したようで、さっき浮かべた動揺はなく、今度は相手の目をまっすぐ見て、柏木は毅然と答えた。
「調子に乗ってすいませんでしたって言え」
静かに、最後通告のような、呟きが漏れた。この要求が通らなかったら、どうなるかわからないという意味がこもっている。そう想像させるような声だった。
「……」
柏木が再び黙る。
どう解決させようかと悩む沈黙であり、解決策を考えているのだろう。
でもこんな急かされるような状況、脅しをかけられている状況は、冷静な判断力でいられなくなる。相当葛藤しているのがわかる。
そんな柏木と同様に、もう一人葛藤している男が一人いた。
隆である。
(どうする? このまま見て見ぬふりをするか? いや、この場の責任者だそ俺は。解決させなきゃ)
隆としては、この場を作り出した元凶で、みんなには休みを割いて集まってもらっている借りがある。
柏木のせいだが。
(でもそもそもどう解決するんだ? やめろって言って飛び込んで、DQN二人にボコボコにされる? ……怖い。嫌だ。なんで俺がそんな目にあわなければならない)
それでも、この場はなんとかしなければならないという使命感が隆にはあった。けれどもみんなの注目を集めるのは嫌だし、醜態をさらすかもしれない、ボコボコにされるかもしれないという悪い想像が、隆に葛藤を強いられていた。
「――てめぇ、どうなんだよ!」
苛立つDQNが業を煮やしたのか、未だ黙り続ける柏木の胸倉を掴み上げた。
「―キャア」
暴力にさらされ、それまで気丈に振舞っていた柏木にも、遂に悲鳴が漏れた。
これを聞いて隆は、もうどうにでもなれと、自分の中で踏ん切りがついた。
「いやぁー、お二人さん。お疲れー」
隆は震える足が気づかれないよう、柏木グループとDQNの周りにポカンと空いた円にできるだけ、おちゃらけた声とともに踏み入れる。
突如踏み込んできた、場の空気をあたかも読んでいないような隆の能天気な声を聞いて、 DQNは胸倉を掴んだままこちらを睨みつけてきた。
「んだよ。隆、文句……」
「もう二人疲れたろ? 帰っていいよ」
DQNの怒りを遮るように、隆は気分をあげて声を上げた。明るく、楽しそうに、場の雰囲気とは反対に。
「あぁ?」
「残りの分は俺がやっとく。付き合ってくれてありがとうね♪ 先生にはうまく言っとくよ。これ、約束の学食代」
「……」
隆はポケットから千円を出すと、DQNのジャージのポケットに無理やりねじ込んだ。
「土曜日なのに、無理やりつき合わせて悪かったね。また学食奢るからさ。ホント、助かった。ありがとうね!」
隆は教育テレビのお兄さんお姉さんのような、スマイルを不良にかます。
まるで何もなかったかのような隆の能天気な声と不意打ちの金。わけがわからないのか毒を抜かれたように、DQNが呆けた顔をする。
「いや、そうじゃなくてよ……」
教育テレビパワーで更正したわけではなく、隆のおちゃらけに、DQN二人はなんと言ったらいいかわからなくなっているようだ。
「……うん?」
隆はなにか問題でもあるの? といいたげに不良の目を真っ直ぐと見る。
これが隆が考えた作戦。
一方的にこちらが飲める条件を全部飲んで、何もわかってないような雰囲気を作って、怒りを曖昧にして、二人を帰らしてしまう。
うまくいくかどうかわからないが、隆の力技である。
「……」
「……」
DQN二人とも考え込んで黙る。現状がよくわからなくなっているのだろう。
「ほらさ、今ならすぐに帰れるよ。先生が来ないタイミングで話してるんだから、早くしないと帰れなくなるよ?」
ここで冷静になられたら、マズイ。畳み掛けるつもりで、最終手段の虎の威を借る形と、時間がないのをアピールをした。
しかし、これがよくなかった。
「……うるせぇ。黙ってろ」
さっきまでの戸惑いなど無くなったかのようなDQNの声。
「え?」
「とりあえず、隆、どいてろ」
「いや、なんで?」
「どいてろって、言ってんだよ」
DQN二人は、一時忘れていたはずの苛立ちがぶり返したように口調に表れている。
あたかも当たり前の事のように話す隆であったが、焦りすぎて、うやむやに誤魔化そうとしていたのがDQNに伝わってしまったようだ。
「……いや、どけとかさ」
「うるせぇ、邪魔だ。どいてろ」
「でも……」
「おら、どけって言ってんだろ!」
完璧に失敗した。こうなったらもう粘るしかない。とそこを動こうとしない隆に、DQNはついに肩を掴み、押しのけようとした。
(……ダメだった)
「おーい。 どうだ終わったかー」
天の恵みか、タイミングよく先生の声が聞こえてきた。
(……助かった!)
「……チッ!」
DQN二人は聞き覚えがある声を聞いてから、舌打ちをして顔を見合わせた。
しばらくそのまま顔を見合わせた後、柏木の胸倉から手を離し、DQN二人は急いで校門の方に向かって行った。
こんな現場を見られたらどうなるか分からない。そう考えた結論だろう。
DQN達とまるで入れ替わるように、体育教師が現れる。
「どーだ、隆、進み具合は?」
体育教師が、事態を何も理解してないのを丸出しで、やってきた。ぐるりと周りを見渡す。
「……。全然出来てねーじゃねーか! 隆、このままじゃぁ規定時間に帰れねーぞ! 気合入れろ。気合!」
「うーい」
やる気がまったく感じられない返事を生徒達が返す。
(うざいけど、助かったから、今は許してやるよ……)
柏木をちらりと見ると、他の三人と全力でDQN二人の悪口を言っていた。
結局作業は終了予定時間までに終わらす事が出来ず、残業。しかも隆一人だけ残された。なんでも、体育教師曰く、一人だけ不真面目だったからだそうだ。
やっぱり死ねと思ったが、隆は従順に仕事をこなしていた。
ガネ君が俺も手伝うと言ってきたが、ごめんなさいをした。変な失敗をして、仕事を増やしそうだったし。
周りはまだ暗くはなってはいないが、日が落ちるのも時間の問題だろう。
春になって、日が長いといっても、もう既に五時を回っている。六時をすぎれば暗くなって、ゴミ拾いもやりづらくなる。
早く仕事を終わらせなければと、がむしゃらにトングを駆使していると、人の影が自分を覆っていることに気が付いた。
見上げるとそこには柏木が立っていた。
「おつかれ」
「あ、はい。おつかれさまです」
「敬語なんてやめてよ。同じクラスなんだから」
「はあ……」
隆は柏木と目を合わせているのが恥ずかしくて、下を向いてトングに没頭する。
「あたしも手伝うよ」
柏木も既に回収されたはずのトングを持って、ゴミを回収し始める。
「いいよ。早く帰りなよ」
「いいじゃない。せっかく手伝ってあげるのよ?」
隆は複雑そうな表情で、すでに中腰でゴミ拾いを始める柏木を見下ろす。
「それと……。また、助けてもらったね」
柏木はゴミを拾いながら、こちらを見ないように喋りはじめる。
「あ、いや、助けてもらったというか」
隆も中腰でゴミを拾い始めた。
(全然、かっこよくはない……)
「助けてないだろ。先生がこなければどうにもなってなかったし。俺の解決方法、見てたろ? 金握らせて、追っ払おうとしたんだぜ? なんの解決にもなってねーよ」
「……うん」
恥ずかしい事を告白するかのように、お互いに作業をしながら、目を合わせる事なく、早口で隆はまくし立てた。柏木もフォローのしようがないのか、肯定の返事をする。
助ける気持ちはあったのかもしれない。けど結局、あくまで自分が傷つかないように、DQN二人に嫌われないよう、殴られないように、助け舟を出した。
それは最高に格好悪いやり方。穏便に、波風立たせず、まったく男らしくないやり方で。
また同じ状況になったら、自分の身を省みないで助けることは出来るだろうか?
人は追い詰められたときにその本性を現すという。
なら自分はやっぱり自分の身が惜しい。そんな決断しか下せないのだろうか?
今回の一件でそれを痛感した。
「柏木さん。いいよ。あとは俺がやっとくから、もう遅いし、帰りな」
それにこんな解決方法だったのに、結果的にこれは柏木さんとのフラグが立ったかとか、少なからず思っている自分が嫌だ。なんて浅ましい人間なのかと、自分で自分を攻めてしまう。
「……わかった。帰るね」
そう言うと、柏木は大きく伸びをした。
「んんんーーーー」
隆はトングをひたすら動かす。さっきからゴミがうまく拾えない。
「でもさぁ、お礼はしたいのよね」
「へ?」
「今度、塾が終わったら、パフェを奢ってあげるよ」
「パフェ?」
「パフェ」
「……」
「……奢られとけよ」
「はい……」
ニコっと笑って、柏木は去っていった。
(……多分そんな約束、柏木さん、忘れるだろ)
隆は社交辞令だろうと判断し、又、自分との約束などすぐに忘れられるだろう。
そんな風に思いながら、柏木を見送った。