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6話


6


ボランティア委員。


 隆がめでたく就任することになった委員の名前である。


 生徒の中では非常に悪名高い。

ここの学校の生徒であれば、その委員に任命するぞと、脅されれば、例えそれがカツオであろうと、もう勉強なんてしないなんて、言わないよ絶対。と、言う程だと巷では話題である。

 カツオにそれほどの事を言わせる威力。ではどのようなことをやらされるのか。


 内容としては、土曜丸一日を使った周辺地域への清掃活動である。


 それだけを聞けば、何もそこまで嫌がることか? と思うだろうが、実は裏がある。

裏とは、ボランティア委員は自分とは別に生徒のボランティアを10人連れてこないといけないという、しばりがあるのである。自分だけでは解決できない仕事を押し付けられる。これが生徒達に嫌がられる決定的な要因である。

 もちろん。本人の休日を消費させられるというのも嫌なのだろうが、それを上回る代償、つまりは貴重な土曜日を一日奪う、そんな借りを10人分背負わなければならない。


 これは想像している以上に重い。


 それに10人という人数は厳しい数字だ。同情し、手伝ってくれる友達はいるという人は多いが、そんな友達が10人以上いるという人は、なかなかいないのではないのだろうか? 

 大抵の生徒は、いつもは仲良くしている友達以外に必然と、お願いしなければならない状態に陥ってしまい、無駄な貸しをあちこち作らざるおえないのだ。

 そういった要因からの、カツオですら、もうボランティア委員なんてしないよ絶対。

 案の定、隆も、まさにボランティア集めに頭を悩まされている最中であった。


「なぁ、頼むよ……」

「もしかして、ボランティアか? もうその日予定入っている。ごめんだけど」


 隆はなにか言おうとする前に、その相手は背を向けていた。


「そっかー、じゃあ、しょうがないなぁ……」


 相手を許す為の言葉は、独り言になって休み時間の喧騒に消えた。

 これで、もうクラスの半分に声をかけた。そして参加してくれると決まったのは六人。

 まだ半分と少しだが、ここまでくるのすら長かった。

 もともと親しかったやつでなんとか四人を確保し、後の二人は隆が苦手としているリア充のお二人(あえて表すならヤンチャ。けれどもヤンチャの一言で済ますのは、実際被害を受けたヤツの意見を聞いてからどうにかしなさいよ)から学食を何でも好きなものを一回奢るという対価を支払い、なんとかメンバーに加えた。

 そんな状況から、希望を込めて声をかけた相手だったが、あえなく断られる。電流イライラ棒の表現で言うと、あえなく爆死である。

 さっき断られたヤツは、隆とは比較的仲がいいと最後の希望を込めた相手だったので、断られた精神ダメージが思ったよりも強い。


(あと、四人……)


 声をかけたクラスの半分とは、想像するだに恐ろしいが、実は男全て。

 つまり隆が苦手とする女性陣に、これからは声をかけなきゃいけなくなった。


(あア、ついにきてしまった……)


 もう逃げ場はない。これからは挙動不審になりながらも、女の子に声をかけ、頭を下げ、さらに頭を下げ、何もしない、さきっちょだけだからと言い、なんとか四人の女の子に貴重な青春である土曜日をボランティアに使ってもらうのである。


(どうしよう……)


 結果であるが。

 隆は夏休みの定番ネタである。最終日に宿題をためて、家族にてっへー、みたいな経験を一度もしたことがない。嫌な宿題は後回しにした経験は無かった。自分が計画性がある人間だと思っていた。けれども。

 あっという間にボランティアの人数リスト、締め切り当日。というか明日がボランティアの日となっていた。

 何の連絡をよこさない隆に、ついに業を煮やした先生から呼び出しを受け、他のクラスのやつはもう人数が集まったのに、お前だけ人数がまだ集まってない。何をやっているんだ。なんとかしろ、とダイレクトアタックを受けた結果からの、職員室から下をみながら出て行く。

(あぁ……、もう、なんとかしないと)

 金曜日。明日が休みということで、明るい顔で帰っていく生徒達とすれ違いながら、自分の教室に向かう。

 実はこの三日間、勇気を振り絞って何度か女子連中に声をかけようとした。そのたびに過去の情景が頭に浮かび、体が動かなくなっていた。

 そんな事が続いて、日が伸びに伸び、ついには今日が締め切り。残り時間も少ない。もう放課後。早くしないと女の子達も帰ってしまう。

 ここまで追い詰められて、隆もようやく重い腰を上げる。

 職員室から出て、自分の教室の前に立ち止まる。ドアを開けようと手を取っ手にかけた。

 体が止まる。しかし、逡巡は一瞬で、勢い良くドアを開けた。

 ドアを開けた場所にはまだ生徒達がざわざわと、放課後の雰囲気を楽しんでいた。

 学校が終わった後、家に帰ってからパソコンの電源をつけるまでのタイムトライアルの金メダリストである隆にとっては(オリンピックの種目ではまだないが)、ダラダラと学校に残っているのが少し信じられない。が、好都合であるには違わない。

 まず一番手前の女の子がターゲット。

 前には二人で楽しそうに話す、クラスでもあまり目立たない大人しめの女の子達がいる。 大人し目というのがポイントだ。いきなりギャル系にでも声をかけて、ばっさりと斬られ、トラウマを植えつけられたら、次に声をかけるのを躊躇してしまう。


(たかが、声をかけるだけだ……。何でもない事だ。なんでもない)


そう自分に言い聞かせながら。


「あ、あの……」


 うわずった、かなりの無様な声だったと思う。それでも隆は勇気を振り絞った。

 しばらくの沈黙の後。


「……」


 女の子二人組みは、自分らが話しかけられていることに気がついていない。それでも隆が視線を送っていると。


「……え? ……あの、もしかして、私ですか?」


 そのうち一人が、うわぁ、話しかけられちゃったぁ……。という吹き出しを頭に浮かべながら返事をしてくれた。


「……あ、……う。う、うん。」


 吹き出しを浮かべたその顔を見ただけで、隆の心がぽっきりと折れた。


「え、……ええと、なんでしょうか?」


 女の子が心なしか、後ろにのけ反っているようにみえる。

 それを見て、七重に折れた心が八重に折れる。そして隆の言動に注目され、教室中が静かになっていくのがわかった。


「……なに?」

「うん……」


 会話が教室中から注目されている。そう考えるとまた、頭の中が沸騰するようだった。

 そうなるともう、自分がなにかおかしい事を言わないだろうか? 自分の挙動不審な姿が見られてしまうと、悪い考えばかり浮かんできて、さらにそれが隆自身を追い詰めていく。


「……あ、うん。ねぇ、えぇーと」

 

(冷静に。冷静になれ。冷静……)

 隆は自分自身に言い聞かせるように、頭の中で何度も冷静さを訴える。

 気持ちとは裏腹に、顔は真っ赤に染まり、頭の中はもうまともに考えが働かない。


「……な、何でもないや。ごめん」 

「変なの……。行こう」


 まるで夜中に歩いていたら、変質者に声をかけられてしまったかのように、嫌悪感たっぷりに二人組みは去っていく。

 教室中が静かだった。

 周りを見回すと、教室中がこちらを見ていた。何をしているんだろうと。

 顔を上げた隆と目が合わないよう、一斉に視線を逸らされたのがわかった。


(ムリだ)


 隆はカバンを掴むと、教室を飛び出た。


(やっぱりムリだ。クラス中がうわぁっと、ヒいた目でこちらを見ていた。女の子ふたりもまるで汚物を見るような目でこちらを見てた)


 限りなく走るスピードに近い早歩きをしながら、後悔の嵐。

 考えすぎだ。考えすぎなんだ。でも、ああゆう風に見られて、お願い事なんて出来ない。


(先生に、土下座でも五体投地でも何でもして、もう六人で勘弁してもらおう。もう俺に女に声をかけてトラウマを増やすのは嫌だ)


 自分の器を越えた後悔により、そう結論つけて、一直線に職員室へ飛びこみ、担任を探したが、


「え? なんか会議があるから、六時まで戻らないよ」

「そうっすか……」


 別の先生にあっさりと不在を伝えられる。しかも帰ってくるのは六時。後二時間も経たないと戻ってこない。

 そう簡単に、結論を出させてくれない事に、隆はさらに気分が落ち込む。つまりは帰れない。


(後、二時間くらい何やってよう)


 失礼しますと、声を上げながら職員室の扉を閉める。


(図書館にでも篭ろうかな)


 もう既に友達もみんな帰ってしまったし、学校の中で二時間潰す場所となると、そこしか思い浮かばない。

 一階にある図書室に着くと、司書の人以外誰もいない。

 隆は適当に本を二三冊取り、窓際の奥まった席に座ってほおずきをついて、本を読み始める。

 しかし、集中して本を読むわけでもない。頭の中にモヤモヤとした何かがあって、それが気を逸らしている。

 二時間もあれば、もう一度女の子達に声をかければいいじゃない。心の中の自分が忠告してくる。


(……もうみんな帰ってしまったよな)


 しかし、自分の中で勝手に無駄と結論づけて、忠告を無視する。

 暖かい西日にくるまれながら、ボーっと、本だけを眺めたり、外を眺めたりと、落ち着かない様子で図書室の一角でひたすら時間が経つのを待った。


(二時間も時間を潰せなかった……)


 五時半になった時点で、隆は司書さんに容赦なく図書室を追い出された。

 下校時刻がどうたらこうたらと言っていたが、まともに聞いていない。ただただ先祖伝来の土地を奪われた先住民族の気分とは、こうゆうものかと浸っていた。


(ヤマトめ……)


 時間も近づいてきたし、とりあえす、職員室に向かう。

 誰もいない廊下を歩く。

 小学生の頃はこんな、静まり返った学校が怖かったが、高校生にでもなれば、せつなさしか感じない。

 職員室に向かう為に、静まり返った廊下を歩いていくと、暗い隆とは対照的に楽しそうな話し声が響いてきた。

 複数の男の声と、女の声だった。

 目に見える位置にくると、相手がわかった。

 柏木と甲田を中心とした男女のグループだった。

 笑い声がたくさん聞こえて、明るく会話をしているのがわかる。とても楽しそうだ。

 それを見た隆。ふつふつと怒りがこみ上げてくるのがわかった。メロスぐらい激怒しつつあった。


(元はと言えば、お前の無茶振りでこんな事態になった……! あの女、自分が楽になる為に俺を利用しやがって、ふざけんな。ちょうどいい所に逆らいそうにない知り合いがいたからって理由だけで、俺を生贄にしやがって)


 負の思念を垂れ流す隆に甲田が気がついたようで、よう、とばかりに手を上げる。

 フレンドリーな対応に慣れていない隆。少々面をくらいながら、ぎこちなく手を上げて返事を返す。

 その甲田の行動に、柏木も隆がいることに気づいたようだ。


「あ」

「ん」


 柏木と隆の目があった。しかし、隆には話すことなんて何も無い。友達とも思われていないし。すぐに目をそらし、前を向いて歩く。

 少しでも一緒にいたくなかった。早歩きで柏木を横切る。


「あ、隆クン」


 すれ違う一瞬、気のせいか、柏木に呼び止められた気がする。


「……え?」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったから、自分に話しかけられていると気がつかなかった。話しかけられている事に気づき、足が止まる。


「あ、ゴメンね。急に話しかけて」


 隆に向けられた柏木の笑顔は凄い可愛くて、さっきまでの怒りが一瞬、可愛い……、という感想にかき消される。


「な、何?」


 可愛さに騙されそうになったが、隆は気持ちの中で、こいつは敵だ。騙されるなと、自分自身言い聞かせながら、返事をした。


「ごめんねー。私、隆クンの事、ボランティア委員に推薦させちゃって」

「あア、うん……」

「いや、私の見立てだと適任だとおもったの。ホラ隆クン、結構友達多そうだし、責任感を強いし、マジメだしさー」

「そう……。ありがとう」


(くだらねぇフォローしやがって。責任感? 俺の何を知っている。心にも思ってもいないこと言ってるんじゃないよ)


 そう思いながら、まんざらでもないようで隆は笑みを浮かべて、そんな自分にすぐに気がついて、表情を無表情にすぐ変える。

 ふと、柏木と甲田以外の、団体連中の会話に付いてきていない様子がありありと浮かんでいるのが隆の視界に入った。


「ところで、もうメンバー決まったの?」

「あぁ、いや、まだ……」

「えぇ?! ボランティアの日って、明日じゃなかったっけ?」


 驚いたかのように柏木の声のトーンが上がる。


「あぁ。だからもう、しょうがない。先生にこれから謝りに行くよ」


 お前のせいだよ。と言って、柏木のオッパイを揉みしだきたかったが、そんな事をする度胸がなかった。


「そうなんだぁ……」


 柏木としては、珍しいはっきりしない声だった。

 嫌味に聞こえたのかもしれない。

 どんなヤツだろうと、自分が推薦をした相手が辛い状態になっていて、罪悪感を覚えないヤツはいない。

 と、隆は思わないでもなかったが、オッパイを揉みしだかないし、それぐらいの失言は許されると、自己嫌悪にならずにすんだ。

 それより取り巻きどもの、早く会話終われよムードのほうが気になる。小心者の隆としてはもういいから会話を終わらせたかった。


「じゃあ、これで……」

「――じゃあ、私が出てあげるよ」

「……え?」


 隆は驚き、柏木を見た。

 会話を打ち切ろうとした途端に降りてきた、思わぬくもの糸。

 周りの取り巻きも驚いたのか、柏木を見ている。 

 今なら柏木のオッパイを揉めるのではないか思うくらい、場が止まった。


「明日でしょ? 何人足りないの?」

「あ……、えっと。四人」

「じゃあ、私の友達連れてくよ。みか、とも、……それと、マッシュ、お願い」


 柏木は後ろを振り返り、何をしていいかわからず佇んでいた取り巻きの女性陣達に声をかけた。


「待て、三人目の名前おかしい」


 マッシュとはこれいかに。


「あだ名よ」


 こちらを見ず、まるで右足と左足を交互に出せば歩ける、といわんばかりの、当たり前のことみたいに言っている。

 そして返答を求める柏木の視線に、取り巻きーズの女の子達は無言。


「……」

「……」

「別にいいけど……」


 圧力に耐えかねたのか、マッシュがそう言うと、残りの二人も引きづられるように了承した。


(マッシュ、イイヤツ)


 急展開すぎてついていけてない隆だったが、絶好の好機であるのはわかった。


「あ、じゃあ参加する人、ここに名前書いて」


 速攻である。隆にもこの機を逃がしてはならないのはわかった。

 カバンから参加者名簿をだして、ボールペンと一緒に柏木に渡す。柏木が名簿に名前を書いているうちに、明日の案内を渡して、手早く説明した。

 確実にみんな行きたくないのはわかったが、そんな事は知ったことではない。

 なんだかよくわからない内に契約を結ばせる。まるで一昔前の保険の契約である。


「ありがとう。柏木。おかげで助かったよ」

「私が推薦したしねぇ」


 そう言って、柏木が苦笑いを浮かべる。柏木のそんな表情を初めて見た。

 取り巻きーズは釈然としない顔で、隆を責めるようにこちらを見ていた。


「じゃあ、明日、頼むね」


 隆はそれを一切無視して、颯爽と走る、職員室へと向かう一陣の風となった。

 走りながら隆は。


(いや、やっぱり柏木さん。俺の事、好きなんじゃないかな? ボランティア委員に推薦したのも、俺の気を引くため? いやいや。考えすぎだ。自意識過剰である。でもなアー。やっぱり、ありえるだろ)


 性懲りもなく、顔のにやけが止まらなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 特にチートや特技や長所があるわけでもない、自己完結型の駄目人間をありのままに描写しているのはいっそ潔いと思います。 修学旅行編までのワタモテ読んでた時と同じ気分です。 読んでてムズムズして…
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