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5話

 5


環境が変わるイベント。

 隆のような学生だと例えば入学式、クラス替えなど。

どんな場所なんだろう。どんな人がいるのか。どんな事をしているのだろうかと。考えるだけで、楽しくなってくる。と、リア充のみなさんは思うだろう。


 でも隆は思う、変化は楽しい事ばかりではないと。


 新しい学校、新しいクラス、新しい友達。慣れ親しんだ環境から、新たな環境に移るという事は心躍らせられるのもあるが、やはり、不安も付きまとう。

 現状はうまくやれている。でも新しい場所で、現状以上の充実感を出せるとは限らない。

変化したことにうまく付いていけないことだってある。 逆もまた然り。環境の変化がいい影響をもたらす事もある。高校デビューという言葉もあるくらいだし。それは認める。

 だが隆はどうしても心配の方が、好奇心より強い。

 そんな悲喜交々な事が起こりうる環境の変化に、隆はまさに直面していた。


「誰も立候補するやつはいないのか!」


 何の反応を示さないみんなに対しての、担任教師の咆哮が教室に響いた。


 クラス替え後の恒例行事。誰もが下を向くことでおなじみの、シンプル2000 ザ・委員決め。


 生徒達にとっては図書委員だの、風紀委員だの、生徒一人一人に厄介ごとを押し付けてくるイベントである。

 誰もが嫌だが、決めないということは出来ず、だれかが貧乏くじを引かなければならない。

 始まって三十分。いくつかの鬼門、例えば、体育の時に体育教師の手となり足となる、かなり嫌がられる委員、体育委員も含めて、順調に決まっていっていた。しかしラスボスの、最後の最後に残ったボランティア委員がなかなか決まらなかった。


「これをやったら進路にもいい影響を与えるぞー!」

 

 担任教師の小ざかしいアプローチに対して、生徒達はあいかわらず無反応だった。


(うっせハゲ。そんな確証がない情報に誰が踊らされるか。毛根を夜の修学旅行時の小学生みたいに活性化させて出直して来い)


 クラスの生徒全てが、隆のように思っているとは限らないが、誰もが何も反応を返さないという事に、クラス中の思いが一つになっていると隆は思う。

 最早先生も、何を言っても反応が返ってこない生徒に、訴えるセールスポイントがなくなったようで、教室はまたふりだしに、つまりは静寂に包まれた。あいかわらず、誰も立候補しようとはしない。


(ここでダチョウ倶楽部のアレやったら面白いかな……)


『じゃ、じゃあ、俺やるよ』『じゃあ、俺も……。』『そうだな。俺もやる』『え、じゃあ、俺もやるよ! 』『……どうぞどうぞどうぞ。』『いや、おかしいだろ! 』

 そしてうやむやに……。


(無理があるな……)


 辛い環境がゆえの浮かべる、妄想に浸る隆。

 だが、そんな都合がいい展開など訪れるはずは無い。というか果たしてその展開が本当に都合がいいかどうかでもあるが。

 教室のみんなはやっぱり、机とにらめっこが最新のトレンドである。

 隆も下を向いて、ブームに乗る。


(おやぁ、この机の木目、少しやらしい……)


 しばらく最低なブームが続くと、


「せんせー。提案があるんですけど」


 みんなが待ち望んだ、沈黙を破る声にクラスの注目が一気に集まった。隆も顔を上げ、声の方を確認する。


「お、どうした。柏木」 


 先生の嬉しげな声が聞こる。クラス中の瞳が、声を発した相手に一斉に向けられていた。

 そこにはみんなの視線が集まる状況をものともせず、笑顔を浮かべ、自信ありげに前を見る柏木がいた。


 隆は発言した人が柏木とわかると、すぐに視線を逸らした。


 意識して見られていると思うのが嫌だから、隆は挨拶での一件から、柏木をあまり見ようとはしていなかった。だから、久しぶりに柏木をちゃんと見た気がする。

 あんな視線が集まれば、隆だったら職務質問、かわいい言い方をすればジョブQ。ジョブQされるくらい挙動不審になってしまう。なのに柏木は堂々としたものだった。


 注目が集まる事に、笑みさえ浮かべながら、柏木は大きな声で停滞した現状を打開した。


「柏木、言ってくれ」

「立候補がダメなら、推薦がいいと思いますー!」


 教室中に無言の戦慄が走る。


「このままじゃあ、いつまでたっても決まらないし。だったら、二つ委員を受け持つことにならないように、もう何かしらの委員に属している人は省いて、個々にこの人がいいっていう人を選んで選挙。そんなところでどうでしょう?」

 

 そう言って柏木は、周りの反応を確かめるかのように、ぐるりと教室を見回した。


 一瞬の静寂の後、ざわざわと教室が騒ぎだし始めた。どうしようどうしようと、お互いの顔を見回しながら、囀りだす。

 特にまだ委員に何も属していない人の表情は引きつっている。それも当然。自分が厄介ごとを抱える羽目になるかもしれないから。この発言によって、状況は動くかもしれないが、それは強制的に誰かに犠牲を強いる劇薬だった。

 隆もまだ何も委員に属していない。この流れだと隆もこの最後の最後に残った厄介な委員を押し付けられる可能性があるという事だ。


(まずいな……)


 委員になっていない人間は黒板に書かれた委員の人数から分かるが、おそらくクラスの半数程だろう。

 推薦と言っていたが、半数から一人、生贄を決めるとなると、どう決めていくのか……。

 それにしても柏木もうまい。

 自分自身は、どうでもいい非常に仕事が楽な図書委員という役職に納まっている。つまり自分は楽な仕事に決め、やっかいな仕事を誰かに押し付けようとしている。

 なかなかのビッチ。と、隆は柏木の評価を下す。

 そして、ここに至って、どうこの場を切り抜けようかと、隆自身、ようやく真剣に考え始めていると、


「ちなみに私は隆くんがいいと思います」


 ―――。

 教室が黙り込む。


(えぇ!)


隆は驚きのあまり、顔を上げた。

 状況がまったくわからなかった。というか、理解できていない。

 そんな隆とは対照的に、黙り込んだ教室は、黙っていた分を取り返すか如く、ざわざわと、騒ぎ始める。


(え、なんで?)


 柏木を意識しているのをばれたくないとか、すっかりとなかったかのように、柏木を見る。が、柏木はこちらを見て、少し笑っただけ。


(はア?!)


 隆はただただ意味がわからなかった。


『さんせー! 』『まア、いいんじゃね。』『隆クンならねぇ。』『隆、なんか委員会に入ってなかったっけ? 』『なにも入ってないよ。』『じゃあ、いいんじゃない?』


 委員の決め方を考えた人間の鶴の一声である。影響力が図りしえないのに加えて、ちょうどよく自分が責任から逃れる為の流れが飛び込んできた。誰もが便乗し、これで解決しようとするクラスの流れが出来上がっていった。

 担任と目があった。隆としては、助けてくれ……、という視線を送るが。

 担任教師の目がなんともいえない。というか。


『もうお前、あきらめてくれ……』


 と、訴えかけてきているのが嫌でもわかる。

 最早、面倒な仕事は隆の役割となりそうだった。

 それはマズイよ。マズイよ……。

 ここで立ち上がって、醜い位に自分は嫌だと、やりたくないと、ヒステリックに叫べば、任命される事はないのだろう。


(……やるんだ、立てよ!)


 両手を机に置き、勢い良く立ち上がろうとするが、足が震えてくる。立てない。

 やはり隆は、人に注目されるのが苦手だった。

 不当な要求を押し付けられているにも係わらず、嫌なことに立ち向かう勇気がなかった。


「隆クン、それでいいのか?」


 禿げた担任が一応といったように、隆に問いかける。

 名前に君なんて付けない先生のくせに、こういった時だけつける。


「……」


 隆の返答を待つため、再び、教室が声を止めた。


「……いいです」


 その一言で、張り詰めていた緊張がなくなり、教室が安堵に包まれる。


『おわったー! 』『決まったねー! 』


 やっかいな事から逃げられてからの、みんなの安心した声は明るく、それぞれ楽しそうだ。対して隆は、暗く、どうしようもない表情。


(……)


 考えすぎかもしてないが、ハゲの担任のその問いは、ただ単に委員になってもいいかと、聞いているだけではなく。

 隆自身、そのままでいいのかと、聞いているように聞こえた。

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