4話
罰ゲームをやり終えて制服に着替えると、昼休みが、もう半分近く無くなっていた。
隆は改めて、想像上で体育教師に中指をおったて、ヤツをマナーモードにするどころか電源を切った。それと同時に甲田に感謝しながら、教室に急いでいった。
甲田に手伝ってもらわなければ、昼飯を食えなかったかもしれない。
普段あまり動かないくせに、はりきって全力で走ったせいか、物凄くお腹が空いている。一刻も早く弁当をかっ喰らいたい。
新入生だからという理由で教室を校舎の最上階を設定される事実についても恨みながら、階段を一段飛ばしで駆け上がり、廊下も駆け足で教室に入る。
クラスのみんなはあらかたもう食事を終えているようで、教室に残っている生徒達は友達同士で喋ったり、本を読んだりと思い思いに過ごしていた。
隆の弁当は机の中だ。目の前に人参をぶら下げられた馬のように、弁当が隆の足にラストスパートの鞭を入れる。
しかし目標を目前にして何故か、隆の足が止まった。
目の前の光景がそうさせた。
隆の机が、柏木を中心とする六人ぐらいの女子グループによって占拠されていた。しかも大盛り上がりである。
そのグループではいつも柏木を中心に昼ごはんを食べているのだが、グループの中心である柏木が自分の席から動かない時は、取り巻きどもが、柏木を中心とした付近一帯の机と椅子を占拠する事態となる。柏木の席にめちゃくちゃ近い隆の机は、大抵占拠される事態になる。
普段ならそれを見越して、昼休みとなった瞬間に弁当を持って、柏木グループとかち合わないよう、仲のいい連中の席に寄っていくのだが、後の祭り。
あの盛り上がっている空間に突入して、女の子達に黙って注目される。
「……」
別に退いてもらって取ればいい。全然おかしなことじゃない。自分の机にある荷物を取るだけだ。
なんのおかしい事でもない。たかがそれだけの事だろと、どこの誰だろうと、簡単に出来る事だ。昼飯の楽しい会話を邪魔されたとしても、隆の席に座っている女の子も責めはしない。そんな事で責めてくるようなやつは相当なメンタルヘルスな女だ。
でもなかなか踏み入れない。理由は隆自身わかっている。隆はこんな状況が得意ではないから。行けば必ずトラウマが増えるから。
立ち往生しているうちに昼休みの時間はなくなっていく。
しかもこの状況、男一人、女のグループを目の前にしてまごまごしている姿はどう見ても健全には見えない。
(ええい、行くぞ)
客観的に見た自分の姿を想像して、一瞬、自己嫌悪に落ちた後、踏ん切りをつけて、躊躇していた足を再度動かす。
机までほんの僅か数メートルだが、凄く長く感じる。
近づくにつれ、隆の顔は赤くなっていき、手と足が同時に出るようになり、平常心も段々と無くなっていく。
自分自身わかるが、めちゃくちゃ意識していた。
女子グループも挙動不審の男が何故か近づいてくることに気が付いたらしく、さっきまでの盛り上がり方が嘘のように静まり返っている。
その反応も隆の気持ちをざわつかせる。なんかおかしな事をしたのだろうか? そんな葛藤が余計に隆の平常心を奪い、さらに隆の挙動不審を悪化させる。
それでも歩みは確実に進み、遂に隆は自分の席の前に立った。ついさっきまでの楽しげな雰囲気が嘘のように、完全にグループの会話は止まり、これからどんな事が起きるのだろうかと、不安げに様子を伺っていた。
その中でも隆の席に座っている女の子は、え、あたし! と言いたげに不安そうに隆を見上げていた。
あまりの挙動不審ぶりに、いつしかクラスの全員が隆の席付近に注目していた。
これからなにかが起こる。そんな予感がクラス中に走る。
「あ、あのさぁ……」
隆は下を見ながら相手の目を見ず、搾り出すように声を出した。
「は、はい……」
女の子も相手はクラスメイトだというのに、敬語で返事をする。
その異質な会話によって出現した、意味の無い緊張感が、ゴクリと誰かのつばを飲み込む音によって表され、静寂を際出させる。
「……弁当取りたいから、どいてくんない?」
「…………え?」
どんな事を言われるのかと、力を入れていたであろう女の子は、隆の言葉を聞くと、口を半開きにして、そのまま固まった。
「いや、弁当を……」
固まった女の子に隆は小さな声で再度、説明をする。
完全にあっけに取られていた女の子は、すこし考えて。
「ぁ! ……あぁ、うん」
引きつった笑顔で、椅子から立ち上がり、大げさな位、後ろに下がった。
隆はありがとうと一言言い、後ろへ下がったことにより出来たスペースに体を入れ、自分の机の中に手を突っ込んでまさぐる。
自分の手が震えていた。
今、クラスのみんながこちらに注目している。隆の挙動不審ぶりを見ている。
そう考えると、手だけではない。体までが震えてくる。
机に入っているはずの弁当がなかなか手に触れてこない。
弁当が見つからないことに、さらに焦りだす。冷静さが無くなっていく。
しゃがみこんで机の中を覗き込み、ようやく見つかった。
見つかった弁当を過剰な勢いで机から取り出す。
弁当が入った袋を手に持って、下を向いたまま教室の出口に早歩きで向かった。
ただひたすら前を見て、周りを見ないようにして、歩く。顔が熱い。手と足が同時に出ているような気がする。
一刻も早く注目から逃れたい。そして、まだ何か起こるんじゃないかと、視線が集まっている事を確認したくない。だから周りを見渡す勇気が無い。
長く感じたドアまでの道のりだが、遂に終わりとなる。別にドアの近くまでいけばいいのに、ドアに手が届く範囲に着いたら、一刻も早くここを出たいとばかりに、右腕を目一杯伸ばして、ドアの取ってに指を入れる。
気ばっかり焦っていた。そしてドアをこっそり開けて、教室から出る。
後ろ手にドアを閉めて、初めて隆は視線と緊張から開放された。
「はぁ……」
その場で立ち止まり、隆は項垂れた。思わず溜息がでる。
またやらかしてしまった。終始、挙動不信だった。気が動転して、女の子にお礼を言うのも忘れた。
またトラウマが増えたと、その場で打ちのめされていた。
そんな事を後悔しながら、しばらくうじうじしていると、
『あっはっはっは!』
隆がドアを閉めてから数秒後、教室からおそらく何人もの人の大爆笑が聞こえた。
『何、あのキョドリ!』
『意味わかんない! どうゆう事!』
『あいつ、何意識してんの? というか意識しすぎだろ!』
『弁当、取るだけかよ!』
『え、でも! もしかして、京子の事好きなんじゃないの?』
『えー! まじムリ!』
隆は耳を塞ぎたいと思いながら、足早に、でもそこにいる事がばれないように、静かだが早くその場を離れる。
女と会話をすることと、注目を集めること。隆にとって中学から続いている、苦手な事だった。
この事に関しては隆はまったく自信がなかった。そうゆう事態にぶち当たると、途端に挙動不審になってしまうのを自覚していた。そして、後でそんな自分の姿を思い出して自己嫌悪に陥る。だからそういう事態に陥る事は万難を排して避けていた。
そんな格好悪いところ知られたくないし、見られたくない。
でもさっきは。
(ばっちり、柏木に見られてしまった……)
変に気を使われたりしないだろうか? 軽蔑されただろうか? 格好悪いって思われてないだろうか?
(……ハッ)
だからどうだっていうのか?
プライドだけは一人前だな。
(……またトラウマが増えたな)
絶対、後でこの事を思い出して、勝手に自分が傷つく。
そうはならないように努力はしているつもりだが、隆は女が絡むといつもこうなってしまうのだった。