13話
13
翌日、陰鬱な気持ちで隆は学校に登校してきた。
あのメールを受け取った後、隆は柏木の携帯にメールをしたり、電話をしたりと、なんとか連絡を取ろうとしたが一向に、柏木からメールの返信や、折り返しの電話がこなかった。自宅に押しかけるようかとまで思ったが、生憎と柏木の住所を知らない。後、通報されそう。
結局、どうしたらいいか分からず、悶々とした気持ちを抱きながら、家で携帯と一晩中睨めっこをしていた。
一晩、携帯の画面を睨みつけながら考えても答えは出ず、学校でなんとか話をしよう。と結論づけた。
そして登校してきた隆だが、陰鬱な気持ちは益々増幅される事態になっていた。
「おはよう」
「……あ、うん。……おはよう」
違和感は朝の挨拶の時から感じていた。
いつもは親しげに挨拶を返してくれる友達が妙によそよそしい。
「あのゲームどう? 進んだ?」
「うん。ちょっとな。わりィ。トイレ行ってくる」
「あ、あぁ」
話しかけても、食いつきが非常に悪い。最初の一言二言で、会話が終わってしまう。まるで隆との会話を避けているようだった。
そして授業中での事。
一限目の授業は喋っていてもろくに注意しない先生の授業。隆は騒ぎには乗れずに黙々と黒板の内容をノートに取っていた。
うるさいなぁと思わなくもないが、自分もそれに加われる状況だったら遠慮なく喋っているし、人の事を言えない。隆はただシャーペンを動かしていた。
「――、マジウケル」
「―――でしょ。信じ――ない」
「見て、アレ――」
隆は視線を感じていた。
さっきから隆がなにか行動するたびに、後ろの女子にクスクス笑っていく。
自意識過剰なのかもしれない。ただのイタイ思い込みかもしれない。が、隆を馬鹿にして面白おかしく笑いの種にしている。何度か経験がある隆はなんとなくわかった。
その声の中には柏木の声が混じっていた。
(ああ、そうなってしまったか)
そこでなんとなくこの事態が掴めた。
始めの頃に、柏木が隆の敵に、逆戻りしてしまったという事だ。
友達ではなくなった。
だが隆はそれに気づかないフリをして、ひたすらノートを取り続けた。
例えそうだったとしても、隆はしょうがないと思っていた。
だって結果的に自分が原因となって、彼女が大切にしている居場所を汚してしまった。
俺には関係ない。なにヤツ当たりしてんだ。なんて言えない。
寂しいが、彼女の溜飲が下がるなら仕方がない。願わくばまた二人、よりを戻してくれればいいとさえ思う。柏木だってあんな努力をしたのだ。報われて欲しい。
(それに……、注意出来るならとっくにしている)
自分の勇気のなさにも計算に入れてある。
翌日登校し、教室のドアを開けると教室が一瞬、静まり返った。
そしてみな、あさっての方向を見ながらも、意識を隆に向けていた。無言の圧力を掻き分けるように自分の席へと向かう様だった。
席に座ると、少し向けられている意識の量が少なくなる。そしてその分、誰かの口が動いていた。
「マジなのかよ」
「そんな汚いやつじゃなかったろ」
なにを言っているかわからなかったが、自分の事を言われているんだろうな。と隆は感じていた。
断片的に聞こえてくる情報を集めると、話の内容がわかった。
隆が柏木と付き合いたいが為に、柏木と甲田を別れさせる事を狙って、隆と柏木が付き合っているという噂を、隆自身が流したというものだった。
噂は妙な真実味を持ち、まことしやかに広まっていった。
放課後になり、授業が終わる。
学校にいてもなにも楽しくは無い。さっさと帰ろうとする隆だったが。
「ちょっと待って」
柏木とよくつるむ同じグループ、ミカ、トモ、マッシュが集団で隆の前に立ちはだかってきた。
「あんた、あの噂、本当なの?」
マッシュがこちらを睨みつける。このタイミングで話しかけてきたというのは、隆が柏木と付き合いたいが為に柏木を貶める為の噂を流した、という話についてだろう。
「……」
隆は何も言わなかった。いや、言えなかった。
女が徒党を組んでこちら睨みつけている。まだ放課後直後、みんな教室に残っていて、こちらをそれとなく注目している。
それを意識したら、一瞬で体が凄く冷たくなって、何も考えられなくなってきた。
女の集団に相対しているだけで、震えがきそうなのに、クラス中のやつらに見られていると思うと、いつもの自分じゃいられない。変な行動をしてまたトラウマを増やすんじゃないかと、それだけで何も出来なくなる。
「……」
状況が隆の頭を真っ白にして、何も言えなくなった。
「どうなのよ?」
再度の問いかけにも、隆は何も答えない。
「……どうなんだよ!」
何も言わない隆に焦れたのか、女の子を感じさせられないドスの効いた声で怒鳴りつけてくる。
それでも隆は何も言わない。本当は言いたい事が山ほどある。俺は無実だ。何もしていない、と。でも言わない。柏木の為に言えないのもある。でもつい言い訳をしたくなる。そんな葛藤がさらに何も言えなくさせる。
「なんとか言えよ!」
苛立ちが極まったのか、問い詰める女が近くにある椅子を蹴った。
椅子が机とぶつかるでかい音が響く。
クラスの誰もが隆を責めていた。
柏木はクラスではみんなの人気者。いつも明るくて、男女共に人望が厚い。隆とは対極の存在。みんなが心配する女の子。それに対して隆はいてもいなくても同じような人物。そして柏木を貶める悪者。
こうなるのも当然。
隆は睨みつけてくる視線から目を逸らして、何も言わず、教室を出た。
「逃げんな! ヘタレ!」
後ろから罵倒する声が聞こえる。
敵前逃亡でも、挙動不審となる自分の格好悪い部分が出るよりは、隆はその場から逃げ出したかった。
さらに三日が経った。隆にとっては、ただ耐え忍ぶ毎日である。
授業中はただ陰口を聞き流す。
休み時間は眠くも無いのに寝る。喋る相手がいなくなってしまったからだ。実は眠くないので当然寝たふりになる。周りに話しかけるやつなどいない。みな隆を最低のヤツだと思って、近づきすらしない。それとも柏木が手を回していることに警戒して、近寄らないのか。両方という事もあるだろう。
隆は噂を否定しなかった。もちろん噂の内容は正しくは無いが、この噂を肯定するような態度を取っていれば、もしかしたら柏木と甲田の仲が元に戻るかもしれない。それならしょうがない。
そう決断したが、辛い事には変わりなかった。
昼休み。
隆は逃げるように教室を出た。
以前は教室で友達と喋りながら弁当をつつく、楽しい時間だったのだが、今はひとりで黙々と弁当を食う、ただの長い苦痛の時間だ。
周りに誰もいない、一人で静かに弁当を食べれる場所をこの三日間で見つけた。
昼休みはほぼ無人になる、学校の敷地の中でも隅に存在する部室棟だ。
放課後や、朝には練習で生徒でごった返す場所なのだが、昼休みは誰も用がないので、近寄る人が皆無なのである。
その部室棟の中でも、さらにジメジメした、日の光がまったく入らない非常階段に腰をかけ、隆は弁当をつついていた。
ただ黙々と食事をするだけなので、弁当の減りが早く、あっという間に食べ終えてしまう。
残った時間が二十分近くある。どう時間を潰すか考える。
図書室にでも逃げようかと考える。あそこなら黙って本を読んで時間を潰せる。
しかし、心のどこかでは、悪い事をしていないのになんでこんな事をしているのかと、ふと思ってしまう。
頭を振って、考えるのを止める。もう決めたことだと、考えに鍵をかける。
よし、と自分に一声かけ、弁当箱を持って腰を上げようとすると、この場所には珍しい大きな声が響いた。
「――だから―」
「だから――、――」
剣幕強く交わされる、聞いた事があるような声に誘われるように近寄っていくと、その光景に隆の目が釘付けになった。
甲田と柏木がふたりでなにかを言い争っていた。
(えぇ! なんでこんな所で? )と、隆の中で疑問が浮かぶ。
そしてすぐ疑問が解けた。
柏木と甲田。学校の中で、もっとも注目を集めている二人である。
その二人がこの一連の事件の話し合いをしたいと思った。けど、普通に喋るだけでも周りの興味を引いてしまう。だから二人は申し合わせて、人気が無いこの場所で話し合いをしているのだろう。
なるほどと、自分自身で納得するが、納得して、すぐに面倒くさいことに巻き込まれたと気づく。
関係者の一人である隆も偶然にもその場に居合わせてしまった。これからの行動をどうするか悩む。
気づかれないうちに消えるべきか、このまま事情を探るべきか。
二、三秒悩んだ末に、隆はその場に座り込み、耳をすました。
「――だから、ねぇ、もう許してくれないの?」
「許すも何も、浮気をしたのはお前だろ? 隆と仲良くやってろよ」
「だから、それは違うって言ってるじゃん。信じてよ。なんで私があんなキモいヤツなんかと」
「どうだが。お前ら、最近仲いいそうじゃねーか。ボランティア手伝ってやったり、塾が一緒で、いつも飯を食いにいってるとか、放課後にデートしているらしいな」
「違うの! 話を聞いて!」
「とにかく、俺はもう関係ない。話はそれだけか? じゃあ、もういいだろ。じゃあな。せいぜい隆とよろしくやってろ」
「お願いよ! 話だけでも聞いてよ!」
そこから会話が途切れ、気配が一人遠ざかっていくのがわかった。
隆は頭の中が真っ白でなにも考えられなくなっていた。
柏木と甲田の仲がこれほどこじれているなんて。
しかも自分のせいで。
今から自分はどうすべきなのか。柏木に駆け寄るべきなのだろうか。
「……あ!」
頭の中がいっぱいになり、隆の緊張の糸が途切れたせいか、両手でしっかり持っていたはずの空の弁当箱が、隆の手からすべり、階段を転がり落ちていった。
鈍いがデカイ音を立てながら弁当箱は落ちていき、柏木の足元に転がった。
柏木と視線が合う。
「……あんた。盗み聞きしてたの?」
柏木の今までに聞いた事がないような冷たい声と睨みつけるような目。
その声と視線を受け、隆は今まで築き上げてきた友情が崩れ、自分が柏木の敵になったことを再度、悟った。
「……」
「なにもかも、あんたのせいよ……!」
「……」
「死ねば」
何も言わない隆に、そう吐き捨てると、柏木は隆の弁当箱は蹴りつけ、足早にその場を去っていった。
空の弁当箱は勢い良くフェンスにぶつかり、地面に落ちた。
下に降り、弁当箱を拾ってみると、蓋にヒビが入っていた。
「何だよ……。それは」
わかっている。間違いなく原因の一端は自分だ。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
感想、お気に入り数が増えて大変嬉しく思っております。
ある方は自分のサイトでまで紹介していただいて、身に余る光栄です。
それと厚かましいですが、一つお願いがあります。
感想の返信ですが、お話が完結してから、返信をさせていただければと思います。
嬉しすぎて、ネタバレをやっちまいそうなので……。
すいませんが、よろしくお願いします。
では、もう少しお話の完結までお付き合いいただければ思います。
ありがとうございました。




