表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

11話

11



 学校帰りの夕方、電気街、秋葉原にて。

 長門ではない。

 駅前の雑踏の中、約束の時間の二十分前だというのに、ボーっと隆は立っていた。

事の発端は前日の電話から。


 女の子の携帯に電話する事に緊張を覚えながら、隆は柏木の携帯に電話をかける。

 コール音が流れている間、隆の姿勢は両手をそれぞれの膝に、パーで置き、背筋が伸びていた。ボクタチ! ワタシタチハ! でおなじみの、卒業式の座り方であった。


『もしもし』

『あ、柏木さん。 俺、隆。今大丈夫?』

『何をあたしに調べさせてるの……』

『……え?』


 上ずりそうになる声をなんとか抑える。


『な、なんの話?』

『おもいっきり、リビングのパソコンで検索したわよ! どうしてくれんのよ!』

『……ああー! なるほど! あれね! ……わかっテンガ?』

『コロス! 殺すわ!!』


 柏木の声量に、携帯電話を耳から少し離す。


『あ――、かわりと言っちゃぁ、何だけど甲田のプレゼント聞いてきたよ』


 そう言ってあらためて、電話を耳に近づけた。


『……誤魔化されないわよ。でも早く言いなさい』

『……そっか。で、物なんだが、ご期待に添えないんだけど、やっぱプレステ2だって』

『あー、そうなんだ。……でもありがとう。助かったわ』

 柏木の声のトーンが、下がったのがわかる。

『どういたしまして』

『じゃあ、秋葉原かなんか行こうかな』

『秋葉原まで? プレステ2ならどこでもいいと思うよ。値段も変わらないだろうし。ビックカメラでも、さくらやでも、ラーメン二郎でも』

『最後おかしい。……でもなんか、こう、ブランドというか、箔を付けたいじゃない』

『ほー』

 別にいいじゃんと隆は思うのだが、そういうものかと納得する。


『隆君。秋葉原詳しい?』

『何回か行ったことあるけど。(何回どころかかなり行っているが、そこは変なプライドがあって素直に言えない)付き合おうか?』

『ホント! 助かる』


 と、いうやりとりがあり、今に至る。



「随分早いね」


 急に声をかけられて、少しびっくりしながら、声の方を隆が見てみると、制服姿の柏木が立っていた。


「いや、放課後、特にやることがなくてさ」

「つき合わせて、ゴメンね」

「やることがないし、ここまできたら最後まで付き合うよ」

「ありがとう。で、どこで買ったらいいと思う?」

「ビックカメラ」

「ふつー」


 不満げに柏木は呟いた。


「いや、どこで買っても一緒だって。もはや、ポイントをどこでつかせたいかの境地だね」

「まぁ、いいけど」


 隆が先導するような形で二人は歩きだす。

 目的の場所は駅からそう離れているわけでもないので、すぐ目当ての建物に着き、ゲーム機のフロアである四階までエレベーターで行く。

四階に到着するや否や、プレステ2が山積みにされた特設コーナーが目に入った。

すると柏木は途端に隆を追い越し、特設コーナーの前で立ち止まる。

 隆もそれに追いつき、柏木の横に並んだ。値札が目に入る。


「やっぱ、それなりにするな」


 29800円也。隆が買った時の値段と同じである。

 柏木は積まれている山の中から、一番上に乗っかっているプレステ2が梱包されている箱をどかした。そして次々と箱をどかし、奥の方に埋まっていたきれいめな箱を取り出し、色々な角度から確認するように見る。


「汚れてない? 」


 両手で持った箱を隆の目の前にズイッと差し出してくる。


「んー、大丈夫だと」


 隆も見るが、特に汚れている所もない。


「他になにか買った方がいい?」

「いや、これリモコン同梱してるし、買うものって言っても、ソフトくらいだろ」

「そこまで予算が……」

「しょうがないよ。むしろ本体をよく買えるな」


 いくらバイトしているとはいえ、高校生のプレゼントとしては、かなり高いはず。


「じゃあ、買ってきな。あ、ちなみこのポイントカードで買うとな。俺が非常に嬉し」

「買ってくるねー」


 隆が財布からポイントカードを出す間もなく、柏木は箱を両手に抱えて、レジまで持っていった。

あっという間にプレステ2はキレイに梱包され、大きな手さげ袋に入れて貰って、戻ってきた。そして柏木のポイントカードも作成してもらっていた。


「ミッションコンプリート。じゃあ、帰るか」

「なんかすぐ終わったね」

「だから言ったじゃん。どこでも同じだって」

「うーん」

「それにしても……」


 隆はゲーム機を両手で携える柏木の今の姿を見て、思うことがあった。


「ん、なに?」

「今の姿は、恋人にプレゼントというより、クリスマスにお母さんが子供におもちゃをプレゼントをする感じだな」

「……ちょっとやめてよ」


 そう言った柏木の表情は見えなかったが、声のトーンも低く、本気で嫌そうだった。





 店を出るとまだ外は明るく、時計を見ると針は午後四時を指していた。


「ねぇ、隆クン」


 プレステ2が入ったデカイ袋を両手でぶら下げながら、柏木は満面の笑みで隆に喋りかけてきた。


「なに?」

「まだ帰るに早いし、せっかくだから、ちょっと秋葉原案内してくんない?」

「へ! おぉう、なんと。いや、いいけど……」


 声が裏返る隆だった。

思ってもいなかった言葉に隆は動揺してしまった。

 なんとか落ち着いて返事を返したが、心の中では。


(こ、これは、もしや! 伝説上でしか存在しないと言われる、放課後デートでは!)


 と、一人で勝手に動揺していた。伝説、ポケモンで例えるならつまり、ファイアー、サンダー、そして放課後デートである。

 フリーザー? 馬鹿め。やつは死んだわ。


「ど、どうゆう所、行きたい?」


 動揺が声に出て、どもってしまった。


「秋葉原ならではのトコロ」

 柏木の回答を聞いて、隆は黙り込んで頭をフル回転させる。デートコースを考えるなど、隆にとっては、例えるならひよこ雌雄鑑定士の試験問題と同様。未知の世界。なにも考えが浮かばない。


(秋葉原と言えば? ……メイド喫茶か? いや、いきなりあれはヒかれる。というか、俺行ったことないし、それにいきなり喫茶店ってのもおかしいし……)


「隆クンなら、ほら、秋葉原とか結構行ってそうだし、詳しそうかなって思ったんだけど。あ、別に無理しなくてもいいよ」


 考え込んだ隆を見かねて、柏木は慌てて声をかけた。


「え、大丈夫だよ! 今から秋葉原の名所を案内するから、楽しみにして!」

「ホント? ありがとう! 後、私が新たに隆クンのトラウマを作っちゃっても恨まないでね!」


 隆の自信ある言葉を聞いて、安心したようにクギを刺す柏木。


「おい」


 軽いツッコミを入れながら、隆はその顔を見て、もう後には引けないと悟る。

 ガッカリさせないよう笑顔で啖呵を切ったものの、考えれば考える程、思い浮かんだ場所の長所と短所が入り乱れて、何が正しいのかが、何が間違っているのか、分からなくなってくる。


「よ、よし! じゃあ、ついて来て」

「わ、わかったわ」


 隆は腹を決めて、引きつった笑顔で歩き出す。


(もう後には引けない)


 もう考えても答えがでないなら、自分自身、隆の好きな所に連れて行ってしまおうと結論づけ、先頭を取って歩く。

 例外として、いくら好きな場所とはいえ、エロ的な要素の場所は除く。


 そんなこんなで、隆は柏木を楽しませることで考えが一杯になってしまった。


 歩くスピードが競歩のスピードになっている事、さっきから柏木が早歩きで付いてきている事に気づいていない。周りがまったく見えていない。

 それだけ柏木を楽しめることにプレッシャーを感じていた。


(あれ、待てよ?)


 一瞬隆のプレッシャーが消え、ある考えが浮かぶ。


(柏木さん。さっきナチュラルに俺のこと、キモオタ扱いした?)


そう思ったら、なんかどうでもよくなった。




「ここは、なんのお店なの?」


 プレステ2を駅のコインロッカーに預け、身軽になった柏木は、目の前の雑居ビルを見上げた。


「まあ、とりあえず入ってみようよ」


 一階は目的のお店とは別なので、雑居ビルの裏口から中に入っていく。

 階段で二階まで上がると、目の前の光景を見て柏木の声があがる。


「うわぁ」


 そこには隆の世代には懐かしい、ファミコンやスーパーファミコンの本体、そしてそのソフトが所狭しと並べられていた。ところどころに置いてあるデモ機はチープな音を鳴らし、モニターには荒いドット画像を映し出していた。壁には昔のゲームのポスターが所狭し貼られていて、絵柄やレタリングが当時の気分を呼び起こしてくる。そして寝言はきっと、もう食べられないよー、フヒッ。と言いそうなお客さま達と店員達。


 隆がまず連れてきたのは、レトロゲームを専門に取り扱っているゲーム店である。


 現在の主流のゲームとは違って、画像がキレイではなく、ドット丸出しのキャラクターが二次元上の画面を動き回るような、単純極まるレトロゲーム達が密かなブームとなっていた。隆の年代と、当時熱中してファミコンをやっていた年代を中心に、ノスタルジーとシンプルがゆえのゲーム性を求めてと言われている。

 別に隆は柏木がこのブームにハマっていると見越して連れてきたわけではないが、隆の年代が持つであろうレトロゲームに持っているノスタルジーを期待して、連れてきたのである。


「ここ、昔のゲームのお店!?」

「そうだよ」


 柏木の声のトーンが上がり、隆を笑顔で見てきた。


(よかった。間違っていなかった)


 その表情から少なくとも第一印象は悪くあるまいと、隆もひとまず胸をなでおろした。


「うわぁー、なつかしーい」


 柏木はそう言いながらズンズンと店の中に入っていき、ビニールに包装されたゲームのパッケージを手に取る。

 そのたびに、懐かしい、これやったと、発言を連発する。

 当然ながら、かなりの量のゲーム機が置いてあり、中には隆たちが知らないゲームソフトもいっぱいあったが、それを思い出そうとする行為が面白かったり、ゲームソフトに纏わる思い出を二人して語ったりと、楽しみながらフロアを回る。


 ガラスケースの中に飾られた、とんでもないプレミアがついたゲームソフトを見たり、お試しに出来るゲームをやったりと、柏木は終始楽しそうに喋っていた。後ろについていく隆もそのたびに相槌を打ちながら歩く。

 隆はふと目に付いた一つゲームを手に取る。


「柏木さん。これ、知ってる?」


 隆は手に取ったゲームを、柏木に見えるように掲げる。

 手に取ったのはスーパーマリオブラザーズという、ファミコンソフトの中でも、空前絶後のヒットを飛ばした、もはや説明不要なゲームである。


「あー、知ってるー! マリオだよね! キノコ食べると大きくなるやつ」

「まー、さすがにわかるよね」

「よくやったよー。近所の友達の男の子の家にあってね。上がり込んでこれでよく遊んだな」

「クリアした?」

「ううん。私、下手で全然駄目だった。一面すら危いくらいだもん」


 柏木は隆が持っているパッケージを手に取ると、当時の事を思い出しているのだろう、笑顔のまま目を細めた。


「でもこれ持っている子が凄くうまくてね。その子がやっているのを見ている方が楽しかった。で、よく誘われて一緒にやったの」

「へー」

「それでも全然うまくならなくて、うまくなるようにって貸してもらったの。そしたら快くオッケーしてもらってね」

「うんうん」


 そういった光景が黙っていても目に浮かぶ位、隆にも似たような記憶がある。当時を連想して、楽しかった似たような記憶を反芻する。


「でもそのまま引越しして、返せずじまい」

「……」


 あれ? 

 何かおかしい言葉が記憶の反芻を止める。

 それは、つまり……。


「それ、借りパクじゃない?」


 よく考えたら、窃盗である。


「違うよ! まだ手元にあるし、ちゃんと返すよ! それにその男の子、私に色々ゲーム貸してくれて、凄くいい人だったのよ。だから返す!」

「住所とか、連絡先知ってるの?」

「……」


 黙り込む柏木。


「……ビッチ」

「なにそれ!」


 柏木は心外だとばかりに、隆に詰め寄る。だが隆は詰め寄られようが、その少年が哀れでしょうがなかった。


「きっと、その子。柏木さんにソフト貸しまくってたでしょ?」

「……何で分かるの?」

「罪だなぁ」


 少年にしてみれば、大切にしているゲームをベットするくらいの賭けである。それがまったくの無駄に終わってしまうとは。


「その子は柏木さんが好きで、少しでも気を引きたくてゲームを貸してたんだよ」


 隆は反省を求めて、気づいていないであろう、柏木に追い討ちをかける。


「まっさかー、そんなことないよ」(満面の笑顔)


 その返答を聞き、隆は事情がさらに複雑なのを知る。


「お前、気づいてたな! その子の気持ちに気が付いておきながら!」

「そんな事ないよー!」(さらに満面の笑顔)


 追い討ちどころか、自分のモテッぷりを再確認して、機嫌良く、返答する柏木であった。


 隆は店の近い天井を仰ぎ見る。


少年の報われない努力に敬意を表する。いい経験をしたなと言ってやりたい。世の中には手ごわい女性がいるというのを知れただけでも、マリオは無駄ではない。


「……柏木さんみたいな子が男の気を引いてポイするような、魔性の女になるんだろうな」

「なによそれ。私、そんな女じゃないよ」


 心外だとばかりにふくれっつらになる柏木。うがった目だが、さっきの事もあり、それも柏木の演出に感じてられてしまう。

 でも、……むかつくが可愛い。


「いいや、キミはニューゲームの時のパラメーターの割り振りを、知恵とか、力ではなく、魔性の項目と容姿の項目に数値をぶち込んでいるね。ジョブはビッチだね」

「またビッチ言われた……」


 半笑いで柏木は複雑そうに呟く。

 隆は柏木の可愛さに対して、せめてもの抵抗をと意地悪を言ってみるが、全然楽しくなかった。

 ちなみに隆のパラメーターは、乳首がキレイという項目に一点で注ぎ込んでいる。


「柏木さんが実は男の子から借りたゲームを中古屋に売っていても、俺は驚かない」

「それはヒドイよ! ちゃんと手元にあるよ」

「中古ファミコンソフト、今静かなブームだから、値段が上がっているよ。売るなら今だよ」

「よーし、さっそく査定……じゃない!」


 笑いながらツッコミをいれる柏木、肩を叩かれながらも嬉しそうな隆。

 その様子を店員さんと、もう食べられないよぉが口癖であろう人達が、ラブコメうぜぇと、言いたげに二人を見ていた。


「次はどこに行くの? メイド喫茶? 私、歩きつかれた」


 店を出ると、外も夕暮れを通り越し、夜に入りかけていた。


「……俺も行ったことないよ」

「そんな、強がんなくても。趣味は趣味だしいいじゃない」


 もはや疲れたように小声で返事をする隆に対して、柏木はまったく信じていないか如く、明るい口調で返事を返す。


「どうしても俺を、メイド喫茶に入り浸っているキモオタ扱いにしたいのか」

「まぁ、メイド喫茶は別として、お腹も空いた。ちょっと休みたいよ」


 二人はゲームショップの二階から四階までの三フロア、全てのフロアを回って、終始はしゃいでいた。時間も六時近くなっており、二時間近くハイテンションでお店にいたことになる。疲れるのも無理はない。

 隆も若干の空腹を感じていた。


「柏木さん。ラーメン好き?」

「うん。好き」

「じゃあ、うまいラーメン屋に行こう」

「へぇ、なんていうお店?」

「まぁ、ついてきてよ」


 その場所はレトロゲームショップからそんなに離れてなく、五分程で到着した。


「九州、じゃんがら?」


 ビルの隙間にはさまれる様に建っている、今にも潰れそうな木造の建物がそこにあった。


「ここはまじでウマいよ」


 さっきまでの不安げな様子を微塵も感じさせず、自身ありげに隆は言う。

 その自信には根拠がある。いつだったか、テレビでラーメン店を特集してランキングするという番組で、この店は並み居る強豪店を抑えて、堂々の第一位を獲得していた。そのせいか、いつもは時間帯を問わず、店の前には列をつくってお客さんが待っているくらいの人気店である。

 待ちのお客さんがいるのは店が狭いというのもあるかもしれないが。


 隆も何度か店に入ってわかっているのだが、とにかく店が狭い。カウンターが大体十席。それも席に全ての人が座れば、全員、肩をすぼめながらラーメンをすする状況になる。

 テーブル席もあることにはあるのだが、無理やり空いているスペースにぶち込んだような配置で、やっぱり肩をすぼめながらラーメンをすする羽目になるし、テーブルがファーストフードの二人用のテーブルを一回り小さくしたような大きさで、そこに箸やら水差しやら紅しょうがが入ったトレーが置いてある為、物も丼を置くのがやっとである。

 そんな状況にも係わらず、このお店は始終繁盛している。隆も秋葉原にくれば大抵ここで食事を済ます。快適さはあまりないかもしれないが、味には絶対の自信があった。だから柏木をこのお店に連れてきた。


 店の入り口に立つと、店員さんに誘導され、件の狭いテーブル席に案内された。

 晩御飯には早い時間帯の為、待つことはなかったが、席はちらほら空きがある程度でほぼ満席。みんな狭そうにラーメンを啜っていた。


「はー。お客さんでいっぱいね」


 女性だからこそ、ちょうどいいような壁側のスペースに押し込まれた柏木が呟いた。通路側の席についた隆は店員やお客が後ろを通るたびに、体を縮こませる。


「だがそれがいい。それにそれが苦にならないくらいうまいんだよ。で、何にする?」

「想像がつかないメニューばっか。名前が特徴的すぎるよ。隆クン、おすすめは何?」


 壁に貼られたメニュー表を見ながら、柏木が尋ねる。

 じゃんがら、ぼんしゃん、むぎちゃん、etc,etc……。

 確かに名前だけではどんなメニューかはわかりそうもない。


「色々あるけど、最初はスタンダードのを食べたら? ほらこの一番ノーマルなじゃんがらラーメン」

「普通ね。つまんない」

「アドバイスをボケろと!」

 

 結局、ふたりとも同じ、じゃんがらラーメンを注文する。

 やたら威勢がいい店員の掛け声から、大して待たずに、二人の前に丼が置かれる。

 隆はレンゲと箸を二つずつ取って、一方を柏木に渡す。柏木は礼を言いながら受け取った。

 隆はまずスープを飲む。黄色に染まりながらも、澄んだ色のスープをレンゲで口に含んだ。


 うまい。旨みと甘みのバランスが絶妙だ。


 ただのトンコツと思い込んで食べた時の衝撃を思い出す。その味は隆には、なんせその時まで食べた事のない味だった。

 麺も食べる。細い麺がスープとよく絡んでうまい。固めに茹で上げられた麺も隆の好みである。そんな調子で二、三口食べる。

 そこで初めて柏木の反応はどうなのかと気になり、隆はチラッと柏木を見る。


 そこには隆の視線に気づかずに、丼と箸を手繰り寄せている女子高生がいた。


 どうやら気に入ってくれたようだ。隆もひとまず胸をなでおろす。

 じろじろ見ていたからだろうか、隆の視線に気づき、柏木は自分が夢中になっていた事を気づき、恥ずかしそうに箸を止め、おずおずとこちらを見てきた。


「お、おいしいから」


 隆が何も言っていないのに、まるで言い訳でもするようだった。


「でしょ? 俺はアキバに来たときは必ずここでラーメンを食うんだよ。あ、替え玉お願いします」


 ちょうど横を通りかかった、店員さんを呼び止め、替え玉の注文をする。

 よろこんで! と、またもや威勢のいい返事が返ってきた。

 柏木のラーメンを食べる姿は隆の自尊心を満たすには十分だった。隆にとっては自分のおいしいと思っている場所が認められたのが、嬉しくないわけがない。ますます食が進む。


「あ、替え玉できるんだ。って、注文するの早くない? 」


 ラーメンが手元に来てまだいくらも時間は立っていない。隆の丼にもまだ麺はかなり残っている。


「一杯目の麺がなくなるタイミングで、替え玉が来るように考えて注文してるの。丼に麺が無くなってからだと、少し待つだろ? 茹で上がるタイミングを見越して、もう注文しちゃうんだよ」


 替え玉を待つ時間を失くす、隆なりのテクニックであった。


「うわぁー、なんかそのアドバイスが出来るまでに至る経験が、なんか激しくしょうもない」

「なんだその感想!」


 隆としても、何故か反論できない。


「替え玉って、いくらなの?」

「え、百円」

「じゃあ、私も頼もうかな。すいませーん。替え玉一つ」


 柏木も隆と同じように替え玉を頼む。勢い良く返答する店員。


「あ、百五十円だった」

「え!」


 記憶を頼りに柏木に百円と言ったが、改めてメニューを見てみると、百五十円と書いてあるのに気が付いた。


「……復讐?」


柏木が注文した直後だったので、そう捉えられるても仕方がない。柏木の表情も無表情でそれが不機嫌なのを表していた。


「いや、ごめん。ホントに間違えたんだって」

「……」


 柏木は何も言わずにこちらをジッと見つめてくる。隆も決してわざと言ったわけではないが、いかんともしがたい状況がそこにはあった。


「いや、ごめん。マジ間違えた。悪かった。あー、わかった。替え玉分払うから」

「……替え玉だけ?」


 柏木が何を言わせようとしているのかは分かるが、バイトもしていない高校生の財布事情から非常に言いたくなかった。

 黙る事によって少し粘ってみたが、だが柏木の目は言わないと許してくれなさそうであった。


「……わかったよ。全部奢る」

「わぁい。ありがとう」


 搾り出すような隆の声と嬉しそうな柏木の声が対照的であった。


「……ビッチめ」

「また言った!」


 ラーメン屋を出ると、周りはもう日が暮れていた。

 シャッターを閉めているお店も多い。

 秋葉原の夜は早い。七時になるとオタク系の大抵のお店は閉まってしまう。そしてそれに伴い他のお店も閉まる。もちろん居酒屋や、全国展開しているファーストフードやファミレスなどは営業している所もあるのだが、それでも中には閉店中と札を掲げている所もある。ちなみに秋葉原のミスタードーナツは、夕方七時で閉まる。


「持とうか」


 コインロッカーから取り出したプレステ2が入った手提げ袋だが、傍目にみていると、柏木が持つには袋がでかすぎる。


「ううん。いいよ」

「そっか」


 隆はあっさり引き下がった。そして駅を目指して歩き出す。


「ちなみにメイド喫茶には行かないの?」

「だから行ったことないんだって! 」

「行ったことが無いなんて、そんな嘘ついて。行っているけど、プライドが邪魔して言えないんでしょ? ええ、かっこしいねぇ」

「……」


 彼女の中では隆はメイド喫茶に入り浸るキモオタなのであろう。


「あの路上でチラシを配っているメイドさん見ると、可哀想だと思わない?」


 目の前にはスカートが短い、可愛らしいフリフリのレースが付いたメイド服姿の少女が愛想を振りまきながらチラシを配っていた。通行人達は慣れた様子で、それを無視して通り過ぎていく。


「そりゃ、可哀想だけどさぁ」


 夜も遅いし、必死に愛想を振りまいている女の子が見向きもされない風景は、隆もちょっと見ていられないとは思う。


「そう思うなら、行ってあげればいいじゃない? お金を払う事がその子を助けることになるのよ」

「そのお金がないよ」


 先ほどのラーメン屋で、さらに減らされてもいる。


「メイドに奉仕されて、人助けもできる。もう言うことないじゃない。たかがお金払うだけよ」

「……柏木さんのジョブは、やっぱりキャバ嬢だな」

「はア!」


 発想が生まれながらの貢がせ女である。彼女がその筋の職に就いたとしたら、お客に消費者金融に限度額いっぱいに、借金させるくらいの天使に駆け上がるだろう。

 隆は柏木を一瞬でも好きになった自分をぶん殴りたくなった。


「今日はもう遅いし、メイド喫茶はまた次の時に行こうよ」


 こうは言っているが、隆は別にメイド喫茶にそこまで行きたくないわけでもない。話しの種に一回行ってみてもいいとさえ思っている。でも今日はもう疲れた。正直帰りたい。後、お金がもう残り少なかった。


「……まぁ、いいか」


 隆の一言に柏木はあっさりと引き下がった。さっきのゴネ具合からは信じられないような聞き分けの良さだ。


「これで誕生日はカンペキだな。どうやって渡すの?」

「普通に渡すよ。誕生日に会う約束をして渡す」

「いいなぁー。そういうの」

「隆君も彼女作りなよ」

「作れるものなら作っているよ……」


隆も女性に対してアプローチをかけたくないわけではない。あたかも簡単な事のように言ってくる柏木に少々恨めしい気持ちになる。


「努力をしてないだけよ。もし、していたとしても、努力足りないのよ」

「そうかなぁ」


 ばっさりと切られた。


「女の子と喋る時、身構えるでしょ。それは直したほうがいいよ」

「なんか緊張しちゃうんだよな」

「わたしでも緊張する?」

「……うん」


 友達なのになと、隆は少し目を伏せる。


「嘘付け。でも、それなら練習相手としてちょうどいいね」

「柏木さんを練習相手に。贅沢だな。俺は」

「そうよ。感謝してね。……なーんて!」


 柏木はそう言うと、思いっきり平手で隆の背中を叩いてきた。

 でも、このやり取りで隆の顔はほころんでいた。柏木の顔もニコニコと笑っている。


(ホントに友達みたいだ)


 叩かれた背中は痛いが、隆はこんなじゃれあいの痛さが嫌いではなかった。


「うまくいくといいな」

「これで駄目だったなら、プレゼントの選択が悪かった。つまり隆君のせいということで」

「責任重いな。でも直接聞いたから、まず間違いないけどな」

「そうよね。きっと、甲田クンも喜んでくれるね」 


 その時、喋る柏木の横顔が、ちらりと隆の目に入った。

 少し暗くなり、はっきりとは見えないが、とても幸せそうに笑うその横顔。


「……」

「おーい。なんだよ。隆クン。人の顔、ジロジロ見て」

「……柏木さん。うまくいったら、女の子紹介して」

「なに、急に」


 柏木は心底驚いたとばかりに、目を一杯に開いてこちらを見た。


「努力しようと思ってね。彼女がいる甲田が羨ましくなった。今度は柏木さんが助けてくれよー」

「よーし、いいぞ。紹介したはいいが、ビビッて逃げんなよ!」

「望むところ……。よーっし! リア充王に、俺はなるってばよ!」

「まざってる! まざってる!」


 隆はおもわず大きな声を出してしまい、周りの人がギョッとこちらを見てくる。でも二人はそれすら気にならないくらい楽しかった。


 二人で顔を見合わせて笑うと、笑いあったまま帰路についていった。

 なんか女性と二人で買い物に来るというのが、こんなに楽しいのかと、隆にとっては新鮮だった。


 だからか、羨ましかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ