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 隆はきつね蕎麦、甲田は味噌ラーメンを啜る。


学食は昼時ということで、料理の注文や雑談で騒がしく、授業から開放された学生で賑わっていた。券売機の前では、お昼休みが終わってしばらく経ったというのに、未だに食券を求め生徒が並んでいる。

弁当派の隆が何故学食にいるか? 隆はファミレスで交わした柏木からの頼みごとを果たす為に、体育の授業が終わった後、甲田を学食に誘ったのである。

 甲田も以前自分で誘っているくらいなので、喜んで付き合ってくれた。二人は体育が終わった後、着替えもせず、ジャージのまま、向かい合って麺を啜りあっている。


「甲田、本間や上地は今何しているか知ってるか?」


 甲田は隆の問いかけに一旦箸を止め、ずるずるっと麺を啜っていた口を止める。さっきから食べたり、話したりで口元が落ち着かない。

ちなみに本間と上地という名前は、隆の小学生時代の友人だ。隆とは小学生まで同じ学校だったが、中学は学区の違いから甲田と同じ学校に行っている。


「あー、二人とも高校に行ってるよ。どこかは知らないけどね。グレたりしないで普通に中学生やってたなぁ」


 甲田も箸を止めて、眉間に人差し指を添え、目を閉じた。


「本間はバレー部に入って、上地は卓球部に入っていたなぁ。上地は頑張って、卓球の県大会で団体表彰を貰ってた」

「へぇ、それはすごいな」


 そういえば、上地は運動神経がよかったなと、隆は小学生の頃を思い出す。体育の授業の時は、目立たないが地味に活躍していた。


「隆と同じ学校に行った、直井は何してた?」 


 楽しげな隆を見て、甲田も同じような質問をする。


「あぁ、直井か。あいつはあいからわずだよ。変なナルシストぶりはまったく変わってない」

「ほぉ」 


 甲田と隆の共通の友人である直井という男は、一言で言えば妙に自分に自信があるヤツだった。喋ると言葉の端々に、俺ってカッコいいという自信がにじみ出ていて、そのたびに隆はイラッとさせられたものだ。


「部活はテニス。高校は商業高校に入った」


 自分のラケットに名前を付けていたのを知った時は、愕然とした。


「へぇー」

「メガネを止めて、コンタクトにしたよ。あと天パーにストレートパーマをかけた。散々イジったらキレれたなぁ」

「え、マジで!? 直井がコンタクト? ストパー?」


甲田はまず大きな反応をし、少し呆然とした後、ニヤニヤと顔を緩めた。

 想像でもしているのだろうか? 楽しくないわけがない。当然だと隆も納得する。


「どんな感じだった?」


「木村拓也と落ち武者を足して、木村拓也を全部ぬいた感じ」

「最初から足すなよ! 落ち武者でいいじゃん!」 


 甲田のつっこみの後、ふたりして、大きく口を空けて笑う。

しばらく笑いあって、思い出したかのように隆は蕎麦をずぞぞっと、豪快に、まるで落語家が蕎麦を食べる仕草をするように、麺を啜る。

久しぶりの甲田と隆の会話は、気負う事が無く、途切れる事もなく、隆は何も気を使う事なく楽しく話をすることが出来た。

 話題は思い出話とか、学校が変わった後のお互いの共通の友人についての事。それが隆には普段なかなか喋れない話題でもあるし、凄く楽しかった。

 しかし、そうなると本題そっちのけで、会話に夢中になってしまい、お昼休みもなんだかんだで半分を消化してしまった。このまま食事だけで終わらせるのも、隆としては別にかまわないのだが、本来の目的がある。そろそろ本題を切り出さないとお昼休みが終わってしまう。


「……甲田さ、ちょっと、聞いて、いいか?」


 隆はさっきまでのあきっぴろげな態度から変わって、途端に言いづらそうに、途切れ途切れに言葉を発した。

 隆本人としてはごく自然に聞いているつもりだが、さっきまで合わせていた視線を甲田から逸らし、顔を下に向けながら聞いている。


「え、なんだよ……。急に……」


 そんな隆の様子を見てなにごとかと、甲田は困惑したかのように、眉間に皺をよせた。


「いや、実はどうしても聞きたいことがあってさ……」


 甲田の引きっぷりを見て、少し怯む隆。だが、ここで引き下がっては、柏木に申し訳が立たない。怯む自分を、絶対聞くという覚悟で固めて補強していく。

 目線を丼に向けたまま張り詰めた顔をした隆に、甲田も引いているだけではなかった。            

 気を使うように、何だよと、促す。でもやっぱり眉間を歪ませながら、甲田は隆を見る。


「マジメに、冗談とか抜きで聞いてほしいんだけどさ……」


 未だに下を向きながらも、隆も踏ん切りをつける。


「お、おぉ……、いいぞ」


甲田もいったい何を聞かれるのだろうと、肩に力を入れ、身構える。


「お前ってさぁ……」

「うん」


 隆は一言発した後、少し黙る。それはほんの一瞬だったが、お昼の喧しい場所とは正反対な静寂がそこにあった。

 聞きづらいが、柏木の為だと、隆は自分を言い聞かせる。


「お前、童貞?」



「……」

「……」



 一瞬時間が止まり、動き出した瞬間、隆の足に猛烈な痛みが起きる。


「いてぇ!」

「真剣な顔で何を言うかと思えば……」


 テーブルの下では、隆のつま先を甲田の踵が勢いよく踏み抜いていた。

 奇しくも彼女と同じ反応だが、威力が段違いである。


「真面目に痛いよ」


 下を向いていた隆の顔が思わず上がってしまう程の威力。けれども真剣の雰囲気に耐えられず、ついボケてしまった自分にはいい薬かも、と隆は思った。


「そんな事聞くな」

「いいだろ、それくらい。俺に、やったときの体験談とか話してくれよ。高校生がもっとも興味がある話題だし、哀れな童貞にせめてお話でも恵んでくれ」

「なんで俺が童貞じゃない前提なんだよ」

「はは、ワロス。正気でいらっしゃいますか? お前のイケメンっぷりを、俺は過小評価せん」

「過大評価はしているな」

「じゃあ、童貞なの?」


 甲田は黙り込んだ。

 プライドと羞恥心がせめぎあっているのであろう。


「……違うよ」


 せめぎあった結果、プライドが勝った。それを聞いて、隆は獲物がかかったとばかりに会心の、しかしイヤラシイ笑みを浮かべた。


「ほぉー、裏切り者だな。で、相手は誰?」

「うっせ! もうこのネタについては喋らん!」


 甲田は隆から顔を背け、猛烈に麺を啜り始める。

 隆も、甲田の会話を受け付けないその様子を見て、甲田と同じように食べる事に集中する。


「でも、いいなー。彼女」 


 うらやましさからの隆の独白にも返事がなく、しばらく会話が無くなる。


「……」

「……」


 無言の間に、隆が原因である自分の発言に反省し始める時、


「……そんなにいいもんでもないぞ」


 ボソリと、甲田が何かを呟いた気がした。


「……え? なんか言」

「隆って家でなにやってんの?」


 甲田の呟きを聞きなおそうとする隆を遮るかの如く、甲田が話しを振ってきた。

 隆の言葉を遮るようだが、会話のきっかけには違いない。隆は沈黙から抜け出せる機会を逃したくなかったので、素直に応じる。


「ん? ……そうだなぁ。……ゲームかなぁ? 」

「お、ゲーム?」

「そうだよ。甲田さ、まだゲームやってんのか?」


 少し声のトーンが上がり気味になった甲田に、シメた! とばかりに隆は今日の本題を切り出した。


「え、あぁ。やっているよ。趣味、ゲームとか言うと、オタク臭いって思うかもしれないけど、やっぱ好きなんだよなぁ」

「そうだよな。楽しいよな。じゃあ、どんなのやってんの?」

「うーん。RPGかなぁ。俺さ、ストーリーがよければ許せちゃうんだよ。ストーリーに力入れるゲームって、やっぱRPGが多いじゃん」

「俺も俺も! じゃあ、甲田。今一番欲しい物ってなると、やっぱゲームか?」

「なんだよ。変な事聞くなぁ。プレゼントでもしてくれるのか?」


 どうやら、質問がストレート過ぎたようだ。


「馬鹿か。お前が、どれだけゲームを愛しているか確かめたくなっただけだよ」


内心、怪しまれたかと心配になる気持ちが焦りを呼び、つい勢いで押し切ろうとしてしまう。


「お前はゲームの何だよ」


 しかし甲田はそれにまったく動じず、ニヤニヤした顔で聞いてくる。


(いかん立て直さなければ)


「俺はゲーム界のミニ四ファイターだから」


 無理やり笑いに持っていく選択をしたが、いかんせん技量が足りなかった。というか意味が分かりにくかった。


「なんだ、その例え」


 しかし、苦し紛れに言った一言だが、意外にも甲田は楽しそうに笑ってくれた。


「まぁ、いいや。今一番欲しいのはやっぱゲーム。正確に言うとゲーム機。プレステ2。ソフトも結構出始めているし」


 会心の返答だった。


「へぇー、テンガじゃないんだ」

「買うか! でも……、あー、いいかも! 使ってみたい」


 キツイツッコミがこない事に、隆は戸惑いを覚えた。


(下ネタにも付き合ってくれる……。やっぱイイヤツだな)


「そうか。俺、持ってるよ」

「テンガを?」

「いや、プレステ2を!」


 一番求めている言葉テンガじゃないよを貰って、隆の返事も急にトーンが上がり、丼をテーブルに置き、顔を上げて甲田の目をまっすぐ見る。

 これで柏木の宿題がほぼ片付いたのも当然。


「へぇ。マジでか。いいなぁ。三万もするのに」

「高校入学祝いってことで、親にねだったんだよ」

「ねだって貰えるなら、俺もねだってるんだけど」

「でも甲田がゲーム機を欲しがるなんて。学校きってのイケメンが意外な回答をする。他に欲しいものはホントにないのか?」

「やめろよ。リアクションに困るんだよ。別にいいだろ。ゲームが欲しくても」


 隆の褒め言葉に、甲田は迷惑そうに顔をしかめた。容姿の事を褒められるのはあまり嬉しくないらしい。

しかし、最後のダメ押しをしても欲しい物は揺るがない。これは決まりと隆は判断した。


「そっか。そっか。俺は持ってるぞ。プレステ2。かなり画面キレイ。もうマリオなんてハローワークの前にいる、ワンカップを持ったオヤジにしか見えないくらいの解像度だぞ」

「俺の夢を壊すな。つーか、マリオはプレステでは出てねし、職はあるぞ」

「持ってない人が言ってもなぁ」

「なにぃ。勝者の余裕か」

「まぁ、甲田クンは早く家に帰って、やればやる程でおなじみの、書き換えが出来るゲーム機でもやってたまえ」

「そんなレトロ機持ってないよ……。すくなくともCDロムを使うゲーム機はある」

「PCエンジンか?」

「レトロ機から離れてくれ!」


 目的を果たすと気持ちが軽くなり、うまく喋れなかった分を取り戻すかのように、隆は喋り始めた。

それから二人はゲームの話題で終始盛り上がった。甲田も楽しそうに話してくれた。二人は予鈴がなるまで喋り続け、解散した。

 隆は目的を果たした充実感から、気分良く教室に帰っていく。

 強いて不満を言うならば。


(やっぱりゲーム機だったよ……)


 目的は果たしたが、想像通りのプレゼントで、若干、隆は柏木に同情してしまった。


   

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