花火
色とりどりの光を纏い夜空に咲く花に、私達は目を奪われた。
咲いては消え、消えてはまた咲く。
それは永遠とも思える、幻想的な時。
「来年も、一緒に見ような」
「……うん」
当たり前のように言われた言葉に、当たり前のように頷く。
だって、当たり前のように一緒にいると思ってたんだ。
――けれど。
永遠は、簡単に手に入るわけもなく。
今まで以上にいくつもの花火が夜空を彩り辺りを昼間のように照らして、そのひと時を終えるように。
私達の恋も、次の夏を迎える事なく終わった。
「佳奈ってば、まだ引きずってるわけ?」
大好きだった彼と迎えるはずの夏祭りは、昨年と同じように盛り上がっているのに。
まったくテンションの上がらない私の背中を、隣を歩く友人・清香が叩いた。
叩かれた事よりも、その言葉が痛くて顔を顰める。
「傷心の乙女に、そういう事言う?」
不機嫌な声で言い放てば、けらけらと笑う清香は手に持っていたリンゴ飴を一口齧った。
カリッと小気味よい音がその口から漏れるけれど、言う言葉はいただけない。
「傷心の乙女やって、もう何か月目?」
誰かデリカシーというものを、教えてやってほしい。切実に。
けれど、確かにそう言われてしまうほど引きずっている事は分かっているので、言い返すこともせず目線を落とした。
「だって好きだったんだもん」
初めてできた彼氏だった。
告白された時は凄く嬉しくて、話す度に知りたくなって、一緒にいればいる程気持ちは膨れ上がった。
恋をしている自分に、少し酔っていたのかもしれない。
――でも、それでも。
あの時の私は、本当に彼が好きだったんだ。
その彼から別れを告げられて、まだ三ヶ月。
もう、じゃなくて、まだ、だ。
「もう少し、傷心に浸らせてくれても……」
「あ、ここだここ! ほら、佳奈ってばこっち!」
私の切ない訴えをばっさり遮って、少し先を行く清香がこっちに向けて大きく手を振る。
「え、何?」
何がここなのかよくわからず首を傾げて立ち止まると、清香が足音高く駆け戻ってきて私の手を取った。
「いいからこっちだってば!」
引っ張られる方向はお祭りに来ている人の集団から少し離れた、小高い丘の上。
それでもそこかしこに人がいるところを見ると、そんなに外れた場所ではないらしい。
「ねぇ、なんなの!? ちょっと、清香ってば!」
ぐいぐいと私の手をひっぱる清香の後についていきながら声を上げるけれど、全くなんの返答もない。
応えない代わりに清香は少し振り向いて笑うと、見えていた丘の上に一気に駆け上がった。
――途端
ドンッ!!
身体全体に響いた、重低音。
「え……?」
驚いて見上げた視界に広がる、色とりどりの花。
いつの間にか、花火大会の時間になっていたらしい。
本当は大好きだったあの人と、見るはずだったこの光景。
でも……
「凄い……」
あの人と見たのは、咲いては消えていく儚くて切ない花火だったのに。
今、目の前で咲く花火は、切ないけれど力強い。
目に飛び込む鮮やかな色彩が、夜空をキャンバスに咲き誇る。
「凄いでしょ」
驚いている私を満足げに見遣ると、清香はすぐ傍のベンチに腰を下ろした。
「あんたがあんまりにも花火にこだわるから、探しちゃったわよ。隠れ絶景ポイント」
どうよ、とでもいう様ににやりと笑う。
「早く踏ん切りつけなさいって。花火は夜空に咲く花なんだから、いつまでも下向いてたら何にも見えないよ」
その笑顔が、花火の色で幾度も染まる。
私は清香からゆっくりと視線を外して、花火を見上げた。
いくつもいくつも咲く花は、夜空を焦がして咲き誇る。
「……綺麗」
身体を震わせる音は、心をも震わせた。
うじうじしていた心が、嘘のように軽くなっていく。
「でしょ?」
「うん」
花火も、だけど。
目頭が熱くなってきて、ぎゅ、と目を瞑った。
瞼の裏にも、その光は飛び込んでくる。
「ありがとう」
ゆっくりと目を開けて、夜空を見上げた。
「ありがと、清香。大好きな人と、花火、見れたよ」
一瞬、静まり返ったその後……
「光栄な事で」
……清香が、隣で笑ったような気がした。