双つの恋を歌う ――― 第二話
「あ、そういえば」
学校に到着し、その昇降口の下駄箱にて。
すでに時間的に余裕もなく、お互いの教室へ向かわなければならないと言うのに。
「えっと、ちょっと待って! はい、これ」
若葉が自分の鞄から取り出した、弁当。
それを俺に手渡す。
「拓海ちゃんのお弁当」
「おお、さんきゅ」
「で、こっちも、お願い」
さらに取り出された弁当。
俺のそれよりも小さく、可愛らしい包装を施されている。
分かりやすく言えば、女の子っぽいお弁当、ということである。
「これは双葉のぶん」
「……」
「同じクラスだし、渡せるでしょ?」
「……まぁ、な」
たしかに同じクラスだ。
それに席も近いし、話しかけようと思えば、それこそ授業中だって出来る。
だけど、問題は、話しかけることが出来るかどうか、ということか。
「じゃあお願いね! あぁ、早くしないと遅刻しちゃうよっ」
そう言って小走りで教室へ向かっていく若葉。
その後姿を見つめながら、弁当を作ってきてくれた若葉に対し、ありがたいような、恨むような、そんな微妙な感情を抱かずにはいられなかった。
あいつに弁当を渡す任務を……よりにもよって、俺に頼むか。
「はぁ、気が重いな、朝っぱらから…」
一気に重くなってしまった足取りで、俺も俺とて、教室へ向かう。
右手には俺の弁当とあいつの弁当がある。
もう今さら、“やっぱり無理だ”なんて言って、若葉を困らせるわけにもいかないけれど。
あいつ――――双葉が、俺から手渡される弁当を、素直に受け取るか、そこが心配どころだよなぁ。
◇◆
教室に着くと、もう教師が出席を取っていた。
しかし俺の苗字こと、渡辺姓の出席番号は、いつも最後に呼ばれると相場が決まっている。
というわけで、なんとか遅刻は免れる。若葉も“矢崎”だけに、とりあえず名前を呼ばれる前には教室に着けただろう。
「おっす、ぎりぎりだな」
席につくと、通路挟んだ隣の席の男に挨拶された。
「あぁ、危うく遅刻するとこだったよ」
――――相沢仁志。
見ての通り、同じクラス。ちなみに仁志とは中学校から同じ学校に通い、昔は同じ部活に所属していたため、かなり気心の知れた友人だったりする。
少しの間、世間話をしているうちに出席が終わった。
俺も無事に名前が呼ばれた。とりあえず、遅刻の印は付けられなかったようで、安心だ。
「それよりも拓海! お前、宿題やってきた?」
「ん? ああ、やったよ」
まぁ、若葉がやってくれたのだが。
「よっしゃ! ちょっと写させてくれ!」
「ったく、何か奢れよな」
そう言いながら、宿題を写したノートを渡す。
ちなみに教科は数学だ。俺にやらせていたら一日かけたとて解けるような内容じゃないだろう。
「さんきゅ〜」
嬉しそうにノートを写し始める仁志。
こいつは俺と同じで頭の出来はよくないが、それでもこうして何とか取り繕おうと努力するとこは素直に感心する。
俺も宿題を若葉にやってもらった身だが、それはあくまで若葉が“自主的に”やってくれただけであって、俺が頼んだわけではない。もし若葉が「やってあげるから貸して」と言わなかったら、きっと宿題なんて無視していたはずだ。
「と、それよりも…」
重要な頼まれ事をされていたのを思い出した。
ノートを取ったついでに、その中から弁当を取り出す。
これをある人物に渡し、それで万事解決。ただそれだけの話なのだが。
「……」
それがどうも、そう単純な話じゃないわけだ、これが。
まぁ、単純と言えば単純なのだが、やっぱり乙女心は複雑というか、そういった面倒くさい事情があるわけで。
とりあえず、俺が弁当を渡すべき相手が座る席に、視線を送る。
「……」
「……」
「……」
目が合う……が、無視。
無視どころか、あからさまに目を逸らされた。
ははは、俺ってば、嫌われてんなぁ、相変わらず。
――――矢崎双葉。
矢崎 若葉の双子の妹にして、俺と同じクラスに在籍する、男勝りの女の子。
俺とは小学生よりも小さい頃からの付き合いで、若葉と同様に、今現在において一緒の家で暮らしているのだが。
さっき自分で呆れたとおり、俺は、どうも双葉に、とっても嫌われているらしい。
まぁ嫌われる理由に見当がないわけでもないので、俺としても強く出ることも出来ないのだ。
「なぁ、双葉」
「……」
「弁当、若葉から」
自分の席を立ち、双葉の座る机に向かう。
席自体は近いため、四、五歩程度で到着してしまう。
何て言って渡そうか考えているうちに、目の前に、憮然顔の双葉が。
「…ほれ」
もう出たとこ勝負だ。下手な考え休むに似たり、とも言うし。
可愛い布に包まれた弁当を渡す。
しかし双葉の手が、それに伸びることはない。
「……ったく、置いとくぞ?」
そう言って、双葉の机の上に弁当を置いた。
こうしておけば否が応でも受け取らなければならないだろう。
そもそもこの弁当は、若葉が愛しの妹のために作ったものなのだから、それを無碍にするような奴でもない。
今は、俺が目の前にいるから、素直に手にしようとしないだけだ、きっと。
「……」
「……」
「……」
「……」
言葉のキャッチボール、必要だよね。
だけど、そんなことを言っても無視されるのがオチなだけに、言うわけにもいかず。
俺はしぶしぶ、双葉に背を向ける形で、自分の席に座った。
「なぁなぁ…」
仁志が顔を寄せて、ぼそぼそと耳元で囁いてきた。
「お前ら、まだ喧嘩してんのか?」
「……や、喧嘩ってわけじゃないんだけどな」
喧嘩ってのは、人間二人がいがみ合って起きるのである。
この場合は双葉が一方的に俺を嫌っているわけで、喧嘩とはまた違う、複雑な確執があるのだ。
まぁこの状態にも慣れたといえば慣れたのかもしれない。
なんたって、この冷戦的な状況になってから、すでに一年以上の月日が経っているのだから。
「部外者には分からん複雑な事情ってわけ?」
まぁそんなところだな。
説明するのも面倒くさいし、こいつには後々にでも語ってやればいいか。
そしてちょうど区切りがついたあたりで、先生が教室に入ってきた。
今日も一日が始まる。
退屈でつまらない、授業の始まり始まり〜。