第九話:足どり
やっぱり、見澤のことはあまり触れられたくないんだろうな。ずっと笑顔を崩さなかった穂乃歌の顔が、今は強張っちまってる。
もう4ヶ月も経っているんだ。その間、多分かなりの葛藤があっただろう。
けど、見澤のことを何も知らない俺にとっては、彼女の親友である穂乃歌の話を聞くのが何より有用だ。穂乃歌には悪いが、必要な分は話してもらわなくちゃならない。
「おさらいをしておくと、見澤が失踪したのは去年の12月24日だったな」
「そっ、クリスマスイブだね」
「終業式の次の日でもあったよ、たぶん」
「考えられる動機はなく、失踪の足どりもつかめない」
「一番仲のよかったはずのあたしがわからないんだから、そのはず。しかも島から出る船に乗った形跡もない」
「その定期便以外に、島から出る術はない、か」
「少なくとも、正規のルートではないねー。私有船を使うとかすれば、不可能というわけじゃないんだけどさ、たぶん」
「当然、見澤の知り合いに船を持ってる人間はいないよな」
「あたしの知る限りでは。……そりゃ、灯のこと何でも知ってたなんて言えないけどさ」
「一応普通の高校生なんだ。そんな知り合いはいなかったと考えるほうが妥当だろうな。それに、この条件は彼女だけじゃない」
「他の人の失踪でも、やっぱり船を使った形跡はないんだよねー」
「全くっ、この学園はどうなってるんだろ」
生徒同士がガチの殴り合いを繰り広げ、片や頻発する失踪、か。なるほど、讃神学園はどうかしている。
「ま、とりあえず他の失踪については横に置いておこう。まず見澤灯のことだけに集中したい」
やれやれ、他のことにまで首を回す余裕はないんだよな。
「彼女の失踪が発覚したのは、具体的にどういう感じだったんだ。つまり、いつ、どこで、誰がそれに気づいたんだ?」
「この島に住んでいる人は当然みんな寮生なんだけどっ、灯は今向かってる第六寮に住んでいたんだよね」
「この島には全部で六つの寮があって、第三寮までが男子寮。第四から第六までが女子寮になってるよー」
「俺と京一は第一寮だな」
あのオンボロ寮だ。
「24日の早朝だったらしいんだけどっ、灯の部屋のドアが開いてたらしいんだ。それを不審に思ったおんなじ寮の子が、中を覗いてみたんだって。そしたらもういなかった」
「具体的に、発見者の名前は?」
「別府菜乃っていう二年生だよ。灯とは親しくしていたらしいけど。それでみんな呼んで来て、方々捜してみたりもしたんだけど、結局発見できなかった」
「捜したっていうのは?」
「最初は同じ寮の子たちが、寮内を捜した。でもいなかったから、先生たちに連絡して、島中を捜し始めたって」
「すぐに捜し始めたのか? ずいぶんと手際がいい。寮にいなかったからといって、どこか友達の部屋にでも泊めてもらってたのかも知れない」
「それはたぶん、他の失踪も起こってたからだねー。だから学内中、なんとなく危機意識みたいなものが蔓延してるみたいになってる」
初期の捜索に問題があったわけじゃなさそうだな。
「島中を捜したっていう、規模は?」
「もちろん先生たちは総動員だったし、学生も協力できる人は出来るだけかき集めて島中捜したよ。……あたしももちろん協力した。でも、まさか灯がいなくなるなんて思ってもみなかったし、どこか友達のところにでもいて、すぐ出てくるんだと思ってた」
だが、実際は出てくることはなく、4ヶ月経った今に至っても音沙汰はない。
「島中捜したが、見つからない。船を使って島から出た形跡もない。手詰まり状態になって、今に至る、か。一つ確認したいんだけど、見澤が部屋にいたってのは確かなのか?」
「どういうこと?」
「見澤は朝、部屋にいないのが発見されたんだろう? だったら、前日から寮に帰っていなかったのかも知れない。23日の終業式には出たとして、その後すぐ失踪していた可能性だってある」
「その可能性はないよっ。灯が23日の夜、第六寮に居たっていう証拠がある」
「そう友人が見ていたのか?」
「それもあるけどっ……もう一つ灯の失踪をややこしくしている理由があるんだな、寮に」
見澤の失踪をややこしくしている理由?
「でもそれは実際に第六寮についてから説明しようかー。たぶん、見ながらのほうがわかりやすいから」
「そうか。とにかく見澤が寮にいたのは確かなんだな。見澤の23日の足どりは?」
「朝からあたしとずっと一緒にいたよ」
「親友だからな」
「明日……つまり24日に、一緒の船で帰ろうねって話してたの覚えてる。灯も冬休みは実家で過ごす予定だったから……。なのに……」
見澤は失踪した日、実家に帰る予定だったのか。やれやれ、やっぱりこりゃ自発的な失踪ではありえないな。
「終業式は何時まで?」
「昼まで。それから一緒にご飯食べて、少しおしゃべりして……別れたのは4時くらいだったかな。灯は生徒会室に行くんだって言ってた」
生徒会? 勘弁しろよ。何でここで生徒会が出てくるんだよ。
「なんか提出した書類に不備があって、呼び出されたんだって。印鑑持ってた」
「まさか生徒会が失踪に関わってるんじゃないだろうな」
「蒼輔……それはいくらなんでも疑りすぎだよっ」
そうだろうか。さっき会った高木刃子は見澤の失踪について何か知っているような気がする。確証はないんだけど……。あいつらにはあまり関わりたくないんだけどな。
「わかった。午後4時に穂乃歌と見澤は黄色学校で別れて、それから先の足どりは伝聞になるんだな」
「伝聞ではあるけど、失踪についてはやっぱり学生の間で噂になるからねー。たぶん、かなり詳しい形で灯さんの足どりについては話されてるよ」
「待った。出来ればソースのしっかりしている情報だけ教えてほしい」
「灯が夕食のとき寮にいたのは確か。夏海――山西夏海って子が灯と一緒にご飯食べたって言ってた」
「その山西って子は見澤とは親しかったのか?」
「寮で一番仲良かった子らしいよ。学年も一緒だし、クラスも一緒になったことあるからあたしも友達だし。真面目でしっかりした子だよ」
「それから山西はいつまで見澤と一緒にいたんだ?」
「8時くらいにいったん部屋に戻ったんだって。それから少しして、借りてた本を返そうと思って灯の部屋に行ったらしいんだけど……そしたらチャイムを押しても返事はないし、ドアには鍵がかかっていたんだって」
「寝てたんだろうな」
「夏海もそう思ったらしいよ。ただ、部屋に行った時刻は9時半ぐらいだったって。少なくとも9時は過ぎてたって」
「それ以降で見澤を目撃した人間は?」
「いない。……そっか、夏海が最後に灯に会った人になるんだ」
「つまり正確には、午後10時から見澤の足どりはわかっていないのか。だったら失踪は12月23日の夜から24日の朝にかけて行われたってわけだな」
「それはそうなんだけどっ……だからよくわからないんだよ。寮から出られたはずはないのに」
寮から出られたはずはない?
「あー、見えてきたよ。あれが第六寮だよ、たぶん」
「どういうことだ? なにを言ってるのか説明してくれるんだよな」
これが第六寮か……。
……なんだこりゃ。勘弁しろよ。
これは……すごく綺麗じゃないか!
塀の向こうに見える高い建物は赤レンガ造りの瀟洒な建物で、風が吹いてもびくともしそうにない。門も立派なつくりだ。柱の上で二匹の猫が向かい合っている。
おいおい、なんだありゃ。エントランスホールまであるじゃないか。俺の住む第一寮にはそんな立派なもんなかったぞ。
「……なんだこの格差は」
「だよねー。僕も他の寮を見るたびにため息が出るよ。でも第六寮が一番いい寮だから」
「一番悪い寮は?」
「もちろん第一寮だよ。たぶんね」
やれやれ。
「でっ、ほら蒼輔。ここはオートロックになってるんだよ。ここにカードを差し込んで解除するんだけどねっ」
「横にインターホンまであるな。……ううん、ドアを力ずくでこじ開けるのは無理そうだ」
「蒼輔ー。そんなことしてたら防犯ベルが鳴っちゃうよ、たぶん」
「やれやれ、そりゃ勘弁だな」
防犯設備はしっかりしているというわけか。
「で、このオートロックがどうした?」
「うん……このロックは寮生だけに渡されるカードキーで解除するんだけど、失踪事件が頻発して以来、機能が二つ追加されたんだよねー、たぶん」
「ひとつはカードキーの使用記録の取得を行うようになったこと。もうひとつが午後9時以降の寮内からの外出が出来なくなったこと」
「午後9時以降は中からロックが解除されないってことか」
「そうっ」
「9時か……。厳しいな」
「厳しいけど、仕方ないよねっ。それにお風呂も売店も寮の中にあるから生活に支障はないよ」
そもそも絶海の孤島で生活してることのほうが厳しいもんな。
「それから、門限の設定は特に運動部には死活問題になるからねー。赤と青に限って、カードキーによるロックの解除は出来るようになってるって聞いているよ」
深夜や早朝の練習が出来ないんじゃ、エリート育成の意味がなくなるからな。
だが、ここでもクラス格差か。赤と青ってのはやっぱり優遇されてるんだな。入りたくはないけど。
見澤は黄組だ。午後9時以降の外出は出来なかったことになる。
「ん? ちょっと待った。確か見澤は、午後10時には自分の部屋で寝ていたんだろう? え、これどういうことだ?」
「そうなんだ……。だからたぶん、灯さんはそもそも寮から出られるはずがなかったんだ。黄組である灯さんじゃエントランスを開けられないからね。一体どうやって寮から抜け出したのか。これが灯さんの失踪に関するミステリーだよ」
「他に寮の出入り口はないのか?」
「んーっ、あたしもここに住んでるわけじゃないから詳しくは知らないけど、ないと思うよ」
「窓から出るっていうのは?」
「開閉は出来るけどほんのわずかな隙間しか開かないから、人が通るのは無理」
「もちろん僕たちが知らない出入り口が別にあるのかもしれないけど」
そんなびっくりハウスを想像するのは勘弁だな。
「うーん、とりあえず現時点では、見澤はこのエントランスを通って寮外に出たと仮定しておこう」
「そうだけどっ……でもどういう方法があるの?」
「エントランスは、朝何時から通行可能になるんだ?」
「6時だっていうことだよー」
「見澤の失踪が発覚したのは、部屋のドアが開いていたのを不審に思った同寮生がいたからだったな。ドアが開いていたのは、どうせ6時よりも前なんだろう?」
「微妙な時間だったらしいけどっ、やっぱり前だったらしいよ」
やれやれ。
「ただ、その条件でも、不可能ではないな」
「うん。そうだよねー。不可能ではない」
「なんだ。京一、なんか思いついてんのか?」
「えっ、そうなんだ。京一君すごいっ」
「たぶん、現実的じゃないんだけどね…………。灯さんは23日の時点では寮にいたんだ。たぶん、早朝に起きなきゃならなかったから、早めに寝たんだろうね。それから、5時くらい……何時でもいいんだけど、とにかく他の寮生が起きてこないような時間帯に起きる。それから、寮内の誰にも見つからないような場所で6時が来るまで待つ。それから、部屋に灯さんがいないことが発覚したわけだけど、寮内が混乱している隙に、ロックを解除して外に出たんだ。6時以降なら、灯さんのキーでも解除できるから」
「なるほどっ。それなら灯が寮から出られないっていう問題は解決するね」
「うん。それなら9時-6時の壁は崩せる。でも……」
「……そうだね蒼輔。この推理には欠点があるよね、たぶん」
「どういうこと?」
「カードキーの使用記録が問題なんだ。京一の推理じゃ、見澤がカードキーを使っていないってところが矛盾してしまう」
「そうなんだよねー。そこまでは調べていなかった、じゃ駄目かな」
「いや、ありうる話だとは思う。9時から6時までは出られないってことだけに気を取られて、警察や教員は使用記録までは調べていないのかも知れない」
「……うーん」
ふたりとも、考え込んじまったな。
「そもそも、見澤のカードキーはなくなってるのか?」
「あっ、どうだろう。荷物はほとんど残ってたって聞いてるけど」
「そこは確認しておいてもいいかもしれないな。持って行ったなら使ったんだろうし、残っていたなら別の方法だ」
ん、何の音だ?
……エントランスのドアが開いた。
中から女の子が出てきた。同年輩くらいか。寮生だな。キーを使ってドアを開けたんだな。
「あっ……。あたし、思いついたかも。ねっねっ、蒼輔、今ならあたしたち、第六寮に入れるよね」
「ああ、開いてるからな」
あ、もう閉まった。
「ねっ、この方法はどう? 誰かがドアを開けたところを、一緒に出る。これならカードキーを使わずに寮から出ることが出来るよっ。ねっ、どうかな」
「ああ、そうだな」
「そっかー。だったら、ドアを開けておいたのも、わざとだったのかもね。騒ぎになれば、寮の出入りは激しくなるし、上手く顔を隠すようにすれば、誰にも気づかれずに外に出ることもできたかもしれないね、たぶん」
「うんっ。これで謎は全て解けたねっ。灯が失踪したのは24日の早朝。でいいかな」
「いや、まだ決めるのは早いと思うけどな」
「えっ、蒼輔、どういうこと?」
「可能性だけならまだ考えられるってことだよ」