第八話:生徒会
肩まで伸ばした髪は、軽くウェーブがかかっている。制服を折り目正しく着込み、汚れ一つない。几帳面な性格らしい。めがねの奥の目は目じりが釣りあがり、きつい。バッジの色は青。
それが、先頭の人間だ。後ろにふたり、同じようなのが並んでる。
「吾川蒼輔、に間違いないようですね」
「誰だ?」
「ふん。転校生のあなたが一体どうしてこのようなところにいるのですか?」
無視かよ。
「あんた、誰だよ。それに、どうして俺の名前を知ってるんだ?」
「現在あなたがこの黄色学校にいる理由はないと判断します。即刻自分の所属する寮に戻りなさい」
おいおい、勘弁しろよ。こいつ、喧嘩売ってんのか?
「まず、名乗れよ。そうじゃなきゃ、こっちだって会話のしようがないだろ」
「ふん。さすがにいい度胸をしていますね。いいでしょう。私は高木刃子。生徒会の人間です」
「生徒会か。じゃ、あんたが有名な生徒会長か?」
「私は会長ではありません。吾川蒼輔。転校生が、あまりうろちょろするのは感心しませんね」
生徒会ってのは、生徒指導も行うのか?
……っと、角を立てるのはよくないな。
「学園内を案内してもらってたんだよ。少しでも早く学園に馴染めるようにね」
「その必要はありません。学園の構造なら、学生生活を送るうちに自然と覚えられるでしょう」
「おいおい、せっかくこっちがやる気だしてんのに、水を差すのかよ、生徒会ってのは」
ん? なんか、京一と穂乃歌がやたらこっちをちらちら見てくるな。
多分、合図を送ってるんだな。……逆らうな、やり過ごせ、ってとこか。
「やる気をだすのは結構ですが、指示されていないことまでする必要はありません」
「じゃ、俺は何をするにも生徒会の許可を得なければいけないのか?」
「そうするのが望ましいですね」
「だったら息するのだってあんたらの許可が要るんだな。やれやれ、勘弁してくれよ」
「揚げ足を取るのはやめなさい」
「島内を見て回るくらい、別にいいだろ?」
「今、学園は非常に複雑な状態となっているのです。新参者が歩き回っていると、出遭わなくてもよいトラブルに遭わないとも限りません」
複雑な状態、か。
「クラス対立のことか?」
「ふん。お見通しというわけですね。そうでした。あなたは既に遭遇していたのでしたね」
渡島船でのことか。
「そうか、朱姫から生徒会に報告されてるんだな」
だから俺の名前も知っていたってわけだ。
「山輪朱姫から渡島船でのことは報告を受けています。まず、生徒同士の喧嘩を仲裁してもらったことについて、生徒会として礼を言いましょう。ありがとう」
やれやれ、全然感謝してもらってる気がしないな。
「彼らはどうなったんだ?」
「厳重注意と一週間の謹慎です」
どちらも大怪我したわけじゃないんだ。妥当なところか。
「俺の顔は、生徒名簿でも見たのか?」
「はい。優秀な転校生が来たということでしたので、確認しておきました」
「勘弁しろよ。俺は優秀なんかじゃないぜ」
「いえ。船での話を聞いた限りでは、あなたは十分、われわれと同じ青や赤に入る素質があると判断できます。ですから――」
こいつは京一と穂乃歌に視線を向けた。おいおい、この表情は……侮蔑?
「――このようなレベルの低いの人々と付き合うのは感心しませんね」
……ちっ、いちいち腹の立つやつだな。
こんなところで波風立てるのは勘弁だってのに、やれやれ、このままじゃ収まりがつかないな。
「人間にレベルの高いも低いもないだろ?」
「格差はあるのですよ。理知的で有能なわれわれと、われわれに支配されるべき低俗で無能な彼ら。朱に交われば――、という格言があります。われわれのような高等な人間は極力彼らのような卑賤な人間と付き合うべきではないのです」
「勘弁しろよ。……いちいち腹の立つ言い方しか出来ないのか?」
「ふん。あなたはまだ理解していないようですね。人間にはそれぞれ生まれついて持った階級いうものがあることを。そしてそれはその後の人生において決して乗り越えることができないものだということを」
「馬鹿なこと言うな。人間に階級があってたまるか」
「ふん。綺麗ごとですね。綺麗ごとで済ませられるほど、世の中甘くはないですよ?」
「人間には生まれついた才能の差があるのは知ってる。親だとか財産だとか、生まれついた条件も人それぞれ違う。そうだな、そんなことは知ってる。けど、人間に、人間という存在そのものに、それぞれ階級なんてあるわけないだろう。少なくとも、誰と仲良くなったって悪いはずがない」
「やれやれ、見損ないました。いいえ、見誤りまったというべきでしょう。吾川蒼輔、あなたはわれわれと同じ世界の人間なのだと、勘違いしました。あなたもどうやらわれわれとは並ぶべくもない存在のようですね」
「俺だって、あんたらみたいなのと同じにされたくはないね」
ち、笑いやがった。どう見たって見下しているって笑いだ。
「好きにしなさい。しかし、我が讃神学園には、生徒自治というものが強い効力を発揮します。讃神学園にいる以上、生徒会には従ってもらいますよ」]
「脅しか?」
「忠告です。学園で平穏無事に暮らしていきたいのであれば、われわれに逆らうべきではないと申しておきましょう」
「わかった。わかったよ。いいからもう消えてくれ」
「吾川蒼輔、あなたはあくまでもわれわれを敵に回すというのですね」
ちぇ。敵視してきたのはそっちだろ?
「悪かったな。謝るよ。ごめんなさい。これでいいか?」
「なんと挑発的な! ……ふん、いいでしょう。せいぜい覚悟しておくことです」
「待て。折角だから、一つ聞かせてくれ」
「なんですか?」
「この島で頻発してるっていう、失踪について」
「なっ、一体どこでそのような話を……。そうか、あなたたちですね。そういったことは、新参者に話すことではないと思いますが」
わ、怖い目で京一と穂乃歌を睨んでやがる。
「どうせいつかは耳に入ってくることだったんだ。こいつらを責めるな」
「ふん。吾川蒼輔、そのような事件に首を突っ込むのは止めなさい」
「どうして?」
「興味本位で首を突っ込んでいいようなことではないと言っているのです。これは人の私的な領域に関わることであり、学校の名誉に関わることでもあります」
……どうした? 表情は変わっていないが、どこか違和感があるな。
微細な変化だが……。
……焦り?
「言ってることはわかるが、触れずに済ませておくことも出来ないだろう」
「触れていないわけではありません。しかしそういうことは警察に任せておくべき事態です」
「警察がどこまで信用できる? 現にまだ一人も見つかっていないんじゃないか」
「いずれにせよ、転入生であるあなたが関わるべき事件ではありません。これは生徒会としての命令です。学生は、学園生活に専念していればいいのです」
……やっぱり、こいつの態度はどこかおかしいな。言ってることは普通だが、表情や口調に、どこかしら違和感を感じる。
断定は危険だが……こいつは何か知っている可能性があるな。
もちろん、そうじゃない可能性のほうがよほど高い。いきなり犯人扱いするなんてのは以ての外だ。
「わかった。そうする。ごめんなさい」
「ふん。手を引く気など全くないという表情ですね。……いいでしょう、居なくなった人間を見つけられるというのならやってみればいい。しかし学園の不名誉になるようなことだけは慎むようにしなさい」
「わかったよ。……京一、穂乃歌。もう行こうぜ」
やれやれ、とんだ災難だったな。勘弁しろよな。
あいつらはまだ飯食ってるのか。食堂から出ちまえば、もう突っかかってくることもないだろう。
「蒼輔、大変だったねー」
「あいつらは一体なんなんだ?」
「三人とも生徒会だよ。蒼輔と話してたのが高木刃子さん。副会長だね」
「あれが副会長かよ」
「あれがってことはないと思うよ。学園きっての秀才で、成績は常にトップクラスだってことで有名な人だから」
「ていうかっ、蒼輔、副会長に突っかかり過ぎ。もうっ、端から見ててはらはらしたよ」
「お前らはやけに大人しかったな。生徒会ってのは、普段からあんな感じなのか」
「そうだね。あたしたちみたいな劣等生……緑や黄色には厳しいよ。その分、赤や青は優遇されてるって話だけど」
「やな生徒会だな」
「実力主義の表れってとこかなー。赤青は優遇するから、生徒は頑張って上を目指せって」
「讃神学校の特色、か」
そんなんだから、クラス間対立も深まるんだろうな。
「しかし、あれが副会長だったら、お前らが絶賛する生徒会長ってのも、正直眉唾だな」
「いや、そんなことないよー。生徒会はああいう感じだけど、会長だけは例外的に優しい人だから」
「だけど、組織はトップの性格を反映するものだろう。会長が人格者なら、生徒会がああはならないんじゃないか?」
「たぶん、それが会長の不思議なところなんだけどー」
「讃神学園七不思議ってやつっ?」
会長については会ってみないとなんともいえそうにないな。
が、副会長。高木刃子。彼女は失踪事件について何か知っている可能性がある。根拠はないが、俺はそういう感触を受けた。
まだ行動に移すようなレベルじゃないが、覚えておく必要はあるかもしれない。マークされちまったことも含めて、生徒会には気を許しちゃいけないな。――――
――――歩いて30分てとこか。整地されてるわけじゃないからわかりづらいが、多分黄色学校から南のほうだ。
しかし、歩きづらい島だな。学園だっていうんだから、もう少し舗装してもいいんじゃないのか?
「ここが職員部か」
「そーだよ。たぶん」
黄色学校と同じように植林で道と区分けがなされている。けど、黄色学校ほどは広くないな。大小の建物が一つずつ。
「大きいほうが教職員室が入ってる建物だよ。小さいほうは教員専用の食堂とか、休憩室とか」
「ここはあまり生徒が来るような場所じゃないってことか」
「基本的に先生とは教室で会うもんだからねー」
「で、蒼輔が会いに行くのは誰先生なの?」
「ああ、確か、クマ……久万敏郎って先生だったかな」
っと、花壇をいじっていた老人がこっちに気づいた。
「おや、学生とは珍しい。職員部に何か用かね」
豊かに伸ばした白髪と、笑顔が印象的な老人だ。70は超えてるんじゃないかと思うが、背筋はしっかりしてるな。
作業着を着て花壇をいじっていたところからすると、学園に雇われている園芸員だろうか。
「俺は吾川蒼輔、転入生です。昨日この島へ着いたので、その報告をしに来ました」
「ほうほう。君が吾川君か。よろしくな」
ふむ、この学園は園芸員もフレンドリーだ。
握手。
「こんにちわー、久万先生」
「こんちわっス」
おっと、びっくりした。俺の後ろからいきなり京一と穂乃歌が声を挙げた。
「先生?」
「蒼輔。この人が久万俊郎先生だよー」
「私たちの自慢の先生っ」
「うむ。如何にも私が久万だ。吾川君、会うのは初めてだったね。ようこそ讃神学園へ」
うーむ。この人が教員か。見えないな。
「神田君に住吉君がいるってことは、もうふたりと仲良くなったわけだ。そりゃ、好都合でよかった。吾川君、君はとりあえず3組だ」
「あ、そうですか」
3組――黄色だ。
「黄色の担任は私だから、よろしく。書類なんかはもう全部提出されてるし、不備もなかったようだから、新学期までは楽にしてていいよ。新学期には、8時までに黄色の教室に入ってなさい。場所は、わかるかね」
「ついさっきこいつらに案内されてきたところですよ」
「ほうほう。それは手際がいいことだ。他に、学園生活をするにあたって質問は?」
「いや、とりあえずは。京一と穂乃歌がいろいろ教えてくれてるんで助かってますよ」
「うむ。出来のいい教え子を持って私は幸せ者だな」
感じのいい先生って感じだな。こういう教員に教わる学生たちも幸せもんだろう。
「それから、吾川君。君の事を生徒会に勧誘するとか、しないとか、そういう話が出てるみたいだったから。僕が誘うということはないが、考えておいてくれ」
「その話はさっき聞いたけど……どうして久万先生がそれを知ってるんですか?」
「僕は生徒会の顧問教諭をしているからね。まあ、飾りのようなものだけど。そうか、もう話が行っていたか」
この人も、生徒会の関係者か。さっきの副会長からすると、生徒会にはいい印象を持てないんだよな。
「悪いけど、俺は生徒会に入る気はないです」
「そうだな。それが賢明だ。私はあの生徒会は好かん」
「言っちゃ悪いけど、同感です。俺たちを見下しているようだった」
「担当教員として情けないが、彼らの態度をどうすることも出来ん。いつか彼らが自分で気づいてくれるかと思っているんだが」
内部の人間も、あの態度はまずいと思っているのか。なら、改められない理由はなんだ?
「そういう意味では、会長には期待しているんだがね。吾川君、前言を撤回するようだが、どうだろう。君、生徒会に入らないか?」
「それで内部から改革しろと? 申し訳ないけど、勘弁してください。みんな俺を買いかぶりすぎだ」
「ほうほう。そうか。山輪君は君のことをかなり買っていたようだったがな。そうすると、彼女の眼鏡違いだったということか」
朱姫か。全く、勘弁してくれよ。どういう話し方してんだよ。
「そういうことになりますね。とにかく、俺は平穏無事に生活できればそれでいいんで……」
……これで用は済んだな。さて、これで後は――。
「ふたりとも、つき合わせちまって悪かったな」
「全然問題ないよー、たぶん」
「水臭いって。で、これからどうする? まだ帰るには早いし」
「ああ。これで後は失踪事件のほうに専念できる。……穂乃歌」
「んっ?」
「見澤灯の、失踪当日の足取りを辿ってみたいんだ。協力してくれるか?」