第七話:親友
長い髪をまとめて後ろから一本下げている。大きい瞳がニコニコしていて、彼女の明るい性格を感じさせる。
何故だか知らないがジャージ姿だ。しかも明らかにサイズが大きすぎる。本来襟につけるべきバッジを、この子の場合は肩口につけているみたいだ。
手にはこっちに向けられた銃。
「やれやれ、本当に物騒な学園だな」
「ほらほらっ、手を挙げな」
どう見ても目が本気じゃないんだよな。趣味の悪い悪戯だ。
ん、視線がちらちらしてんな。
……俺の後ろ――にいるのは、京一か。
とすれば……。
「これでいいか、住吉穂乃歌」
いきなり名前を言ってやる。
……よし、さすがにびっくりしたか。
「えっ、何であたしの名前知ってるの?」
やれやれ、当たりか。
「俺はベイカー街に住む天才探偵だからな」
ありゃ、きょとんとしてる。
「解答編の前に、物騒なもんは降ろしてもらいたいんだけど」
「ああ、これ?」
穂乃歌は俺から的を外して、空に向ける。
引き金を引いた。空気の弾ける鋭い音が響いた。うるさいな、こりゃ。
「偽物だよ」
「だからって、銃口を向けられていい気はしないな」
「ふぅん、意外と小心なんだね」
「意外も何も、初対面だろ?」
「そうっ。なのにあたしの名前がわかったのはどうして?」
「まず確認しておきたいんだけど、君が俺が今日会う予定だった住吉穂乃歌ってことで間違いないんだな」
「うんっ、住吉穂乃歌。穂乃歌でいいよ。そっちは吾川蒼輔だねっ」
握手か。
応じる。
「よろしくねっ、蒼輔」
やっぱりフランクなやつが多い学校だ。
「簡単だよ。まず、君は俺の名前を知っていた。昨日島に初めてやって来た俺の名前を知っている者は限られている。おそらく住吉穂乃歌は昨日京一から俺の名前を聞いていただろう。君は肩につけたバッジから同学年の黄組だ。もっといえば、京一の同級生だ」
「うん。そうだよ」
「キョロキョロしてる様子から考えて、京一の知り合いなのは間違いなかった。さらに、君の悪戯っぽい表情。視線は何かの合図をしてるんだと思った。おそらく、『何も言うな』だろう」
お、ちょっと照れたような表情だ。
「また、君はわざわざ俺を待ち伏せして悪戯を仕掛けた。ということは俺がこの時間ここを通ることを知っていなければならない。そうした全ての条件に当てはまるのは、俺と今日会う予定になっている住吉穂乃歌しかいない。ってわけだ。だな、京一」
「ご名答、だね。でも勘違いしないでほしいんだけど、僕はこんな悪戯のこと知らなかったんだよ」
「でも、ちゃんと黙ってたじゃないか」
「僕だってそのくらいの空気は読まないとねー」
やれやれ。
「で、この悪戯の理由はなんなんだ?」
「有名な、吾川蒼輔がどんなものなのか、試してみたかったんだ」
勘弁しろよ。有名になった覚えはないぞ。
「何の話だ?」
「昨日、定期便の中で赤と青に勝ったんだって?」
昨日の喧嘩の話か。
「俺は喧嘩の仲裁をしただけだよ」
「でも投げ飛ばしたんでしょうっ。それってすごいよ」
そうなのか?
京一もうなずいてるな。
「そーだね。筆ならともかく、本や靴が相手なら、すごいことだと思うよ」
筆とか本ってのはバッジによるクラスの傾向だな。筆が芸術組、本が一般組、靴が運動組だっけか。
「そんなに違うのか?」
「赤と青は基本的にトップクラスしか入れないからね。特に靴の赤や青なら、何かの種目の全国クラスの人間しかいないよ。そんな人間に喧嘩で勝つってのは、やっぱりすごいと思う」
「赤のほうが青よりも上だって聞いたけど?」
「一応ね。でも青にも怪物みたいなのはうようよしてるよ。僕ら凡人からしたら、どちらにせよ雲の上の存在だよ、たぶん」
「入れ替えがあるって聞いたけど、案外格差があるんだな」
「黄や緑から赤・青に行く人間もいるけど、すぐ帰ってくる子のほうが多いよ。逆に赤・青から黄・緑に来た人間は、すぐ戻っていく」
要するに、黄と青の間には超え難い壁があるわけだな。
「だから、蒼輔が赤や青に勝ったっていうのが本当なら、すごいことだと思う、たぶん」
「やめろよ、まぐれだよまぐれ」
それより、ちょっと気になることがあるな。
「どうして穂乃歌が昨日のことを知ってたんだ?」
「船での乱闘のことっ? ルームメイトに教えてもらったんだ」
「ルームメイト……まさか、朱姫か?」
「ふぅん、もう名前で呼ぶ仲なんだ、朱姫と。朱姫も蒼輔って呼んでたなあ」
なんだよその顔は。
「名前で呼ぶってんなら、穂乃歌だってそうだろ。京一だってそうだ。そういう親密な関係ってのは苦手なんだが、仕方ないからここではそうすることにするよ」
「へぇっ。ま、京一から吾川蒼輔って人の話を聞いた後に、朱姫から同じ名前の人の話を聞いた。だからどんな人だか、ちょっと興味が出てきたんだ」
「それで模擬銃かよ」
「いいでしょうこれ。結構精巧に出来てるんだよっ」
「ミリオタか?」
「いやっ、人から貰ったもの」
誰がそんなもの贈るんだよ。
「で、試してどうだった? やっぱりただの凡人だっただろ?」
「どうかなあ。模擬銃とはいえ、いきなり凶器を突きつけられても平然としてるなんて、結構やると思うけど?」
「褒めるなよ。勘違いしちまう」
やれやれ、勘弁しろよ。
「じゃっ、いい加減こんなところで立ち話もなんだから、構内に入ろっか」
ふむ、ここら辺からは道もしっかり舗装されてきているな。
植林で、構内がしっかりと形づくられているようだ。
なるほど、ここが黄色学校というわけだ。さすがに校門まではないが。
「あの建物が、クラスの教室が入ってる建物。僕らは基本的にあそこで過ごしてるわけだね」
「向かい合ったこっちは?」
「音楽室とか、科学室とか、専門的な授業を行う教室が入ってる。移動教室の際はあっちに行くわけだねー」
「で、あっちが運動場に体育館。あっ、蒼輔は初めて来たんだよね。ちょっと見とく?」
「なるほどな。確かに一個の学校がここにあるわけだ」
「あっちが図書室。向こうにプールもあるよ。今いる、教棟と教棟のこのスペースはちょっとした中庭だね。昼休みなんかにここで遊んでる子達がいるんだ」
これが第三講義部。通称黄色学校、か。
「で、これからどうするんだ?」
「食堂でも行こうか。たぶんもうお昼の時間だし」
そういや、俺はまだ朝飯も食ってないんだったよな。
時刻は……もう昼前か。
ふむ、食堂はこっちか。
「構内のレイアウトは、他の色も一緒なのか?」
「地形が違うからね。たぶん、配置は一緒じゃないと思うけど、あるものは一緒だよ」
「でもさっ、赤と青には休憩室とか、トレーニングルームとか、なんか高級そうな部屋がいくつもあるって聞いたけど?」
「クラスで格差があるわけだ」
ああ、ここが食堂か。綺麗な建物だな。中もさっぱりしている。あっちが調理場で、カウンターでこっちと仕切られている。
「ここでメニューを頼めば、作ってくれるから。……あ、日替わり定食をー。で、作られた料理を持って、向こうの好きなテーブルで食べる」
「空いてるな」
当たり前か。今は春休みだ。
「でもっ、昼休みはいつもわやくちゃ状態になるんだよね。……おばちゃん、あたし親子丼っ。ここに黄色のみんなが食べにくるから」
「……カレーを頼みます。昼休みに満席になったらどうなるんだ?」
「ここで昼食をとる以外にも、購買で買うか、弁当を持ってくるかがあるからね。混むけど満席になることは少ないよ、たぶん。――どうも。じゃ、先に席取っとくね」
「寮なのに弁当?」
「寮母さんに作ってもらうか、自炊。寮にも台所があって、言えば貸してもらえるんだよっ。――どもですっ」
カレーと親子丼は同時に出てきた。早いな。
京一は……あそこか。窓際だ。ここなら風景が見えるな。
「ふたりは他の色になったことはないのか?」
「僕は一回だけ赤があるな」
「あたしはひと学期だけ緑があるよっ」
緑か。
「あっ、何だその目。言っとくけど、緑ではトップクラスの成績だったんだよ」
緑では、かよ。
「わかってるよ。成績でクラスが決まるが、成績が全てじゃない、だろう? クラスの色で人を判断することはないさ」
「蒼輔のクラスは決まってないの?」
「まだ聞いてない。一度教員に会っておかなきゃならないから、そこで教えてもらえるんじゃないかと思う。後で行くよ」
「じゃ、この後職員部に案内するねー」
「京一は赤になったことがあるんだな。どんなクラスだ?」
「うーん、雰囲気悪かったよ。すごくギスギスしてて、人に勝つことばかり気にしてる感じだった。正直、黄に戻れたときはほっとしたもん」
「エリート教育ってのはいいことばかりじゃないもんだな」
「その中でも、会長はいい人だったな」
会長?
「生徒会の会長だよ。赤組でもみんなから一目置かれる存在だった。勉強も運動もトップクラス。それに僕みたいなはぐれ者にもよく声をかけてくれたし」
ここでもまた会長かよ。
「完璧超人かよ。いけ好かないな」
「そうかなー。僕は赤組に会長がいてくれて助かったけどなあ」
生徒に人望のある生徒会長、か。後で会うことになるかも知れないな。
「そろそろ本題に入ろう」
穂乃歌の顔が、ちょっと強張った。
京一が黙ってうなずいた。穂乃歌に言葉を促したんだろう。
「……うんっ。灯の失踪のことだったね」
そう、それが本題だ。
俺は、失踪した見澤灯の居場所を突き止めなければならない。
「穂乃歌は見澤灯の友達だったんだって?」
「友達じゃないよ。……親友だった」
「そんなに仲がよかったのか」
「いつも一緒だったとは言わないよ。でも……灯とはなんか、波長が合ったんだ。しゃべるときの呼吸とか、なんでもないしぐさとか。隣にいてすごく居心地がよかった。灯とは多分これからもずっと親友でいるんだろうなって、なんだか知らないけど無条件で思えたよ。だから……困ったことがあったら相談したし、相談された」
親友、か。
俺にはよくわからない感情だ。
「いつからの付き合いなんだ?」
「中学一年。灯もあたしも、中一から讃神島にいるんだ。讃神島に来て、やっぱり家族と離れて暮らすから、最初の頃はさびしかったけど……、灯は同じ境遇だったし、だからなんか自然に仲良くなっていったな」
「見澤のことなら何でもわかる?」
「そうは言わないよ。言わないし、言えないよね。わかってたら、とっくに灯を見つけられてる」
「見澤が失踪したのはいつごろなんだ?」
「去年の年末。12月……クリスマス・イブだったかな」
「穂乃歌のほかに、見澤の仲のよかった人間は? 特に男で」
「つまりっ、灯が駆け落ちしたんじゃないかってこと?」
「イブに失踪したなら疑って当然だろ?」
「でもっ、駆け落ちなら一緒にいなくなった男が必要じゃない?」
「後から男が追っかけるのかも知れない。その逆もある。いずれにせよ、可能性は全部疑ってかかるべきだ」
「うーん、それは……。……付き合ってた人はいなかったよ。ついでに言えば、24日は冬休み初日だったよ」
「男じゃなくても、彼女の仲のよかった人間は?」
「あたしが一番だったと思うけど……それはわからないか。後で何人か教えてあげるね」
さて、そろそろ核心だ。
「見澤が失踪した理由に、心当たりはないのか?」
やっぱり、こういうのは、親友として訊かれたくないことだろうな。多分既に何度も訊かれ、また自問してきたことだろう。
「…………わからない」
「見澤が悩んでいた様子は?」
「クラスでは上手くやってたし、成績も悪くなかった。むしろ今回の期末はよく出来たって言ってた。……わからないよ」
「失踪の理由は、やっぱり人間関係の悩みをまず疑ってみるべきだと思う」
特に、見澤はまだ子供だ。金銭トラブルに巻き込まれたというケースは考えづらい。
「クラス内じゃなくても、他クラスの生徒とか教師とか、もしくは家族はどうだ?」
「わからない。……そういう相談を受けたことはなかった。わからないよ。灯、いつもどおり楽しそうに過ごしてたのに」
ここは孤島だ。閉鎖環境で生活しているんだから、人間関係は限られてくる。だからこそ、他人との関係がこじれれば逃げ出したくなることもあるだろう。
だが、穂乃歌の話を聞く限りでは、失踪する理由は見当たりそうにないな。
ちっ、勘弁してほしいが、何かの犯罪に巻き込まれたってケースのほうが濃厚になってきやがった。――見澤灯を無事に見つけられればいいが。
「どうする蒼輔。たぶん、そろそろ教員部に行く?」
「あっ、あたし今日は予定ないから、まだ大丈夫だけど」
「いや、とりあえず事件のことは中断しよう。悪いな、こっちの用で」
「ううん。じゃ、案内もかねてあたしも行くよ」
やれやれ、いいやつばかりだ。
ん? なんかこっちに来るやつがいるぞ。
めがねをかけた女子だ。……誰だ?
「あなたが吾川蒼輔ですか?」