第六話:朝
……なんだかうるさいな。
……見慣れない部屋だ。ここはどこだ?
ああ、そうか、昨日から讃神島へやってきてたんだった。
室内は少しひんやりする。殺風景だ。まだ、荷物もなにもないからな。床に敷かれた布団だけが、この部屋の持ち物だ。
……なんだよ、うるさいな。どこが鳴ってるんだ?
ドアのほうだ。誰かがドアを叩いている。
今何時だよ。……10時だ。こりゃ、起きてない自分が悪いな。
「誰だよ」
蒼輔はドアを開ける。
「おはよう、蒼輔」
「京一か」
「もしかして、まだ寝てた?」
「まさか。朝も10時間過ぎてるって言うのに、寝ていたわけがないだろう」
「寝癖。それに、たぶん声が寝起きだよ」
……やるな。
「なんでドア叩くんだよ。チャイムがあるだろ?」
「ないよ。残念ながら」
ないのかよ。やれやれ、勘弁してくれよ。
「たぶん10時には迎えに行くって、約束したはずだけど、忘れてた?」
「いや、わかってたよ。ただ、目覚ましを持ってくるのを忘れちまったんだ」
「そっか。初日だから仕方ないかもね。よく寝れた?」
「ああ、全面フローリングに暖房設備はなし、おまけに隙間風がびゅんびゅん吹くおかげでよく寝られたよ。全く、大した高級住宅だ」
「でも、入寮するのに荷物もないなんて、ちょっと用意が足りないんじゃない?」
「そのうち届くだろうさ。寝起きができれば、俺はそれでいい」
「豪胆なのかずぼらなのか……」
京一はちょっと呆れてるみたいだ。
「朝ごはんはどうする? 食堂に行けば食べられるけど……もう時間過ぎちゃったかな。パンなんかなら購買で売ってるけど」
「いいよ。このあと予定があるんだし」
「もうすぐお昼の時間になるしね。教室を案内する予定だったけど、先に食事にしようか」
「ちょっと待っててくれ。すぐ支度する」
京一を待たせて、部屋の中に入る。
と言っても、顔を洗って着替えるくらいのもんなんだけどな。
「お待たせ。それじゃ行くか」
寮を出ると、新鮮な空気が肺の中に入ってくる。今日は晴れか。
「今日はどこに行くんだ?」
「第三講義部。授業が行われる教室とか、体育館とかがあるところだよ。僕らの普段の生活の中心部になるところだね。特に運動組とか芸術組は別のところで活動することも多いんだけど、普通組の生活は大体そこになる」
「部っていうのが、一まとまりの大きい単位を表すんだな」
「そう。講義棟や体育館、運動場、その他講義棟を中心として学生生活に必要な施設が集まった場所を総称して高等部第三講義部。第三は黄色組だけが入っているから、黄色学校なんていう言い方もされるけどね」
「つまり、同じような講義部があと三つあるってわけか」
「そう。第一から数えて、赤組、青組、黄組、緑組の講義部。だから、クラスが変わったら実際に生活の場所まで変わるから、案外大変なんだよね」
「講義部、というか学校以外の施設もあるんだろう?」
「うん。音楽室とか美術室ばっかり集まった場所とか、陸上競技場とか大きなグラウンドなんかが集まった場所があるよ」
「そういう施設があることが、讃神学園の最大の特色か」
「そうかもね。特に競技場なんかは、ここでオリンピック開けるんじゃないかってぐらい」
国内有数の選手を輩出している秘密も、その練習設備の豊かさにある。
「でも、普通の講義部もいいところだよ。広くてゆったりしてるし、特に黄色や緑学校は比較的新しい施設だから綺麗だし」
「てことは、赤や青の建物は古いのか」
「あー、そうでもないな。そういや最近改修されたって言ってたから。学園内の施設で、昔の色を残しているのはこの寮くらいだよ」
「……てことは他の寮は綺麗なのか」
「ここも改修の要望は出してるはずなんだけどね、たぶん」
やれやれ。
「とにかく今日は今から第三講義部、――黄色学校へ向かうわけだ」
「うん、僕も穂乃歌さんも一番勝手知ったる場所だからね。蒼輔君も黄組になれば、今日の案内が無駄にならなくて済むんだけど」
「学園内はバスが出てるんじゃないのか?」
「休暇中はあんまり本数がないから。黄色なら、たぶん歩いてもそんなに遠くないよ」
のんびりしたやつだな。
でも、島の風景を記憶できていいか。
……お、こりゃなんだか古びた建物だぞ。
これは――
「廃校舎か」
「ああ、そういえばそんなものがあったねえ」
「ここは何の施設だったんだ?」
「いや、知らないなあ。僕がこの学園に入ったときから、ずっとこんな感じだからね」
「赤とか青の講義部だったってわけじゃないのか」
「うーん、場所が移動したって話は聞かないけどな」
これも過去の遺物ってわけか。だったらさっさと撤去しろよ。
春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、春の暖かい空気だ。
道の脇をたんぽぽが咲いている。
しっかし、道を舗装する予算はなかったのかよ。でこぼこが激しくて歩きづらい。ほんと、勘弁してくれよ。
「京一、失踪事件について、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「そう、それなんだけど、ちょっと考えてみたんだけどさ」
ちょっと改まった口調だ。
「灯さんのことが雑誌に載ってたってのは、本当?」
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「他の失踪が外部に漏れてないのに、灯さんだけ載るのはなんか変じゃないかなと思って」
「ふむ。でも実際俺が知ってたんだから、それ以外考えられないだろ?」
「考えられるよ。例えば……蒼輔が、灯さんの家族の知り合いだったとか」
「なるほどな。知り合いが讃神学校に転入するのをこれ幸いと、自分の子供の捜索を頼んだわけだ」
「たぶん、ありえないって話じゃないよね」
「残念ながら、俺の言ってることは本当だよ。確かにどっかの雑誌で見たんだ。なんなら探してやってもいい」
「いや、ごめん。疑うつもりじゃなかったんだけど、気を悪くしたよね」
ちょっと、慌てた様子だ。
……いいやつなんだな。
「全然。政府高官と知り合いなんなら、俺の人生ももうちょっとばら色になるんだろうけどな」
「政府高官?」
「見澤灯の両親だ。……そうだ、そう雑誌に書いてあったんだな」
「知らなかったなあ」
「そうか、だから見澤の失踪だけが取り上げられたんだ」
「なるほど。政府高官の子供が失踪したとなれば、一級品のスキャンダルだね」
「だから見澤だけが記事になり、他の失踪は無視された」
「話のつじつまは合うね、たぶん」
「しかし、讃神学園ってのはエリートの子女も通ってるんだな」
「うーん、灯さんの家がそんな家庭だったとは知らなかったな。ただ、ここはいろんな人がいるからね。僕みたいな、平凡な家庭の凡人もたくさんいる」
「そんなことを言えば、俺も一緒だよ。首尾よく見澤を見つけ出したら、謝礼でもせしめとくか」
「いいね。将来就職先を世話してもらえるかもしれないなあ」
現実的なこと言うなよ。
「見澤灯以外の、失踪した人間についてもう少し教えてくれないか?」
「うーん、僕も詳しくは知らないからなあ。知っている範囲でよければ」
「今のところ、何人の生徒がいなくなったんだ?」
「灯さんを入れて、六・七人くらいだと思う、たぶん」
「失踪時期は?」
「バラバラ。同時にいなくなったって人はたぶんいなかったと思うよ。最初の人がいなくなって、ちょっと生徒の間でも動揺があってさ。それで落ち着いてきたかな、って時にまた次の人。しばらくしてまた次の人。その繰り返しだよ」
「全員共謀していなくなったっ可能性は?」
「どうかな。いなくなった人は学年もクラスもバラバラだったと思うよ、たぶん。灯さんにしても、他の失踪した生徒とつながりがあったとは思えないし」
「失踪者全員に共通するようなことは?」
「わからない。いろいろ考えられてはいたみたいだけど、特にめぼしいものはなかったんじゃないかと思う」
「全員、まだ見つかってないんだよな」
「うん」
「そして全員、島から出た形跡もない?」
「そうらしいね。島から出るには定期便を使うしかないのに、誰も使った様子がない」
「ということは、全員まだ島内にいると考えたほうがいいんだろうな」
「でも、それもかなり難しいよね」
「可能性の問題さ。島は確かに広くはないが、七人が隠れられないほどじゃない。見ての通り林も多く残っているんだ。隠れる場所ならいくらでもある」
そう、隠れる場所はある。
例えばあの廃校舎はどうだ? きちんと捜索すれば、何か出てくるかもしれない。あの廃校舎以外にも、似たような場所はあるんじゃないのか?
「でも、隠れおおせたとして、それからどうやって生活するの? 最初の人だともう一年近くになるんだよ」
京一の言うとおりだ。食事や着替えの問題がある。
「協力者がいると考えれば、何とかなるかも知れないな」
「学生には無理だよ。だとしたら疑うべきは……先生たち?」
「いや、学生に無理と決め付けるのは早計だな。一人では無理でも、大勢でやれば出来るかも知れない」
「うーん……」
「そう考え込むなよ。俺だって言ってることが不可能に近いことはわかってる。でも探し出すつもりなら、頭を柔軟にしておかなくちゃいけない」
「それに、灯さんの場合はもう一つ不可解な点があるんだけどね」
「なんだよ」
「それはまた後で言うよー。……灯さん、探し出せるといいけどな」
……そうだ。早く探し当てないといけない。
ここでいうべきことじゃないが、失踪者の生活の問題を一掃してしまえる解答がある。
失踪者がもう死んでしまっているという解答だ。死んでしまっているなら、食事も住居も必要ない。
そんな展開は勘弁願いたいが、もしそうだった場合、この孤島には大量殺人者が潜んでいるってことになっちまう。
どうやら捜索はかなり本腰入れてやらなきゃならなくなってきたな。できるだけ早く見澤灯の行方を突き止めなくちゃならない。そんで殺人鬼がいるなんて疑い、さっさと払拭しちまいたいところだ。
「お、なんか建物が見えてきたな」
「ああ、あれが黄色学校だよ」
「住吉穂乃歌って子はどこにいるんだ?」
と蒼輔が京一のほうを向こうとした瞬間――
「吾川蒼輔って、君だねっ」
手に銃を持った女の子に声をかけられた。
「うーんとっ、動くな」