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第四十一話:少年たちの旅立ち

 ……起きた。

 今何時だ? 窓から日が差していることからすると多分朝だろう。相変わらず何もない部屋だ。いい加減日用品を揃えていってもいいかもしれない。島に来てからもう何日が経過したんだっけか。すぐ出るつもりだったのに、意外に長居することになってしまった。

 部屋を出て食堂に向かう。いつも座っている食卓に座って新聞でも読んでいる。俺の知らないうちに世間は動いているらしいが、俺にとってはどうでもいい。例えば、与党はまた党内分裂をやらかし政界再編だか解散だかをたくらんでいるらしいが、。讃神学園を襲った失踪事件の真相は書かれていない。『A.G.P.』のことも、讃神学園が今閉校の危機にあることも書かれていない。三面記事には俺に関係することは何一つ書かれていやしないのだ。

 新聞に目を通しているうちに頭上から旨そうな香りが漂ってくる。寮母のおばちゃんが俺の朝食を運んできてくれた。

「今何時だと思ってるんだい? 毎日毎日することがないからって、ちょっとだらけすぎんなんじゃないかい」

 おばちゃんはいつも不機嫌そうに俺をしかりつけてくる。飯が旨いので俺には文句のつけようもない。ご飯に味噌汁にだし巻き卵が食卓の上に並ぶ。俺は黙って箸をつける。旨い。空腹に旨い飯は最高だ。

 飯を食い終わるまでずっと一人だった。実際今は朝食をとるには遅い時刻だが、それにしても誰も通りかかりもしないというのはやはり異常だ。もっとも俺は誰かと談笑したいという気分ではないからその点では好都合だ。多分今は誰にとっても談笑したい気分ではないだろう。

 食い終わった食器を下げに行くとおばちゃんはテレビを点けたままうつらうつらしていた。なんとなく元気のない様子に見える。

「ああ、そこに置いといて。すぐに昼食の時間になるけど、どうする?」

「外に出る予定があるからいいよ」

「そうかい。だったら今日も昼は私一人だね」

「今寮には何人ぐらい残っているんだろう」

「さあね。たくさん島を離れちまったといって、みんながみんな転校を決めたわけじゃないだろう」

「そのまま戻ってこない人間も多いと思うけど」

「授業再開の目途がたたないってんじゃ、しかたないかね」

「おばちゃんはこれからどうするの?」

「どうするもこうするもないさ。一人でも残っているんなら、あたしがここを離れるわけには行かないだろう。あんたはどうするんだ?」

「おばちゃんが残るんなら、残ろうかな」

「馬鹿か。子供がなにをいっちょ前に人に気を使っていやがるんだ。ガキはガキらしく自分のけつだけ拭いてりゃいいんだ。転校する当てがあるんなら、そのほうがいい。もうこの学園はおしまいだよ」

 その学園を何とか存続させようと努力しているやつもいるんだけど。

「なにがあったのか、おばちゃんは知ってる?」

「知らん。偉いさんらはごちゃごちゃいうだけでなんの説明もしやせん。知らんし、知ったこっちゃない。何が起ころうとあたしゃあんたらの世話をするだけさ」

 おばちゃんみたいな人間がたくさんいるのなら、讃神学園は存続できるのかも知れないな。もちろん『A.G.P.』とかいうくそったれの研究とはすっぱり手を切った形で。

 さて、その讃神学園を存続させようと頑張ってる人間に会いにいくか――って、ふぁ。

「まだ眠い。もう一眠りしてくるかな」

「あんたね。全く、こんだけ学園がごたごたしてるときだってのに、お前ほどののんき者もおらんだろうさ」

「冗談だよ。それじゃ、ちっと出かけてくるとすっかな」

「……あんた、どっか変わったかい?」

「さてね。ま、人類は日進月歩日々成長しておりますから」

「やっぱりなんも変わっとらんか」


 ノックしてドアを開けると水樹は電話中だった。水樹は部屋に入った俺に目だけでうなずいてみせると通話に集中する。話しながらも手元が絶えず動いている。なにをしているのかと見ればどうやら書類に判を突いているみたいだった。次々に紙が未済のボックスから決済済みのボックスへ、水樹の手のひらを通って送られていく。どこぞの大臣ってのはこんなものかと思ったりした。俺は途中にあった自動販売機で買った缶コーヒーを机の上においてやった。

 一旦通話を終えた水樹が顔を上げてこっちを見る。挨拶よりも先にため息をついた。大分疲れた顔をしている。それでも水樹は苦笑交じりの笑みを絶やさない。

「ちょうどいいところに来た。蒼輔、ちょっとこれを三十部ずつコピーしてくれないか?」

 俺は生徒会長の机越しに五枚の紙を受け取る。

「なんだ?」

「今度の職員会議で配るプリントだ」

「何で学生が職員会議で使う資料を作ってんだよ」

「讃神学園を存続させるために努力しているんだよ」

 ためしに一枚目のプリントに目を通すと、讃神学園の沿革が長々と力説されている。次の職員会議でこれを配って、讃神学園存続のために一席打つつもりだろう。

「やっぱり閉鎖の方向で動いているのか」

「正直言って大人たちの思惑はよくわからないな。閉校させるつもりなのかほとぼりが冷めるまで休校させるつもりなのか、もしくは見せかけだけの閉校をして新しい学園を創設して、中身をそっくりそのまま入れ替えるつもりなのか。ただ学生の反応は素直だな。転校希望がわんさかだよ」

「そのめくら判がそうか」

「全部じゃないけどな。朝からずっと電話をかけぱなしなんだよ。転出希望の学生を説得してるんだ。ただ、芳しくない。考え直すどころか、態度保留にしてくれる人間もほとんどいない」

「そこまでして残さなきゃならない学園かな」

「うん、まあ……そうだな」

 水樹はコーヒーを開けて口をつける。

「意地かな。大人たちの都合で勝手に学園を閉鎖させられたくない」

「意地か」

「うん……やっぱりここは長年慣れ親しんだ学校だからな。俺にとっては我が家みたいなもんだ。それがさ……悪いやつがいて悪いことをしていたからはい閉校ってのは、なんか納得いかないじゃないか。少なくとも俺にとっては……俺だけじゃなくて多くの学生にとってはここはいい学校だったよ」

 いい学校だったんだろう。俺は讃神学園の負の側面しか見ていないが、水樹を見ていればそれがよくわかる。場所の価値はそこを居場所にしていた人間が作るものだ。そこを利用しようとしていた者が作るのではない。

「蒼輔、今日はどうした? 昼飯の誘いか? まさかお前まで島を出るっていうつもりじゃないだろうな」

「……俺がスパイだったことは話したはずだけど?」

「そうだったな。それがどうした? それがお前が島を出なくちゃならない理由にはならないぜ?」

「お前はいい生徒会長だよ、水樹」

「ああ、知ってる」

 ため息が出る。勘弁してほしいな。

「いつ、とは言えないが俺も島を出るぞ?」

「何故だ? もしお前が俺たちに対して悪いとか思ってるんだとしたら――思うとかじゃなくて実際に悪いんだが――お前は島に残って学園の存続に尽力すべきだ。それこそがお前が島で出会った人たちに報いる唯一の手段だよ」

「俺は『協会』を抜ける。『協会』は表の顔はただの大手探偵事務所だが、裏の顔はやばいことも平気で請け負うエージェントの事務所なんだよ。そんな『協会』が、『協会』の内幕を知悉しているエージェントが足を洗うのを簡単に許すとは思えない。有体に言うと俺は多分暗殺される」

「すごい内容のことを平気な顔で言うんだな」

「殺されたくないから逃げるんだよ俺は」

「だったらなおさら島にいるべきじゃないのか? 俺たちみんなでお前を守ってやるよ」

「悪いが足手まといだ。俺一人なら何とかなっても、お前らを守りながらじゃ体がいくつあっても足りない。心配するな。俺は簡単に殺されるようなたまじゃない」

 そういうふうに造られているからな。

「そういわれちゃ仕方がない。どこに行ってもいいが、たまには連絡しろよ」

「年賀状か?」

「いや別に年賀状に限ったことじゃないけど」

「お年玉もらいに来る」

「生徒会長には給料でないんだぞ」

「いーじゃんけち」

「けちとはなんだ」

「ま、そんなことはどうでもいいや。今日来たのは、『A.G.P.』がどうなったのか気になったんでな」


「警察は今も色々と調べているらしいが、お前が言うような研究が行われていたという痕跡は見当たらないらしい。あれからすぐは大勢の捜査員がやってきていたんだが、一ヶ月あまり後の今はもう数人が残っているだけだ。多種にわたる大量の麻薬は発見された。だが『A.G.P.』に繋がる資料はなにも残っていないらしいな。既に証拠隠滅済みだったってわけだ」

「というより、おそらく最初から研究に繋がるものはなにも残していなかったんだろう。出力するものはせいぜいメモくらいで、あとは各人の、いや、桜谷一人の頭の中で処理していたのだろう」

 そのくらいのことはできる人間だった。

「『A.G.P.』によって誘拐されたと見られる人間のほとんどはあの廃校舎の地下で発見された。一応、全員無事だが、麻薬を摂取させられたらしく意識がはっきりしていない人間が多い。見澤灯と違ってみな症状は軽微で、すぐに社会復帰できるだろうということだが」

「『A.G.P.』のことは覚えていない?」

「なんともいえないな。意識を取り戻してからの話になるが、そもそも彼らがどこまで『A.G.P.』について知っているかも定かじゃない」

「『A.G.P.』に協力していた学生は?」

「青組を中心に十数名の学生が『A.G.P.』のスタッフとして動いていた疑いがあるが、誰一人口を割っていない。こっちも麻薬を摂取していた人間は多いし、やはりどこまで研究のことを知らされていたかはわからない。聴取で『A.G.P.』の全貌が明らかになることは諦めたほうがいいだろう。そもそも――」

「警察がどこまで真剣に動いてくれるのかもわかったもんじゃない」

「……そういうことだ」

「高木刃子は?」

「刃子はかなり深いところまで『A.G.P.』に関わっていたと自称している。『A.G.P.』は桜谷が主導的な役割を担っており、自分はその右腕のような存在だったと。だが核心的な部分は全てわからない、知らない、だ。実際のところ、刃子すら桜谷にとってはただの駒に過ぎなかったんだろう」

「シラを切っているだけじゃないのか?」

「そうかもな。だけど彼女は敗れたんだ。もうそれだけの気力が残っているとも思えない」

「『A.G.P.』の指導者たちは?」

「久万俊郎は死に、桜谷文月と石手博通は行方不明だ。お前によれば桜谷は死んでいたということだったが、死体はどこかへ行ってしまった。石手がどこかへ運んだと考えるのが自然なんだろうが」

「死亡を確認したわけじゃない」

 桜谷を撃った銃は改造銃だった。致命傷を負わせるだけの威力はあるが、簡単に人を殺せるほどの代物じゃない。

「そうか。ふたりは指名手配されたらしいが、発見されるかどうかはわからないな」

 石手は『協会』に所属するスパイだ。簡単に見つかるとも思えないし、そもそも『協会』が手を回してまともな捜査すら行わせないだろう。

「要するに、『A.G.P.』については全貌が闇に葬り去られつつあるというわけだ。もちろん死傷者が多数出ている以上何らかの発表はあるだろう。だけどおそらく麻薬常用者による異常行動で処理されるのが落ちだ。讃神学園事件はごくありふれた麻薬蔓延事件として語られることになるのさ」

「……お前はそれでいいのか?」

「おそらく俺にも口封じを仕掛けてくるだろう。俺はそれを飲むつもりだ。……頼むからそんな顔するなよ。俺だって命は惜しい。それに、俺にとって何より大事なのはこの学園を守ることなんだ」

「学園の存続と今回の件の秘匿を交換条件にするつもりか」

「そうだ。理解してくれ」

「理解もなにも俺に非難する権利はない」

「…………だけど彼女がいる。彼女は学園を離れるといっていた」

「そうか」

「やつらと徹底的に戦うつもりだ。ただの高校生ができることとは思えない。俺は止めたが、彼女の意思は固かった。蒼輔、お前はどうするつもりだ?」

「さっきも言ったとおり、俺は逃げる。逃げるさ」

「……昼の便で発つといっていた。行ったほうがいいじゃないのか?」


 港は島を離れようとする人間で混雑している。事件以来離島を希望する学生が増え、週三便だった定期便は今は毎日運行するようになっているらしい。船は既に接岸している。事件のことは公には発表されていない。島を離れようとする学生の中には事件のことをまったく知らない人間もいるだろうし、真相からはかけ離れた噂のみで理解しているものもいるだろう。学園全体を巻き込んだ事件だったからには、島に住む誰もが影響を受けなかったとはいえない。薄々ながら事件のことに感づいている学生も多いだろう。港に集う学生たちにとって事件はなにをもたらしたのか。多分それぞれがそれぞれの距離感で事件の影響を受けていくのだろう。

 俺にとって事件とはなんだったのか。彼女にとっては?

 探し人を見つけるのに集中力は要らない。知り合いとそうでない人とは脳が勝手に選り分け反応する。朱姫は波止場でなにをするでもなく佇んでいた。

 ふとこっちを向いた朱姫と目が合う。目が合ったのに無表情のまま何の反応もない。俺もあえてリアクションをとることもなく進んでいく。事前に脚本が決められていたみたいに、何もかもが当然のこととして進行しているみたいだ。

 波打ち際までやってきた。波がリズミカルに岸壁に打ち付けている。少し風があるみたいだ。

 朱姫の隣までやってきたけど声が出ない。何を言うつもりだったのか、忘れてしまったというより元からそんなもの持ち合わせていなかった。言うべきことがなくても会話くらいできるだろうと思うのだが、なにも言葉が出てこない。朱姫も俺を認めてうなずいたきりでなにも言わない。

 仕方ないのでしばらくふたりで海を眺めていた。

 そのうちに乗客の乗船が開始され、学生が次々に船内へ移動し始めた。もうすぐ出航なんだろう。

「時間は?」

「まだ大丈夫」

「これからどうするんだ?」

「さあね。一旦実家には帰るけど、それから先はわからない。多分もう、普通の学生には戻らないと思う」

「やつらと戦うのか」

「彼らをこのままのさばらせておくわけには行かない」

「一学生がすべきことじゃない」

「誰かがやらなくちゃならないことだ」

「……俺も一緒に行こう」

「駄目だよ」

「どうして」

「君は今回の件で新たに生まれなおした。君はこれから一から人生を始めなくちゃならないんだよ。君の人生はきっと素晴らしいものになる。こんなことにかかずらってはいけない」

「俺はきっと役に立てる」

「それにね、既に選択はなされているんだよ。君が私を助けてくれたあの日に。あの時君は私と生きないことを選んだ」

「あの時はあの時だ」

「そうかな。きっとあれは岐路だった。多分後から取り返しのつかない。あの時君は君の人生を生きることを選び、私は私の人生を生きることを選んだ。君と私の人生はもう交わることはない」

「あれが全てか」

「そう」

「厳しいな」

「そうかもね」

 なんとも言えない。絶望感と言っていいのかもしれない。多分どう説得しても朱姫は首を縦に振らないだろという確信がある。大きな喪失感と、それでもどうにもならなかったという諦念がある。

「間違ってはいないよな」

「私には後悔はないよ。君にもないよね」

「そんなわけあるか。後悔だらけだ」

「それでも私たちの選択は正しいんだよ。多分」

「もう会うことはないのか?」

「私の勘が正しければ、ないね」

「朱姫の勘は当たるからな」

「あんまり外した覚えはないね。ただ私たちにとって有利なことは、君だけは私の勘を凌駕する可能性が高いということ。君の事だけは、私にはわからない」

「それはうれしい言葉だ」

「私の勘が正しければ、君は今無事にここに立ってはいなかった」

「俺が生き残れたのは君のおかげだよ、朱姫。君には感謝の言葉しかない」

 汽笛が鳴った。もう出航の時間は近い。

「もう行かなくちゃ」

「また会えるよな。デートの約束はまだ有効なはずだ」

「そうだったね。じゃあ、遊園地にでも連れてってもらうおうかな。それからおいしいディナーでも奢ってもらおう」

「俺が奢るのか」

「当たり前。追いかけてきてね、蒼輔。そしていつか私に追いついて。私の勘が外れたのだと証明して見せて」

「任せておけ。君の言葉通り、俺は君の勘を凌駕してみせよう」

「さようなら、蒼輔」

「また会おう、朱姫」

「うん、素晴らしいね」

「勘弁してほしいな」

 ニコと笑って、朱姫は背を見せて、一度も振り返ることなく船に乗り込んでいった。最後に見せた笑顔を俺は生涯忘れない。船室のドアが閉められ、汽笛を鳴らして船は岸を離れていった。お別れの時だ。


 水平線の向こうに船が見えなくなるまで蒼輔はずっとそこで眺めていた。船が見えなくなってからもただ呆然とそこに立ち尽くしていた。やがて太陽は夕日に変わり辺りは橙色に染まった。学内に設置されているスピーカーからショパンの練習曲が流れ始めた。別れの曲だ。


 夕日だ。夕焼けは綺麗だ。これが別れというものか。手を振るだけで関係性が切れ、後にはなにも残らない。ただ喪失感と思い出だけが残る。一度交わった二つの直線はその先二度と交わることはない。終わりの先を生きることは苦しい。この身は既に空虚でしかないからだ。

 空虚ではない。俺にはまだやらなければならないことがある。俺はこれからも自分のやるべきことをやっていくだけのことだ。

 気を取り直そうとした蒼輔の視界の端を黒いものが行き過ぎる。海の表面を波にあおられながらこちらに近づいてくる。リボンが波間に揺れている。見覚えのある物体だ。

 やがて岸までたどり着いたそれを蒼輔は拾い上げた。長い間海の中にあったのだろうそれは水を吸ってどっぷりと重かった。ある予感と共に丹念にそれを調べていた蒼輔は、裏側にイニシャルの刺繍を見つけたとき薄い笑みを浮かべた。

 これはまさしくあの時の彼女のものだ。何故これが今こんなところに漂っていたのか。まるで俺に拾ってくれといわんばかりに。全ては計算づくだったとでも言うつもりか? まさか。自然を計算に入れることなどできやしない。とすればこれは偶然だとしか言うことができない。偶然にしてはあまりにもできすぎている。

 何もかもを予見し、偶然すら操ってしまう人間――蒼輔はこらえきれずに哄笑した。

 これだ。これこそが本物だ。紛い物ばかりの讃神島の中で、彼女だけが本物だった。一体誰が彼女に比肩しえたというのか。どこにもいない。讃神学園という隔離された島の中で科学者たちは天才を作るというありもしない幻想を追いかけた。幻想を追いかけて、現実に生じた一つの奇跡を見ようとはしなかった。

 そう、彼女だけは奇跡と呼ぶにふさわしいだろう。彼女こそが天才なのだ。科学者が作り上げた人工の紛い物とは違う。

 何もかもがでたらめだった。天才を造ろうとした人間。天才になろうとした人間。天才として造られた人間。どいつもこいつも紛い物に過ぎない。全てが馬鹿げている。本物を前にしては何もかもが霞んでしまう。

 ああ、これこそが、彼女こそが本物の天才なのだ。


 蒼輔は一つの帽子を拾った。それは朱姫が初めて会ったときに風に飛ばした彼女の帽子だった。

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