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第四話:入寮

 開拓地、って印象だ。讃神島はただの大地や林だった場所を切り拓いて学園に仕立て上げた場所らしい。車の窓から見えるのは林立する木々に碌に舗装されてない道。時折視界が開けたと思ったら教棟らしい建物が姿を現す。

 ここは元々、無人島なんだよな。……なんでそんなところに学園なんか建てるかな。

 道が舗装されていない上に清美お姉さんがスピード出しまくるから、ちょっと酔っちまった。気分が悪い。勘弁してほしいな。

 小さな建物の前で清美お姉さんが車を止めた。

「ついたよ」

 ここが第一寮だということなんだろう。

「要領は今話した通りだ。ま、せいぜいかわいくやんなさい」

 どうやれってんだ。

「大丈夫だ。やるべきことは過不足なくやらせてもらう」

「当たり前だ。……それじゃね、蒼輔君」

「ああ、清美おばさん」

「おねいさんと呼べって」

 いて。叩くなって。

 ……行ったか。



「これが学生寮、俺が今日から寝起きする場所か」

 かなり古臭く見えるな。あちこちひびや汚れが目立つが、なんとか住むには問題ないというところだろう。三十部屋くらいはあるんだろうか。

 こんなところでこれから寝起きしなくちゃならないのか。全く、勘弁してほしい。

 ああ、あれが管理人室か。

「おや、あんた見かけない顔だね。誰か訪ねてきたのかい?」

 腰の曲がった、人の良さそうな老婆だ。この人が寮の管理人なんだろうか。

「今日からこの寮でお世話になる吾川蒼輔です。まず管理人さんに挨拶しろといわれていたんですが」

「さて、入寮者の予定なんかあったかねえ。ちょいと、そこらへんに座っていてよ。ほれ、コーヒーでも淹れてあげよう」

 独特の間合いを持った、というか動作の遅い人だな。こんなんで管理人が務まっているんだろうか。コーヒーなんていらないから、さっさと部屋に入れてほしい。

「さ、熱いから気をつけてお飲み。お菓子もあるからたんとお食べ。それで、あんたは何の用だったかねえ」

 勘弁してくれ。

「今日入寮する……ああ面倒くさい。悪いがちょっと見せてもらう」

 ポリポリとお菓子を食べながら、管理人は座り込んでしまっている。

 さて、入寮予定者の書類なんかは……これか。

 502号室、か。ついでに、部屋に住んでいる人間の名簿なんかも見せてもらおう。暗記するにはちょっと多すぎるな。

「どうしたい、名簿なんか見て」

 うぉっと。

「す、すいません。個人情報ですよね、こういうのって」

「さあ、別にいいんでないの? 名前とクラスくらいしか書いてないんだし」

 そう言われればそう、だな。

「4月から学園入るんかい。なんて言ったかな、あ、あがさ」

 それじゃ推理作家だ。

「吾川です。吾川蒼輔」

「わたしゃ、見ての通り寮の管理人だ。でーも見ての通り老いぼれでね、あんまり問題なんか起こしてもらわないほうが助かるってわけよ。ほれ、502号の鍵だ。問題があったら、できれば生徒たちで解決してほしいんだよ。生徒自治っつーかね。なんならあんた、寮長やるかい?」

「そういうのは勘弁です」

「そうか。そういや寮長はこないだ神田君に任せたんだったかな? そうかそうか。ま、あんまり問題起こさないようにやんなさい。問題があったら神田君に言うんだね」

「寮規みたいな、聞いとかなきゃいけないことは?」

「そういうのも、ぜーんぶ神田君に聞きなさい」

 おいおい。

 神田、か。名簿にそんな名前があったかな。

 確か、神田京一。さて、どの号室だったか。

 わ、階段の手すりの塗装が剥げている。他にも、全体的に汚れが目立つな。

 一本電灯が切れてんな。あの管理人じゃ仕方ないか。

 ま、明るい場所は苦手だから別にいいんだけど。

 502……ここか。

「そこは空き部屋だよー」

 ん、誰だ?

 おとなしそうな男子だ。一見、子供っぽく見えるが、年齢は同年ぐらいだろう。寮生の誰かだろうか。

「空き部屋なのか?」

「うん。たぶん、会ったことはない人だよね。どこの寮の人? 誰か訪ねて来たの?」

「その前に、そっちは誰――」

 いや、人の名前を聞く前にまず自分から、か。

「……俺は吾川蒼輔。今日からこの502号室に入るんだ。そっちは?」

「ああ、入寮する人だったんだー。それはごめんねー」

 なんか間延びした空気のやつだな。

「僕は神田京一。京一でいいよ。この寮の寮長をやってるんだ。よろしくねー」

 こいつが寮長をやってるっていう神田京一か。寮長って割にはあまり頼りになりそうにない。

「だったら俺も蒼輔でいい。よろしく」

「でもおかしいな。今日入寮者がいるなんて聞いてなかったんだけど」

「そうなのか? こっちは今日の入寮はもう一週間も前から聞いてたんだけどな」

「うーん、管理人さんは教えてくれなかったな。管理人さん、人に寮長押し付けておいて、あんまり仕事してくれないんだ」

 京一、なんか人の良さそうなやつだな。

「寮に入るにあたって、なんか聞いておくことは?」

「さて、なにかなあ」

 考え込んでいる。どうも、何かの長って感じのないやつだ。

「まあ、大きな事件とか起こさない限り、自由にしててくれればいいよ、たぶん。第一寮はゆるい寮だから」

 大きな事件、か。

「でもあんまり遅くまで出歩かないほうがいいかな、たぶん。門限も厳しくなったし、他の寮に行くにもやかましくなったから」

「どういう意味だよ」

「ああ、あんまり気にしないでよ。特に、まだ学園に慣れていない人にする話じゃないから」

 学園にとってのネガティブな話題か。

 ……少し石を投げてみるか。

「学園内にはずいぶん深刻な対立があるらしいな。赤組と青組だったか?」

 さて、どんな波紋が広がるか。

「へえ、よく知ってるね」

 ――案外、表情が変わらない。

 手ごたえなし、か。

「言っとくけど、そういう話は誰かまわずにしないほうがいいよ。相手が赤組か青組の関係者だったら、たぶん大変なことになるから」

「どうなるんだ」

「半殺しかな」

 あっさりと言ってくれる。

「マジかよ」

「まさか。だけど、青の誰かが、自分たちのことを茶化してきた人をリンチしたって、そういう噂があるんだ。噂だけなんだけど、たぶん本当だと思う。赤や青、特に赤とはあんまり関わらないほうがいいよ」

 おいおい、なんて学園だ。勘弁してくれよ。

 まさか京一が赤組か青組だって言うんじゃないだろうな。

「京一は何組なんだ?」

「心配しないでいいよ。僕はほら」

 京一は襟のバッジを指差す。

 黄色だ。

「正確には高等部普通科の元一年三組。たぶん新学期も黄だろうけどね」

「黄組ならそんな対立とか事件なんかはないってことか」

「黄はエリートじゃないからね。メンバーも割りと流動的だし」

「そりゃ良かった。で、門限が厳しくなったってのは?」

「気にしないでいいよ。たぶん、新入りに話すことじゃないからね。それはおいおい」

「気になる」

「参ったな。学園に対して妙な悪印象を持たないでほしいんだけど、言っちゃった僕が悪いか」

「大丈夫だよ。どんな悪いことを聞いたって、それで何かを判断することはない」

「実は、カクカクシカジカ」

「へーえなるほど。って、伝わるか」

「実はさ、失踪事件があったんだよ」

「失踪……か。誰かがいなくなったのか」

 なるほど、それで寮の門限が厳しくなった、か。

「そう。去年の今頃くらいからかな。一人また一人といなくなって、もう10件ちかくそんなことがあるよ」

「てことは、集団失踪事件ってわけだ」

 おいおいそりゃ聞いてないぞ。

「失踪事件があったのは知ってたが、一人だと思ってた」

「へえ、よく知ってたね」

「どっかの雑誌に報道されてたんだ。確か名前は見澤灯」

「そうだね、灯さんもいなくなった。去年の暮れ急にいなくなって、それっきり。彼女は同級生だったから、僕も心配してるんだけど」

「どうして他の学生の話は報道されていないんだろう」

「規制されてるんだよ、たぶんね」

 間延びした人柄の割りに、きっぱりと言うな。

 讃神学園は政界に太いパイプを持った有名私立学校だ。失踪なんていうスキャンダルに神経質になってもおかしくはない。

「失踪者はどうなったんだ」

「まだ誰も見つかっていなかったと思う」

「見澤って子も?」

「うん。もう4ヶ月くらいになるのかな。だからちょっとしたミステリーなんだよね」

「どういうことだよ」

「たぶん失踪なんてできるはずがないんだ。だってここは島なんだから」

「つまり、島から出た形跡がない?」

「そう。島から出るには定期便を使うしかないのに、灯さんが船に乗った記録がない。彼女を船で見た人もいない」

「定期便以外で出た可能性は? 私的な船がこの島を訪れることはないのか?」

「たぶん、少なくとも灯さんがいなくなってからはないよ」

「なら、見澤はまだこの島に残っていることになる」

「たぶん、そういうことになるね。だけど4ヶ月にもわたって誰にも見つかっていない。島に潜んでいるとして、考えられる? 食事や睡眠はどこでとっているの?」

 だからミステリーか。

「とすれば協力者がいると見るのが合理的だな。誰かが見澤をかくまっているんだろう」

「そうなるよね。だからみんなもそう思ってる。だからクラス間の空気もちょっと疑心暗鬼なんだよね」

「実際にかくまうような人間は? 見澤と仲の良かった友達とか」

「何人か調べられたよ。先生から話を――クラスのみんなは事情聴取だって言ってたけど――聞かれたし、寮も調べられた。だけど手がかりはなし」

「かなり上手くやってるんじゃないか?」

「そうかな。そうかもしれないけど、たぶん、難しいと思うんだよね。なんせ閉鎖的な島だから」

「そうか。だったら島外の人間が、失踪の手引きをしたってことは? 彼女と仲のいい部外者が、定期便以外の方法で島外へ連れ出す」

「考えられなくはないけど、でも誰が? 僕らは普段島から出ることなんてないんだよ」

「当然、見澤の家族にも連絡がないんだよな」

「たぶんね」

 ……それが失踪だからな。

 だが、彼女が何か島で不都合な状況にさらされていたとしたら? そして家族に助けを求め、学園に連れ戻されることを恐れた家族は彼女をかくまう――

 ないな。学園に戻りたくないなら退学すれば言いだけの話だ。わざわざ家族がかくまう必要はない。

 だが、他の部外者の協力者がいるという可能性は捨てきれないな。島内に留まっている可能性を含め、彼女の交友関係を確かめておく必要がありそうだ。

「見澤と一番仲の良かった友人は?」

「会いたいの? ……やけにこの事件に興味があるんだね」

 確かに不自然なくらい興味を持っているように見えるだろうな。

「推理小説とかが好きなんだ。俺の灰色の脳細胞を駆使してみたくてしょうがないんだよ」

「……ふーん。だったら、灯さんの失踪について、ちょっと調べてみる? ただ、もうずいぶん時間が経ってるから、たぶん手がかりなんかもあんまり残ってないと思うけど」

「ああ、でも京一に迷惑かけるつもりはない」

「いいよ。灯さんのことは僕も気になってたからね。できるだけのことは協力する」

 ありがたいな。まだ京一を全面的に信頼するつもりはないが、いい奴なのは確からしい。

「たぶん、一番仲良かったのは住吉穂乃歌さんかな。いつも一緒にいたから。蒼輔も黄組になれればいいんだけどね」

「どうしてだ?」

「僕も穂乃歌さんも灯さんも、黄組だったからだよ」

 なるほどな。

「ま、明日にでも住吉さんには会わせてあげるよー。ついでに学園内の案内も出来るし。今日は疲れてるだろうから、じっくり休みなよ」

「そうだな。とりあえず一休みするか。……門限があるんだったか?」

「最近決められて、9時。でも、たぶんそんなに気にしなくてもいいよー。形だけのものだから」

「そうなのか?」

「過ぎたからって締め出すわけには行かないし、ほら、うちの管理人さんはああいう人だから」

 確かにあのばあさんが説教するところは想像できないな。

「いや、まあ、寮長としてそういうこと言うのはどうかと思うんだけどー」

「なに、見物を兼ねてちょっと散歩でもしようかと思っただけなんだ。9時だな。覚えておくよ」――――





 ――――飯も食ったし、少しは疲れもとれたな。

 静かだな。昼も静かだったが、夜の林の中の静けさってのはちょっと不気味だ。

 月がでている。月明かりで、いい感じにほの明るい。

 やれやれ、これで首尾よく明日から見澤灯探しが始まるわけだ。

 あの神田京一ってやつはいいやつそうだな。知り合えてよかった。見澤探しにも協力してくれそうだし。幸先いいな。

 ……さて、少し歩くか。

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