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第三十二話:脱出行

 久万は吹き飛ばされたように横倒しになっている。口を半開きにし目をむいた表情は最期の苦悶を思わせる。

 久万の体から流れ出た血が血溜りを作り、久万はまるで自身の血の中を泳いでいるような格好だ。

「動くと傷が開くから、ゆっくりね」

 這っていって近くで見る。久万はいわゆる蜂の巣状態にされている。体のあちこちに銃創ができ、傷の一つひとつには血が流れた跡がある。床に溜まった血はまだ乾く様子もないが、久万の体についた血は乾き始めている。おそらく額にある銃創が致命傷となったのだろう。

 弾痕に違和感がある。火薬の匂いがしない。おそらく改造銃によるものだ。

 一体何が起こった? 何故久万は死んでいるんだ?

 俺はついさっきまで久万に拷問されていた。今も体のあちこちにある裂傷が痛む。俺は拘束され、抵抗できる状態ではなかった。拷問の最中いつの間にか気絶してしまったらしい。俺が気絶している間に久万は殺された。一体何があったんだ。

 そもそも、朱姫だ。彼女は何故ここにいるんだ? 彼女が俺を介抱したということは――

「殺したのは私ではないよ」

「……別に疑うわけじゃない」

「そうかな? でも、殺したのは私じゃない」

「まるで誰が殺したのか知っているような口ぶりだな」

「……ノーコメント」

「ということは、知っているんだな」

「少なくとも、君には言えない。何があってもね」

 ……わからない。朱姫は誰かを庇っているのか?

「私は誰も庇ってないよ」

「朱姫は俺の心が読めるみたいだな」

「まさか。ただなんとなく君がそう思ってるんじゃないかと思っただけ。今は殺人犯を詮索するよりしなくちゃならないことがあるはずだよ」

「人が一人死んでいるんだ」

「……それでも。それと、久万先生が死ななければ今君は生きていなかったことだけは忘れないで」

「殺人者に感謝しろってか」

「そうは言わないけど」

 勘弁してほしいが、朱姫の言うとおりだ。

「ここもいつ人が来るかわからない。とにかくここから逃げよう」

「……待て朱姫。何故君はここにいる?」

「私を彼らの仲間だと思っているんだね」

「疑ってすまない。だがもう誰を信じていいのかわからないんだ。ここにいるのは彼らの仲間だけだろう?」

「疑うのは当然のことだと思う。でも、私も蒼輔と同じで彼らに監禁されていたんだ」

「だが朱姫はこの部屋に自由に出入りできるみたいだ」

「と、なるよね。だから論理的に説得しようとは思わないよ。でも蒼輔、私は前に言ったよね。私は君の敵じゃない。どんなときも私のことを信じてと」

「……そんなこと言ったかな」

「とぼけないでね」

「ああ、言ったよ。ちゃんと覚えてる」

「それだけじゃない」

「朱姫がそういって、俺は君を信じることを約束した。そうだな、約束したなら仕方ない。朱姫のことを信じるよ」

「うん、すばらしいね。さあ、行こうか」

 朱姫は俺の言葉に笑みを浮かべ立ち上がる。

「……朱姫、君はあの時からこうなることを予想していたのか?」

「予想はしてないよ。でも、予感はしてたかな。私が蒼輔に疑われ、もしくは私が蒼輔を疑うようなことがあるかも知れないと」

「予感、か」

 非論理的過ぎる。朱姫が久万や石手の仲間で、だから俺のことを口八丁で騙そうとしていると考えたほうが筋が通る。

「蒼輔?」

 朱姫は俺の考えを見透かしたように、笑う。

 別に笑みに釣られるわけじゃない。約束した以上果たさないと仕方ないだけだ。


 部屋の外には廊下が続いていた。案内板などはあるはずもなく、どちらへ行けば出口なのかわからない。

 どうするのかと朱姫を見ると、朱姫はうなずき、着いて来いというように先に歩き出す。

「朱姫は場所がわかるのか」

「連れて来られた時の感覚で、なんとなくね。だから期待はしないほうがいいよ」

「それは百人力だ。俺は気絶させられていた」

「どこかにエレベータがあるはず。それに乗って降りてきたから――しっ」

 何かに気づいたように朱姫は口を閉じる。俺もとっさに身構える。廊下には曲がり角がある。その向こうに人の気配がある。

 足音からして相手は一人。警戒されている感じはしない。

 タイミングを計って飛び出す。

 驚く暇も与えない。

 壁に叩きつけて頚椎を圧迫して気絶させる。

 目を覚ました時何が起こったかもわからないだろう。

「あまり乱暴なことはしないほうがいいと思うけど」

「おいおい、俺はこいつらに全身切り刻まれたんだぞ」

「それに、開いてるよ」

 朱姫が俺の腹を差す。服が赤く染まっている。

「縫わなきゃ駄目だな」

「痛くないの?」

「痛いさ。だが我慢できる」

「我慢強いこと」

 朱姫が屈んで気絶した相手を確かめている。学生だろうか。すぐに起きそうな気配はない。放置しておいても大丈夫だろう。

「蒼輔、これ」

 朱姫が何かを差し出してきた。拳銃だ。おそらく相当の改造を施されたエアガンで、殺傷力も高そうだ。

 久万の死体を思い出す。久万を殺すのに使われたのも改造銃だった。この拳銃は使われた形跡はないが、久万を殺したのは同型の銃だったのかもしれない。

 朱姫は俺の考えに同調するようにうなずく。

「ここにいる人間はみんなこんなものを持っているのか」

「全員が、かどうかはわからないけどね。一つ確かなことは、私たちの脱出が命がけだってこと」

「勘弁してほしいな」

 とにかくこんなものは弾を抜き取ってしまおう。

「待った。その銃は持っていたほうがいい」

「俺が、か」

「護身のためにね」

「それなら朱姫が持っていたほうがいいだろう。俺のほうが格闘能力が高い」

「私は銃なんて扱ったことないよ。怪我したくないからね」

 朱姫はまるで俺が銃撃に長けていることを知っているような言い方をする。

 もちろん俺は『アカデミー』で射撃訓練を受けている。射撃は得意だった。射撃だけじゃない。どんな訓練でも常にトップクラスの成績だった。だから誰よりも早く『アカデミー』を出て『協会』のスパイとして活動することになるのだと思っていたし、現に讃神学園での調査を命じられたのは俺だった。

 確かに素人が扱うよりも俺が持っていたほうが危険が少ないだろう。

 だが、どうして俺が射撃に秀でているのを知っているのか。やはり朱姫はやつらの仲間で、石手から俺の素性を聞いているんじゃないのか?

「私は何も知らないよ」

「わかってるよ」

 朱姫はすぐに先導を始める。道が分かれているところでは一応迷った様子を見せているようだ。それが本当なのか演技なのかは俺には判別しようがない。

 廊下の先の突き当たりにドアがあり、鍵がかかっている。行き止まりかと思っていると朱姫が鍵束を取り出し解錠した。何故鍵束なんてもんを持っているのか。聞きたいが、声をあまり立てられないという状況と、聞いてもどうせはぐらかされるだろうという予感があるので聞かない。

 ドアを開け、警戒しながら朱姫は廊下を進んでいく。

 人がいる気配はない。小声なら話しながら進むことも可能かもしれない。

「俺が逃げ出したことはもうやつらにばれているだろうか」

「蒼輔のほうはどうかな。私のほうはも知られていると思う。だから彼らの警戒は強まっていると思ったほうがいい」

「少し話してもいいか」

「蒼輔の意見に賛成」

 朱姫と話していると全てを見透かされているという気分になる。

「朱姫、君はここ最近、ずっと忙しそうに動いていたな。おそらく俺が島に来る前からだ」

 朱姫は先を促すようにうなずく。

「君が追っていたのは、麻薬、ではないか」

「その通り」

 前に、深夜のことだ、俺が追われている朱姫を助けたとき、朱姫は「クスリを飲まされる」とか何とか言っていた。そのときは何を言っているのかわからなかったが、見澤が薬物中毒状態にあるとわかったとき、ピンと来た。

「讃神学園には薬物が蔓延しているのか」

「一般的な薬物蔓延とはどうも状況が違うみたいだけどね。讃神学園のは『A.G.P.』とかいう妙な計画と関係しているみたいだ」

「朱姫もその計画のことを知っているのか」

「蒼輔も知っているみたいだね。私は、友達の友達が薬物中毒状態にあった。薬の出所を探っていくうちに『A.G.P.』にたどり着いた」

「俺は見澤灯を探すうちにここへ連れて来られた。彼女も薬物中毒状態にある。やつらはどういったことをやっているのか知っているか」

「私も全貌を知っているわけではないよ。ただ、薬物を使用しているのは確か。薬物を使用して疲れを感じにくくさせたり、脳の働きを活性化させたり」

「俺が聞いた話では、脳にメスを入れることもしているみたいだ」

「気に食わないな」

 朱姫は吐き捨てるように言う。

「人道的にどう、とか言うつもりはないけどね。でも彼らのやり方は気に食わない」

「同感だ」

「私が調べた限りでは、計画はまだ実験段階にあるみたい。つまり実験体が必要だということで、彼らは讃神学園の学生を使って実験を行っている。――特に青組の学生が実験に選ばれているみたい」

 青組――赤組と並んで讃神学園のエリートクラスだ。

「青組生は全員とはいわないけど軒並み薬を摂取させられている。純正培養の赤組と住み分けすることで、研究の成果をわかりやすくしているんだね。赤組と青組の対立は話したよね。あれも競争意識をあおることで向上心を高めようとしているんじゃないかな。ただし薬物の摂取で青組の学生は精神が不安定になっているせいで、彼らはかなり好戦的になってしまっている」

 島に来てから何度か目にした乱闘を思い出す。さっき殴りあった立花克司も青組だ。

「高木刃子も青組だったか」

「刃子さんは被験者というわけじゃないと思う。これは推測だけど、刃子さんは『A.G.P.』を推進する立場にあるんじゃないかな。おそらく彼女の性格なら天才を作るという理念に共鳴するだろうし」

「だが高木だけが指導者なわけじゃないな」

「久万先生だね」

「それに石手博通という……教師もだ。他にもいるかもしれない。『A.G.P.』の首謀者は全員わかっているのか?」

「わからない。それを調べるのもあって、ここまでやってきたんだけど。蒼輔には心当たりがあるみたいだね」

「……最悪の場合、学園全部がグルになっていると考えたほうがいいかもしれない」

「讃神学園自体が『A.G.P.』のために作られた学園だということだね。ありえない話じゃないと思う。元々讃神学園はエリート育成のための学園だし、離島という条件は人道を外れた研究をするのにちょうどいい」

 大人たちがグルになっていると考えた場合、事はややこしくなってくる。教員たちは信用できない。訴え出たところでもみ消されるのが落ちだ。

「どうする。警察に言うか」

「それで解決するのかどうか、微妙なところだよね。讃神学園が『A.G.P.』のための学園なら、当然忽那学園自体が関係しているということになる。忽那学園は国家組織との関係も深い。当然警察官僚とも、ね」

「そこまで疑うか」

「疑うよ。この件を解決するためには、おそらく国家組織を敵に回すくらいの覚悟が必要なんだ。国を敵に回して、最悪叩き潰すという覚悟がね。蒼輔に秘策があるなら別だけど」

 『協会』にすがるという手もある。彼らは表も裏も大組織だ。行政機関との繋がりもあるし、内部に送り込んでいるスパイもいるはずだ。警察を裏から動かして学園を摘発させることもできるだろう。

 それが無理なら、『A.G.P.』の実態を白日の下にさらしださせればいい。『協会』は情報操作もお手の物だ。広告媒体を使って、讃神学園の実態を暴き立てる。

 が、『協会』のことをここで言うわけにはいかない。

「……秘策なんてないよ」

「いいよ言わなくて。いずれにせよ、もう少し情報が必要だね。組織の規模の大きさと、『A.G.P.』が行われていたという証拠と」

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