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第三十一話:拷問の果てに

タイトルどおりあんまり気持ちのいい回じゃないです。大した描写ではないですが。R-15つけてるし、問題ないとは思うけど、嫌な人は注意してください。

 目の前が真っ赤に見える。全身を血が駆け巡っているのを感じる。俺は全身で憤怒している。いい傾向だ。怒りは活力になる。

 だが脳に上った血だけは押し戻さなくてはならない。自戒しろ。冷静さは生還への道標だ。

 もがくのを止め、息を吸う。だがやつらへの怒りを収めてはならない。目だけは血走らせて彼らを睨む。

 怒らなくてはならない。一人の少女を薬漬けにしたやつらを。一人の少女の人生を奪った彼らを。彼女を愛した人々の日々を狂わせた人間を。

 俺は絶対に、許してはならない。

「そうだ、怒るな。スパイなら常にクールでいなきゃならない。どんな絶望にも好機は必ずある。それを掴むためには、思考に靄がかかっていてはならない」

「裏切り者がっ!」

 繰り出した蹴りは石手にかわされる。

「はっは、それじゃ駄目だって言ってんだろうがひよっこ」

 石手はむしろ嬉しそうに頭をポンポン叩いてくる。手のかかる後輩をあやすように。

「吾川、お前が来なければ見澤灯に薬を投与する必要はなかった」

「……動揺を誘うつもりなら、その手には乗らない」

「真相は知りたいだろう? まあ聞けよ。問題は『協会』から、お前が派遣されてきたってことだったんだ。俺が『協会』の調査員だってことは言ったよな。だが俺は久万先生ら『A.G.P.』を推進する側に寝返った。寝返ったことは『協会』にはばれていないはずなんだ。はずなのに、お前がやってきた。つまり、どういうことか」

「俺は見澤灯を探しに来ただけだ」

「表向きはな。だが実際は何をしに来たのかわからない。どんな密命を帯びてきたのかわからないんだ。もし俺の転向がばれているのだとしたら、お前は俺を暗殺しに来たのかもしれない。そうでなかったとしても、進展しない俺の調査とは別に『A.G.P.』について調べに来たのかも知れない。そう勘ぐりたくなる気持ちは察してくれよ」

 裏切り者の気持ちなんて察しようもない。

「だから見澤灯を家に帰す必要があった。お前の表向きの任務が『見澤灯の捜索』にあったことくらいは俺にも調べられる。本当にお前の任務がそれだけなら、見澤が発見された時点でお前には帰還命令が出されなくちゃならないはずだ。だから見澤を外へ出した。それでお前が島から出ればそれでいい。戻らないなら密命があるってことだ」

「見澤君を生かしておいたのが結果的に活きたということになる」

「だが外へ帰すといっても俺たちのことを話されたら堪らない。結局彼女は記憶を飛ばされるしかなかったのさ。つまり吾川、お前が島に来なかった限り、彼女は廃人になることはなかった」

「俺が来なかったら彼女は解放されることはなかった」

「はっはっは、よくわかってるじゃないか。それでいい」

 石手は笑う。なにがおかしいのかわからない。

「で、結局見澤灯が見つかってもお前は島から帰らなかったわけだが、吾川、お前に下された密命はなんだ? 俺の暗殺か?」

「そんなものはない。そもそも『協会』なんてものは知らない。俺はただの学生だ」

「はっは。百点やりたいね。どうです久万先生。『協会』はなかなか優秀でしょう。骨が折れますよ」

「ほうほう、むしろやりがいがあるというものだ」

 微笑みを浮かべながら久万は立ち上がる。

「話は終わりだ吾川。久万の拷問は強烈だぜ。生き延びられればいいな」

 石手は俺の肩に手をかけた後、部屋を立ち去っていく。

「さて吾川君、これからが本番だよ」

 久万の微笑が悪魔に変わる。


「まず君にはこれを摂取してもらおう」

 久万はふところから注射器を取り出し、蒼輔の腕に注入していく。

 なんだ? 自白剤か? 自白剤はまずい。いくつかの薬品を飲まされる訓練は受けた。俺は最終的に全部クリアしている。だが『敵』はどんな強力な薬品を開発しているか知れないと大人たちは言っていた。だから薬品を飲まされたときはいつでも機密が露見するケースを想定しなければならない。

 機密と死と秤にかけて、機密が上回るようなら自殺もありうる。自害の仕方も『アカデミー』では叩き込まれる。もっとも、スパイに本当の機密を教えることはあまりないらしいが。

 今回の場合、どう考えたって機密を教えられているとは思えない。

 石手のことさえ、俺は知らなかった。お前は何も知らされていない。石手が言っていたのはこのことだったのか?

 なんにせよ、俺はまだ死ぬことを考える必要はなさそうだ。

「安心したまえ、これはただの気付け薬だよ。君が簡単に気絶しないようにね」

「面倒くさいな。いい加減もう寝たいんだけど」

 そういえば今は何時くらいなんだろう。気絶させられてから、時間の感覚がまるでない。

「例えばこういうことをしても気を失わない」

 久万はいきなり腹にナイフを突き立ててきた。肉が抉れて異物が入ってくるのがわかる。痛い。細胞の一つひとつが痛みを訴えているかのようだ。

 久万は同じように何度も腹を突き刺してくる。その度に火の出るような痛みだ。なるほど、これはきつい。そもそもこれは長くもたないんじゃないか?

「ほうほう、声の一つも上げんか。我慢強さはさすがだね」

「サディストには拍子抜けか?」

「私はサディストではない」

 部屋の隅から何か持ってきたと思ったら踏み台だった。体格差があるし、俺は少し浮いているからこうでもしないと目線が合わないんだろう。少しこっけいだが笑う気にはならない。

 代わりに渾身の蹴りをお見舞いしてやる。腹筋に力を入れるせいで痛みが増す。血が吹き出たような気がしたがたぶん気のせいだ。

 久万は踏み台ごと吹っ飛んだ。だが手ごたえはあまりない。証拠に久万はすぐに起き上がった。疲労と痛みでもう力がほとんど入らない。もう次の一撃はできないだろう。

「まだそんな余力が残っていたとはね」

 起き上がった久万は何事もなかったようにもう一刺し腹に突き刺した。俺が力なくうつむいているのを確認するとまた踏み台に上る。

「私はサディストではない」

 久万は俺の顎を掴み顔を上げさせる。久万の顔が霞んで見える。久万は俺の目の寸前で何度もナイフを閃かせた。反射で目が閉じようとしても久万の手が押さえつけている。恐怖を感じてはならないといっても、これはどうしようもなくないか?

 突きたてたナイフが僅かに目をそれ頬を貫通する。刃が舌に触れこれも少し切れる。嫌な鉄の味はナイフのものか血のものかよくわからない。

「ただ人の肉を切るのが好きなだけだよ」

「詭弁だな。肉を切るのが好きなら料理でもしてろよ」

「生きた肉を切るのが好きなのだ。特に人間の肉を切るのが好きだ」

 勘弁してくれ。

「ほうほう、私はね、吾川君。本当は『A.G.P.』などどうでも良いのだよ。彼女たちは本気で営為な研究だと思っているようだが、優秀な人間を作り上げることなど、実のところ私には興味がない。だが『A.G.P.』にたずさわっているおかげで、私は好きなだけ人を切り刻むことができる」

「外科医になったほうがよかったんじゃないか?」

「それも選択肢の一つではあった。どちらでも良かったということだよ」

 言いながらも久万は俺の体を切り裂いている。こうも痛みがあり、血が出ているのに気を失わないのはさっきの薬が効いているということなんだろう。だがいい加減意識が朦朧としてきた気がする。

「あんたが殺した人間もいるのか?」

「私はそんなミスはしない。失踪した学生のことか? 安心したまえ。彼らはまだここで監禁されているよ。五体満足とはいえないが」

「何をした?」

「実験でね。薬品を投与された人間もいるし、私に切られた人間もいる。栄誉な研究の糧となれるなら本望だろうと、彼女たちは笑っていたが、私は切るだけだ。至福の経験だったよ」

 怒りが湧いて来ない。久万の声が遠くに聞こえる。視界が少しずつ白くなっていっている。血が足りない。だが俺は気を失うことができない。

「どうしたね。まだこれからだよ。それとも、もう自由に切り刻んでもいいのかね。最後まで呻き声すら上げなかったのは、ほうほう、やはり見事だった」

 蒼輔が言葉で考えることを止めてからも、頭は覚醒し続け痛みを知覚し続けた。久万は何度も蒼輔の体に刃を突き立て、その都度蒼輔の顔は痛みにゆがんだ。

 それからどれくらいが経っただろう。蒼輔は空間を裂く鋭い響きを聞いたような気がした。だがそのころの蒼輔にはもう何も見えていない。意識は覚醒と夢幻の間をさまよい続けたまま、何も考えたり感じたりすることはなくなっていた。――



「蒼輔、蒼輔」

 ……誰かに体を叩かれている。

 感覚がふわふわしている。身が宙に浮いているようだ。体の感覚がほとんどない。全身が痺れているみたいな感じだ。不快な気もするし、どうでもいいという気もする。もう痛みも何も感じたくない。

「蒼輔、蒼輔。もう死んじゃったの? ううん違う。起きれるね、君は。今、目を覚まさないことはただの怠慢だよ。ほら、もういい加減起きなさい」

 快い声音だ。鼓膜から体内に入り込み細胞を悪戯にくすぐり続けながら全身を軽やかに駆け巡っていく。

指先に血が流れる。頭が熱い。痛みが全身に戻ってくる。痛みは生きている証だ。

そうか、俺はまだ生きているのか。

 目を開く。ぼんやりと少しずつ、俺の顔を覗いていた人物の顔が目の中に現れていく。

「起きた。うん、すばらしいね」

「……朱姫」

「こういっちゃなんだけど、よく生きてるね、君は。ひどい状態」

「ああ……つっ」

 体を僅かに動かしただけで激痛が走る。俺は久万に全身を何度も刺されたのだ。

「大丈夫。傷はひどいけど、死ぬことはないよ。手当ても――応急処置だけど、しておいた」

 いつの間にか俺は地面に寝かされて傷の手当をされていた。止血をされ包帯を巻かれただけの状態だが、何もされないよりずっといい。我慢すれば動くこともできそうだ。

「朱姫が手当てしてくれたのか?」

 頬の傷が痛くてしゃべるのも一苦労だ。

「一応ね。――蒼輔」

 朱姫が顔で前方を促す。

 視線の先には久万俊郎の死体があった。

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