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第三話:上陸

 微かに体が前へ投げ出されそうになるのを感じる。慣性の法則だ。

 船が減速を始めたらしい。船体の周りに白い波が立ち始める。

 どうやらやっと到着らしい。

 やれやれ、長かったな。

「うん、無事に到着したね。蒼輔、讃神島にようこそ」

「……わざわざ丁寧にどうも」

「うん、すばらしいね」

 何が素晴らしいんだよ。

 ……やれやれ、いい笑顔だな。

 島に来た最初に朱姫みたいな気さくなやつに会えたのは幸運だったのかもしれない。単純に、一人でも知り合いができたってのは助かる。

 さて、ここからか。



「蒼輔は、これからどうするの?」

「第一寮ってとこに向かうらしい。迎えが来てるはずなんだけど」

「……誰もいないね」

 もう船着場には下りてるんだし、迎えが来てるんならここらにいても良さそうなもんだ。

「遅れてるのかな。どうする? バス使う?」

「バス?」

「うん。讃神島内を巡回してるバス。学生は普段、これを使うよ。歩くと結構広いからね、讃神島は」

「バスは寮にも向かうのか?」

「もちろん。もし時間があるんだったら、わたし学園内を案内してあげてもいいよ。うん、すばらしい考えだ。そうしようよ」

「そりゃありがたいけど、朱姫に悪い」

「別に悪くないよ。……あーでもそっか、わたしこれから学生部に行かなくちゃならないんだったな。あーあ残念」

「学生部って?」

「生徒会のある場所。さっきの喧嘩、ちゃんと会長に報告しとかないとね」

「大変だな、生徒会ってのも」

「讃神学園はね、生徒自治っていって、学生で解決できることは学生で解決しろって校風だから。結構生徒会には権限が強いよ」

「そんな生徒会に入っているわたしってすごい」

「そうそう、すばらしいねわたし――じゃなくって、生徒会長や副会長はそれだけ有能な人だってこと」

「ふうん」

「どう蒼輔。わたしについてきて、生徒会見てみない? それともいっそ生徒会に入っちゃう? うん、それはすばらしい」

「勘弁しろよ。生徒会なんて柄じゃない」

「そうかな。瞬く間に生徒の喧嘩を仲裁しちゃった人なのに」

 参ったな。やっぱり目立ったのはまずかった。

 そういう評判を立てられるのは勘弁願いたいんだが。

「朱姫。そういうことは、あまり人に言わないで貰いたいんだけどな」

「どうして? 蒼輔が活躍したのは事実じゃん」

「できれば目立たないで過ごしたい」

「あーあ残念。もったいないよそういうの」

「引っ込み思案なんだよ」

「引っ込み思案、ねえ」

 なんだよその目は。

「似合わないと思うけどな。蒼輔、生徒会が嫌なら、部活やりな。蒼輔ならどこでもエースになれると思う」

「だから、そういうのは勘弁。それにあれはまぐれだよ」

「まぐれねえ」

 なんか疑うような目つきだな。

 やれやれ、こういう活発な人間は、こういうところが面倒なんだよな。大人しくしていたい人間の気持ちがわかっちゃいない。

「まあいいや。まぐれということにしといてあげよう」

「ということにしといてくれ。だから生徒会も部活もやらない」

「運動会実行委員とか文化祭開催委員とか各種サークル活動とか」

「やめておく」

「クラス対抗合唱コンクールとか校内俳句大会とか色別対抗球技大会とか」

「興味ないね」

「ツンツン頭か。だったら目指せ大学一直線?」

「勉強は嫌いだ」

「……蒼輔、讃神学園に何しに来たの?」

 さすがに朱姫も呆れた目だ。

 そういう目で見られるのは、さすがにきついな。

「俺は日々が平穏に過ごせればそれでいいよ」

「あーあ、緩やか日常系ほのぼのコメディがお望みなわけだ」

「何のジャンルだよ」

「じゃ、蒼輔は謎のある、周囲に対してちょっと冷たい、けれど実は誰よりも友情に厚い転校生役ね」

「役って何?」

「で、わたしは幼馴染でおせっかいな、そのくせちょっとドジなヒロインで」

「なんで幼馴染? 転校生に?」

「まずいよ蒼輔。男の子と女の子が登場したら必然的にラブコメになっちゃう」

「そんな決まりごとはないよ?」

「うーんうーん、そうだ蒼輔、女装して」

「それで何の解決になるんだ? 別のジャンルになるだけだぞ?」

「あくまでもまったり男子高校生日常コメディがお望みなわけだ」

「いや別にそんなもん望んでない」

「いっとくけど蒼輔、ほのぼのコメディの需要があるのはそれが女子高生だからだからね。蒼輔みたいなそこそこかっこいいだけの、よく言えばまとまった、悪くいえば何の変哲もない男子学生まったり学園コメディなんて、十週打ち切りまっしぐらなんだからね」

「大丈夫だ朱姫。これは漫画じゃない」

 そうだ、漫画ではない。

「ま、蒼輔の人生だからとやかく言わないけど、何もない学生生活ってのはつまらないと思うよ」

「そりゃそうだろうけどさ」

「讃神学園って、他校から生徒集めてるだけあって、いろんなことのレベルが高いんだよね」

「知ってるよ。どの運動部も全国大会出場の常連校なんだろ?」

「うん。そりゃ、他校からエース引き抜いてくりゃ強くもなるよねって話だけど」

「金持ち球団みたいなもんか」

「けど讃神学園は運動部だけじゃないよ。文化部もある。それに集めてくるっていっても何もエリートばっかり集めるわけじゃないのが讃神学園だから。レギュラーになれなくても頑張ってる学生はたくさんいる。ま、蒼輔はすぐレギュラーだろうけど」

「そんなわけないだろ」

「はいはいまぐれまぐれ」

 くそう扱いがテキトーだ。

「部活が嫌な子はサークルに入るっていう手もある。いろんな子が集まってるだけに、小さいサークルが結構あるみたいだよ」

「ふうん。孤島だっていっても、することはたくさんあるんだな」

「勉強だって、先生方はかなり熱意を持って教えてくれるし、図書館には学術書も揃ってるから、やる気になれば大学レベルの研究だってできちゃうよ」

「……怖い学園だ」

「うん、だから、やる気になったら何でもやるといいよ。卒業するときに何も思い出がないなあってなったら、やっぱりさびしすぎると思うから。讃神学園なら、やる気になればいつでもなんでも打ち込めるから」

「わかったよ。やる気になれば、な」

「うん、すばらしいね」

 やれやれ、またニコニコしてる。

「あ、生徒会だったらいつでも歓迎するからね。といっても雑用くらいしかすることないけど」

「だからそれはいいって。……バスはまだいいのか?」

「本数少ないから、結構待たされるんだよね。蒼輔の迎えも、まだ来ないみたいだね」

 そうなんだよな。やれやれ、勘弁しろよ。

 どうする? 本当にこのまま朱姫に同行するか――

「吾川蒼輔だな」

 ――ん、誰だ?



 振り向くと白衣の女性が立っていた。年のころは三十を少し超えたくらいだろうか。

 学園という単語にはおよそ似つかわしくない腰まで豊かに垂らした金髪に、くるぶしまで隠れるほど長くあつらえた白衣。蒼輔と目線が合うくらい、女性としては長身で、右手を頬にあてがい微笑をたたえ余裕のある表情を作っている。

「誰だ?」

「だーれだとはなんだ誰だとは。このかわいらしくも美しくかわいい美貌の女性の顔を忘れたとはいわせんぞー」

 いて、いて。

 頭を押さえつけてくるなよ。

「清美先生じゃないですか」

 朱姫の声だ。

「あーら、そこにいるのはかわいいかわいい朱姫ちゃん。どうしたの今日はまた一段とかわいらしい。どこ行ってたの? いいよねえ学生は春休みがあって。……なでなでなでなで。ああ、やっぱりいいわかわいい子は。かわいくない男子高校生なんて相手にしたくないわよねえ」

「あ、ちょっと、やめ、なでないで」

「やめろよ、朱姫が困ってるだろ。梅本清美おばさん」

「おばさんはやめな。おねいさん!」

 やれやれ、これはまたありきたりな。

「おばさん?」

 あーあ、なでなでのせいで朱姫の髪が乱れちまってる。ひどい人だな。

「ああ。梅本清美はれっきとした俺のおばさんだよ」

「だーからおねいさんと呼べって。全く、かわいくない甥っ子だこと」

「へえ、清美先生に甥っ子さんがいたなんて知りませんでした」

「そうなのよね。私もこんなかわいくない年齢まで成長しちまった甥っ子がいるなんて認めたくなかったんだけど、この春から讃神学園に転入するっていうじゃない? だから叔母甥の関係でよろしくお願いされちゃったわけ。お願いされちゃったって、どうすりゃいいのって話なんだけど」

「寮まで送ってくれりゃいいんじゃねえの?」

「そういうことじゃねえっての」

 いてえ。頭を叩くな。

「ったく、そんなんでほんとに養護教諭なんてやれてんのかよ」

「うわっ、こいつはほんとにかわいくないなー。ほれほれ、この白衣が目に入らんのか」

「だからなんだよ」

 白衣が仕事するわけじゃないぞ。

「ね、ね、朱姫ちゃんからもなんかいってやって。私がいかにかわいらしい仕事ぶりを発揮してるかを」

「そうだよ。清美先生はすばらしい先生だよ。生徒たちによく話しかけてくれるし、ほら、自分のことを気さくに清美先生って呼ぶことを強要したり」

 強要はするなよ。

「それに男子とか、清美先生に診てもらいたいってよくわざと怪我したりとかしてるよ」

「……マニアだな」

「なんか言った?」

「なんでもございません、清美おねいさま」

「よしよし、ちっとはかわいらしくなった」

 やれやれ、勘弁してくれ。

「……で、どうして朱姫ちゃんと蒼輔が一緒にいるの?」

「島に来る船で一緒になったんだよ。ここに来るまで相手してもらってた」

「そうです。またすばらしい友達が一人増えました。あ、そうだ清美先生、船の中で蒼輔、かっこよかったんですよ」

「えーなになに聞きたーい」

「朱姫、だから、そういうことは人に言うなって」

「えー、いいじゃん」

「駄目だ」

「うーん……。どうしても駄目?」

「駄目」

「むー……。あーあ残念。そういうことで清美先生、今のは聞かなかったことにしてください」

 よし。

 ん?

 なんだ? この梅本の詮索するような目は。

「……ふむふむ、ずいぶんとかわいらしく仲のよいことだねえお二人は」

 なにを言っているんだこの人は。

「はい。すばらしいです」

「朱姫ちゃんは会長と付き合ってるんだと思ってたけどねえ。違うんだ」

 なんだと?

 朱姫が生徒会長と付き合っている?

「え、ちょ、先生、何いってるんですか。違いますよ」

 あ、違うのか。なんだ。

 ……だからなんだ俺。

「でもさー。蒼輔はやめといたほうがよくない? だってさー、覇気もないし将来性もない。一緒にいて面白くもない。何よりほら、見て、かわいくない。何のとりえもないよこの子」

 全否定かよ。

「そんなことありません。かっこいいです」

 え、あ、そう?

「へええそう。かっこいいんだー。かっこいいんだってー。よかったね蒼輔、ひゅーひゅー」

「ちょ違、そんなんじゃなくて、ただ見てくれだけのことを言ったというか、異性としてどうとかじゃないっていうか」

 ……あーそう。

 要するにお世辞ですかそうですか。

「あ、蒼輔。いや、それも違って、清美先生にからかわれてとっさにそういうことにしただけというか、……ってもう、なんでわたしこんなにいっぱいいっぱいになってるんですか。まだ会ったばかりなんだから、好きも嫌いもないですよ」

「じゃあ将来的に可能性はある、と」

「まあ、その……」

「うーんいいねえ。青春かわいいねえ」

 なんだこの人のテンションは。

「じゃ、蒼輔。あんたはどうなの? 朱姫ちゃんのこと、どう思ってる?」

「こっちに振るな」

「かわいいと思ってんでしょ。どうなの、ほれほれ」

「こんな話しててもしょうがないだろ。ほら、ようやくバスも来た」

「ふーん。否定はしない、と」

「どうとでもとれ」

「じゃ、蒼輔とはここでお別れだね。清美先生たちは車ですか?」

「そうだよ。私の運転で送ってやる」

「それじゃ、清美先生。じゃあね蒼輔、また会えるといいね」

「ああ。同じ学園なんだ。会う機会もあるだろ」

「というか同じクラスになれるといいね。じゃ」

 ……行っちまったか。



 同じクラスか……。

 そりゃ、朱姫と同じクラスになりゃ楽しい学園生活なんだろうけどな。

「惚れたか?」

 うわ、びっくりした。

「あーもー完全に目が恋する男の子じゃないのー。蒼輔、この、この。隅に置けないんだー」

 まだそのキャラ続けるのかよ。

「俺の名前は呼び捨てですか」

「いいじゃない。そのかわり、私のことを清美おねいさんと呼ぶことを許可する。というか呼びなさい。これは命令。それに、敬語も必要ない。そんなもん、面倒くさいだけ」

 ……学生にもそう言って取り入ってるんだろうな。

「まーそうね。惚れるのは仕方ないさ。それは仕方ない。なんたって朱姫ちゃん、学園でもトップ10に入るくらいのかわいさを誇るからねー」

「まだこの話続くのかよ」

「感触からしたら脈アリって感じだったねー。押したら意外といけるかもって感じだったねー。その後どうなったか、かわいい報告よろしくねー蒼輔」

「勘弁してくれよ」

「でもね、恋人作るのはやめときな。恋人だけじゃない。これから先、気の合う人間も背中を任せてもいいと思える人間もできるだろうさ。でも、友達も恋人も作るな。いいね」

「理由は?」

「信頼はいつか必ず裏切るものだからさ。これは先輩からの教訓。さ、さっさと車に乗っちゃって。それからかわいらしくこれからのことを説明してあげる」

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