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第二十九話:決闘

 虎に睨まれた猫のように蒼輔は体を緊張感と警戒にそばだてている。寸時の変化に対応できるように身をかがませる。蒼輔の体は痛みを忘れた。どこから見ても隙は見当たらないはずだ。

 しかし部屋に入ってきた大男はそんな蒼輔に躊躇うこともなく前進してくる。

 空間に閃光が走る。蒼輔のわき腹を狙った蹴りだ。

 考えるよりも早く蒼輔の体が反応し、飛びすさって蹴りをよける。

 次の一撃。

 今度は両腕をあてがって受け流し、勢いを利用して横転させる。

 同時に腕を取って極めにかかる。

 完全に押さえ込んだ。

「降参しろ。腕を折っちまうぞ」

 抱え込んだ腕に少しずつ力をこめていく。相手の腕に圧力がかかり痛みが増していっているはずだ。

 が、男は降参するそぶりを見せずただ手足をばたつかせている。もちろん振り剥がされるようなへまはしない。

 何故早く降参しない。折られるのが怖くないのか? このままでは本当に折らなければならなくなってしまう。

 ――降参させるには仕方がない。

 蒼輔は全身に力をこめて彼の関節を外した。火花が散るような鋭い音が部屋中に響いた。

 これでもう戦うことはできない。折った腕は壊れたおもちゃみたいに変な方向に曲がっている。もう俺の勝ちだ。

 蒼輔は彼の体を解放する。

 瞬間、折っていない左腕が蒼輔の顔面を襲う。

 ガード。気を抜くようなへまはしない。

 腕を折ったのにまだやろうってのか。何故まだ動くことができる。折れた腕はただぷらんと垂れ下がっているだけだ。そうとうの痛みがあるはずだ。

「もう止めよう。こんなことを続けていたって何にもならないはずだ」

 蒼輔の言葉は相手には届かない。

 折れていない腕と足で攻撃を続けてくる。

 その相貌には何の表情もなかった。

 怖い。よほどの痛みがあるはずなのに、そんなそぶりを見せない。それに顔には痛みどころか、俺に対する憎悪も恐怖も、一切感じられない。

 まるで人間じゃないみたいだ。

 一体何をすればこんなふうになるんだ。

 いや、一体何をされているんだ?

 もう一度蒼輔は相手を押さえつける。今度もばたばたともがいているが、片腕がない分余裕がある。

 そのままの状態で蒼輔はカメラに向かって怒鳴る。

「聞こえるか久万。どこかで見ているんだろう? 一体研究とはなんだ。お前は一体何をしている」

 スピーカーが応答した。

「見事だ吾川蒼輔。さすがに一人では相手にもならないようだ。だがまだ終わってはいないぞ。両腕両足を不能にしなければ戦いが終わったとは言えん」

「質問に答えろ」

「ほうほう」

 ぷつ、とスピーカーのスイッチを切る音が聞こえた。

 くそ。どうすればいいんだ。こいつを戦闘不能にするには、本当に両手両足を折るしかないのか。だが腕を折っても戦い続けるなんて、そんな人間見たことも聞いたこともないぞ。

 蒼輔は思いついて裸締を行う。気絶させれば抵抗することをやめるだろう。頚動脈を綺麗に絞めてやるとすぐに相手は気を失い両腕をたれた。

 ドアが開いて別の人間が入ってきた。手を叩く乾いた音が響き蒼輔はそちらに目をやる。久万かと思ったが、どうやらこれも学生らしい。

「さすがの身のこなしじゃないか、吾川。だが俺はそこに寝ている男とは違う」

「お前は……前にあったことがあるな。立花克司とかいったか」

「お前とは妙な因縁があるらしい。前はやられたが、今日はそうは行かない」

「一体何がどうなっているのかよくわからんが、とにかうこいつらを介抱してやれよ。命に別状はないだろうが、放っておくのはよくない」

「他人の心配とは、のんきだな」

 克司はふところから注射器を取り出すと、自分の腕にあてがった。ゆっくりと中の液体を体の中に注入していく。

「何をしていやがる」

 注射器……薬物か?

「安心しろ、これはただの精神高揚剤だ。そこの男が摂取したものとは違う」

 そこの男が摂取したもの?

「一体何を飲ませたんだ」

「人間が痛みを感じなくさせる方法にはいくつか種類がある。要するに、脳が痛みを感じなくなればいいんだ」

「何を言っている」

「薬物で神経の働きを阻害する方法もある。だがそうすればそこの男のように判断力まで抑制してしまう副作用がある。そうなれば折角人間に備わった思考する力を捨ててしまうということだ。だから俺は別の方法を選んだ」

 薬物で、神経の働きを阻害するだと? 痛みを感じなくさせるだと?

 こいつは、一体何を言っているんだ?

 克司は悪魔のような笑みを浮かべた。

「いい気分だな、吾川。前とは違うぞ。さあ、はじめよう」



 一瞬で間合いをつめた克司に蒼輔は反応が遅れた。

 上段蹴り。

 反射的に掲げた両腕を克司の右足は粉砕する。

 鋭い。そして強い。

 ガードを吹き飛ばして蒼輔の頭まで直撃した。

 一瞬意識が飛びそうになる。

 恐怖が意識を現実に引きとどめる。

 現実と虚構の狭間がもうわからない。

 心臓が震えそうになるのを感じる。

 快感。むしろ恐怖は快い。

 笑う。こんなときにどうして笑みがこぼれるんだろう。

 集中している。目がぎらついている。頭はどこまでもクールだ。

 世界がコマ送りになっている。

 克司が何をしてくるのかがわかる。

 克司が三つフェイントをいれる。その後の右ストレートが本命だ。

 正確に、顎。面白い。

 なら俺も顎にいれてやろうじゃないか。

 クロスカウンターだ。ダブルノックアウトなんて醜い真似はしない。お前の一撃はかわしてやる。

 雷光。閃光が交差する。

 蒼輔の右手はヒットし、克司の右手は空を切る。

 勝利の確信。恍惚。

 顎に直撃して沈まないやつなんていない。

 一瞬の油断が蒼輔を覆う。

 克司の顔が醜く笑う。「終わりだよ」

 みぞおちに衝撃。

 嘔吐感。

 のけぞった無防備な顔にアッパー。

 ああ、俺は馬鹿だ。痛みがないとか、言っていたじゃないか。油断するなんてご法度じゃあないか。

 身構える体は間に合わない。

 こめかみにもう一撃受けて蒼輔の体は沈んだ。



 視界が白んで、何も見えない。気持ち悪い。意識が飛ぶか飛ばないかの境界だ。

 全身に力が入らない。勢いよく床に倒れこむ。痛い。頭を打った。

「俺の勝ちだ、吾川」

 克司の勝ち誇った声が聞こえる。

 痛い。顔を蹴られたらしい。白熱灯が目に入るのか、何も見えない。全身で息をしている。生きるためには、呼吸をしなければならない。

 足音。硬質の壁によく響く。

「勝ちましたよ。大したことありません」

 克司が敬語で報告している。久万だろうか。

 頭が痛い。もう寝たい。

「無様だな、吾川蒼輔。同じ『A.G.P.』でもわれわれの研究が上回ったということ。しかし手傷を負った状態でよくあれだけ戦ったものだ。しかも油断さえなければ貴方が勝利していただろう。『協会』もさすがというべきか。おや、まだ意識があるのか。よろしい」

 顔を覗き込まれているらしい。視界がぼやけて顔がわからない。声の調子から笑っているのではないかと推測する。いやな声音だ。頭の芯まで響く。

「なるほど……これが……。…………面白い。単純な筋力ではわれわれと大差ない」

 全身を隈なく触られている。機械を点検するように視認していく。筋肉の量やつき方、力のかかり具合、そういったものを手触りで確認しているようだった。

「………………だが、負けたということは、肝心の思考法が……とすればやはり失敗作ということか。……よろしい」

 血流が頭に回っていない。痛いという感覚がずっとある。どこが、というわけではない。ものすごく不愉快だ。

「いいデータが手に入った。後のことは任せる。吾川は好きにしていい、と久万に伝えて」

「はい」

 部屋を出て行く足音。

 誰かが俺の顔をわしづかみにする。多分克司だ。

「終わりだな、吾川」

 後頭部を痛打されて蒼輔は気を失った。

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