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第二十六話:待機命令

 眠い。とにかく眠い。睡眠不足と急展開による興奮のせいで頭の中は大嵐だ。何かを考えているはずなのに実は何も考えていなかったりもする。

 冷静な判断をするためにはいい加減睡眠をとる必要があるが、状況がそれを許さない。

 深夜寮の人々が寝静まったのを確認してから緑学校を目指す。頭の中の恐慌とは裏腹に、深更の讃神島は静かだ。

 フクロウの寝息が時折不気味に聞こえる。

「来たか、蒼輔。かわいらしく疲れているみたいね。無理もない。どこでもいいから座りなさい」

 緑学校の保健室にいた清美お姉さんに動揺の色はない。さすがに元プロの調査官と言ったところか。

 おそらく俺はこれから調査員としての指示を受ける。清美お姉さんは『協会』と『調査員』をつなぐ役割を果たしている。俺が『協会』から直接指示を受けることはなく、『協会』への報告も『協会』からの命令も全て清美お姉さんを通じて行われることになっている。

 俺の今回の任務は失踪した見澤灯の発見だった。見澤灯が見つかった以上、俺は『協会』へ帰らなければならないはずだ。

 だが、讃神学園にはあまりにも謎が多すぎる。

 見つかった見澤灯はどこに行っていたのか。今までどういう状況にあったのか。衰弱していたのはなぜか。何故今発見されたのか。そもそも何故失踪することになったのか。

 ここまで関わってきた以上、あとは警察に任せて、じゃあ納得できない。

 それに俺が巻き込まれたいくつかの暴力沙汰。見澤の日記にあった『計画』。それに関わっていたと思われる高木刃子。

 全てを放り出して島から離れるなんて、できるわけがない。

「本部に連絡をとったわ。蒼輔、あなたに伝えるべき命令も受け取った」

 聞きたくないな。でも、眠くて上手く言葉が出てこない。

「捜索対象者の発見に伴い吾川蒼輔に下された任務は解除する。吾川蒼輔は引き続き讃神学園に留まり、新たな命令が下るまで待機状態とする」

「なんだって?」

「聞こえなかったかしら。今のまま讃神学園で学生生活を送りなさいってことよ。不満がある?」

「いや、そうじゃないが」

「あなたの言いたいことはわかる。何故帰還命令が下らないのか、ね。それが私も不思議なのよね。既にあなたの任務は終わったのに」

「見澤の失踪にはまだ謎が多く残っている。それを解明しろということじゃないのか」

「それなら納得がいくけど、そんな命令はされていないわ。あくまでもただ待機していろというだけよ。わからないわ」

「だが、好都合だ。俺はこの島でまだやらなきゃならないことが残っている」

「言っておくけど、灯ちゃんについて調べることはできないわよ。あなたはもうこの件とは関わりのない人間になったの。これからは目立たないよう、普通の学生として過ごしなさい」

「見澤灯の状態は?」

「人の話聞いてないわね」

 清美お姉さんがため息をついた気がした。多分気のせいだ。

「おそらく、としか言いようがないのだけど、私の見た限りでは彼女の様子はある症状を表しているわ」

「なんだ」

「禁断症状よ。つまり、薬物中毒ね」



 薬物中毒。もちろん風邪を引いたときに処方される薬の類ではない。麻薬や覚せい剤と呼ばれる依存物質。そうか、麻薬か。意味が脳内に浸透するまで、時間がかかりすぎているようだ。完全に寝不足だ。

 穂乃歌の言葉を思い出す。見澤は、手が震えていたといっていた。それに怯えているようだったとも。薬物中毒患者の症状の一つである幻覚症状が出ていたのかもしれない。

「何故だ」

「……詳しいことはこのあと警察が調べるでしょうよ。この件はもう私たちとは関係がない」

 薬物中毒だと? 何故見澤はそんな状態に陥っているんだ。麻薬なんてもんただの高校生が簡単に手に入れられるもんじゃない。どういうことだ。

 薬物の売人が、讃神学園か、学園の近いところに存在しているのかもしれない。薬物の取引は裏社会の管轄だから、トラブルが起こりやすい。見澤の失踪は、そうしたトラブルに巻き込まれたからだと考えるなら、しっくりくる。売人が讃神学園にいて、学園に薬物が蔓延していると仮定するなら、頻発している失踪も薬物関係のトラブルである可能性が非常に高くなる。

 だが――

「蒼輔、なにを考え込んでいるの?」

「眠い。とにかく眠いんだ。上手く頭が回らない。勘弁してほしいな」

「もう考える必要なんてないわ。これからは考えないことが任務だとすらいえるわね。眠いなら、もう帰って寝ていいわよ。伝えるべきことは全部伝えたわ」

 ――見澤の日記はどうなる? そうだ、あの日記にあった高木刃子の話。何らかの『計画』。『実験』という単語。失踪が薬物がらみだったとするならば、あの記述は失踪とは関係がなかったということなのか?

 桜谷が高木と話すのは明日――もう日付が変わって、今日か――だ。だがその予定はどうなる? 見澤が見つかった今、もうあの日記のことを解明する必要はなくなるんじゃないのか。少なくとも失踪者が見つかり、その人間が薬物中毒状態にあったという騒動の中では、高木に対する尋問など行えるわけがない。

 とすれば結局、高木に対する嫌疑は闇の中だ。

「見澤はこのあとどうなるんだ」

「本土の病院に入院して、適切な治療を施されることになるわね。私の診る限りでは、命がどうこうという状態じゃないわ。安心していいと思う」

「どれくらいで回復する」

「話を聞くつもり? そこまでは私にもわからないわよ。医者に聞くしかないわね。それに、灯ちゃんに話を聞くなんて許されることじゃないわよ。大人しくしていなさい。蒼輔、聞いている?」

 話を聞く、か。そういう選択肢もあるな。見澤の回復を待つのが前提になるが、謎の待機命令のせいで俺には時間がある。

 だが時間がかかりすぎてしまえば、いつ次の命令が下るかわからない。

「高木が薬物の売人だった、というのは飛躍しすぎているか」

「それこそ証拠のない話ね。それにあなたは人の話を聞かないわね」

「普通の学園生活の安全のために、学園に売人がいないか調べるのは必要なことだ」

「あなたの正体が露見するリスクも増大するけどね」

「バレたところで強制送還になるだけ、だろ」

「止めても聞かないのなら、止める意味はないわね。その代わり本部には、『吾川蒼輔はスパイとしての適正に疑問あり。本部に送還する暇もなく即刻除名処分とすべし』と報告させてもらうわ」

「ひどい言い様だ」

「眠いのね、蒼輔。もう寝なさい。ああ、それとくだんの石手博通教諭だけど、スパイかどうかはわからなかった。本部への問い合わせは予想通り『ノーコメント』よ。石手の経歴も調べたけど、普通に教員免許を取って普通に学園に採用されただけの平凡なものだった。もちろん、スパイならその程度のもの簡単に偽造できるけど」

「直接探りを入れたわけじゃないのか」

「それは無理ね。灯ちゃんが見つかったとき召集された教員の中に彼もいたけど、話はしなかった。直接話すのは私の素性が発覚するリスクが高まるから。私はただのかわいらしい協力者よ。あまり期待しないでね」――――



 ようやく寝られる。いくら訓練されているといっても、睡眠不足は地獄だ。頭がふらふらする。

 冷静な思考判断ができなくなることを考えても、プロなら充分な休息を摂らなくてはならない。

 なぜか力が抜けていくような気がする。全てが終わったというような気がする。実際はまだ何も終わってはいない。気を引き締めるよりも、眠いという思いが先立つ。

 薬物か……。彼女に会う……必要が……あるのかも知れない。何かに繋がるの……かどうかも……わからない…………が、とにかく彼女に………………会って……みなければ…………………(就寝)。

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