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第二十五話:発見された者

  久万教員は黄色学校の保健室にいるということらしい。一寮から黄色学校に向かうまでいろいろと考えた。

 多分色々考えたんだと思う。ただ、告げられた事実があまりにも想定外のことで、頭の芯が体外に出てしまったかのように非現実的だった。

 まるで俺の中に何人もの人格が存在しているかのように、頭の一方ではさまざまなこと――驚きや一報が真実であるかという疑い、これからどうなるかについての想像――を考えているのだが、もう一方ではそうした自分を別の場所から他人事のように見ている自分がいる。まるでテレビの画面の中の茶番を見ているかのように。そしてそうした冷めた自分こそ人格の核になる部分なのではないかと錯覚しそうになってしまう。

「蒼輔」

 呼びかけられて俺の肉体の反応の司っている部分が反応した。その部分は俺の目に京一のほうを向くように指示を出す。

「足が止まってるよ」

「ああ、悪い」

 指摘されて俺は再び走り出す。久万のいる黄色学校まで、移動手段は走るしかない。

 全てが茶番――スクリーンに映し出された人形劇のようだ。

「気持ちはわかるけどね。僕もたぶん、聞いてしばらくはびっくりしていた」

「見澤が見つかったってのは本当なのか?」

「たぶん、としかいいようがないね」

 そりゃそうだ。京一もその目で確認したわけではないのだから。

 京一が久万から連絡を受けたのは今から一時間ほど前――俺が穂乃歌と会っていたころらしい。「見澤君が見つかったから、吾川君を連れてすぐ来てほしい」と電話口の久万は言ったそうだ。話されたのはそれだけで、詳細は何も聞いていない。京一にとってこの一時間は胸が焼け付くような一時間だっただろう。

 聞きたいことは山ほどあったが、答えようのない問いを発するのはもうやめておいた。

「蒼輔……うーん、なんでもないや」

「なんだよ、言えよ」

「疑問は山ほど浮かんでいるんだけどね。でもそれは蒼輔に言っても仕方のないことだから」

 京一も俺と同じか。

「とにかく今は足を動かすしかないな」

「でも何もしゃべらないのも間が持たないよね。蒼輔、穂乃歌さんには電話しといたよ」

「俺もさっき会ってきた。謝ったら怒られたよ。お前と同じようにな」

「やだな、僕は怒ってなんかないよ」

「そうかよ相棒」

「穂乃歌さんにはあんまり心配かけないであげてよね。蒼輔、穂乃歌さんの気持ちわかってる?」

「ああ、消えた見澤を心配しているんだろう」

「そういうことじゃないけど……まあいいか。穂乃歌さんにとっても、灯さんが見つかったのは本当によかったよね。たぶん、灯さんがいなくなって一番心配していたのは穂乃歌さんだから」

「そうだな、本当によかった。穂乃歌はこの連絡を受けてないんだろうか」

「久万先生から連絡がいっていると思うけど」

「なら黄色学校で落ち合うことになりそうだな」

「うん。問題は今灯さんがどういう状態なのか、なんだけど……考えても仕方ないか。とにかく急ごう」



 もうすっかり日が落ちてしまった。睡眠をとっていない頭は正常に動いているとは言いがたいが、眠気は全くない。黄色学校は俺たちの興奮と反比例しているように静まり返っている。

 黄色学校に近づくにつれて、京一との会話も減っていった。今はもうすっかり黙り込んでしまっている。

 背後から誰かが駆け込んでくる音が聞こえた。穂乃歌だ。穂乃歌も久万からの連絡を受けて飛んできたんだろう。

 なんと声をかけていいのかわからない。俺たちは目だけでうなずきあって、保健室を目指す。穂乃歌たちの心臓の音が聞こえてくるみたいだ。俺は落ち着けているんだろうか。

 保健室のある建物に入ったところで、見慣れた金髪が目に飛び込んできた。こんな場面にそのエキセントリックなゴールドはあまりにも場違いだ。だが清美お姉さんの顔はいつものちゃらけた面影はなくただ緊張している。

「来たのね蒼輔。それに京一君と穂乃歌ちゃんね。折角来てくれて悪いんだけど、灯ちゃんには会えないわ」

「会えない? どういうことだ?」

「あのっ、灯は無事なんですかっ? そこの部屋にいるんですかっ?」

「正直言って無事とはいい難い状態ね。でも安心して、しっかり生きているし、命に別状はない。でも会うとショックが強すぎるだろうから、会わせるわけにはいかないの」

「怪我をしているんですか」

「怪我じゃない。病気でも……ないわね。ただひどく衰弱しているし、混乱しているというか、意識がはっきりしていない状態なの。だから島から出て本土の病院に移ることになると思うわ」

「あのっ、お願いですっ。灯に会わせて下さいっ。あたしなら大丈夫です」

「困ったわね。私としては会わせてあげたいんだけど、私の一存で決めるわけにはいかないのよ。今学校中養護教諭との主だった教師が集められていてね。あ、久万先生」

「梅本先生、ちょっといいですかな。……ほうほう、君たち来たかね」

 久万が保健室から出てきた。俺たちをここに呼んだのはこの久万だ。

「久万先生、俺たちはそこにいれてもらえませんか? そのためにここに呼んだんでしょう」

「ほうほう、私としてはそのつもりだったが、他の先生方の反対にあってね。だが大丈夫だ。見澤君は無事だよ」

「でもっ、清美先生が無事じゃないってっ」

「ほうほう」

 それは言うべきことじゃなかったんだろう。久万が清美お姉さんを睨んだ。

「病院での治療が必要なほど衰弱していると聞きました。僕たちはたぶん大丈夫ですから、一目だけでも合わせてもらえませんか」

「見澤君は無事だ。私が言えることはそれだけしかない」

「俺たち全員が駄目なら、穂乃歌だけでもいい。頼む」

「蒼輔っ」

 見澤に一番会いたいのはお前だろ?

「……住吉君は見澤君の一番の友達だったか。しかし、それならば会わせるわけにはいかない。ショックが強すぎるだろう」

「大丈夫ですっ。あたしっ」

 お願いします、と俺と京一は頭を下げる。

「私が付き添います。住吉さんをどうか部屋に入れてあげてください。ショックが強いようでしたらすぐに引き上げさせます」

「ううむ。仕方ないな。住吉君、入りなさい」

「ただし穂乃歌ちゃん。先に覚悟しておいてね。灯ちゃんは話せるような状態じゃないし、おそらく失踪前とは全然違った状態になっている」



 一転して静かになっちまった。俺と京一は校舎の廊下に取り残されている。電灯はつけられておらず、保健室の擦りガラスだけが黄色く光っている。外に目を向ければ青黒い空と黒のシルエットになった木々が網膜に映る。京一も俺もすることがなくただぼんやりとしている。

「急展開だね」

 それ、俺に言ったのか、と思うほど京一の声は聞き取れないくらい小さい。

「嫌な展開だ」

「最悪じゃないだけマシなんじゃない?」

「最高の結果がよかったよ、俺は」

「人生百点ばかり取れるもんじゃない」

「百点とらなきゃいけない場面もある」

 京一は答えない。

 急展開だ。

 頭がついていってない。



 ようやくドアが開いた。どれくらい時間が経っただろう。おそらくそれほどの時間じゃない。

 ひどい顔だ。親友の無残な様子を見るのは穂乃歌にとって過酷な体験だっただろう。穂乃歌は今にもなきそうに歯を食いしばり、目を見開いている。

 だけど泣かない。

 泣くわけにはいかないんだろう。

 穂乃歌は震えている。俺は声をかけることができない。

「……ひどい状態だったよ。すごくやせていて、頬がこけていたから一瞬灯じゃないんじゃないかと思ったくらい。震えていたから手を握ってあげたんだけど、手の肉も落ちて骨ばっているの。目は怯えたようにずっと一点を見つめていて、あたしがいくら声をかけても全然反応してくれない。何かすごく怖い思いをしてきたみたい。灯は……今まで……」

 声に嗚咽が混じり始めて、穂乃歌は言葉を切った。つばを飲み込み、何度も瞬きする。それ以上はなそうとすると一気に感情があふれ出してしまいそうだった。

 京一のほうを見ると、京一もうなずいた。今日はもう穂乃歌を寮に連れ戻したほうがいいだろう。とにかく見澤が戻ってきたのは幸いだった。失踪中のことやこれからのことは、あとで考えていけばいい。

「蒼輔」

 振り返ってみると清美お姉さんが手招きしている。穂乃歌を京一に任せて俺は近寄る。

「見澤灯は本土の病院に移送されることになった。今から手配するが、船が出るのは明日になるだろう。あとで話がある。日付が変わったあと、緑学校の保健室」

 おそらく調査員としての話だ。見澤が見つかった以上、俺がここにいる意味はもうない。俺は多分任務を終えて帰還することになるんだろう。

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