第二十四話:謝る
桜谷には手がかりを探すなんて言っちまったが、正直そんなものが出てくるとは思えない。高木刃子は証拠など残していないと豪語していた。情けないが俺としては明日の桜谷による高木の尋問に期待するしかない状況だ。
見澤お姉さんは俺の報告を興味なさげに聞いていた。具体的には机の上に肘をついてコーヒーを啜りながら文庫本片手に聞いていた。この人、昔はプロの『調査員』だったって聞いているけど、本当なんだろうか。
「あの、ちゃんと聞いているのか?」
「うん、コーヒーおかわり」
なんだそりゃ。部下は執事じゃないんだぞ?
「ありがと。ん、なんだその不満そうな顔は。かわいらしいわねこの子は。言ったでしょ、報告なんて本当は必要じゃないんだって。それとも、悩みでもある? お姉さんに話してみなさい」
「いや、女子寮に忍び込んだことについては、倫理的以上の罪悪感はない。だが一般人である穂乃歌にその姿を見られたことについては、報告の必要があると思って」
「そのことが見澤灯の捜索について支障がある?」
「いや、穂乃歌が俺の行為を誰かに告発するとは思えないし、捜索を邪魔してくることもありえない」
「なら、何の問題もない。協会に報告する必要もないわね。なーに深刻な顔しちゃって。本部の考えは知らないけど、その程度の不測の事態なんて現場じゃしょっちゅう起こることよ」
「……聞きたいことがある」
「なんだい?」
「見澤の日記にあった『計画』、『A.G.P.』という単語について心当たりはないか?」
「ないわね。当然そこがキーポイントになってくるんでしょうけど、残念ながら私は聞いたことがない。ただこれであなたが言っていたように副会長が関与していることは間違いがなくなったわね」
「ああ、あとはどう聞き出すかだ」
「蒼輔、あなた拷問の訓練は受けた?」
「いきなりなんだよ。……拷問に耐える訓練は受けている。いかに苦痛に耐え、情報を相手に与えないか。実際に多くの拷問まがいのことを受けてきたよ。思い出したくもないな」
「する側はないわけだ。でもそれで充分。最悪の場合、副会長を拷問にかけることも考えておきなさい」
「……冗談だろ?」
「かわいらしいわね、蒼輔。あなたはスパイが綺麗ごとだけで勤まると思っているの? その分なら、人を殺したこともないようね」
「当たり前だ。『協会』は人殺しの機関じゃないだろう」
「それは建前のことよ。実態はそんな生ぬるいもんじゃない。あなたは何故自分が格闘術の訓練を受けているのかを考えるべきね。それよりも、『協会』から抜けることを考えたほうがいいと思うけど」
「またその話か。『協会』から離れて、どう生きて行けっていうんだ」
「どうとでもなるわ。あなたはまだかわいらしく若いんだから。私と違ってね」
「清美お姉さんも人を殺したことがあるのか?」
「報告が終わったならもう行きなさい、蒼輔。芳しい結果を期待しているわ」
しばらく四寮の前で待っている。カラスが夕焼け空の中を飛んでいる。七つの子に会うために帰っているんだろうか。夕日を見ると無性に帰りたくなる。俺には帰る場所なんてないはずなのに。
一体どんな顔して会えばいいのかわからない。わからないが、とにかく謝るしかないだろうな。こんなとき、普通の高校生ってのはどんな気持ちなんだろう。どんな風に、友達に謝るんだろう。
「蒼輔っ」
上の空の俺に向けられた声は、いつもとおなじ明るい声だった。快活で、優しくて、聞くだけで元気がわいてくるような声。俺を非難する気持ちも、恨めしく思う気持ちも微塵も感じられない。いつもと同じ声。
そんな声に、俺はものすごく助けられる。
「よ、穂乃歌」
「うんっ」
穂乃歌は四寮の玄関から出てきて、樹林の一本にもたれていた俺に駆け寄ってくる。
「穂乃歌、あれからどうしてた?」
「桜谷先生の部屋でちょっと話して、寮に戻ってからちょっと寝て、あとはなんとなくぼんやりと過ごしていたよ。京一とも電話でちょっと話したかな。蒼輔は、無事に抜け出せた?」
「ああ、大丈夫だ。……穂乃歌、悪かった」
というと穂乃歌の眉間に皺が寄った。
「蒼輔、それはなんに対してっ?」
「なにって、そりゃ……桜谷先生に穂乃歌が見つかったとき、庇ってもらったことだよ。そもそも、六寮の侵入するのに巻き込んだのが悪かった」
「庇ったのも巻き込まれたのも全部あたしの意志でしたことだよっ。謝られる筋合いなんてないっ。仮に筋合いがあったとしても、謝る必要なんてないんだよ」
「どうして?」
「蒼輔は、あたしがくしゃみをしちゃって桜谷先生に見つかったことをどう思ってる?」
「そりゃ、仕方なのないことだと思ってるよ。あんな狭いところに長時間押し込まれていたら誰だってくしゃみくらいする」
「あたしを悪いと思ったり、謝ってほしいと思ったりする?」
「するわけないだろ。当たり前だ」
「それと一緒だよ。あたしだって、蒼輔に謝ってほしくなんかないっ。友達だもんっ。謝られたら、逆に腹が立つ」
「でも」
「いいのっ。これ以上言ったら本気で怒るよ!」
うわ、怒るなよ。仕方ないな、もう謝るのはやめよう。
「でもあんな経験初めてしたよっ。まだ胸がドキドキいってるみたい」
「六寮に忍び込んだことか」
「まだあれが現実だったなんて信じられないやっ。蒼輔、あれは夢じゃないんだよね」
「ああ、見澤の日記を見つけたこともな」
「日記……桜谷先生に渡しちゃったけど、よかったよね」
「ああ、問題ないだろう。今日会ってきたが、あの教師ならもしかしたら高木から何か引き出せるかもしれない」
「あの場に蒼輔がいたってことは桜谷先生には言ってないから」
「ああ、助かった」
「えへへっ。あたし、ちょっとは蒼輔の力になれたかな」
「当たり前だろ」
「そっか、よかったっ。……やっぱり灯、副会長にさらわれちゃったのかなっ?」
「あの日記の記述だけじゃなんともいえないけどな。その疑いが強まったことは事実だ」
「でもあの日記ってかなり決定的な証拠になるよね。灯もうすぐ見つかるかな」
「まだ期待はするな。俺も全力で努力する」
「うんっ」
さて、そろそろ夕食時だ。夕日はもう沈んでしまったが空はまだ少し明るい。
さすがに少し眠くなってきた。昨日一睡もしていない上に今日も歩き通しだった。讃神島に来てから知り合った幾人かに『A.G.P.』について聞いてみたが、誰も知る人間はいない。やはり明日の高木への尋問に期待するしかないらしい。
今日は飯食ってさっさと寝るか。
「蒼輔! やっと帰ってきた」
「京一じゃないか。どうした、そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもないよ。やっぱりまだ聞いてないみたいだね。僕もさっき久万先生から電話もらったとこだからさ。やっぱりあれだね、こういうとき連絡手段がないと不便だよね。だからこうやって寮の前で蒼輔の帰りを待つしかなかったんだけどさ」
「京一、ちょっと落ち着け」
「落ち着いてられないよ。これからすぐ久万先生のところに向かわなきゃ。蒼輔準備はいい? 夕食抜くことになるけど問題ないよね、たぶん。よし、じゃあ行こうか」
「ちょっと待てよ。一体なにが起こったんだよ」
「あ、そうか、まだ言ってなかった。いい、蒼輔、落ち着いて聞いてね」
「落ち着くのはお前だよ」
「あのね蒼輔。見澤灯さんが見つかったんだよ」