第十六話:副会長
「ふん、気持ちの悪いことを言わないでくださいますか?」
気持ち悪いって……。やれやれ。
高木刃子は、相変わらず前に見た学生ふたりを引き連れている。数で威圧しているつもりなんだろう。弱い犬ほどよく吼えるって、これはちょっと違うか。
「嫌われたもんだ。両想いだな」
「こんなところでなにをしているのですか、吾川蒼輔」
「それはこっちも聞きたいな。わざわざ副会長様が大勢引き連れて、なにやってんだ?」
「答えるまでもないでしょう。校内を巡視しているのです」
「巡視って……ここは学園ないだろ?」
「だからなんだというのです? 学園ないだからと言って……いえ、学園内だからこそ非違を犯す学生は多いのですよ」
「つまり、あんたは校則を犯している生徒がいないかどうか見回っているってわけか」
「そうです」
お前は警察か。
「違反している学生を見つけたら?」
「無論、校則に則って処罰します」
お前は特高か。
「あんたらさ、自分たちが学生から嫌われているって、知ってる?」
「無意味な問いですね」
「へえ、周りからどう思われているかって、気にならない?」
「もちろんです。あなたはハエが自分をどう思っているか、気になったことがありますか?」
「なるほど、そういうことか。見直そうと思ったけど、止めた。水樹もあんたのこと厄介者扱いしていたけど?」
「天山水樹――生徒会長に会ったのですか?」
「親友だよ……いや、仲のいい敵とでも言うべきかな」
「彼は誰にでも甘いところがありますからね」
「水樹も、あんたの言う『ハエ』か?」
「いえ、会長は私と同格であると考えます。私は何も唯我独尊というわけではないのですよ。然るべき頭脳と身体を持った存在であれば留意する対象と認めましょう」
いいこと言ってるようだけど、上から目線なのは変わらないな。
「水樹が態度を変えろっていっても、変えるつもりはないのか?」
「会長は甘いと言ったでしょう。頭が甘いのなら、その手足たるものがが手綱を絞らなければどうするのですか。上が甘ければ甘いほど、下辺にいるものは増長するばかりなのですよ」
「なるほど、一理あるんだろうな。だが、人間に上下をつけることがそもそも間違っている」
「ふん、あなたと為政論を戦わせるつもりはありません。では、そろそろこちらの質問に答えてもらいましょうか。あなたはどうしてここにいるのですか?」
「もちろん、讃神学園の学生だからだよ」
「そういう意味ではありません。何故三寮に、ということです」
やれやれ、冗談が通じないやつだな。
……会長に教えられた、ってばらすのは水樹に悪いよな。
「ただの散歩だよ。だが、高木刃子、あんたに会いたいと思ってたんだ」
「何故ですか?」
「見澤灯について知っていることを聞きたい」
「……見澤灯――昨年失踪した学生の一人ですね」
動揺した様子は見られないな。果たしてそれが本当の姿なのか、さすがというべきなのか。
「そうだ。彼女は今どこにいる?」
「質問の意味がわかりません。そんなこと、私が知るはずもないでしょう」
「そうかな? あんたは見澤の拉致監禁に携わっているはずだが」
「拉致? 失踪と聞いていましたが?」
「明らかにならなければ拉致も失踪と判断される。見澤は自らの意思でいなくなったんじゃない。何者かに連れ去られたんだ」
「どこからそんな証拠が出たというのです?」
「目撃者がいたんだ。ある人間が見澤が連れ去られていたところを目撃していた」
もちろんそんな目撃者はいない。ただのはったりだ。
「……それは一体誰が?」
「名前はいえない。だが見澤と同じ寮の人間だ」
「何故いえないのですか? 副会長として、私は知る権利があります」
「悪いが俺はあんたを疑っているんだ。言っただろう、あんたは見澤の拉致に携わっていると」
「……いいでしょう。では、その目撃者とやらが、私が見澤灯を拉致しているところを見たと?」
「いや、そうじゃない。あんたは拉致の実行犯じゃない」
「ではなんだと?」
「そうだな、黒幕ってところか」
「言っている意味がよくわかりませんね。では実行犯は誰だというのです? まさか生徒会の人間だとでもいうつもりですか?」
「いや、そうじゃない……。つまりこういうことなんだ。見澤が拉致されるところを目撃した人物はいるが、犯人が誰かまではわからない。誰かに連れ去られたって言うのは確かなんだが」
「よくわかりませんね。顔は見たが知らない人間だったということか、暗くて顔も見えなかったということですか?」
「さあ?」
「さあ、ということはないでしょう」
「すまない。確認していないんだ」
「確認していない? ではその目撃者はどこで犯行を目撃したのです?」
「さあ。見澤は失踪前まで六寮にいたんだから、やっぱり六寮なんじゃないか?」
「それも確認していないということですか。吾川蒼輔、あなたの見つけた証言は、きわめてお粗末なものだといわざるを得ませんね。おそらく、私を陥れるための虚言でしょう」
そうなんだよな。そもそも目撃者なんていないんだから。
高木から何か変わった反応でも引き出せればよかったんだが……今のところ不審な点は見当たらないな。
どうする? そもそも高木については、疑惑といっても俺の勘でしかなかったんだ。
さっさと謝っちまって、地道な捜索に戻るべきなんじゃないのか?
だが――
「いや、嘘なんかじゃない。ほんとなんだよほんと。多分。ええと、そうだ。犯行があったのは六寮だったな。そういってた、確か」
「……しかし六寮には万全のセキュリティが施されてあったはずです。犯人はどうセキュリティをかいくぐったというのです?」
そうだ。六寮にはエントランスに鉄壁のオートロックが存在している。自分で出るのならまだしも、外部の人間が侵入して人を連れ出すのは容易なことじゃない。誰かのキーを持ち出したっていう線も、紛失届けが出されていないことから薄い。
ならばやはり見澤の自発的な失踪なのか? まさか。彼女にその動機はない。
とすれば――
「いや、可能だよ。六寮の寮生が犯人なんだよ」
「ふん。それならば出入りは自由ということになりますね。しかし、吾川蒼輔。それならば、目撃者は誰を見たというのです?」
へ?
「あなたのいう目撃者とやらが本当に犯行を目撃したというのなら、電灯のついている寮内のことです。顔も見たでしょうし声も聞いたかも知れません。それなのに犯人が誰なのかわからない、と? 話になりませんね」
「ま、待った。違う。犯人は寮生じゃない。いや、寮生なんだけど、なんというかその……」
「どちらなのですか。……どうやらやはり、これはその目撃者の虚言だったということのようですね。私は見澤灯の拉致には関与していません」
「ま、待った……」
「ああそれとも、その目撃者すらいないのではないですか? 何せ目撃者とは、あなたが言っているだけなのですからね」
く、本当のことだけに参ったな。
どうやら前提が間違っていたようだな。高木刃子は見澤の失踪に関与していない。していたとしても、今は彼女を糾弾する材料がなさ過ぎる。
……やれやれ、勘弁してくれよ。
「どうやら、図星のようですね。ふん、呆れたものです。これだから低俗な人間というものは嫌なのです。しないでいいことに首をつっこんで、結局は行き詰まり、しまいには人を犯人扱い。これに懲りて金輪際失踪の件には関わらないことですね」
「待てよ。捜索が行き詰っていることは事実だし、犯人扱いは謝る。ごめんなさい。だけど、失踪に関わるなっていうのはおかしいだろ。一刻も早く彼女たちを見つけ出さなくちゃならない」
「吾川蒼輔、あなたが関わるなと言っただけです。失踪者の捜索は警察に任せておけばいい」
「警察が捜してくれるのか? 現に今捜しているか? これは警察任せにしといちゃいけない問題なんだよ」
「ふん。では、何故失踪者を捜さなくてはならないのです?」
「さっきも言ったように、これは拉致の可能性がある。もしかしたら殺人かもしれない」
「それがどうしたというのです?」
「なんだと?」
「捜す必要などないと言ったのです」
「馬鹿な。7人もいなくなっているんだぞ」
「卑俗で低能な人間がどれだけいなくなろうと、何の意味があるのでしょう。彼らが普通に生活していたところで、われわれ上等な人間に悪影響こそあれ、有益なことなど何一つないのですよ。それが少しでもわれわれの営為の糧となれるならむしろ誉れとすべきことです」
「営為の糧だと? いなくなるだけで、あんたにとっては有益なことだと?」
「そうは言いませんが……いえ、そういうことにしておきましょう」
「なんだよ。言えよ。……くそ。やっぱりあんたが関わっているんじゃないのか?」
「答えは、ノー、です。しかしこの場合どちらでも良さそうですね」
「どういう意味だ」
「例え私が失踪事件に関わっていたとしても、あなたに私を糾弾することはできないという意味ですよ。私がやったという証拠はどこにもない。あなたのその卑小な頭脳とセンチメンタリズムで、暴けるというのなら暴いてみなさい」
こいつ……これは、挑発か?
「それは自白と受け取ってもいいのか?」
「いいわけないでしょう。ふん。私に自白させたければ確固たる証拠を持ってきなさい」
「証拠、ね。そんなものがどこかに存在すると?」
「ないと断言しておきましょう。私たちがそんなミスを犯すことはありえない」
「なるほど、そういう意味か」
つまり、高木刃子は見澤の失踪に関与している――おそらく拉致だろう――が、関与を証拠立てるようなものは何も残していないということだ。関与を肯定する痕跡は完璧に隠匿したと、その自信があるということだ。
やっぱり自白じゃねーか。
……いいだろう。受けてたってやろうじゃないか。俺は高木が行ったことを暴き出してみせる。いやそんなことより、必ず失踪者を全員無事な状態で見つけ出してやる。
「失踪者はみんな無事なんだろうな」
「それについて言う必要はないと判断します。自分で確かめればどうですか?」
「……オーケイ。証拠もなく犯人扱いして悪かったな。謝る」
「ええ、それについては副会長としてあなたにペナルティを与えましょう。そうですね。一週間の謹慎でどうですか?」
「一週間寮から出るなと?」
「ええ」
「元々こっちが悪いんだ。言うとおりにしよう」
「――ふん、いい目ですね。隙を見せれば瞬時に喰らいつこうとする狼のような。つくづく、あなたが私たちと同じ志向を持っていないことを、残念に思いますよ」
「光栄だよ。全く」
やれやれ、結局収穫らしいものはなかった、というべきか。さすがにこの副会長サマは手ごわい。
だが、高木刃子。あんたはこの失踪事件においているのかどうかすらわからなかった<敵>に具体的な像を与えてくれた。覚悟しておけよ。俺は必ずあんたを糾弾する。