第十五話:第三寮にて
「…………少し話が脱線したみたいだ。とにかく、高木刃子が、目的のためには暴走する可能性もあるということがわかっただけでいい」
「……蒼輔、君は讃神学園になにをしに来た? 刃子を糾弾に来たのか?」
「まさか。俺はしがないただの一般学生だよ」
「失踪者を追っているそうだな。何故そんなことを?」
「ただの興味本位だよ。いや、ただの興味本位だった」
「だった……? 今は違うと?」
「水樹、この一連の失踪に関して、お前はどう思っている?」
「どういう意味だ?」
「ただの自発的な失踪ならいいさ。どこへ行こうと俺の知ったこっちゃない。だが讃神学園で起こった一連の失踪は、犯罪によって引き起こされた可能性がある。しかも俺は、その可能性が高いと思っている。もしこれが犯罪なら、早いとこ解決しなくちゃならない」
「犯罪か……拉致監禁、いや、もっと悪いケースもあるな。……なるほど、その通りだ」
「失踪者が生きているのなら見つけ出して保護しなくちゃならない。死んでいるなら……犯人を許しちゃおかない」
「蒼輔は学園内に犯人がいると思っているのか?」
「いや、まだなんとも思ってはないんだ。ただ、これが犯罪の可能性がある以上、ほうっておくわけにはいかないと思っているんだ」
「……わかった。蒼輔、俺はまだ君を全面的に信頼するわけにはいかない。だが、失踪の件に関しては、よろしく頼む。情けない話だけど、さっきも言ったように今の讃神学園には問題が山積しているんだ。だから俺はそっちに回るわけにはいかない。だが俺にできることがあったら何でも言ってくれ」
生徒会副会長、高木刃子が失踪事件に関して何らかのことを知っているという俺の直感が正しいとして、そうであれば生徒会長である天山水樹も一枚噛んでいると考えるほうが論理的だ。組織の長がナンバー2の行動を把握していないわけがない。
だが、やはりこれは俺の直感だが、水樹は失踪事件には関わっていない。水樹が学生を心配している様子は本心からだ。俺を警戒しているのは確かだが、それは自身が失踪に関与しているからじゃない。
少なくとも、水樹は犯罪に携わるような輩じゃない。水樹は学生を――いや、人を信頼し、慈愛に満ち信義に厚く、誇り高い人間だ。俺はそう思う。
俺は、甘いのだろうか。簡単に他人を判断し信用してしまっている。俺はひよっこなのだろうか。
もちろん、まだ二回しか会ってない人間だ、完全に信頼してしまうつもりはない。だが――。
やれやれ、勘弁しろ。今は考えるときじゃない。行動する場合だ。
「水樹、一つお願いだ。第六寮のカードキー紛失届けの記録を見せてくれないか?」
「そんなもの、どうする気だ?」
「見澤灯の行方の手がかりになるかもしれない」
「……個人情報だ。見せるわけにはいかない」
「なら、六寮のエントランスのロックが強化されてから、キーの紛失届けが提出されたことがあるのかどうかだけでも教えてくれないか? そもそもロックの強化がされたのはいつごろからなんだ?」
「昨年の夏休み――8月からだったかな。去年の7月、失踪が2件立て続けに起こったんで、教師を中心にセキュリティの強化が叫ばれたんだ」
「セキュリティ? 監視の間違いだろ?」
「皮肉を言うなよ。学園から失踪者が続出しているんだ。先生方の言い分ももっともなんだ。それで夜間外出の原則禁止、キーの使用記録取得を行うことが決まった。仕様変更は夏休みを利用して行われた。元々六寮は最近改修したばかりの寮で、ロックはコンピュータで管理する仕様だったらから工事は簡単に済んだらしいけど」
「六寮はうらやましいよな全く。なんで一寮はあんなオンボロなんだ?」
「それについては、申し訳ないとしか言いようがないな。寮の改修は順次行っていて、たまたま一寮が後回しになっているだけなんだ。いずれ建て直すんだろうけど、学園に不穏な空気がある今、女子寮の改修を優先せざるを得ないのが実情だな。頼む、我慢してくれ」
しばらくはボロ寮暮らしか。やれやれ。
「六寮の監視を厳しくした理由は?」
「別に六寮だけを特にそうしたわけじゃない。門限の遵守と夜間徘徊の禁止は学生全員に通達されているし、女子寮への宿直警備の設置、侵入者アラームの設置、外出時及び帰寮時の点呼の義務付け、有志の教職員による学園内の夜間警備などが実施されているし、六寮と同じようなエントランスのオートロックが五寮にも導入されている。他の寮にも順次導入されていく予定だよ」
「そ、そうなのか。わかったよ」
次から次とポンポンしゃべんなよ。
「ん、点呼ってやらなきゃならないの?」
「ああ、それは全寮実施しているはずだけど……蒼輔、一寮はやってないのか?」
やっている覚えがないな。
「一度確認する必要があるな……。刃子に言っとこう」
しまった。やぶへびだ。
「そうか……いや、俺はもしかして7月の失踪者二人っていうのが六寮の学生なんじゃないのかと思ってさ」
「そういうわけじゃない。蒼輔、失踪者の捜索はどれくらい進んでいるんだ?」
「見澤灯に関してはお手上げだ。他の失踪者については、名前を頭に入れているくらいで、まだ何も知らない」
「ということは、失踪者全員を探し出すつもりがあるんだな」
「そうなると、関係者だけでも一気に膨大になる。……正直、勘弁願いたいんだけどな。だが、他に方法がないなら仕方がない」
もっとも、そんなつもりもない。俺の仕事は飽くまでも見澤の捜索だ。
見澤を探した結果、全員の安全が確認されるというのがベストな結果だ。
「……8月以降、紛失届けが受理されたのが一件だけ。9月に、しかも次の日に自室から見つかったから再発行も中止。どうだ、何かの参考になったか?」
「最高の結果だよ」
くそう、キーを盗んだって線はなしか。
「キーの使用記録は、コンピュータで管理されているのか?」
「ああ、エントランスのロックから学園のハードに転送されて、記録されているはずだ。見せてくれなんていうなよ?」
駄目?
「そんな目で見たって駄目だ。協力はするといったが、俺だってできることとできないことがあるんだ」
ま、見たところで仕方がないな。
見澤がどうやって寮から出たのかは不明だが、誰かのカードキーを盗んでいないのは間違いなくなった。自分のキーを使ったか、穂乃歌が言ったように誰かが開けたところを一緒に出たかのどちらかだろう。
「わかった。とりあえず用件は以上だ。世話になったな」
やれやれ、結局収穫はないに等しかったな。
「……蒼輔、これからどうするつもりだ?」
「帰って寝るよ。やれやれ、そろそろどうしていいかわからなくなってきやがった」
「刃子に会うつもりだろう?」
ふう、さすがにお見通しか。
「当然だ。思いついたことは何でもやっておきたい」
「刃子に何の用がある。刃子が一連の失踪に関わっているとでも?」
「そうは言わない。言わないが――」
「疑っているんだな」
「根拠はない。ただの俺の勘だ。だから止めようとする水樹が正しいし、できるなら俺も疑いたくない。だが、他にできることがない」
「……わからないな。確かに刃子はやりすぎるところがあるが、犯罪に手を染めるような人間じゃない。蒼輔が言うように、一連の失踪が拉致か何かだとして――」
「待った。高木刃子が犯罪者だと言いたいわけじゃない。何度も言うように、何の根拠もあるわけじゃないんだ。だから、止めろと言われれば弱る」
「……たぶん、第三寮だ。今からいけばちょうど会えるはずだ」
「水樹、俺を信用するのか?」
「刃子を信じているだけだ。好きに動けばいい。蒼輔は失踪者の保護をしたいと言った。その言葉が翻らない限り、俺は邪魔しない。――その代わり、必ず失踪者を見つけ出してくれ。頼んだぞ」――
第三寮……三つある男子寮の一つだな。わざわざ副会長自ら視察なんて、仕事熱心じゃないか。一体なにを探そうとしてやがる。
水樹を信じるなら、高木刃子に後ろ暗いところはない。実際、彼女を疑うになる根拠はない。ただの俺の勘だ。
……何も信じるな、全てを疑え、か。
三寮はこっちか……ん?
門の前にいるやつ、見覚えがあるな。
「よう、この前会ったな。確か……清澄利春って言ったっけ?」
「ああ」
清澄利春――この前、廃校舎でリンチされてるところを俺が助けた人間だ。
「偶然だな。元気だったか?」
「確か――ええと、吾川君だったっけ?」
「蒼輔でいいって。あれからどうだ? 連中、なんかやってこないか?」
「ああ、うん、ええと」
あいまいな返事だな。
「なんかあったら言えよ。こう見えても俺は腕に覚えがあるんだ」
「みたいだね。蒼輔君はどうしてここへ?」
「ああ、ちょっと用があって。――高木刃子ってやつ見てないか?」
「副会長? 見てないけど」
ちょっと早く来すぎたのか。
「利春はこの寮に住んでいるのか?」
「うん」
「六寮ほどじゃないけど、いい寮だよな」
「そうかな」
「一寮と比べりゃ、だけどな。一寮、見たことあるか? 風が吹いたら揺れるんだぜ、あそこ」
「そうなんだ」
「強い風なら吹っ飛ばされちまいそうだよ。そうなりゃついでに世界一周でもしてこようかな」
お、よし、ちょっと笑ったな。
「利春はどうして門の前に立ってたんだ? 誰か待ってる?」
「うん。――ああ、来た」
待ち人来る、か。
邪魔しちゃ悪いから俺はそろそろ退散するか。
――ん、あいつは……。
「利春。あいつは?」
「立花克司。ええと、青組の、僕の友達だよ」
立花克司……カツシ、か。どうやら間違いなさそうだ。
昨日水樹ともみ合っていた連中の中の頭目株。それがあの立花克司とかいうやつだ。
友達? 利春みたいな気弱い人間が、あいつの友達だと?
「利春、待たせたな。――お前は」
向こうも俺に気づいたみたいだ。
「よう、カツシくん。こんなところで会うとは奇遇じゃないか。勘弁しろよ。どうだ、昨日はちゃんとおうちに帰れたか?」
「……利春、どうしてお前がこいつと一緒にいる?」
無視かよ。
「ええと、どういうこと? 克司と蒼輔君は知り合いなの?」
「親友だよ」
「ふざけるな!」
いきなり大きい声出すなよ。
「お前こそ、利春とどういう関係だ? 返答次第じゃ、昨日の続きになるから覚悟しろよ」
「どういうも何も、友達だって言っただろ、蒼輔君」
「友達だと? 利春、こいつは水樹――生徒会長を囲んでた連中だぞ。囲んでなにするつもりだったかは知らんが、俺が声をかけるといきなり殴りかかってきた」
「克司、それは本当……?」
「さっさと失せろよ。利春まで囲むつもりなら、俺がしょうちしねえぞ。お前の仲間も一緒にまとめて始末してやるからそのつもりでいろ」
「……っ!」
お、怒ったな。やる気か? 受けて立つぞ。
「違う。違うよ蒼輔君。克司と僕は本当に友達なんだってば。確かに僕はリンチされたことはあるけど、克司は違う。克司はそんな人間じゃない!」
利春……。
「……呼び出されて何かと思えば、こんなことか。終わりだな、利春。お前もいい加減目を覚ませ。俺たちがやっていることは正しいことなんだ。それを止めさせようなどと、もう思うな」
「違うよ克司。君たちがやっていることは間違っている。僕を計画から抜けさせてくれたのは克司なんだろ? だったら、克司だっておかしいって気づいてるはずなんだ。僕は君が考え直してくれるまで諦めないよ」
「お前は計画の賛同者ではなかった。それだけだ」
「違う。実際は強制されてやっている人がほとんどじゃないか。それが、僕だけが抜けられるなんておかしい」
……計画?
「利春、もう終わりだ。もう、俺に関わるのは止めろ。俺は……、自分の信じた道を行く。それにお前が付き合うことはない」
「ちょっと、待って……あ」
おっと。利春が克司ってやつに振り飛ばされた。……全く、俺が受け止めなきゃ怪我するとこだぞ。
……何の話なんだかさっぱりわからんが、どうも他人が口出すことじゃないな。
克司ってやつは行っちまった。利春は唇を噛んでいる。止められなかったのが悔しいんだろうな。
「……蒼輔。強い人はいいよね。力ずくでも、間違っていることを正せるんだから」
「力ずくでやってどうするんだよ。あいつを止めたいんなら、ちゃんと言葉で納得させなきゃ駄目だろう」
「説得なら、ずっとやってきたよ。だけど……だけど、結局引き止められなかった」
「だったら、あいつがやっていることにもそれなりに信念があるんだろう。それを力ずくで止めさせるのは、俺は間違っていると思うけどな」
「でも……――そうなのかな」
「部外者の俺は何も判断しようがないけどな。でも、それでも利春があいつを止めたいと思ってるんなら、それにも一理あるんだろう。だったら、利春は自分の思うとおりにやればいい。諦めないんだろ?」
「…………うん」
「それで俺の力が必要なんなら、いつでも貸してやる。こう見えて俺は結構腕に覚えがあるんだ」
「……みたいだね。だけど、大丈夫。巻き込みたくない」
「俺の心配なら必要ない」
「うん……でも、自分の力で、できるところまでやってみる。本当に助けが必要になったら、頼るよ」
「よろしい。利春、お前は強い人間だな」
「え。ええと、そんなことないよ」
「そんなことあるよ。……俺も頑張るか」
利春に会ったのはいいが、さて、本命はどこだ?
高木刃子。やれやれ、勘弁してほしいな。なんであんなやつのこと恋焦がれなくちゃならないんだ。
「なにをぶつぶつ言っているのですか?」
うぁ。
「相変わらず、忠告も無視して歩き回っているようですね、吾川蒼輔」
「高木刃子。やっと会えたな。恋しかったよ」