第十四話:困惑
「島中をしらみつぶしに探すってのは最終手段にしときたいところだな。だが、失踪者が島から出た可能性は低い」
「それは?」
「船に乗るには許可証が要るんだろう? なのに誰も乗客名簿に名前がない。もちろん偽名を使ったとか、偽造したとかの可能性はあるが、全員がそれをしたというのは考えづらい」
「だから少なくとも失踪者の数人は島内に留まっていると考えるべき、か」
「もちろん彼らが同じ場所で生活しているとは限らない。だが、これだけ頻発している失踪がそれぞれ無関係であると考えることもできない。失踪者のうち一人でも捜し当てることができれば、事態は変わっていくかもしれない」
「とすれば……手間はかかるけど、今までに起こった失踪を一つひとつ調べていくっていうことになるのかな」
「そうだな、それがまっとうなやり方なんだろうな」
「他人事みたいにいうね。他にやり方があるの?」
「……京一、カードキーを紛失したら、お前ならどうする?」
「どうするって……学校に届け出るよ」
「つまり、教師に言って紛失届けの紙をもらって必要事項を記入して提出するってことだよな」
「そうだよ。他にどういう方法があるの?」
「讃神学園は生徒自治が提唱されている学園なんだろ? 例えばそういう事務的なことを、生徒会に報告するってことはないのか?」
「ああ、もちろん生徒会に報告したのでも問題ないと思うよ、たぶん。何か問題起こしたら会長の人柄に頼るって人も多いと思う」
「そうか。……俺、明日生徒会に行ってみようと思う。それで第六寮のカードキーの紛失届けが出されていないか、聞いてみる」
「ということは、生徒会が握りつぶしてるってこと? まさか」
もちろん俺も生徒会を疑っているわけじゃない。だが、俺の勘に過ぎないが、副会長の高木刃子は見澤の失踪について何か知っていると思う。
ただの直感だが、捜索が行き詰りつつある今、ぶつかってみるのも悪くない。
「ま、人気者の生徒会長にちょっと会ってみたいだけだ。気にするな。それよりお前らは他の失踪の追跡を頼む。いいか、穂乃歌」
「えっ、うん……」
「ここからは直接見澤に繋がるかどうかはわからないからな。嫌ならやめてもいい」
「うん……ううんっ。こうなったら最後まで蒼輔に協力するよっ」
「もちろん僕もね。蒼輔が一生懸命やってくれてるのはわかってる。頑張ろうよ」――――
根拠もなく人を疑うなんて、無様な人間だな。
ちくしょう。どうしてこんな不確定的な方法をとらなくちゃならないんだ。
……大丈夫だ。何も高木を糾弾しようってわけじゃない。ただ、ちょっと石を投げるだけだ。
だがそこに何の波紋も広がらなかったら――?
…今度こそお手上げだ。勘弁してほしいな、くそ。
生徒会のあるっていう、学生部はこっちだな。木々の間から建物が見える。あれが学生部か。もうかなり近そうだな。
……近くの木に長髪の男性がもたれかかってこっちを見ている。サングラスのせいかすごく怪しい。
なんだよ。こっち見んな。
「よう、吾川じゃねーか」
「誰だ?」
「おいおいもう俺の顔忘れちまったのかぁ。駄目だぞうそういうことでは」
手に何か持ってるな。ビールだ。
なんだ、酔っ払いか?
!
おいおい、なんでいきなり殴りかかって来るんだよ。しかもかなり洗練された動きだ。さばくので精一杯だ。
「はっは、さすがにいい動きだ、こりゃ。頭はぼけてても体は万全らしいな」
殺気がない。俺を試してるって感じだ。
「勘弁しろよ。なんなんだよお前は」
「だいぶ行き詰っているみたいじゃねーか。窮余の一策は生徒会か? 悪くないが、的外れだ」
「見覚えがある。確か、船の中で会ったやつだな」
「やっと思い出したか。ちょっと気ぃ抜きすぎなんじゃねーかボケが。常に頭を働かせろ。常に野良猫のように臆病に周囲に気を配れ」
「確か石手博通とかいったか。お前は何者だ? なにを知っている?」
「俺は誰でもなく、何も知らない。はっは、お前と一緒だな」
「……ふざけるな」
「怒るなよ。感情のコントロールは初歩中の初歩だぜ? ……そうだな、一つだけ教えておいてやろう。お前は何も知らされていない」
何の話だ? こいつはなにを言っている?
「動揺を抑えているな。だがまだ足りない。そんなんじゃ、任務を全うできねえぜ。どうやらただのひよっこだっていうのは本当らしいな。そんなもんを派遣してくるとは、よほど人材が枯渇しているのか、それとも……」
任務……ひよっこ……派遣……こいつは、何を言っている? こいつは……何かを知っている……知っていてはいけないことを……
……なんだ? 何かが右手に触れている……硬くて、鋭利なもの……これは…ナイフ……バタフライナイフだ!
そうか……船で学生から奪って……内ポケットに入れといたままだったか。
「どうした? 様子がおかしいな。はっは、まさか俺を殺す気か? おいおい、そいつは下の下策だぜぇ」
そうだ……俺はなにをしようとしているんだ! 殺すだって? 勘弁してくれよ。俺はどうかしている。
「大丈夫だ。ほら、この通り何も持っていない。だが、事の次第を明らかにしておかないことには、このまま引き下がるわけにもいかないな」
「お前に話すことはないよひよっこ。まだ何も話すことはない。だが忠告だけしといてやろうと思ってな。全てを疑え、何も信じるな」
「ちょっと待て。なんだそれは」
「生徒会に一石か。いいだろうさ。お前の考えは悪くない。だが、見えやすいものだけを見るんじゃないぞ。見えにくいもの、見たくないものの中にこそ真実はある」
「俺が生徒会に行くことが間違っていると……?」
「そこまでは言わんさ。だが、そいつが全てじゃないってことだ」
「なんだよ。知っていることがあるなら教えろよ」
「実は俺も何も知らん。はっは。だから言えることは何もないし、この事件はお前が解決しなくちゃならん」
「じゃ、何しに来たんだよ」
「だから言っただろう。忠告だ。先輩としてのな。じゃあな、吾川蒼輔、頑張れよ」
「待て」
「気にするな、俺はお前の敵じゃない」
くそ、どんどん遠ざかっていく。このままあいつを去らせていいのか?
くそ、くそ、わからん。何もわからない。なんか、底なし沼に落ち込んでいっているような気分だ。この島に来てから、わからないことが多すぎる。
勘弁しろよ!
くそ、とにかく今は生徒会だ。
ドアの上のプレートには讃神学園生徒会室と書いてある。ここで間違いなさそうだな。
さて、アポもなしにここまで来ちまったが、果たして誰かいるんだろうか。誰もいなかったら俺、かなり馬鹿らしいな。
ノック。
反応なし。
ノック。
反応なし。
やれやれ、勘弁しろよ。これじゃとんだ間抜けだな。
ノック。
反応なし。誰もいないな、これじゃ。
ま、高木に不意打ちをかけるためには、事前に連絡しておくわけにはいかなかったんだが。仕方ないな。今日は帰るか。
「蒼輔じゃないか」
ん?
「水樹……か。偶然だな。こんなところで」
天山水樹。昨日道で共闘した水樹だ。
「どうした? 生徒会に用か? 待ってろ、今開けるから」
「ああ、でも誰もいないみたいで……ん、今開ける?」
「鍵だよ。…………よし、ま、入ってくれ。ソファがあるからそこにでも座ってくれ」
「ああ……」
なんか、手馴れてんな。
「紅茶でいいか? 悪いけど今コーヒー切らしてるんだ」
「お構いなく。というか……水樹、お前もしかして生徒会の人間なのか?」
「ん? そうだよ。言ってなかったっけ? 讃神学園生徒会長、天山水樹だ。よろしく頼む。蒼輔のうわさは朱姫から聞いているよ」
「そうかそうか。水樹は生徒会長だったのか。なるほど水樹はしっかりしるから適任だろうな」
って、生徒会長?!
そんなこと聞いた覚えはないぞ。
「水樹……じゃない水樹さん。いえ天山水樹閣下。つかぬ事を伺いますが私めは昨日何か言いましたでしょうか」
「なんだよ蒼輔、その口調」
……どうやら覚えていないようだな。
生徒会に対する悪口なんか永久に忘れておいてもらおう。
「生徒会に対する痛ーいご忠告の他には、何も聞いた覚えはないぞ」
……覚えているのかよ。
「知らなかったとはいえ、すまん」
「気にするな。というより、蒼輔のいったことは正しいんだ。俺たちが他の学生たちに対して上から目線なのは事実だし、俺もそれを正せていない」
謙虚だな。なるほど、学生たちの生徒会長に対する信頼もうなずけそうだ。
「どうして生徒会は学生に対して高圧的なんだ?」
「難しい問題だな。権力のある生徒会の一員だという自負もあるだろうし、伝統的に生徒会は偉そうだったということもある。赤組や青組が多いっていうのも役員の態度に影響があるだろうな」
「生徒会の役員は優秀じゃないとなれない?」
「そんなことはない。俺は生徒会長として門戸は広く開いているつもりだ。優秀な人間だろうとそうでない人間だろうと、生徒会に入りたいなら歓迎する。蒼輔も入るか?」
「そりゃ、勘弁だ」
「そうか? 残念だ。とにかく、誰でも生徒会には入れるけど、刃子と上手くやっていける人間じゃないと続かないだろうな」
高木刃子――生徒会副会長か。
「彼女はどういう人間なんだ?」
「どういうって言っても……とにかく優秀だよ。成績は常にトップクラスで、生徒会の仕事も陣頭に立って指揮をとってくれる。正直言って、刃子が影の会長みたいなもんだ」
「そんなことでいいのかよ」
「いいんだよ。だから、蒼輔も頼むからあまり嫌わないでやってくれ」
そいつは無理な相談だ。
「その高木刃子は、今どこに?」
「へえ、まさか刃子に用か?」
「そうだ。彼女と話したいことがあって来たんだ」
「刃子は校内を回っているよ。用があるなら俺が聞こう」
「できれば本人と直接話したいんだが」
「駄目だ。こう見えても実は俺は生徒会長なんだ。役員と話したいんなら、会長である俺を通してもらうよう頼む。それとも、他人に話せないようなことなのか?」
「……やけに庇うじゃないか。俺を高木と会わせたくない理由でもあるのか?」
「そうじゃない、といいたいところだが、蒼輔、今の讃神学園がかなり微妙な状況にあるのは知っているよな」
「深刻な学内対立に……頻発する失踪」
「そうだ。学生たちは毎日のように起こる大小の事件に精神をすり減らされ、消耗し、いつ爆発してもおかしくないような状況なんだ。そんなおり、外部から素性の知れない新参者がやってきた。警戒するのは当然だろ?」
新参者……転入生である俺のことだ。
「要するに、俺を疑っているわけだ」
「そこまでは言わないが、100%信用できるわけでもない」
言葉とは裏腹に、俺のことなんか微塵も疑っていないって表情だ。余裕たっぷりってわけか。
「話してみろよ。何も刃子に危害を加えようってわけじゃないんだろう? 俺にできることがあるなら、全力で協力する」
「愛の告白がしたいんだっていったら?」
「いいじゃないか。応援するよ」
「勉強を教えてもらいたいんだよ。高木は成績も優秀なんだって聞いてね」
「だったら、俺も力になれるかも知れない。こう見えても赤組なんだぜ、俺は」
……やれやれ、勘弁してほしいな。
「わかった。この場で高木に会うことは諦めよう。直接会わないと意味がないことなんでね。だが、一つ聞きたいんだが、高木はどの程度信頼できる人間なんだ?」
「どういう意味だ、それは?」
「例えば……場合によっては、学生に暴力を振るうこともありうる?」
表情に苦味がさした。
「ありえない、と言い切れないところが悲しいところだ。もちろん、理由なくそんなことをする人じゃないんだが」
「過去にそういうことがあったか?」
「ない……いや、俺が把握している限りでは、ない。だが、処罰目的で脅迫まがいのことをしたって言ううわさはあるし、そこまでいかなくても違反をした生徒を精神的に追い詰めるようなことは何度もしてきただろう」
「……水樹は正直者だな」
「待て。多少行き過ぎた行為があったとしても、讃神学園の平和のためなんだ。社会秩序のために刑法が必要なように、学園の平穏のために非常な行為が必要なときもある」
「目的は手段の免罪符にはならない」
「わかっている。だから倫理的に逸脱した行為は俺が全力で阻止するつもりだし、俺が把握している範囲内では、そこまでひどい行為はなかった。もちろん……俺は神じゃないからな、全部を把握できているとは思っていない。だが、これからも可能な限り刃子の監視を行っていくつもりだ」
「水樹を信じろと?」
「自分勝手だと思うか? だから、ただ頼むだけだ」