第十一話:追跡
潮風に、潮のにおい。今日は少し暑くなるみたいだが、海から吹く風はほどよく涼しくて気持ちいい。鳥が鳴きながら空高く飛んでいるのも風情があっていいな。
こう風景がいいとずっと眺めていたくなるんだけど、勘弁してほしいことにそういうわけにもいかないんだよな。俺にはやるべきことがある。
まず、讃神島と本島を結ぶ定期便の乗客名簿を確かめておかなくちゃならない。失踪した見澤灯、及びその他6名の乗船記録がないことを、この目で確かめておきたい。
しかし、本当に乗船してなかったとして、彼らはどこへ消えてしまったんだ? 長いやつでもう1ヵ年、もっとも短い見澤灯であっても4ヶ月。そんな長い期間、この讃神島で誰にも見つからずひっそりと生活してきたっていうのか?
もしくは、考えたくないことだが、彼らはもうこの世の人間ではなくなってしまっている……? その場合、事故か殺人か……殺人と考えたほうが合理的だろうな。
おいおい、殺人鬼がこの島に潜んでいるっていうのかよ。しかも、悪くすれば7人も殺した大量殺人犯だ。まだ犠牲者がでる可能性だって高い。勘弁してほしいな、こりゃ。
とはいえ、そうと決まったわけじゃない。失踪した人間の、せめて一人でも行方がわかればそんな悪い想定は回避される。どうにかして、誰か見つけ出さなくちゃいけない。
それから、見澤の失踪に関して、彼女の最後の目撃者である山西夏海にも会っておきたい。穂乃歌は山西を信用置ける人物だといったが、もし山西が見澤の協力者だった場合、山西の証言は信憑性をなくす。そうでなかったとしても、実際に会っておくのは意義があるはずだ。
……さて、定期便の事務所はこっちか。
「すみません」
事務所にいるのは一人だけだ。カウンターの奥でせんべいを食べながらテレビ見てやがる。
船が出ていない時刻は人が来ないんだから、当たり前か。
「今日は船は出てないよ」
無愛想だな。まだこっちは何も言ってないぞ。
「船は土日と水曜日だけですね」
「そうだ。それに学期の終わり始めの臨時便だけ」
定期便は週3度の往復だけだ。学生はさぞかし不便だろうな。
「船に乗りたいんじゃないんです。乗客名簿を見せてくれませんか?」
「いやだ」
「守秘義務ってやつですか?」
「そんなもんはないよ。出すのが面倒くさい」
なんだよ、そりゃ。やれやれ。
「こっちで勝手に調べて、全部元通りに戻す。これでどうです?」
「……ま、いいさ。その代わり、こっちに迷惑かけないように」
……なんて態度だ、っていいたいとこだけど、自由に名簿を見れるのはありがたいな。情報管理が甘すぎるんじゃないか、讃神学園。乗客っていっても学生か職員しかいないんだから、そんなもんか。
「ほら、勝手に入れ」
ドアの鍵くらいは開けてくれたか。あとは戻ってテレビに集中するつもりらしい。好都合だ。
ふむ、この棚に書類やら名簿やらが収まっているらしいな。
乗客名簿は……どれだ? ファイルはあるんだけど、背にファイルの名前を書いてないから、何がなんだかさっぱりわからん。
勘弁してほしいけど、一個一個見ていくしかないか。
…………。
お、乗客名簿一つ発見。
ということはこの辺が乗客名簿なのか? ――違うな。種類ごとに整理されてないから、いろんな種類のファイルがいたるところに散乱している。
なるほど、これなら出すのが面倒くさいってのもわかるな。
……整理しとけよ。
「あんたも、失踪事件とやらを調べてんのかい?」
うぉう。さっきの事務員だ。いきなり話しかけてくんなよ。テレビはもういいのか?
「そうですが、俺のほかにも誰かが?」
「いや、ちょっと前に、失踪だかなんだかがあって、名簿を出せっていわれたもんでね」
「年末か、年が明けたころのことじゃないか?」
「ああ、そうだったね。仕事始めそうそう、また名簿をよこせときた。面倒くさかったったりゃなかったさ」
失踪者は7人出ているんだ。その都度名簿を提出させられたんだろう。
「そのときにちゃんと整理しときゃよかったのに」
「なんか言ったか?」
なんだよ。正論を述べただけだろ?
「失踪者が出る都度、あんたみたいに名簿を見に来る学生がいたもんさ。どいつもこいつも、友達がいなくなったってしょんぼりしてたよ」
「それでもやっぱり名簿に名前はなかった、か」
「あったって言うやつはいなかったねえ。諦めないやつは日が暮れるまで探して、仕舞いにはますますしょんぼりして帰っていくのさ」
そうなのか。失踪者の名前は全部控えてきたが、どうやら調べても無駄になりそうだな。
「でもこれ、見てみれば手書きだけど、乗客に書かせるんですか?」
「乗船許可証を出させて、私が書くんだよ」
「許可証?」
そんなもん、来るときはいらなかったぞ?
「それがないと、島から抜け出して遊びまわる学生がいるからね」
「それはどうやったら手に入るんですか?」
「あんた学生なのに、そんなことも知らないのかい?」
「転入したてなもんで」
「島を出る理由を書いて、学園に申請する。そしたら許可証が発行される。それだけのことだよ」
許可証か。島から出るって言うだけでも、面倒くさいことをやらされるんだな。
「それは偽名でも発行されるんでしょうか?」
「知らないけど、わざわざ偽名を使う必要はないだろう」
「だから今回のように、失踪する場合」
「ああ、なるほどね。でも発行は学園がするんだろう? だったら偽名なんかで通るものかねえ」
それはその通りだ。だったら、誰かの許可証を盗むとか……。いずれにせよ、条件付きだが島から出た可能性もゼロではなくなったな。
…………。
「ちょっと聞きたいんだけど、いいですか?」
「だめだ」
にべもないな。
「これ、12月23日の名簿も、25日も26日もあるのに、24日の名簿がないんだけど、何故ですか?」
「だめだって言っただろう、全く。24日かなんか知らないけど、要するに終業式の次の日だろう? その日の出航がないのは当然だよ。だってその日は出航しなかったんだからね」
「どうして?」
「だから、その日に失踪者かなんだかが出たんだろう? そのせいで船を出すのは見送ろうってことになったのさ」
なるほど。失踪者が出たんだから、少しでも遠くへ行かれないように、船を止めるのは当然のことだ。
「とすれば、24日のうちに島から出ることは不可能だった――?」
「船が出てないんだから、出ようとしたって無理だわいねえ」
とすれば見澤が島を出たとすれば、最短で25日だったわけだ。25日には帰省する学生のためか二回船が出ているが、24日に船がなかったせいか乗客がかなり多い。
混雑しているのは紛れ込むのに都合がいいとも、知り合いに会う可能性が高くなるともいえるな。
いずれにせよ、見澤は島外に出ようにも最低一日間は讃神島で過ごさなきゃならなかったわけだ。……とすればやはり、島のどこかに隠れる場所があると考えるべきだろうな。
「もういいのか?」
「はい。必要な情報は大体揃いました」
「そうか。あんたも大変だな」
「いえ。そうだ、競技場ってとこに行きたいんですけど、どうすればいいでしょうか」
「競技場なら、バスが出とるぞ。ほら、そこに時刻表」
バスは学生証があれば乗れるんだったな。
……なんだこれ。次のバスに乗るとすると、2時間待ちになるな。
「本数少ないですね」
「春休みだからな」
「勘弁してほしいな。歩いて行けますか?」
「競技場なら遠くないな。外でて、看板を辿っていけば30分もすれば着くよ」
「そうか。どうもありがとう」
仕方ない。勘弁してほしいが、歩くか。
木々の合間を縫うように道が伸びている。讃神学園は林を切り拓いて作られた学園だ。今も各施設のほかは手付かずの林のままのようだ。
交差路では看板が出ている。しかし汚れやさびがひどいな。ずいぶん前からある看板なんだろう。ちょっと不安だ。
ん? 道の真ん中に、誰か突っ立っているな。邪魔なんだが。
……四人、いや、五人いるみたいだ。四人が一人を囲むように立っている。
「一人で来たのは間違いだったな。このまま素直に帰すと思うか?」
穏やかな雰囲気じゃないな。
勘弁しろよ、またリンチか? この学園は一体どうなってやがる。
「頼むよ、参ったな。こういう展開は嫌なんだけど」
囲まれてるやつが嘆いてる。囲まれている割には余裕があるな。
ちょっと声をかけてみるか。
「おい」
驚いたのは一人だけか。他のは動じないな。
「一人に対して四人ってのは、穏やかじゃないよな。なにやってんだ。俺も混ぜてくれよ」
「誰だ、お前」
「正義の味方だよ。がらじゃないけど」
「失せろよ」
お、一番近いやつがこっちに近づいてきた。
殴る気満々って顔だな。
やれやれ、勘弁してほしいな。いい加減正義の味方には飽きてきたんだけどな。
「おいおい頼む。喧嘩はよせ!」
囲まれてるやつが叫んだ。やれやれ、リンチされてるってのに、のんきなやつだ。
でも、向こうから殴ってくるものは仕方ない。
相手の右手が伸びる。
ストレート――を、僅かに首を捻ってかわす。
悪くないが、遅いな。
さて、ちょっと強めに行くぞ。
やっ――。
こめかみに一撃。
…うん、一発KOってとこだな。快調快調。
ぞく。
殺気だ。
一人やられて、他のやつらも目の色変わったな。
三人か……正直、あまり自信ない。やるけどさ。
ん?
「待った、待った。喧嘩はよせ。助けてくれるのはありがたいが、頼む、ここまでにしろ」
囲まれていたやつだ。おいおい、この期に及んで、こいつ、筋金入りのお人よしだな。
「勘弁しろよ。そもそも、向こうが仕掛けてくるんだ」
「そうだな……。お前らも、やめろって、頼むよ。俺はただ話し合いがしたかっただけなんだ。な、克司、頼む」
カツシ……誰だ?
「交渉はもう決裂した。終わりだよ。そもそも、お前ら赤が原因なんじゃないか」
ふむ、どうやら応じたやつがカツシっていうみたいだな。どうもこいつがリーダーって感じだ。
赤……、か。
克司ってやつのバッジは青。リンチされてたやつは赤。
どうもこれは、赤と青の対立が原因のリンチみたいだな。
――っと。
残りのふたりが殴ってきた。やれやれ、危ないな。向こうの会話中に殴ってきやがって。イベントシーンのお約束を知らないのか、こいつらは。
こいつらのバッジも青だ。この学園のクラス対立ってのも相当だなこりゃ。
「おい、これでも矛を収めろって言うのか?」
「くそ、お前らはどうしても事を荒立てないと気がすまないのか。仕方ない、どこの誰だか知らないが、よろしく頼む」
オーケイ。これで被害者公認って事で。
いきなり殴ってきた罰だ。手加減無しで。
はっ。
――さあ、これで今日一日飯が食えないぞ。
さて、次は――
っと。
後ろからハイキック。かわす。
回し蹴り――はガード。
掌底。蹴り。ワンツー。
肘うち――はフェイントで、蹴り。
掌底。
……何とか全部さばけているが、隙のない連続攻撃だ。
「さすがにリーダーだけあって、やるなあ」
俺の話には応えず、黙々と攻撃を仕掛けてくる。機械みたいだ。面白味のないやつめ。
しかし、これじゃ反撃する間もないな。
どうする?
「がっ」
誰かが倒れるような音――
っと、その音に気をとられたな。その隙は命取りだ。
正確に、あごを狙う。
でりゃっ。
――よし、命中。
……おいおい、これで倒れないのかよ。タフなやつだな。
「でもふらふらするだろ。もう勝ち目はない。撤退しろよ」
「お前、一体なんなんだよ」
「言っただろ、正義の味方だ」
「くそ、お前ら、立て。終わりだ。行くぞ」
つっこめよちくしょう。
……やれやれ、行ったか。
リンチされてたやつも無傷みたいだ。風邪薬飲んだみたいな顔してる。
「ありがとう助かった、と言うべきなんだろうな」
「言いたくないなら、別にいいよ。むしろ参戦してくれて、こっちが助かった。一人は君がやってくれたんだな。おかげであいつに隙ができた」
「いや、俺一人だったらどうなっていたことか。ありがとう。怪我は?」
「ない。そっちも無事みたいだな」
「ああ。俺は天山水樹。よろしく頼む」
ん、なんか握手にも慣れてきたな。