第十話:可能性
やれやれ、京一も穂乃歌も難しい顔しちまったな。あくまでも、可能性、の話なんだが。
だが、見澤がいつ、どうやって失踪したのかを確認しておくのは、無意味な作業じゃない。23日深夜か、24か早朝か。失踪発覚したのが24日の朝なんだから、行動可能範囲にかなりの差がでる。
やれやれ、辺りが暗くなってきたな。そろそろ解散しなきゃならない時刻だ。
「蒼輔、灯さんが寮を抜け出した、別の方法ってー?」
「言っとくが、全然現実味はないぞ。期待されて落胆なんて、勘弁だからな」
「うーんっ、でもっ、可能性は全部考慮しとかなきゃでしょ」
「まず、六寮の中に、誰も知らない秘密の抜け穴があったらどうだ?」
「……ああ、そういう話だったんだねっ」
ふたりとも露骨に残念そうな顔になったな。
「そうがっかりせず他のも聞けよ。見澤はまだ寮に残っているっていうのはどうだ? つまり出れない寮からは出ていない」
「いやっ、それはありえないでしょ」
「……いや、ありえるかもしれないよー、たぶん。つまり灯さんは、捜索が始まった後に寮から抜け出したんだ」
「まだ現実味のある話にするなら、そうなる」
「えっ、どういうこと?」
「だからさ、灯さんはすぐに寮から出る必要はなかったんだよ。失踪が発覚して、捜索が行われている間、ずっと寮内にいても問題なかったんだ。混乱が収束した後、寮を出る」
「でもっ、それじゃさっきのあたしと京一の推理とあまり違わないじゃん」
失踪が発覚したどさくさにまぎれて寮から出るっていう方法だ。
ていうか推理したのはほとんど京一だけどな。
「ううん、違うよー。それだと失踪した時刻……というより寮から出た時刻にかなりの差が出ることになる」
「失踪したのが遅ければ遅いほど、行動範囲は限られてくるからな」
「むうっ……。あっ、でもそれだとカードキーの問題はやっぱりあたしが気づいた方法になるんだよね」
「ああ、それでもいいけど、一応それももう一つ方法がある」
「ええっ。どんな?」
「単純なことだよ。自分のカードキーを使ったら記録が残ってしまうっていうんなら、誰かのカードを使えばいい。盗んでおいたか……でもそれだとばれる恐れもあるから、協力者がいたと考えるべきか」
「なるほどねー。だったら、一応カードキーの紛失届けがないか、調べておく必要があるねー、たぶん」
「協力者っていうのは考え出したら、かなり可能性が増えることになるな。見澤の部屋に鍵がかかっていたっていうのも、協力者がいたとすればそいつが中に入っていたのかもしれない」
「そんなっ、そんなこと……」
「うーん……確かに簡単にできることだよね、たぶん。そうなれば灯さんの失踪の時刻が今度はかなり早まるんだ」
「もっと言えば、協力者が山西夏海――見澤の最後の目撃者であり、部屋の鍵を確認した唯一の人物だった場合、失踪はもっと簡単になる。門限の問題も使用記録の問題も全てクリアできる。というかややこしすぎるから、そうであってほしいよ、全く」
「そんなわけないよ。夏海のことはあたしも知ってるけど、嘘をつくような人間じゃない」
どうかな。穂乃歌が本当にそこまで山西のことを理解しているだろうか。見澤と山西が穂乃歌の知らないところでかなり親しくしていたとしたら?
「……そうだな。その問題はおいておこう。それから……そろそろ暗くなってきたな。もう帰ったほうがいいんじゃないか?」
「それ、あたしに言ってる?」
「この場で女の子は穂乃歌しかいないからな」
「そんな配慮、必要ないよっ?」
「でも門限もあるからねー。さすがに六寮みたいにオートロックで軟禁されるってことはないけど、たぶん」
「ちなみに門限は何時なんだ?」
「特に理由がない場合は8時っ。早いよね」
「穂乃歌は第何寮なんだ?」
「四寮」
「じゃ、とりあえずそっちに向かっていこうかー。蒼輔の話は歩きながら聞こうよ」
「別にまたの機会でもいいんじゃないか?」
「あのねっ、それじゃ気になって寝られないって。京一は一緒の寮だからいいかもしれないけど、あたしはそう簡単に会えないんだから」
「うん、ま、行くか……。――協力者なんていったけど、俺はそれよりも別の可能性のほうが高いんじゃないかと思ってる」
「そうなのー?」
「ああ……同じ第三者でも、見澤を拉致した人間がいると考えたほうが、むしろしっくり来る。……勘弁してほしいけどな」
「らちって……拉致っ?」
「拉致って拉致だ。見澤は失踪したんじゃなくて、失踪させられたと考えたほうがいいと思うんだ」
「……失踪する理由がないから、だね、たぶん」
「ああ。穂乃歌、見澤は失踪する直前も、普段と変わりなかったんだろ?」
「うん。悩みとかもなさそうだったしっ、さっきも言ったとおり、灯はあたしと一緒に実家に帰るつもりだったんだから」
「だから自発的に失踪したと考えるよりも、犯罪に巻き込まれたと考えるほうが蓋然性が高い。拉致されたんだとしても、さっきの方法は全部当てはまるよな。協力者を犯罪者に替えればいい」
「だとしたら……そんなっ、学生の中に灯を拉致した人がいるってこと?」
「そうなる……一応な。そもそもこれはそういう類の問題なんだ」
灯は動揺してるみたいだ。無理もないな。京一は落ち着いてるみたいだ。その可能性は考えてあったんだろう。
「言っただろ? これはあくまでも可能性だ。別に学生の中に犯人がいるって言ってるわけじゃない。見澤は秘密の出入り口から抜け出たのかも知れないし」
「……あればねっ」
「出来ればそれも調べたいな」
秘密のルートはともかく、寮に侵入する方法がないかは確かめたい。侵入さえ出来たなら、六寮の生徒以外にも犯行は可能だったということになる。逆にどうやっても侵入できないなら、第六寮の生徒が圧倒的に怪しい。
「いずれにせよ、この状況は密室というには抜け道がありすぎるんだ。……ただな、自発的にしろ拉致にしろ、何でわざわざこんなややこしいことをしたのかがわからない」
「えっ、どういうこと?」
「わざわざオートロックされてる場所から抜け出るより、もっと楽な状況があったって話だよ。自由に外で動ける時間帯を狙えばよかっただけの話だ」
「ああっ、そうだよね。例えば学校から帰寮するときとか」
「わからん。そうじゃなきゃならない理由があったのか……? とにかくこの点がわかれば、失踪についても見えてくると思うんだけど」
まだ失踪事件に関しては何もいえないな。
「……なんかの建物が見えてきたな。あれが第四寮か?」
「うんっ。あたしが住んでる場所」
「なるほど、第六寮よりは旧型だが、第一寮よりはだいぶ綺麗だ」
「いいよねえ、他の寮に住んでる人たちは」
「ちょっとっ、なんか視線が痛いんだけどっ。あ、あたしは何も悪くないぞっ」
ため息が出る。京一も同じみたいだ。
「お茶でも飲んでく?」
「いや、いいよ。もう遅いしな。今日はいろいろ話が聞けてよかった。ありがとう」
「それはこっちの台詞だよっ。灯のこと捜してくれて、ありがとう。正直、失踪した人たちについてはもうみんな諦めがちで、触れないようにしておいたほうがいいっていう雰囲気だったんだ」
「そうか。そうだろうな」
ん……人影だ。第四寮の入り口に近づいてくる。ここの寮生かな。
ん?
「お、穂乃歌だ。お帰り。それからただいま。こっちの人たちは……京一君に、……蒼輔だね」
聞き覚えある声だな。
「朱姫、か」
そう、山輪朱姫だ。昨日、讃神島に渡る船上で会った。事実上、俺が讃神島に来て初めて会った人物だ。
「うん、すばらしいね、覚えてくれてたんだ。昨日会ったばかりなんだから、当たり前か」
「朱姫はここに住んでいるのか」
「そうだよ。穂乃歌と同室」
そうだ。そんなことを穂乃歌が言っていたな。
「お帰り朱姫っ。朱姫もどっか行ってたの?」
「ちょっと、やぼ用でね」
「生徒会がらみっ?」
「残念でした。でも、もしかしたら会長を頼らなきゃならなくなるかも知れない」
「面倒なこと?」
「大丈夫。何とかなると思う」
「京一も、朱姫と知り合いなんだな」
「うーん、知り合いってほどじゃないよ、たぶん。ただ山輪さんは結構顔が広いみたいで」
「ちょっと京一君、あーあ、それは残念だな。わたしは京一君のこと友達だと思ってるんだけど」
「でも、クラスが違うんだろ?」
朱姫は緑で、俺たちは黄色だ。
「クラスが違ったって、友達は多いほうがすばらしいじゃん」
「そうか? 人間なんて気のあうやつだけで勘弁だけどな」
「見解の相違だね。残念」
そんなこと言いながら、笑ってる。やれやれ。
「でも、もう友達ふたりも作ってるんだね。うんうん、すばらしい」
「友達ってか、案内してもらってただけだよ」
「オーケイ、そういうことにしておこう。蒼輔、見澤灯さんを捜してくれるんだって?」
「できればそうしたいと思ってる。でも正直つかみどころがないな」
「ありがたいよ。わたしも手伝いたいんだけど、悪いことに他にすることがあるんだよね。ごめん。蒼輔が捜してくれるのは、助かる」
「そうだ、朱姫は生徒会だったな」
「うん、どうした?」
「今日、副会長ってやつに会ったけど、ありゃどうにかならないのか?」
「ああ、確かに刃子さんの態度はね……。でも悪い人じゃないよ」
「どうかな。というか人のことあまりしゃべらないで貰いたいな」
穂乃歌はともかく、生徒会の人間にまで話されたのは困る。
「えー、いいじゃん。蒼輔すばらしくかっこよかったんだから」
「勘弁しろよ」
もっと誰かにしゃべるつもりじゃないだろうな。
そうか、朱姫は高木刃子と同じ生徒会の人間だったな。生徒会ってのは、どうも信用置けないんだよな。根拠はないんだが。朱姫にも、あまり気を許さないほうがいいのかもしれない。
ん、朱姫が真顔になったな。
「あのさ蒼輔、一個聞いていい?」
「なんだ?」
「何か隠し事してるよね」
「なんだよ、それ」
「だから、蒼輔は私たちに何か隠していることがある。そうだよね?」
「何かってなんだよ」
「わからない。別に言いたくなきゃ言わないでいいんだけどね。言いたくない?」
「だから、何の話だよ」
「蒼輔が隠していること。それとも、言いたくても言えないこと、かな。もちろん、私が知らないほうが都合のいいことかも知れない。それは蒼輔の判断に任せるしかないから……。でも、後になってから後悔するなんて、すばらしくないよね」
「……朱姫は何を知っているんだ?」
「何も知らない。わたしはただ、わかるだけ」
「なにが?」
「どうでもいいことばっかり」
「……さっぱりわからん」
「じゃ、イエスかノーかだけで答えて。蒼輔は隠し事をしている?」
「……誰にだって隠し事はある。そうだろ?」
「それが回答だね。うーん、わからないなあ。蒼輔を信じてもいいのかどうか、よくわからない。すごいな、こんなことは初めてだ」
なんか一人でうなずいている。
「だから訊いてみようか。蒼輔、わたしは君を信じてもいいの?」
「なにを?」
「うーん、そうだな……。蒼輔がこれからみんなを悲しませるようなことをしないことを」
「そんなことをするつもりはないな。けど、俺を信用するかどうかは朱姫が決めることだ」
「なるほど。それもその通りだね。すばらしいな。じゃ、信じようかな。うん、蒼輔、信じるよ。これからわたしは蒼輔のことを信じる」
「……それはどうも。よくわからんが」
「だから蒼輔、わたしのことを裏切らないでね。これはお願い。応えるかどうかは蒼輔に任せる」
「裏切るとどうなるんだ?」
「非難はしない。でも……泣こうかな」
泣くのか。
多分、そんな約束はするべきじゃないんだろうが……朱姫に泣かれるのは勘弁だな。
「わかったよ。俺は朱姫を裏切らない。これでいいか?」
「うん、すばらしいね。……覚えておいてね蒼輔。わたしはなにがあっても君のことを信じるから。じゃ、わたしはもう中に入るね。灯さんの捜索、よろしくね」
「あっ、じゃあたしも一緒に行く。じゃね、蒼輔に京一」
「そうか。じゃ、またな」
「蒼輔っ。灯、見つかるかな」
「わからない。……けど最大限の努力はする」
「うんっ。京一も、協力してくれてありがとねっ」
「いやー、たぶん僕じゃ大したこともできないけど」
……行ったか。
「じゃ、俺たちも帰るか」
「そうだねー」
「なあ京一。朱姫ってどういう人間だ?」
「どうって……僕もよく知らないよー。生徒会の人で、人にはよく話しかけてるけど」
「交友関係が広いってことか」
「生徒会だから、なるべく多くの人と話そうとしているのかも知れない。クラスが違う僕でも話したことがあるくらいだからね」
「この学園の生徒会ってのはかなり権力が強いんだよな」
「たぶんね。でも山輪さんはそういう雰囲気のない人だね。誰にでも気さくで、対等に話してる。そういう意味では、会長と似てるのかも知れないな。そういえば山輪さん、会長と付き合ってるとか何とか」
「誰とも付き合ってないらしいけどな。本人がそういってた」
「ふうん。てことはやっぱり、蒼輔の興味って、そういう興味なわけだ」
「そういうってどういう興味だよ」
「蒼輔、山輪さんと話してるとき楽しそうだったもんね」
「そんなことないよ」
「別にいいんじゃない? 山輪さんかわいいよね」
「なんだよ。京一もそう思ってんのか」
「も、ってことは、やっぱり蒼輔、そう思ってるわけだ」
「……京一、はめたな?」
「僕は何もしてないよ。ふーん」
なにをニヤニヤしてやがる。
「別にそんなんじゃねーよ」
「はいはい。……蒼輔、ちょっと確認しておきたいんだけど、失踪事件についてどう思ってる?」
「どうもこうも、まだ手探り状態だよ。いえることはない」
「だからつまり……これは犯罪かどうかについて」
「ああ、確かにその可能性は高いと思ってるけどな、まだ決め付けちゃいない。見澤は人にいえないような悩みを抱えていて、それで人知れず失踪したのかもしれない。それも京一たちが考えたように、ありえる話だろ?」
「でも、可能性の問題だよ。自発よりも犯罪のほうが蓋然性が高い、だよね。それも、単独犯よりも複数のほうが」
「……京一もそう思ってたか。ああ、拉致の場合、一人でやるのは無理がありすぎる。複数犯と考えれば、うなずくことが出来る」
「どれくらいの規模なんだろう?」
「そこまでは俺もわからん。いや、何もわかっちゃいない」
「蒼輔……この学園は今どうなっているのかな? 何か……悪いことが起きるような、もう起こってるんだっていうような、嫌な気分がする」
「ああ、だが、だからこそ俺たちが動かなきゃいかない。勘弁してほしいところだけどな。そうだろ、京一」
「……うん」
「よし、明日からは今日の裏づけをやっていこう。どこかにほころびがあれば、そこから活路が見出せるかも知れない」