表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/42

第一話:讃神島

 やれやれ、勘弁してくれよ。



 風が強い。吹き飛ばされそうなほど強い。海風だ。寒い。見渡せど見える風景は変わらない。島が行過ぎて島が行過ぎる。島、島、島。

 そして海。見渡す限り海。

 もう三時間も船に揺られているのか。エンジンの音が喧しい。海を切ってできる白波が船体から長く尾を引いている。

 かもめが二羽飛んでいった。



「俺の名前は吾川蒼輔、16歳。性別男性。これと言って特徴のない、平凡な高校生、……か。

 向かっているのは讃神島。無人島だった、海岸線長5kmほどの小さな島だ。ここにはある学校がある。というより、学校しかない。私立の大きな学校だ。讃神学園。正式名称ではないが、その学校はそう呼ばれている」



 ん? なんだありゃ。

 帽子か?

 あんな高いところを……風が吹いたから、誰かの帽子が飛ばされたのか。讃神学校の校章が付いている。

 その後ろを――女の子が走ってる。あの子の帽子か。制服を着てるから、たぶん讃神学校の生徒だろうな。

 あの2階部分も人が入れるのか。景色が良さそうだから、後で俺も行ってみるか――。

 おいおい、あの子、帽子ばっかり見て、危なっかしいな。向こうは手すりもないから、どうかすると落っこちちまいそうだ。

 ――風が吹いて――帽子がこっちに来た。

 女の子は、一目散に帽子を追いかけてる。

 空中に向かって足を――

 やばいっ



 どん!



 ってー。腕が痛い。人ひとり受け止めたんだから、当たり前だ。

 …………どうやら、無事のようだな。

「勘弁しろよ。大丈夫か? 怪我は?」

「すばらしいね。わたし、あそこから落っこちちゃったんだ。君が受けて止めてくれたんだね。ありがとう」

 2階から落下したにしては落ち着いてるな。ちゃんと立ってるし、怪我はないようだ。俺の腕は、ああ、ちょっと赤くなってるな。

 しかし、よくこれだけで済んだもんだ。受け止める方も、受け止められる方も、最良の体勢とタイミングだった。偶然の女神に愛されたとしか言いようがないな。

「あーあ、帽子が」

 この期に及んでまだ帽子の心配か。のんきなもんだ。

 帽子は――ああ、ありゃもう無理だな。海に落ちちまった。

「もう諦めろよ」

「命があっただけでも上出来だね」

 落胆した様子はなく、ケタケタと笑っている。瞳が大きくて、黒目がちでなにを考えているのかわからない印象を抱かせる。にもかかわらずその目が宿している光は強く、深い。そして表情はどこまでも穏やかだ。

 髪は首筋まで伸ばし綺麗に整えられ、光をよく反射する黒髪だ。時々吹く風にやわらかくなびいている。

「改めて、どうもありがとう」

「別にいいよ。でも気をつけろよ」

「うん。……あれ、君、転校生、つーか転入生だね。何年? わたし、山輪朱姫 (あけひめ)。今度から二年。よろしく」

 と、朱姫は敬礼する。

 どうして転入生だとわかったんだ? 服装が制服なのは彼女と同じ。その他、目の前の少女と違うところはないはずだ。

「よく転入生だとわかったな」

「てことはビンゴ、だね。理由? その前に、君の自己紹介は?」

 ああ。

「俺は吾川蒼輔。新学期から讃神学園高等部二年に転入する。同学年だな。よろしく」

「オーケイ。じゃ理由だったね。簡単だよ。わたし、エスパーだから」

 微笑みながら冗談を言っている。勘弁してくれよ。

「そうか。それなら納得だ。俺もいくつか仮説を立ててみたんだが、外れたみたいだ」

「今の一瞬で? それはすばらしい。聞かせて」



「1、俺の挙動がそわそわしていたから、島に来るのは初めてなんだと思った」

「ぶつくさ呟いてるのは聞こえたけど、堂々としてると思うよ」

 う、聞かれていたのか。

「……内容は聞こえた?」

「風鳴りがひどかったから……。えっちぃ内容だった?」

 昼間から下ネタを呟く人間がどこにいるんだ。

「なわけねーだろ。でもそれも仮説の一つだ。ちょっと島についておさらいしてたんで」

「聞けば君が転入生だとわかるような内容だったわけだ。でも、聞こえなかったから違う」

「3、ただの勘」

「合理的。でも外れ」

「その4、君は実は超絶記憶能力者で、全校生徒の顔を記憶している」

「それはすばらしい解答だね。でも、わたしが一番苦手なの、暗記科目なんだ」

「5、山輪は――」

「朱姫でいいよ。その代わり、わたしも蒼輔って呼んでいい?」

 おいおい、勘弁してくれよ。

「わかった。朱姫は転入生が来ること、及びその顔を知っていたのかもしれない――職員室で書類を見たとか」

「うちは個人情報の取り扱いにはうるさいんだけど……、ま、可能性はあったかもね。でも違う」

「どういう意味だ?」

「後で言う。それより、仮説はもうおしまい?」

「あとひとつだけ……。

 どこかで前に俺と君は会ったことがある?」

「あ、最後の最後でナンパ?」

「ちょっとお茶でも飲むか?」

 やれやれ、なにを言っているんだ俺は。

「初対面だと思うんだけど、蒼輔は違う?」

「いや、言ってみただけだよ。さて、俺のカードはこれでおしまい」

「じゃ、解答編だね。さて皆さん、ていうか蒼輔、答えはこれ」

 朱姫は自分の左襟を指差す。



「これはピンバッジで、在校生の学年とクラスを表すものなんだ。わたしはこのデザインで、線が一本だからこないだまで一年だったってこと」

「なるほど、それをつけていない人間は在校生ではないということか」

「バッジはクラス替えしたあとの最初のホームルームで貰えるから、きっと蒼輔もそのとき貰えると思う」

「でも、今は春休みで学期の間なんだから、外してる生徒もいるんじゃないのか?」

「もちろんそういう子もいると思うけど、どうせ新しいのを貰うとき古いのを返さなきゃならないから、つけっぱなしの子が多いんだよ。だから、制服を着ているのにバッジをつけていない人間は、新入生か転入生ってこと。

 以上、 証明終わり」

 やれやれ、聞いてみれば簡単な話だ。



「そういや、さっき、個人情報の書類がどうこう言ってたけど、あれは?」

「ああ、転入生の情報だね。わたし、こう見えても生徒会やってんだ」

「へえ、生徒会長とか副会長とかってやつ?」

「そんな恐れ多い。わたしがやるのはもっぱら雑務だけだよ。でも、だから先生から転入生の情報を先に教えてもらう可能性はあったってこと。お世話してあげてって言われるとかね。

 だから、いつでも頼ってね。わたしはあんまり頼りにならないかも知れないけど、会長とか副会長はすばらしい人たちだから」

 生徒会か。

 右も左もわからない転入生が学園のことを調べるのに都合がいいな。

「だったら、ちょっと讃神島学園のことをおさらいしておきたいな」

「いいよ。讃神島学園は私立の総合学校。正式名称は私立忽那学園讃神分校。忽那学園って言うのは国内有数のマンモス学校」

「国内各地に分校があり、総生徒数は五万人を超えるといわれている。いわゆるエレベータ式の学校で、その種類は小等部から大学まである、だったか? 高等部は分校によって、普通科、商業科、工業科、農業科、その他何でもござれで揃っている」

「残念、確か、保育園も兼ねる幼稚部もあったはずだよ」

「ほんとに何でもありだな」

「忽那学園の特色はその雑多性にあるよ。ある平均的な人間を育てるのではなく、たった一つだけでも特化された能力の持ち主を育てようというのがその教育態度の根本にある」

「おかげで、各界のエリートに、忽那学園の出身者は多い。例えば、プロ野球選手の一割が、学園出身者だとか、国内外で賞をとる芸術家や、科学技術界の権威の多くが忽那学園に関わったことがある人間だとか言われている」

「一番どこにエリートを輩出しているか、知ってる?」

「官僚、だったか」

「正解。特に、昔はそうだったって。忽那学園を国家公認の学園にするために、昔は官僚輩出のための教育に力を入れていたんだって」

 国家経営に最も実質的に携わることのできる官僚を多く輩出していれば、学園経営に圧倒的に有利だ。

「ということは昔は国家公認――つまり社会で学歴として通用する学園じゃなかった」

「そう。学園自体は戦前から創設されたんだけど、それはあくまでも私塾で、国家公認の学園になったのは戦後数十年経ってかららしいよ」

「ただ、忽那学園のすごさは、国家の教育方針に合わせたんじゃなく、国家に自分たちの教育思想を認めさせたところだな」

「そのための官僚育成。全く、とんでもない話だよね」

「現在は権力志向をする必要もなく、総合学習を行う国内有数の私立学校としてその名を轟かせている、か」

「有名なだけに、外からの転入生も多いよ。蒼輔もその一人だね」

「そういうことだ。開かれた学校なのは、多くのとがった人物を育成しようという学園の思想とも関係があるんだろうな」

「他校で育った、恵まれた才能を持ちながら普通の学校ではその才能を伸ばすことが難しい人間。そうした人たちの受け皿としても、忽那学園は機能してきた」

「国家教育の否定が根本にあるんだから、いいことだけでもないんだろうけどな」

「でも公認は受けているんだから、ちゃんと学習指導要領は満たしているはずだからご心配なく」

「忽那学園自体についてはこんなもんか。讃神学園は、普通科の学校なんだよな」



「そう。いわゆる中高一貫校で、高等部は普通科。国家公認になる前からある、忽那学園としては古い学校で、孤島にあるのは学習に集中できる教育環境の提供のためだとか」

「そんなんで孤島に住まわされるのは勘弁してほしいけどな」

「そのおかげか、優秀な人はすばらしく多いよ。蒼輔もそう?」

「まさか。俺は可もなく不可もない人間だよ」

「蒼輔は讃神学園に来るの嫌だった?」

「別に、そんなことないけど」

「不安とか苦しいことがあったらなんでも言ってね。生徒会は生徒の悩み事何でも聞きますってとこだから。学生相手がいやなら、学校カウンセラーも多く配置されてるし」

「讃神島自体は、無人島だったんだよな」

「戦後すぐ学園が設立されるまでは、ね。だから学園以外の民家みたいなものは何もない島だよ。戦中、軍事基地が置かれる計画があったみたいだけど、結局お流れになっちゃったって」

「要するに、何も無い島だな」

「ドンマイ、学園があるよ」

 よくわからない励ましだな。

「大体こんなところか。うん、よくわかった。ありがとう」

「どういたしまして。ついでにクラスの話もしとこうか。蒼輔はどのクラスになりそう? わたしは多分緑だと思うんだけど」



「緑?」

「組のことだよ。このバッジ、色が緑でしょう。バッジでクラスは色と形で表すから、クラスのことを色で呼ぶことが多いんだ。色の種類は赤・青・黄・緑。かける形が三種類で全十二クラス。ちなみにクラスの色によって、生徒の大体の傾向があるんだけど」

 話好きな子だ。友達が多いだろうな。

「どんな?」

「評価の優秀な順に、赤・青・黄・緑。赤がトップで、青はそれと同等か少し下くらい。黄はまずまず、かな」

「朱姫の緑はどうなんだ?」

「ええと、そうだね、まずまずよりほんの少しだけ下というか、人間やっぱり楽しいのが一番というか……」

 要するに馬……いや、言葉にするのは止めておこう。

「三種類っていったのは、学業組と運動組と芸術組に分かれるからで、内訳を言うと、本が学業、靴が運動、筆が芸術」

「クラス決めの際の評価の対象がこれになるわけだ」

「もちろん、組が違うからといって特別なカリキュラムがあるわけじゃなくて、生徒の特徴の傾向がそうだというだけの話だけどね」

「だけど、忽那学園の特色からいって、その傾向ってやつが重要なんだな」

「そういうこと。わたしはなったことないからよくわかんないんだけど、運動組とか芸術組は勉強しなくてもほとんど指導されないって聞いたことがあるな」

 他の学校でいう、特待生みたいなイメージか。

「四色×三つの形だな、よし。

 朱姫は学業組、というより一般的な学生のクラスか」

「そう。といっても、あくまでも傾向という話で、実際は運動が得意じゃない子でも運動組に入ることはあるし、成績優秀な人でも緑になることもある」

「――自分みたいに成績優秀な人でも、か?」

「ピンポン大正解」

 ……おいおい、目が泳いでいるぞ。

「で、どう? 蒼輔はどれになりそうだと思った?」

「さて、自分で自分のことを評価するのは難しいからな。運動にも芸術にも縁がないから、おそらく普通組だろう。成績は、別に優秀ってわけでもないし、かといって馬鹿ってわけでも……あ」

「馬鹿って言っちゃった」

「馬鹿って言っちゃった」

「…………」

「…………ごめん」

「いえいえ」

「とにかく全体的にそれなりだとすると――」

「黄色、かな。ま、もちろん実際のクラス分けは成績がダイレクトに反映されるわけじゃないからピンキリなんだけどさ」

「なら、俺が緑になる可能性もあるってわけだ」

「同じになるかなあ。そうなったら嬉しいね」

 ……緑になるのは、困るんだけどな。

「あのさ蒼輔、ちょっと聞きたいんだけど、やっぱりわたしと君って、どこかで会ったことがない?」

「今度は朱姫がナンパか?」

「今からお茶でもどう? 島に喫茶店なんてないけど」

 おいおい。

「会ったことはない、と思う。けど会ったことがあるような気がするのもほんとだ」

「すばらしいね。わたしも一緒。ほんとにどこかで会ったことがあったりしてね」

 どういうことだ? 二人揃って記憶喪失か?

「前世かどこかで会ったことがあるのかも知れないな」

「運命ってやつかもよ。でもだったら、わたしとしてはあんまり好ましくないな」

「そうなのか? 女の子ってのは運命って言葉が好きなんだと思ってたけど」

「運命なんて嫌いさ。人の人生ってもんは自分で切り開いくものだとわたしは思う」

「強いな」

「うーん、まあいいか。これからよろしくね、蒼輔」

「こちらこそよろしく、朱姫」

 握手する。

 ……ん?



「何か聞こえない?」

「何か――声? 怒鳴り声だ」

「室内からみたいだね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ