第16話:荒くれ者の洗礼と、背中を預ける常連客
商業ギルドでの完璧な交渉を終えた俺は、その足で『冒険者ギルド』へと向かっていた。
商業ギルドが「静かな知的戦場」なら、冒険者ギルドは「野生の巣窟」だ。
重厚な木製の扉を押し開けた瞬間、もわっとした熱気とともに、酒と汗、そして鉄錆の匂いが鼻をつく。大声を上げて笑う大柄な男たちや、武器の手入れをする鋭い眼光の若者たちがひしめき合っていた。
俺の目的は、供給が不安定な「オーク肉(バラ肉)」の安定ルートを確保すること。
冒険者ギルドの受付を通し、特定の冒険者に向けて「オークの討伐および肉の納品」を固定枠で依頼する、いわゆる『指名常設クエスト』を出すためだ。
だが、エプロン姿に書類を抱えただけの俺が受付へ歩み寄ろうとすると、その行く手を塞ぐように、三人の男たちが立ち塞がった。
「おいおいおい、見ねえ顔だな。おい、ガキ。ここは美味いメシを食わせる飯屋じゃねえんだぞ?」
先頭の、だらしなく胸元の開いた鎧を着た大男が、下卑た笑みを浮かべて俺を見下ろしてくる。
「何しに来たんだ? ああ、もしかしてお前、東通りの路地裏で『冷てえビール』を売り捌いてるっていう、調子に乗った屋台の小僧か?」
周りの冒険者たちも、その言葉に一斉にこちらへ視線を向けた。
どうやら、ここ数日の俺の屋台の大繁盛は、良くも悪くも冒険者たちの間でも噂になりすぎていたらしい。
「ええ、その屋台を営んでいるシュウヤです。今日はオーク肉の安定仕入れのために、ギルドに指名依頼を出しに来ました」
俺が冷静に答えると、大男は鼻で笑った。
「ハッ、指名依頼だと? 屋台の小僧が、冒険者を顎で使おうってか? 勘違いするなよ。俺たち命がけの冒険者が、お前のママごとみたいな屋台のためにオークを狩ってきてやるとでも思ったか?」
「そうだそうだ!」「小僧は引っ込んでろ!」
周囲の、おそらく日頃あまり稼げていない低ランクの荒くれ者たちが、大男に同調して声を荒らげる。
「大体、そんな仕入れ資金がどこにある? 冒険者ギルドの指名依頼料がどれだけ高いか、知ってて来てんのか、あァ!?」
男が俺の胸ぐらを掴もうと、大きな手を伸ばしてきた――その時。
「――おい。その汚ねえ手を引け。見苦しいぞ、レギス」
背後から、低く、地響きのような威厳に満ちた声が響いた。
その瞬間、ガヤガヤと騒がしかったギルド内が一瞬で静まり返る。
俺の目の前にいた大男――レギスと呼ばれた男の手が、空中でピタリと止まり、その顔からサーッと血の気が引いていくのが分かった。
足音を響かせて歩み寄ってきたのは、見慣れた大柄な体躯に、身の丈ほどもある大剣を背負った男。
「……ガ、ガルツさん……っ!?」
レギスが引きつった声を漏らす。
そこに立っていたのは、俺の屋台のオープン初日に、最初に「ねぎま」と「バラ串」を美味そうに食ってくれた、あの常連のガルツだった。
「が、ガルツさん、こ、このガキはただの――」
「黙れ。こいつはな、俺の胃袋を掴んで離さねえ、最高に美味い焼き鳥屋の店主だ」
ガルツはギロリとレギスを睨みつける。その瞳から放たれるのは、数々の強大な魔物を屠ってきた者だけが持つ、圧倒的な覇気だ。
「そして、このバザルタでも数少ない『Aランク冒険者』である俺たち【紅蓮の牙】が、開店初日から通い詰めているお馴染みの大切な店主でもある。お前ら、うちの御用達の店主に、何か文句でもあるのか?」
「え……えええっ!? え、Aランク……!?」
レギスたちだけでなく、周囲の野次馬たちからも息を呑む音が聞こえた。
この街に数パーセントしかいない、最高峰の実力者。それが、ガルツだったのだ。
ガルツは怯えるレギスたちを鼻であしらうと、俺に向き直り、いつもの豪快な笑みを浮かべて、ポンと俺の肩を叩いた。
「よぉ、シュウヤ! まさかこんなところで会うとはな。オーク肉が足りねえって? だったら話は早い。その指名依頼、うちのパーティーで丸ごと引き受けてやるぜ!」
「ガルツさん、名乗り出てくれるのはめちゃくちゃありがたい。……でも、【紅蓮の牙】ほどのAランクパーティーが、俺のオーク肉の納品依頼ばかりにかかりきりになって大丈夫なのか? もっと大規模な魔獣の討伐とか、商隊の長期護衛依頼とかで、何日も街を空けることもあるだろ?」
すると、ガルツは大剣の柄に手を置いて、ガハハと豪交に笑い飛ばした。
「おいおい、シュウヤ。お前、自分の『魔法的な仕込み技術』のヤバさを自覚してねえな?」
「え?」
「普通の店なら、肉を仕入れたらすぐに使い切るか、高い魔導冷蔵庫でも使わねえとすぐに腐っちまう。だが……お前の店、毎日あれだけ肉を焼いてるのに、一度も肉の匂いが落ちたり、傷んだりした形跡がねえ。お前、仕込みのときに何かしらの特殊な魔力か、保存の術を使って『肉の時間を止めて』るだろ?」
「あ……」
さすがは修羅場をくぐってきたAランク冒険者、観察眼が鋭い。
俺が【創造調理】の魔力を使って、仕込んだ肉の鮮度を完全にロックしていることを、ガルツは「シュウヤ独自の優れた保存魔法(技術)」として経験から見抜いていたのだ。
「図星みたいだな」
ガルツは不敵な笑みを浮かべ、指を一本立てた。
「つまり、俺たちが街にいる間に、数週間分……いや、なんなら一ヶ月分のオーク肉を一度にドカンと狩ってきて、お前にまとめて納品すりゃいいんだ。お前はその不思議な技術で保存しておけば、俺たちが次の長期護衛クエストで街を1、2週間空けたって、営業にはこれっぽっちも支障は出ねえ。違うか?」
「……! 確かに……!!」
目から鱗が落ちる思いだった。
普通の飲食店なら、一度に大量に仕入れると「保管場所の確保」や「腐敗のリスク」から不可能な選択肢だ。しかし、俺の【創造調理】があれば、大量に仕入れても鮮度を完全に維持できる。
「これなら、俺たちも手の空いたときにオークをまとめて引き受けるだけでいいから、お互いにすげえ効率がいい。Aランクの指名料は高いと思うかもしれないが、まとまった量を一括で卸すんだ。お前がいつも美味い肉とビールを食わせてくれる礼に、ギルドの規定ギリギリの最安値で契約を結んでやるよ」
「ガルツさん……あんた、最高の常連客だ!」
「へへ、その代わり、俺たちがクエストから帰ってきた日は、特等席を空けて冷え冷えのビールと焼き立てのバラ串をタラフク食わせろよ?」
「もちろんだ。売り切れの心配なく、いくらでも食わせてやる!」
周りの冒険者たちが、信じられないものを見る目で俺たちを見つめている。
ゴミを金に変える商業ギルドとの交渉に続き、Aランク冒険者との「超長期・一括仕入れルート」の確立。
こうして、俺の屋台の「仕入れ問題」は、誰にも真似できない形で完全に解決へと向かうのだった。




