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あなた方は敵に回す相手を間違った〜踏んでるものはドアマットじゃなくて地雷原ですよ〜

作者: 佐古鳥 うの
掲載日:2026/06/26

軽率に死にます。大量に死にます。まともな人多分いません。



「メイデリュイーヌ王太子妃……いや、ただのメイデリュイーヌよ!貴様を国家反逆罪の咎でギロチンの刑に処す!!」


豪華絢爛なパーティーでこの国の王が高らかと宣言した。

招かれた美しい装いの貴族達は驚いた顔をしたが、察したようにすぐに顔を綻ばせ余興を楽しむかの如く断罪された元王太子妃を眺めた。

誰も助けようとせず、おかしむ者もいない。誰もが彼女を正当な王太子妃だと思っていない。本物は既にいるからだ。


王族の席には王太子と王太子妃、そして二人の子供である王子と王女がいた。二人の年齢は五歳と三歳。どちらも王太子、王太子妃に似ており国の安泰を喜んだ。


本日は王子の五歳のお披露目誕生パーティーだった。


そんな喜ばしいパーティーでなぜこんな断罪劇が起こってしまったのかと言えば、裁かれたメイデリュイーヌが『わたくしこそが本物の王太子妃です!』とパーティーの場に現れ訴えたから。

それが王の勘気に触れ、ありえない処罰が下された。


それだけ孫である王子を可愛がっていたという証左でもあるが、これまで王太子妃(本物)の影武者として様々なことを肩代わりしてきた者に与える言葉としてはあまりにも無慈悲だった。


「……承りました」


そして己の不遇を訴えるために危険を冒してまでやってきた割にはメイデリュイーヌの返答はあまりにも淡々としており一部は訝る表情を見せたが、メイデリュイーヌが退場しパーティーが再開されると誰もが些細なことだと頭を切り替えた。


これはただの余興だと誰もが思った。なにせメイデリュイーヌはそういうふうに扱ってもいい存在だと王太子が公言していたので。


『彼女は人の感情がわからない人形みたいなものだ。こうやって罰して刺激を与えることでしか生きていることを感じれない可哀想な生き物なんだ』


だから私達が彼女をきつく叱っても笑って見ていてほしい。それが彼女のためなんだ。

と貴族的な遠回しな言葉で繰り返し、浸透させ、ついには誰もメイデリュイーヌに見向きしなくなった。



死刑は滞りなく執行された。

しかし次の日になるとメイデリュイーヌがいた地下牢に首の繋がった彼女が座っているではないか。それを見た牢番は腰が抜けた状態で悲鳴をあげた。


生きている彼女に役人達は誰もが驚き、恐れ、不思議がったが王の命令を遂行しないわけにはいかない。

処刑人達も気味が悪いからとその日のうちにギロチンを行い首と胴体が切り離されたのを確認ののち片方は火葬、片方は重石をつけて古井戸に落とした。


しかしその次の日もメイデリュイーヌは地下牢に現れ牢番は失神しその後退職を願い出た。

何度処刑しても次の日には何事もなく座っているメイデリュイーヌに処刑人達もどんどん顔色が悪くなっていく。


試しにギロチン以外の方法で処刑してもダメで遺体を晒しても次の日になれば忽然と消え地下牢に現れる。これはもう呪いなのではないかと思った。


役人達が教会に浄化依頼を出す頃、王宮にも報告が上がった。

但し死刑は困難という報告ではなくメイデリュイーヌの生家であったデパインド公爵家一家が急死したという知らせだった。


報告にやってきたメイドによると昨夜家族揃って夕食をとっていたところ、いきなり一家と執事や家政婦長、上級使用人らの首が一斉に落ち絶命したと言う。


そんなバカな話があるかと王宮騎士団を差し向け検証させたが賊が侵入した形跡もなければ首を落とせるだけの刃物も道具もなかった。断面が綺麗すぎたのだ。


恐らく死んだことすら気付かず橋を渡ったことでしょう。そう騎士団の団長が報告したが犯人はわからずじまいで気持ち悪さだけが残った。


そしてまた事件は起こった。


王太子妃の両親が王宮に訪れ子供達と対面していた最中に王子と王女の首が落ちたのだ。

王子は祖父の男爵が頭を撫でていた時に、王女は祖母の男爵夫人が王女を抱き上げた時にコロン、と頭が落ちた。


目を見開き驚愕した男爵の顔や口の中に王子の血が吹き付けられ、抱きつこうと首に手を回した王女は男爵夫人が悲鳴をあげながら手を離してもくっついたまま鮮血を噴水のように吹き出していた。


男爵夫妻は血で真っ赤に染まった姿で自分達は何もしていないと泣いたが王族殺しの可能性もあったため捕縛せざるえなかった。


唯一すべてを見ていた王太子妃に聞こうにも我が子の悲惨な末路を見てしまったことで発狂し話ができず、その場にいた使用人達にも事情聴取をしたが男爵夫妻に不審な行動は見受けられず外部からの攻撃を受けたようにも見えなかったと答えた。


だが答えは出なくとも犯人を処罰しなくてはならない。

王は苦渋の決断で王太子妃の両親を王族殺しの犯人として処罰することにした。


王太子は反対したが肝心の王太子妃が心身虚弱で親を守るための行動が取れず、なんの根回しもできないまま男爵夫妻は処刑された。


悲しく後味の悪い事件だったがせめて子供達は盛大に見送ってやろう、そんな話を王太子は己の妻にして執務室へと戻った。


ここ最近仕事量が増えた気がする。王太子妃が気を病んでしまったから仕方ないがその前から倍…いや三倍にまで仕事が膨れ上がっていた。


目の前の未処理の書類の束に頭が痛くなり掻きむしったがどうにもなるわけがないので溜め息と一緒にペンを取った。



それからは暫くは何も起こらない日々が続いたが政務に圧迫され王太子の私生活に支障が出てきた。それに合わせて体調も悪化してきている。


目眩がして嘔吐したり動悸が激しく寝つけない日が増えた。それに加え節々ではなく背中がピリピリと痛み呼吸する度に痛みが引きつりうまく息が吸えない。


常駐している医師を呼びつけたがどうやら国王夫妻も同じような症状で医師を呼びつけているらしく手が空いていないと返ってくる。


ならせめて自分の仕事は自分でしてもらおうと妻の分を戻そうとしたら文官が変な顔をしていた。


なんだ?と思ったが気にせず自分の仕事を熟していると王太子妃付きの女官長がやってきて「王太子妃様に政務を行えるだけの能力はございません」とすべて突き返してきた。


「何を言っている。それは元々王太子妃の仕事だ。私の体調が芳しくないのだから半分くらいは手伝ってくれてもいいだろう?」

「?……何を仰っているのですか?今まで王太子妃様の政務をなさっていたのは影武者のメイデリュイーヌ様でござますよ」


本物の王太子妃様は御子を生むのが仕事。出産は命懸けなのだからそれ以外のことはしなくていいと王太子様自ら宣言されたではありませんかと言われ目を瞠った。

そんなことを言っただろうか?……いや、言っていた。


アレは仕事だけはできるから丁度いいと政務をさせていた。それも王太子妃だけではなく王太子、王妃、果ては国王の政務も一部押しつけてきた。

そのことをうっかり忘れていた。


「王太子様ご自身の政務の半分を押しつけてから八年、王太子妃教育が修了し政務に関わるようになってから七年。

すべての教育を修了しないまま結婚式だけは盛大におやりになられた王太子妃様の影武者として五年半となりましたがその間一度もメイデリュイーヌ様を慮りませんでしたね」


「っ貴様!女官の分際で不敬だぞ!!」

「ああ、婚約期間を足せば十四…いえ十年でしょうか。なかなかに業が深い」


「はぁ?何を言っている。メイデリュイーヌと婚約したのは八歳の時で……」


勘違いをしている女官に間違いを正そうとしたが『十四』と聞いてギクリとした。

王太子妃と運命的な出逢いをし、必ず国母にすると誓った日が彼女の十四歳の誕生日だったのだ。そしてメイデリュイーヌの誕生日も彼女と同じ日だった。


違う。彼女の誕生日にメイデリュイーヌの誕生日を変えさせたのだ。そうすれば周りにはメイデリュイーヌを祝っているように見せられるから。


使用人としてデパインド公爵家に入らせればいつでも会えるし話もできる。プレゼントも贈り放題だ。

学園もメイデリュイーヌの側近というていで傍に置かせ、程よいところで彼女をデパインド公爵家の養女にして婚約者をすげ替えた。


呼び名はリュイーゼのままだが書面に書く王太子妃の名前をメイデリュイー()とし公には何も変わっていないように見せかけた。


『アレは仕事ができれば愛なんていらないという理解し難い趣味を持っていてね。人を愛することができない可哀想な生き物なんだ。

きっと心が欠けているんだろう。その分私達が愛し合い、子を育み、国を担っていけばアレも心置きなく仕事に励めるだろう』


なんて王太子妃にプロポーズをした時に言った気がする。側妃にしなかったのはメイデリュイーヌを愛する私を見たくないと王太子妃が泣いたから。


アレを愛することなどないのだが王太子妃の願いを聞き入れ、挙式を遠目で眺めさせ初夜で疲れ切っていた私達の代わりに政務をやらせた。

面倒な仕事はすべてメイデリュイーヌに任せればいい。功績だけを王太子妃が受け取ればいいのだと教えれば影武者としてなら、と受け入れてくれた。


結婚後のデパインド公爵家はその後メイデリュイーヌではない公爵家の縁者を当主とし子も生まれたと聞く。その程度の情報しか知らなかったがもしやその子供も我が子のように死んでしまったのだろうか。


今更に義両親家族のことが気になりだし女官長に聞いた。たしか彼女は処刑されるまではメイデリュイーヌについていたはずだ。公爵家のことも何か知っているだろう。


「ええ、死にましたよ。公爵も継母の公爵夫人も、夫人の連れ子の義妹も、入婿も二人の子供も全員首が落ちて死にました」

「そ、そうか。葬儀は…したのか?」


そういえば公爵家なのに葬儀の話をひとつも聞かなかったなと思い出した。


「いえしておりません。一家の首がいきなり落ちたのですから気味が悪いと家ごと燃やして火葬いたしました」

「なんだと?!」


相手は公爵位だぞ?!なんでそんなことをしたんだ!と怒れば女官長がコテリと首を傾げた。


「メイデリュイーヌ様は王族を騙り王太子妃様を虐げてきた数々が公になったことでギロチンの刑を受けた大罪人です。その家族も犯罪者として火にかけられても仕方ないことでは?」

「アレは王太子妃が成婚したと同時に除籍されている!公爵家は関係ない!それを言うならば王太子妃の実家だ!!」

「ならばなぜ王太子妃様の挙式や王子、王女の生誕お祝い、そして五歳のお披露目パーティーにご出席なさらなかったのでしょうか。生家である男爵家は不相応にも華美な装いで本来デパインド公爵家がいる席を陣取っておりましたが」

「…そ、れは…」


王太子妃が『デパインド公爵家の義妹様に嫌われてるみたいなの。できれば会いたくないわ』という願いを聞いてパーティーの招待状を送っても断るよう追記していたことを思い出した。


文句を言われなかったから気に留めていなかったが普通なら抗議をしてくるはず。養女でも王太子妃を輩出した家なのだから。


何よりあの義妹は王妃になりたかったのかずっと私に付き纏っていた。たかが元子爵令嬢の連れ子が王太子妃を望むなど度が過ぎている。

あまりにも鬱陶しいのでどうにかしろとメイデリュイーヌに命じたが王太子妃への嫌がらせが増すばかりでまったく役に立たなかったなと思い出す。


「まぁよいでしょう。もう死んだのですから」

「貴様っ公爵家に対してあまりにも無礼ではないか!」

「はい。ですがメイデリュイーヌ様にもこうやって無礼な態度でお仕えしてきました。公爵令嬢として敬う必要はなく、王太子妃でもないただの影武者なのだから扱いも使用人未満で構わないと王家から通達がありましたので。

それを今更許されないと言われてましても困りますが、責任を取り御暇させていただこうと存じます」


「私に不敬な態度を取ったのだから当然だ!辞めるだけでは終わらせないぞ。貴様の家にも責任を取ってもらう!」


「さようでございますか。我が家はしがない子爵家ですので一家が死んでも差し障りはないでしょう。

親戚にデパインド公爵家に勤めていた家政婦長と執事がおりましたがアレらもメイデリュイーヌ様を遇せず継母と連れ子の側について差別しておりました。

因果応報とはよく言ったものですね。王太子殿下もせいぜい長生きしてくださいませ。それでは失礼いたします」


頭を下げた途端ゴトン、と執務机の上に女官長の頭が落ちた。ゴロンと書類の上で転がった顔は王太子の目の前で止まり目が合った。

その顔はどこか王太子を小バカにしているように見え平時なら怒っていたかもしれない。


「う、うぎゃあああああああああっっ」


首の断面がこちらを向いていたために吹き出す血は書類と王太子を真っ赤に染めた。小バカにするような皮肉げな女官長の顔も真っ赤に染まり、王太子がぶつかった振動で机からずり落ちた。


潔癖で美しい筋の鼻と揃った白い前歯を自慢していた彼女の顔は床にぶつかり醜く潰れたのだった。




その日、メイデリュイーヌについていた王宮使用人と女官、文官の首が落ちた。

全員ではなかったので調べたところメイデリュイーヌに対し不敬なことをしていた者達だった。


それも軽いものではなく火傷や殴打、汚水をかけたり危険な場所で足をかけたりと目に余るものばかりだったがすべて本人の不注意による事故と処理されていた。

そう処理していたのが王太子が話した女官長で、一家全員の首が落ちた文官も口裏を合わせていた。


その文官は支出がおかしいと指摘するメイデリュイーヌに同意しながらもその罪をメイデリュイーヌが被るように他の財務官と結託して動いていた。


指示を出していたのは王妃で使い込みをしていたのは王妃と王太子妃だった。

それがわかった日。二人は足首から下が取れ、王妃は階段から転がり落ち重体。王太子妃は机の角に顔を強打し片目を失明した。


どちらもメイデリュイーヌが使用人達から負わされた怪我だった。


だがあのパーティーに現れたメイデリュイーヌは怪我の後遺症もなく颯爽と歩いていたように思う。目も仮面のような装飾で隠されていたが不便があるようには思えなかった。



そこでやっと処刑を執行した役人達からの報告が王太子の耳に入った。

何度処刑しても次の日には同じ地下牢の同じ部屋にメイデリュイーヌが佇んでいるので聖職者に依頼し浄化をしてもらったがまったく効果がなく。またいろんな処刑を試みたが殺すことはかなわなかったと言うではないか。


それを聞いた王太子は国王に報告し、直ぐ様メイデリュイーヌを連行させた。

厳戒態勢の中謁見室に連れて来られたメイデリュイーヌはいつもの格好をしていた。


王太子妃とも公爵令嬢とも思えない地味な型と色のデイドレスに自分が結ったであろう簡単な髪型、仮面のような装飾は外され眼帯をしていたが外して確認させると王太子妃と同じ傷があったと報告がされた。


両手首を縛り王と王太子の前に跪かせると、父王が手を挙げ「この大罪人の首を撥ねよ」と騎士団長に命令した。


「…フフッまだ学ばぬのか?次はお前の首が落ちるやもしれぬのに」


初めて見るかのような顔で嗤うメイデリュイーヌにぞわりと鳥肌が立ったが平民の分際で無礼な!と喚くと「煩い小童だな」と睨まれ、それだけで内臓をぐるりと掻き回されたような不快感と吐き気に思わず嘔吐した。


「余の息子に何をした?!」

「何も?しいて言えば嘔吐剤を食事に混ぜられたことがあったからその嘔吐剤の感覚を分けてやっただけだが?」

「はぁ?!………この魔女め!!」


感覚を分けただけでこんな吐き気を催すのか?いや、メイデリュイーヌは食事に嘔吐剤を混ぜられていたのか?

なぜ?と混乱と吐き気に呻きながら顔を上げるとなぜかメイデリュイーヌがパァっと顔を綻ばせ頬を染めていた。


「やっと思い出したか!リーゼルよ。もう少し気づくのが遅ければお前の国を滅ぼしていたぞ?」

「は?なぜその呼び名を…」


父王が驚愕したがメイデリュイーヌは恋する乙女のように頬を紅潮させ許可も出してないのに勝手に立ち上がった。

それだけではない。きつく縛っていた縄が勝手に解け床に落ちたのだ。


彼女が指を鳴らすとメイデリュイーヌの顔はそのままに髪の色や服の形が変わり魔法使いのような姿になった。


「貴様は、まま、まさか…!」

「ああ私だ。お前の願いを聞き入れた魔女だ。お前が(キーワード)を言ってくれたお陰でこうやって面と向かってすべてを話すことができる。迎えに来たんだリーゼル。私と共に行こう」


満面の笑みを浮かべ手を差し伸べるメイデリュイーヌに父王は打って変わって真っ青な顔で悲鳴をあげた。


「ま、待ってくれ。お前は…うぷっ……いえ、あなたはメイデリュイーヌ、様ではないのですか?」


いつものように見下した言葉を使おうとしたら吐き気を催したのでなんとか丁寧に聞こえるように話すとメイデリュイーヌはそんな私を鼻で笑いながら答えてくれた。


「私はメイデリュイーヌであってメイデリュイーヌではない。魂を交換したのだ」


魔女が言うにはある日鏡にメイデリュイーヌが映りこみ、これからやってくる悍ましい日々をどうやったら回避できるか助言を求められたらしい。


「あの娘は面白い能力持ちでな。未来を透視できた。当時は夢を正夢を勘違いしただけかと思っておったが王太子との婚約、王太子の浮気、婚約者すげ替えの強要、浮気相手を養女にしろという王命、影武者の強要…すべてがあの娘が言った通りだった。まったく恐れ入る能力だね」


魔女は面白がっていたがメイデリュイーヌの扱いを細部まで把握していなかった貴族らは真っ青な顔を強張らせた。


隙あらば魔女を捕縛するつもりだった騎士達も王太子と国王の所業に驚愕しどう行動すればいいのかわからず距離を取る。


「そんな屑と婚約どころか顔も見たくない、逃げたいと言うので取り引きをした。私もこちらの国に来たかったのでね」


魂だけを交換し魔女はこの国へ、メイデリュイーヌの魂は魔女がいる場所に移った。


「なんと愚かな……貴様がいる場所は氷が溶けぬ氷塊の牢獄であろうに」


そんな場所にメイデリュイーヌが?と思ったが「それだけ嫌われていたのだよ、お前達は」と嘲笑われ心が傷ついた。


「そもそもお前が私との約定を違えなければメイデリュイーヌもそんな逃避行を選ばずにすんだのだぞ」


約定?と父王を見れば彼は苦々しく顔を歪め背けた。


「そんな記憶はな」

「王太子よ。お前は覚えているだろう?リーゼルから黒い首輪を渡されたことを」


いきなり水を向けられ驚いたがその通りだったので神妙に頷いた。あの首輪は王家に代々伝わるもので父王から下賜されたものだと答えれば魔女は高笑いをした。


「よくもまぁそんな嘘を吐けたものだ。そしてそれを信じたものだ」

そう言って王太子の前に投げ捨てられたのはその首輪だった。


「それは隷属の首輪だ。リーゼルと取り引きをした際に私が渡したものだ。家宝でもなんでもない」

「えっ……」

「お前は婚約者であるメイデリュ()イーヌにプレゼントだと謀り隷属の首輪をつけろと命じた。あの時は驚いたぞ。リーゼルがつけているはずの首輪が目の前にありこの私につけろと言うのだからな!」


その声の大きさと気迫に誰もが恐怖を覚えたたらを踏み、ある者は尻餅をついた。父王は頑なに玉座に座っていたが顔色は悪く脂汗を大量に垂れ流している。


王太子と言えばその頃にはリュイーゼと運命的な出逢いをしていてメイデリュイーヌのことなどどうでもよくなっていた。


父王に婚約者を変えたいと申し出たがせめて伯爵位以上でなくてはダメだと諭され。

それでも諦めきれないと訴えればこれをメイデリュイーヌにつけてやればいいと黒い首輪を渡された。


子供の時分でもメイデリュイーヌが気に入りそうもない黒くてゴツい首輪に断るんじゃないだろうかと思った。


だが『首輪を嵌めるところを見るまで帰ってくるな』と言われたので仕方なく渡しに行き、嫌そうに眉をひそめるメイデリュイーヌに早くつけるよう強要して首輪を嵌めさせた。


その日からだ。メイデリュイーヌが私に従順になったのは。何を言っても否定しないメイデリュイーヌに父王は『うまくいっただろう?』と笑っていた気がする。


そこで嗚呼、父王が下賜してくれた首輪のお陰なのだと理解した。ならばこの従順な奴隷をうまく使っていかなくてはと思った。

奴隷だと思いながら、何をしても逆らえないと理解しながら隷属の首輪には繋げなかった。



隷属の首輪は希少な禁制品だ。奴隷であっても目に余る反抗的な者にしか装着させない。一度装着すれば死ぬまで半永久的に外すことができないからだ。

外すには首輪の作成者に頼むしかないため装着には厳しい手順を踏まなくてはならない。


奴隷以外に使うならばより細かな手順があり、それを怠り勝手に隷属の首輪を使用したとなれば国民からの非難を受けるだけでなく、交流している諸外国からも敬遠され孤立するほどのものだった。


それを国の王太子が婚約者であった公爵令嬢に騙し討ちのように使ったとなれば醜聞どころではない。廃太子され、王族の資質も問われ、平民どころか罪人に落ちる罪となる。


知らぬ間に犯罪者に仕立てあげられていたことに気づいた王太子は驚愕の顔を父王に向けた。だが父王は何も返してはくれなかった。


「六十七回」

「え?」

「メイデリュイーヌが処刑された回数だ。リーゼルの宣言からここに呼ばれるまで六十七回殺されている。お前達もどうかと思うだろう?私も不思議に思ったのだ。

なぜメイデリュイーヌは六十七回も死ななくてはならなかったのか。そこまでの罪を犯したのか、とな」


ザワリと空気が震え室内の温度が下がった。


メイデリュイーヌの中身が魔女だと差し引いても家格は公爵令嬢で肉体的に問題はなく、容姿も王族と並んでも見劣りせず、健康で次代を生むための準備も整っていた。

政略だが両家に諍いになる火種はない。初期だけで言えば王太子との関係も悪くなかったと言えよう。


学業成績も上位であり王子妃教育、王太子妃教育共に修了しており王妃としての準備も整いつつあった。

むしろ現王妃が王太子妃教育を修了しないまま王妃となっているためメイデリュイーヌの輿入れはとても歓迎されていた。


「王太子が不貞をし、婚約解消もしないまま不義理を働いていた間もメイデリュイーヌは文句も言わず抵抗もせず粛々とお前に従った。

お前達の浮気現場(逢瀬)をセッティングし、邪魔をせぬよう壁に立つ使用人のようなこともしたな。あれも数十回はくだらぬだろう。

そのせいで花畑女(王太子妃)が勘違いをし家でも私を見下し暴力を振るってくるのには参ったぞ。

輿入れしてからも王太子妃の政務、王太子、王妃、国王の仕事も肩代わりしてやったが…王太子妃いじめや王族を騙る咎よりもそちらのほうが罪として重くないか?」


知っていて婚約者で影武者のメイデリュイーヌに政務を押しつけていた場合も、知らずに王族ではない平民のメイデリュイーヌに政務を押しつけていた場合もどちらもお前達に非があると思うが?

そう丁寧に問われ父王と一緒に顔色が悪くなった。


「へ、平民の貴様にとやかく言われる筋合いはない。貴様は王家をこの国を不幸にする害獣だから首を撥ねられたのだ!」


いい加減さっさと死んでくれ!と父王が叫んだが「それもそうか」と頷くと国王と王太子の側近が真っ二つに割れた。


「うわああああっ!!」

「される側も嫌だが見るほうも酷いものだな」


なぜこんな惨いことをするんだ!と罵倒しようとしたが魔女も真っ二つにされたと聞き絶句した。


「なぁ王太子よ。なぜ私はここまで惨たらしく何度も殺されなければならなかったのだ?」

魔女の問いに答えることができなかった。六十七回も惨い処刑をされるほどの罪を犯していないと思ってしまったからだ。


「…このような仕打ちは我々への仕返し、ですか?」


ずっと聞いていた騎士団長が青い顔で魔女に聞くと最初はここまでするつもりはなかったと魔女は答えた。


「ただ飽きてしまってな。リーゼルは気づかぬし、つまらぬ仕事につまらぬことしかしないお前達。このままでは国が立ちいかなくなるぞと指摘してもその罪を私に擦り付けることしかせず改めようとしない。

人間は愚かな生き物だがここまで腐敗し堕落した屑どもは久しぶりだ。初めてならともかく三回目では目新しいものもないから早々に飽きてしまってな。

メイデリュイーヌが言うにはあと二年待てば白馬の王子とやらが迎えに来てくれるそうだが、メイデリュイーヌが処刑されたことで二年と待たずにこの国は終わる。だから女神と賭けをしたのだ」


賭け?というか今女神とか言わなかったか??この国が終わると言わなかったか???


「隷属の首輪の制約を無視した行動を起こし、メイデリュイーヌの中身が(魔女)だと気づくか否かをな」


はあぁ?!?!

そんなの無理に決まっているだろう?!と叫びたかったが騎士団長らに睨まれ口をつぐんだ。


「結果は私の大損だ。まさか誰も気づかぬとは思わなかったわ」

「では、その腹いせに首を落としているのですか?」

「違う違う。あれは女神の仕業だ」

「は?」


は???

という顔をすれば「そうか。これも知らなかったのか」と魔女が肩を竦めた。


魔女が言うには女神様は王太子である私に激怒しているらしい。それだけで血の気が引き漏らしそうになる。


「女神は慈愛と豊穣、そして正義を司っている。お前はメイデリュイーヌと婚約したまま花畑女(王太子妃)と婚姻した。

女神の前でメイデリュイーヌではない女と添い遂げ永遠を誓ったのだ。そりゃ怒りを買うだろう。バカかお前は」


とくにメイデリュイーヌは女神様のお気に入りの御子でメイデリュイーヌを不当に罰し六十七回も処刑したことに激怒していた。

そうなった経緯を魔女が包み隠さず細部まですべて暴露したことで女神様の怒りは怒髪天を衝きこの国は終了することとなった。


それを聞いていた者達は真っ白な顔で膝をついた。


「覚悟もなくメイデリュイーヌを貶めていたのか。ほとほとお前達はつまらぬ小者だな」

「いや、おかしいでしょう?女神様まで出てくるなんて!」

「それは私も驚いたが……だが、公爵令嬢が異常なまでに従順に徹し、子を生むことしかできぬ頭が花畑の男爵令嬢が国を担う王太子妃…いずれは王妃になる者の影武者をしていたのだぞ?

そんな光景を何年も見ていながらおかしいと思わず、抗議もせず、陰で守るという選択もせずこのバカ共(王族)と一緒になってメイデリュイーヌを虐げていたお前達のほうが余程頭がおかしいぞ」


「それは…いや、だがあなたが正してくれれば…!」

「誰も私の言葉を聞いてはくれなかったが?」


大臣の一人が叫んだがその彼の腹部分がじわじわと真っ赤に染まり服の裾から血が大量に滴り落ちると悲鳴をあげた。


「そういえば串刺しにもされたな」という魔女の言葉に大臣が悲鳴をあげ「死にたくない!助けてくれ!!」と叫び周りに手を伸ばしたが全員から逃げられ、医務室に行こうと走ったが扉を開ける途中で力尽き倒れた。



「王太子、その首輪をつけろ」


溜め息を吐いた魔女が呪文を唱えるような声色で王太子に命じた。なぜ?嫌だ!そう思ってるのに手が勝手に動き隷属の首輪を取ってしまう。


「やめろ!首輪をつけてはならん!!」

「ならお前がつけるか?」

魔女がそう言うと父王は黙った。


「お前はいつまで経っても卑怯で矮小な男よな」


魔女は嗤った。メイデリュイーヌには強要したのに、と。

魔女は語った。なぜ隷属の首輪を父王に渡したのかを。


父王がまだ王子だった頃、彼には優秀な弟がいた。何をするにも弟に劣る兄王子は嫉妬し魔女に弟を殺してくれないかと相談する。

だが王族殺しは魔女にとっても大罪だ。とくに弟王子は強い星を持っていて彼が王になれば国が栄えると出ていた。


だが魔女は兄王子の願いを叶えることにした。

劣っているとわかりながら嫉妬の炎を燃やす愚かな兄王子に惚れたのだ。


『弟王子を殺害したと同時に私は氷の牢獄に繋がれるだろう。だがお前が王となり治世を築けば恩赦が与えられるやもしれぬ。もし解放された暁にはお前の国を守ってやろう』


もし弟王子を消してくれたなら結婚をしようと約束してくれたので魔女はそのように返した。そしてこの約定を忘れぬよう隷属の首輪が渡されたのだ。


「元々、弟王子を殺した代償として魂を要求していた。だがこやつは我儘でな。魂を差し出したら国を守れぬと言い出した。自らが指揮をとり国を導きたいと。だから隷属の首輪を渡したのだ。死ねば速やかに魂を回収できるようにな。

大きな代償を払うのだから隷属の首輪をつけることくらい造作もないと言っておったのだが、よもやまさかつけたフリをした上に無関係な娘()につけさせるとは思わなかったぞ」


「フン!誰が貴様などの奴隷になるものか!余はこの国の王なるぞ!魔女如きが思い上がるな!!」


そう叫んだ途端その場にいた貴族がいきなり発火し周りの貴族を巻き込み騒然となった。しかしその位置に父王がぶるりと震えた。


「ま、まさか…!」

「そのまさかだ。お前が愛した王妃の親兄弟だ。今頃王妃の母親も燃えている頃だろう」

「なんと惨いことを…っ」


「そうか?お前がした所業よりはマシだと思うがな。たしかにお前は弟王子を手にかけていないが肉親殺しを魔女に依頼したし、当時の婚約者に対しちゃんと手続きをして別れるのかと思いきや弟王子と密通していたと冤罪をでっち上げ舌を切り落としてから国に突き返している。他国からの風当たりが厳しいのはそのせいだぞ。

メイデリュイーヌへの仕打ちも王太子が心変わりしたという理由だけではない。弟王子に傾倒していた高位貴族らの娘を思い出すからその憂さ晴らしに息子と一緒に虐げていたのだろう?」


愚かなお前の考えはすべてお見通しだ。と指摘され父王はビクッと肩を揺らした。


「私はただお前達のつまらん劇に付き合ってやっただけだ。お前達は気づかぬどころかつけあがりここぞとばかりに公爵令嬢を踏みつけた。さも自分達はメイデリュイーヌに虐げられた被害者のようにな。

あの仕打ちの数々は魔女でなけれぱ耐えきれなかっただろう。年若い普通の令嬢では耐えきれず壊れていただろうな。メイデリュイーヌが形振り構わず私に訴えてきた気持ちもよくわかる」


壊れたら適当な罪を着せて始末するつもりだったのだろう?と指摘され父子揃って顔を背けた。


「リーゼル。お前は愚か故にはき違えたのだ。魔女のお陰で王になれたのに己が王に相応しいから選ばれたのだと思い込んだ。

お前自身に弟王子の持つカリスマも能力も人望もない。王族の血筋しかない凡人だ。そのことをよくよく理解していたと思っていたのだがな。

魔女に嘘をつき約定を違えるような愚劣な男だ。その愚かさも愉快なところだが、私を裏切ることは絶対に許さない。よってお前に相応しい罰を考えた」


パチンと魔女が指を鳴らすと王太子の首に隷属の首輪が嵌められた。途端に息苦しさと何かが体の中から出て行く痛みと倦怠感に襲われ気持ち悪くなった。


「うっうぐぅ…っ」

「ひとつ、血統の断絶。私はこやつの首輪を死ぬまで外すことはない。隷属の首輪をつけた者が王になることも貴族で居続けることもできない。よってお前の血筋はここで終わる」

「き、さまぁ…!」


目を血走らせた父王が魔女を襲おうとしたがヒラリと躱されまた指を鳴らす。すると父王がぐるりと回転し色が混ざるほど高速回転したかと思えばボテン、とドブネズミが床に座った。


「ぢゅ…?」

ドブネズミにしては大きく考えたくないが父王にしては大分小さい。信じたくないがあれは父王なのだろうか。


「ひとつ。お前が固執している王位の奪爵。返還でも退位でもいい。畜生に人の国は治められぬからな」

「ぢゅう!?」


ドブネズミが人間のように己の前足を見て体を見てショックを受けたように固まった。


「私は魂さえそれならば見た目は気にしないタイプだ。お前は玉座を捨てただのリーゼル、ただの畜生として私のために生き続けるのだ」


「ぢゅうぅぅ〜っ!!」


「面倒な政務を私に押しつけ功績は自分、失敗すれば親子揃って私のせいにしてきたのだ。それらから解放されるのだから嬉しいだろう?」


ドブネズミがぢゅうぢゅうと首を横に振っているが魔女は笑みを浮かべたままだ。その笑みが恐ろしく見える。


「やはりお前は王に相応しくなかったな。弟王子を廃してまで王位を望んだのにまともに治めたのは五年にも満たない。あとは弟王子についていた貴族達への嫌がらせと介入、依怙贔屓による圧政で私腹を肥やした。

王家と国を守る位置にいるはずのデパインド公爵家はお前のせいでハリボテとなりメイデリュイーヌが除籍されたことで公には没落している。他の高位貴族も服従しなければデパインド公爵夫人のようになるぞ、と脅していたよな?

―――これがリーゼルが描いた国なのかと知った時の私の気持ちがわかるか?」


父王に加担した結果に魔女は深く反省し、メイデリュイーヌへの仕打ちを自分への罰だと思い甘んじて受けてきたらしい。それも途中でバカらしいと思ったそうだが。


「作成者が私だから効果はなかったがお前、隷属の首輪を嵌められたメイデリュイーヌが臣下や使用人達に虐げられる様を見て嗤っていただろう?

助けることもなく仲裁もせず無視でもない。まるで劇の出し物を観てるかのように楽しげに、取り巻き達と嗤って眺めていた。なんなら『なぜもっと痛めつけぬ!つまらんではないか、腰抜け共め』と揶揄していたよな?

―――その時私は片目を失ったのだがな」


「ぢゅ〜〜っっ!!」

ズブッとドブネズミの小さい目に指を突っ込んた魔女に父王が悲鳴をあげながら暴れた。


「おお。お前にも痛覚があったのだな!痛覚がないから人の痛みも理解できんのかと思っていたぞ」


よかったよかった。と笑いながら指についた体液を振って飛ばし、魔法で潰れた自分の目を元通りにした。その目は赤く青い瞳と並んで不気味であり美しくもあった。


「ん?なぜ自分だけ元に戻した?余の目も治せ?はははっ何を言うか。お前のせいで私は大怪我を負ったのだぞ?その代償を支払うのは当然であろうが」


目が潰れたら目を貰い、足の腱を切られたなら足を貰う。

骨を折られたなら骨を、舌を切られたなら舌を貰う。

私の奴隷なのだから喜んで差し出してくれるだろう?と凄まれドブネズミはまたもや固まった。


「安心しろ。その片目と意識は最期まで残しておいてやる。お前が愛した国だか家族だかが女神の怒りで朽ち無様に死んでいく様を見届けさせなければならぬからな」


素敵な罰だろう?と笑う魔女にドブネズミは号泣して逃げた。だがあっさり捕まりドブネズミの後ろ足を切り落とすとその足から魔法で籠を作り、その中へと父王を放った。

そして籠を両手でクシャクシャに握りしめると小さな小さな箱になりそれをポケットの中に仕舞った。

 

「ま、待て…」


上機嫌に出て行こうとする魔女を引き留めた。周りはまだ消火や被害者の手当てで騒がしく、か細い声は聞き逃してもおかしくなかったが魔女は足を止め振り向いた。

それで希望があると思ってしまった。


父王を連れて行くなら私も連れて行ってくれと弱々しく儚げに訴えた。

父王がネズミに変えられたのは反抗的だったからだ。大人しく従順にしていれば魔女は喜んで囲ってくれるだろう。なにせ王太子は父王の若かりし頃にとても似ていた。


見た目は気にしないと言っていたがそれはきっと父王が老けたからに違いない。老いぼれよりも若い男のほうが魔女も気に入るだろう。

願いも弟王子を殺すなどではなく一緒に行きたいという可愛らしいものだ。この程度なら簡単に叶えてくれるだろう。


「ならば何を差し出す?」

「え?」

「魔女に願うのだ。無償ですませるはずがないだろう?」

「いやでも、一緒に連れて行くだけなら別に無償でも」


ケチくさいな。大人しく連れて行けばいいものを、と思ったのが顔に出ていたのか魔女の目がスッと細くなった。


「お断りだ。お前みたいな全部が中途半端なヤツに興味などない。逆に聞くがお前のどこに魔女に気に入ってもらえる部分があるというんだ?」

「え、あ……この父王に似た見た目が……」

「はははははっ見た目だけでいいならお前なんかよりコバルトヤドクガエルを選ぶわ!」


コバルト?ヤドク?カエルというところでカッと頭に血がのぼった。私はカエルよりも下だというのか?!


「ふざけるな!!…うぐっ父王を攫い、王太子の私に隷属の首輪を嵌めるなどそれこそ大罪だぞ!!」


そう吐き捨てた途端呼吸ができなくなり首を掻きむしった。しかし楽になることはなく口から泡が出て涙が滲んだ。目の前が霞んできたところで呼吸が軽くなり何度もむせた。


「ああ、言い忘れるところであった」


床の上で塩を振りかけられたナメクジのように苦しむ王太子を蔑んだ目で見下ろしていた魔女が手を叩き貴族達に向いた。


「近日中に帝国が攻めてくるから応戦するか降伏するか早急に会議をしたほうがよいぞ。あちらにはリーゼルは渡せぬが国と王太子夫妻と王妃をくれてやると言ってしまったのでな」


帝国とは父王が婚約していた王女の国だ。王女を罪人として送り返されてからずっと怒りを溜め込んできており、攻め込む機会をずっと伺っていたという。

というか既に一度攻め込まれていて王都から遠いが港がある領地を奪われている。


そして今回女神が他国の教会で嘆き悲しみ(愚痴をばら撒き)、『メイデリュイーヌ(公爵令嬢)を冤罪で処刑する王国なんていらない。破門にするから』と告げたことで帝国が発起した。


件の王女は聖女メイデリュイーヌの敵討ちを掲げ、今度こそ王都まで攻め込み貴族共を根絶やしにしてくれると意気込んでいるらしい。父王のせいで王女は女傑に変わってしまったようだ。


それを聞いた宰相らが慌てて謁見室を出て行く。だが彼らもメイデリュイーヌ(魔女)を虐げ嘲笑っていた側なので何人かの首がコロンコロンと落ちては転がりそれに引っ掛かって玉突き事故を起こした。


「貴様は、この国を壊すつもりか…?父王が愛したこの国を!民がどうなってもよいのか?!」


父王を愛しているならばこんなことやめるべきだ。魔女ならばすべて元通りに戻すべきだと訴えるとメイデリュイーヌの顔で「親子揃って傲慢だな」と笑った。


「魔女に国がどうのと責めるならばその魔女との約束の重さを理解しなかったこの国の王を責めるべきだ。

愛がどうのと説くならば安易に魔女に愛を口にしたお前の父に『それは魔女に魂を捧げるという奴隷契約ですよ』と教えてやるべきだった」

「…うぶ…っ」


痛みと口内の不快感で吐き出せば血と一緒に床に落ちた己の舌が虫のように這うのを見て悲鳴をあげた。


「その舌は帝国の王女の舌にしてやろう。殺したいほど恨んでいる男の息子の舌など嫌だと言うかもしれんがな。

ああ、お前達王族を害するのは大罪だったか?たしかに殺せばそうなるが自死や私以外の者にうっかり殺されるのなら関係ない話だ。

それにこれには手にかけた相手の善性によって罪が異なる。リーゼルの弟は清廉潔白だった。恐ろしいほどにな。そして王になるべき男だった。だから私は牢獄に繋がれたのだ」


千切れた舌を汚そうに持ち上げながら持っていた革袋に入れるとドポンという音と共にやはり小さくなってポケットに入れられた。


「その点お前達の善性はささやかしかない。凡人のリーゼルの子は凡人以下だ。王族という肩書きすら重い程にな。

そんな凡人以下が義務も果たさず道理も弁えていないのに王族だから忖度しろと言われてもな。ならば私は魔女だからお前の言うことなど知らんわ、としか返せぬわ」


この十年間、メイデリュイーヌとしてお前をずっと見ていたのだ。言い訳をするだけ無駄だぞ。と突き放され呆然とした。


「そうだ。そんなに死にたくないのなら帝国に言ってお前をなるべく生かすように伝えておこう。実は牢獄に繋がれているメイデリュイーヌに多少なり申し訳ないと思っていたのだ」


隷属の首輪には魔力を吸収する機能がありその魔力を氷の牢獄に送って魔女の糧にする予定だったらしい。

それは生命維持装置代わりにもなるし扉を開けるための鍵にもなる変換機能を搭載していた。


父王が首輪をつけていれば迎えに行かずとも牢獄から出てこれたかもしれないし、愛が強ければ強いほど鍵が開く年数が短縮できたかもしれなかった。


…今更の話でしかないが。



「お前はメイデリュイーヌをこれっぽっちも愛していないからな。生命力を削ってもらおう。そうだな。私が、いやメイデリュイーヌが耐えた十年耐えてもらおうか」


淡々ととんでもないことを言う魔女になんで王太子でえる私が生命力を削らちゃならないんだと憤った。私の命は私のものだ!


「牢獄から出る手助けをすれば、もしかしたらお前に感謝しその隷属の首輪を外してくれるやもしれんぞ」


なにせ肉体は魔女の私だからな。そのヒントに王太子はハッとなり目を光らせた。


メイデリュイーヌを牢獄から出してやればこの不条理な地獄から抜け出せるかもしれない。

助けてやれば女神様もお許しになりそれどころかよくやったと褒美として再び王になれる未来を与えてくれるかもしれない。


いや、必ずやってくる!

なにせメイデリュイーヌは影武者になってまで私の愛を欲していたのだから!

―――そんなはずないし、その頃には中身が魔女になっていたのだがそんなことは王太子には関係なかったし都合よく忘れていた。



「まぁ、せいぜい頑張るのだな」

どう頑張っても王太子が望む未来にはならないのだが魔女は笑って姿を消したのだった。








読んでいただきありがとうございました。



―――――――――

メイデリュイーヌ・デパインド

氷の牢獄は肉体的な地獄だけど精神的地獄だった祖国より少しだけマシだと思ってる。体鍛えてマッスル!

転生者。物語を知ってたけど自力回避は無理だと悟ってトンズラした。本当は物語通り女神に助けを求めるはずだったが魔女と繋がってしまい驚いたし最初は女神だと思っていた。白馬の王子様を待つのもしんどいと思ったので魔女の提案にあっさり乗ったが実は氷の牢獄に来た早々はその選択をちょっと後悔していた。

自由になった魔女が迎えに来るころには自力で脱獄できるくらい筋骨隆々になっていて元王太子の魔力いらなくなってた。

国に帰る気はさらさらなかったのでそのまま牢獄に住むことにした。住めば都。



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